23話、新生ローゼリア
「この扉から向こうは家族専用となっていて、鍵を持った人間しか入れないから安心してくれていい」
開錠し扉を開けて、コクリと頷く彼女を奥へと案内する。領主館最上階の一部は家族用フロアとなっており、部外者や下級使用人は入れないよう施錠できる仕組みになっていた。
「この扉の向こうは従騎士や騎士の控室となっている。少し覗いてみるかい?」
少しだけ扉を開いて控室の様子を見せた。
家族用フロアの通路に設けられた扉は基本内鍵となっていて、こちら側は施錠も開錠も自在だが、向こう側からは鍵を持たない者は開けることができない造りとなっている。
「夜間は常に1人は控室にいる決まりなんだ」
見慣れぬ屋敷の慣れぬ部屋に、彼女の美しい瞳は忙しそうに動いていた。
「君さえ良ければだけど、ツェツィの従騎士達も今後はその一員に加わってもらう事になると思う。ライラ殿と、ミヒャエル殿だったかな?」
ツェツィーリアの淡く瑠璃色に煌めく美しい瞳が、こちらへと向けられる。
「ローゼンヌは貴方の旗下に加わったのです。私も自分の意思でここにいます。お気遣いは無用ですわ、それに本来なら私もそちらで待機しないといけない立場かもしれませんもの」
舌先をほんの少しだけ出し、悪戯っぽい表情を見せるツェツィ。
「ありがとう……ツェツィ」
娘には自由に生きてほしい、それが叔父の願いだった。
彼女は誰に強要されるでもなく、自分の意思でここへ残る事を選んでくれたのだ。数ある選択肢の中から自分が選ばれる、こう言うのはやはり嬉しいものだよ。
自然と彼女の瞳を見つめ、感謝の気持ちを述べる事ができた。
「へ、部屋はど、どちらかしら」
ツェツィがなぜか急にしどろもどろとなり、あたふたとし始める。
「ああ、すまない途中だったね。さぁ、どうぞ」
扉を開けると、服や身の回りの物を収納するちょっとした空間と侍女が1人程度待機できるスペースがあり、その奥にはなかなかに広い空間が繋がっていた。中には天蓋付きのベッドやちょっとした家具が数点設置されている。
「まぁ、こんなに良い部屋を使わせてもらって良いのかしら?」
「両親が亡くなってからずっと1人でね。何とも味気ないものさ、使ってくれるなら逆に嬉しいくらいだよ」
「じゃあ、これからは3人でお食事とかしましょうね」
「ほんとに? そりゃ美味しそうだ。1人で食べる食事はどうにも事務的でね」
父と母がこの世を去ってからこの”だだっ広い空間”をひとり持て余していた。一人で食べる食事は何とも味気なく、最近では執務室で執務の傍らユリシスやアンネマリーと軽く済ませてしまう事が増えていたのだ。
「この部屋とその部屋を君と叔父上で使うといい、叔父上が手配から戻ったら伝えてくれるかい? 私は少し離れた執務室の方にある部屋を使うから、何かあれば遠慮なく来て欲しい」
隣が空いてるのに? とでも言いたげな表情を浮かべるツェツィーリア。
「流石に年頃の女性の隣室はね」と言い頬を掻く。
「構いませんのに……」
いや、こっちが気にするのさ。
とは言うものの彼女の隣の部屋か……何とも言えぬ魅力があるのは間違いないな。もう少し押してくれれば、あっさり撤回してしまいそうなほど強く後ろ髪を引かれたが、こんな時に限って彼女からのもうひと押しは無い。
ブルーメでの戦後、叔父とツェツィに付き従うべく結構な人数がローゼンハーフェンへやって来たのだが、ローゼンヌ家が我が領都に所有する館だけでは収まりきらず悩んでいたそうなのだ。
部屋数が足りず相部屋もやむなしの中、いくら元領主と娘とは言え広い部屋を2つ占有するのは気が引けるし、2人の安全面を考えると不安が残る……。余計なお世話かもしれないが、ローゼリア領主館に来てもらうのが一番良いと判断しこちらから引越しを提案させてもらったのだ。
2人が移り住んでからしばらくは、身の回りに不足したものなどの用意であったり、侍女侍従などの人事に関する相談や、小事に忙殺される事が意外と多かった。
なかなかにゆっくりする時間が取れなかった引越し当初も、それらが落ち着いた今は都合が合えば3人で食事をしたり、居間で談話を楽しんだりと、叔父やツェツィに会う機会が必然的に多くなっていた。
いつだったか、数日前に2人の能力値をこっそりと拝見したのだが、余りの内容に驚愕してしまう。思わず声に出してしまいそうな程驚いてしまったよ。
味方になって欲しいと切実に願った2人ではあったが、何の因果か偶然か、凄い能力の2人だった訳だ……。
この2人が麾下に加わってくれた事により、我が大望へ大きく前進したのは間違いないと思う。2人がローゼリアへ来てくれた事に感謝したい。
そんな2人の能力値だが、ローゼリアに唯一不足している内政系人材の叔父と。
[ツァハリアス・フォン・ローゼンヌ、男、44歳]
[LV14、統68、武66、政76、知78、魅86]
統率、武、魅力と凄まじい能力値を誇るツェツィ。
[ツェツィーリア・フォン・ローゼンヌ、女、20歳]
[LV9、統90+7、武90、政73、知70、魅95]
魅力が95って凄くないか? 私よりも高いのだが……。
魅力が90台と言うことでボーナスが付いて統率は97……。
おまけに武は90とローゼリア最強の騎士ヴァイスと差が無い。これでまだLV的には未完成なのだ。
連戦続きで疲労困憊の上に、敵の増援に次ぐ増援で圧倒的兵力差となってしまい、本営を急襲されて危機を迎えてしまったが、途中まではアデン・ハーゲ連合軍相手に一歩も引かず勝ちまくっていたのも頷ける能力だ。
ヴァイスと彼女に大騎兵隊を預け、戦場で率いて見たい。
戦略や戦術を嗜む者らには堪らない魅力だろう。私欲で戦ってる訳では無いが武人として抗えぬ魅力がそこにあった。
叔父に関しては、魅力に併せて内政に関する部分がおしなべて高く、加えてあの人柄である。出陣の際に本拠を任せるのに最適な人材だと思えたし、高潔な人柄は国政を任せるに足る。
能力に関係なく、仲間になって欲しいと願った2人であったが、凄まじい能力値に自然と身が震えた。優秀な人材がいても使い方を誤れば同じである。
優れた能力も、上に立つ人間が無能なら無価値になり下がるだろう。
我が責任は非常に重い。
誰よりも切磋琢磨しなければと、ひとり心中に檄を飛ばす私だった。
◇◇
ローゼンヌの皆が合流してから初の集まりが開かれる。
主だった配下の者全てに招集をかけていた。
「皆もう既に知っているだろうが、改めて紹介させてくれ」
このために、前もって2人には私の両隣に座ってもらっていた。
「ツァハリアス叔父上に、ツェツィーリア殿だ」
二人が順に立ち皆へ礼をする。
「若くて活気のある良い家だ。叔父として、また先代の友として陰ながら精一杯手助けさせてもらうつもりだよ。娘共々皆さんよろしく頼む」
領地は無くとも、子爵であり歴とした帝国貴族な叔父だ。さりとて高飛車な姿は未だかつて一度として見た事が無く、だからと言って弱腰な風でもない。
人として懐が深いのだろうな。見習いたいものだ。
「娘のツェツィーリアです。皆さんよろしくお願いします」
先ほどと打って変わり、これはまぁ何というか、前から見てると非常にわかりやすい。男性陣の嬉しそうな者の多いこと多いこと。この美貌にあの魅力と統率だからなぁ、これは仕方がないな。
↓ 挿絵です、ツェツィーリアお披露目です ↓
最後に私からのお願いを付け足しておこうか。
「叔父上は、領地全てを失ってここに来たのではない。残る全てと、これからをローゼリアに託してくれたのだ。私に残された最後の家族と思って接して欲しい」
「家族……」
小さく呟いた後、やや頬を染め下を向くツェツィ。
何か変なこと言ったか?
2人の紹介が終わり、軍の陣容についての内容へと切り替わる。
現在のローゼリア軍は常備兵として総勢2200名を誇るものの、西はブルーメの先にアデン男爵やハーゲ子爵家がいる。北には裏切り者の弟アルザスに、亡き父上の第2夫人で次子の母と言う立場でありながら、正妻である我が母を亡き者としたゾフィと、共謀して我が父を討った、ゾフィの兄でありアルザスの叔父にあたるレーヴァンツェーンのヘルマン親子がいた。
南には馬産地で有名なヴァールハイト男爵領があって、ここは何代にもわたり取引が続くかなり友好的な関係を構築できてはいたが、東のドレイク男爵領という小領を跨いだ先のワンベルク伯爵領と不仲であった。民には重税を課し、己どもは華美に暮らすというアレクシスや父フランツが嫌う貴族像を地で行く家であったためだ。
北と西に敵を持ち東は不穏、安心できるのは南のみとそんな状況であった。
↓ ローゼリア周囲の各領主との関係図です(赤は敵性国家です) ↓
「いくら帝国有数の大きな港を持ち、財政的には裕福な家といえど、今の財政状況では常備軍は3000がギリギリか?」
「他を全て止め、何もかも切り詰めれば5000は行けましょうが、それでは軍装や馬を買う予算すら無くなりましょう」
勝ち続けるには練度や士気の高さは当然として、先手を取って敵の裏を欠き、虚実を尽くして戦うには、隊の速度や行軍距離も非序に重要な要素だ。
ただ兵数だけ多いのでは意味がない。
「多いだけの兵などいらん。数こそが全てと言うなら民兵で事足りる。装備の充足率は高く練度に優れ、騎兵と弓兵の数に重きを置きたいのだ。我らの勢力は小さい、ゆえに勝ち続けねばならん。他領と同じでは駄目だ」
短期目標として総兵数は2600、その内訳は歩兵1000に弓兵と騎兵それぞれを800とし、アレクシスの希望である弓兵と騎兵を重視した編成内容となった。
歩兵隊の訓練はオスヴァルトとホルガーに、弓兵の充足と育成をアイリーンとエイブラム親子に任せる。アイリーンに経験を積ませるべくエイブラムにはその豊かな経験で補佐を命じた、他人ならいざ知らず愛娘の補佐であれば不満も出ないはずだ。
騎兵隊の練度上昇はヴァイスとライラに任せて、ツェツィーリアにはサポートに回ってもらう。ツェツィは統率や魅力が非常に高く、軍事以外の国政面でも大いに役立つ可能性があるので、臨機応変に動きやすいサポート役とさせてもらった。
一見するとライラの下に配されたように見えてしまう人事であるため、そうではない事を皆には丁寧に説明したし、当然ツェツィにも説明済みである。
ユリシスには本陣付き癒官隊を更に充足させるため、我が軍へ転属してくれる癒官、または癒官見習いがいないかを当たってもらい、アンネマリーには戦場で怪我をした者をいち早く本陣癒官隊の元へ届ける人員を集めさせる。兵が負傷兵を届けると前線の兵数が安定せんからな、非戦闘員として怪我人を搬送する役割の者がいたら良いのでは? と考えたのだ。
「さて次は中期目標だが、父上の亡骸を取り戻す際に交わしたレーヴァンツェーンとの和平は依然継続中であり、奴らを攻めることは出来ん。そこで以前も述べた通り北方領を取り戻すべくアルザスを討とうと思う」
アルザスは弟であり、臣下の者からすれば本来主筋に当たるのだが、レーヴァンツェーンとの共謀の件から皆の憎悪の対象となっている。
「ノーファーを含む北部一帯の兵力は如何程と見る?」
これにはフーベルトが答えた。
「あの一帯は大きな街や集落もありません。我々の管理下にあった時は最大でも100に届かずでした。税収の面からも大勢の兵は雇えないはずです。考えられるとすれば、民の強制徴収による増兵くらいかと思われます」
「なるほど、皆はレーヴァンツェーンから援軍はあると思うか?」
これには皆すぐに返答できず、思案を待つ必要があった。
「アンネマリーどう思う?」
「ひゃい?」
突然話を振られたアンネマリーはびっくりしたようで、素っ頓狂な声をあげる。
「毎日遅くまで勉強しているだろう? 考えがあるなら言ってみると言い。良い機会だぞ?」
彼女からすれば良い迷惑かもしれないが、彼女のより良い成長を促すため、常に何らかの負荷をかけていくつもりでいる。
「で、では失礼して……、援軍はないと思います」
「理由は?」
「これまでの非道さから、女神シュマリナ様への誓約や、帝国貴族の作法すら平気で破りそうに見えますが、こちらは嫡男を押さえています。嫡男を害されるリスクを犯すとは思えません。ただし、言い逃れできる程度の支援はあると思います」
「例えば?」
「援兵を送るならレーヴァンツェーンの軍装ではなく、アルザス様の軍の装いに扮しているはずですし、食料程度の補助はあるかと思います。食料に名前は書けませんから」
「うん、私も同じ考えだ。ただ奴に『様』はいらん」
「は、はい」
「奴等が、より奴等らしければ、らしい程に逆に打てる手もある」
「よし、では軍の配備状況や練度が整い次第北方領奪還作戦を行う。皆そのつもりで動いてくれ」
「「「ははっ」」」
「叔父上や政務官の皆には別にお願いしたい事があります」
「なんだね?」
「我が領南のヴァールハイト男爵家との関係強化に努めて頂きたいのと、馬を優先的に売って頂けるよう交渉をお願いします。あとは……」
「あとは?」
「気が早いと思われるやも知れませんが打倒レーヴァンツェーンがなれば、かの地は恵石の産地で有名でもあります。交易ルートの構築をお願いしたいのです」
「承ったが、それは帝国の南側以外でいいのかな?」
「さすが叔父上、それで構いません。よろしくお願いします」
軍の陣容や編成は上々の滑り出しだと思う。
後ろに控える巨大な敵を倒すためには国を富ませ力をつけねばならない。そちらも急ぎ手を打っていかねば……、これは時間がいくらあっても足りんぞ。
神崎水花です。
ローゼンヌの頼もしき人たちが正式に麾下へと加わりましたね。
彼(彼女)らの今後も楽しみです。
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