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ローゼンクランツ王国再興記 〜前王朝の最高傑作が僕の内に宿る事を知る者は誰もいない〜  作者: 神崎水花
1章、人が生きる世こそ地獄ではないか

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19話、花落ちる時 ー後編ー

「敵は少ない兵力を更に減らしております」

「ハーゲ閣下の勝利間違いなしですな!」

「ですな!」「いやぁめでたい」「さすがです!」

 数々の勝利を祝う言葉にハーゲ子爵は上機嫌であった。

「うむ、公爵閣下に通行料として沢山払った甲斐があったわ。ヒョヒョヒョヒョ」

 彼の笑い声に合わせるように一同も笑い声を上げ、次々と杯を重ねていく。


↓ハーゲ子爵挿絵です。予想通りすぎですね……すみません↓

挿絵(By みてみん)

 

「それはそうと、ゴホン。皆に申し伝える事がある」

 上機嫌であった子爵が、急に真顔となった。

 皆少し緊張した面持ちで彼の発言を待つ。

「敵の姫は殺すな、必ず生きたまま儂の元に連れて参れ! これは厳命である」


 ここ数日ツェツィーリアに煮え湯を飲まされている者は多い。

 そして何よりも彼女は強かった。

 あ(・)れ(・)を(・)生きたまま捕えろと? 貴族様は相も変わらず無茶を言うものだな、あの女を無傷で捕えようとすれば、一体どれだけの被害が出るかわかっているのか?

 ちょっと考えればわかるだろうに……。

 場が急速にシラけ、否定的な空気に変ろうとするその時。

「姫をとらえた者には土地と金貨300枚を出すぞ」

 想像すらしない内容に時が一瞬止まる。


「土地はいらぬと言う者には金貨400枚でどうじゃ? ヒョヒョ」

「──但しじゃ、顔を傷つけてはならんし、手足が欠けるのもならぬ、萎えるでな」

 これには一同大変驚いたのち大歓声をあげた。


 この時代の平均的な男爵の年間収入が金貨200枚から500枚である。

 当然その収入は全て自由に使えるものでは無く、そこから騎士や従騎士に兵士、家人や使用人たちの給金や食費などが差し引かれていくのだ、服飾費だってバカにならない。ちょっとした貴族の年間収入に匹敵する額なのだ。

 なお一般の者に至っては、年間収入が金貨1枚と銀貨16枚程度である。

 兵卒であれば死ぬまで遊んで暮らしても、人生が何度もやり直せる程の金額。

 まさに破格と言っていい。

 ハーゲ子爵からの突然の宣言に、場は異様な盛り上がりを見せていた。

 

 ◆◆

 

 夜の帳が徐々に地平線を覆い隠す中、ローゼンヌ軍は静かに退却の準備を進めていた。酒の手伝いもあってか、遅くまで飲み騒いでいた敵もいつしか寝静まり、戦場が静寂と闇に包まれた頃ツェツィーリアが静かに合図を送る。

 

 兵士達は闇夜のなか身を潜め、鎧から金属が擦れた音や、武器から音が生じない様に細心の注意を払いながら慎重に歩を進めていく。

 

 星々が行く手を照らし、月明かりが鎧や武器にかすかな輝きを与えるも、防御陣地と天幕が良い目隠しとなってくれていた。少数で絶対的不利な我々が、堅牢な防御陣地を捨てて退却するとは夢にも思うまい。

 不測の事態あらば自ら身を挺し守ろうと、最後尾で全軍の指揮をとるツェツィーリアの意識は常に後方に向けられていた。

 

「このあたりまで来ればもう大丈夫でしょう。ここからは速足で」

 敵から十分な距離を確保できたと思う。

 これくらい離れていれば、少々音を立てても敵に見つからないはず。

 今までのような忍ぶ歩き方を辞め、早足で駆けさせる。このまま敵が早朝まで気が付かなければかなりの距離を稼ぐことが出来そうだ。安堵に、締めていた表情がつい緩んでしまう。


 連戦に次ぐ連戦で、誰もが顔に強い疲労を滲ませていた。

 

 ◆◆

 

 帝国歴202年3月16日

 敵からすれば衝撃の朝が訪れる。


 昨晩は敵領都ローリエから徴発した大量の酒で、大いに盛り上がった。

 そこへハーゲ子爵による突然の大胆発表(サプライズ)。

 敵の美姫を生きたまま捕らえれば、金貨400枚が貰えるのだという。

 これには役付きから士官、一兵卒までもが沸きに沸いた。タダ酒と皮算用は酒の肴として無類の相性を発揮する。皆が遅くまで皮算用に夢を膨らませ、あれでも無いこれでも無いと散々に飲み騒いだ。

 

 戦場で起きるには遅すぎる時間に目を覚ますと、どうにも様子がおかしい。敵陣があまりにも静かすぎるのである。慌てて敵陣の確認をさせるも時すでに遅し。

 敵軍は既におらず、もぬけの殻だったのだ。

 焚き火の冷え具合から、かなり前に出発した事も判明する。

 あの陣地があればこそ、まだギリギリ我らに抗えていたのだ。

 それを捨てて逃げるとは……これは誰も想像していなかった事態だった。


 ローゼンヌ軍撤退の事実に皆が大きな衝撃を受ける。まさに青天の霹靂だ。

 何せ目が覚めたら俺(・)達(・)の(・)金貨400枚が居なくなっていたのだから……。


「逃げたと言ってもいずれ袋小路よ、楽しみが後にズレただけの事。あぁ、あの美しい姫がもうすぐ儂のモノに……楽しみじゃ、大いに楽しみじゃ。ヒョヒョヒョ」

 ハーゲ子爵が戦場にそぐわない下卑た笑いを浮かべ高笑う。

 

 もはや逃げたところで残すは街ひとつ、何も慌てる事はないとハーゲ軍は悠々と街道を北上していくのであった。

 

 ◆◆

 

 暗闇のなか月明かりを頼りに黙々と歩いてきた。

 一度神力を溜めると2刻ほど灯る灯具がある。

 その灯りが消えるのを目印に、頃合いを見て小休憩を行う。

 もちろん灯りが外に漏れぬよう懐に大事にしまってのことだ。


 それを何度か繰り返すと、東の空が仄かに色づき始めた。

 いよいよ世があける、あけてしまう。

 敵が我々の退却に気づいたのは何時だろうか。

 我々が出て数刻後に気づいたのであれば、そろそろ捕捉されてもおかしくはない。

 

 蓄積された疲労が、勇敢な兵士達の気力を根こそぎ奪っていく。

 今までと比べても明らかに歩みが遅い。

 こんな状態で敵と遭遇させる訳にはいかない、何とかして急がせないと。


「皆疲れたでしょう? もう少しの辛抱です。ブルーメまで頑張るのです」

 少しでも早く歩くようツェツィーリアが激励する。

 皆ろくに休めておらず、睡眠も満足にとれていなかった。

 そんな彼らの尻を叩くのである、なんて嫌な役目なんだろう。

 でも、少しでも被害を食い止めたい。

 少しでも死者を減らしたい。

 ツェツィーリアは己の心に鞭をいれ、心で泣き、皆を叱咤激励して回る。


 重い足を引きずる様に歩く、ローゼンヌ軍の眼(まなこ)に待ちわびたブルーメが映った。

「ブルーメだ!」「ブルーメが見える!」

 ブルーメの門前には防御柵が建てられ、その中に数々の天幕が建てられていた。

 ところどころ炊煙があがっているのも見える。ヘイゼル達が頑張ってくれたに違いなかった。

「飯だ!」「炊煙が出てるぞ!」

 俄かに活気づくローゼンヌ軍は、ブルーメ門前の防御陣地へとなだれこんだ。

 もう駄目だ~と言い、大鍋の周りや天幕の周辺にへたりこむ兵士達にヘイゼル隊や輜重隊、ブルーメからの応援が駆けつけ食事を手渡していく。


 本営用に設営された大きめの天幕に仕官達が集められ、食事を取りながらの軍議が始まろうとしていた。卓の最前中央にはツァハリアスが座していたが、ツェツィーリアを見てこくりと頷く、父から進行を任されたツェツィーリアはすっと立ち上がる。


「まずはお礼を言わせてほしいの、ここまで皆ご苦労様でした。戦いはまだ終わっていませんが、皆の頑張りで兵士達に休息を与える事が出来ました」

 ツェツィーリアがすっと頭を下げた。

「それとヘイゼルありがとう」

 昨夜以来のヘイゼルにも頭を下げた。

 皆の前で、主君の娘であるツェツィーリアに頭を下げさせてしまい、恐縮するヘイゼル。

「と、とんでもございません。役目を果たしただけです」

 と、あたふたする様子が可笑しかったのか、ツェツィーリアはくすりと微笑んだ。


 食事を取りながらの軍議が始まった。

「さて、この時間に敵が現れないと言う事は、敵は朝に気づいたんじゃないかしら?」

 改めてツェツィーリアが皆に問う。

「斥候や先行させた騎兵隊すら来ませんでしたからね……」

「奴ら、遅くまで騒いでいたようですから」「確かに」

 皆の意見を纏めると、遅くまで酒を飲み騒いでいた敵はローゼンヌ軍撤退に気づくのが遅れ、朝方に出発したのだろう、との結論に至る。

 その後は敵が何時頃に着くのか、兵士はどれくらい寝かせてやれるか等を取り決め軍議を終えた。ツェツィーリアを含む士官たちも交代で休みを取らねばならないからだ。


 日がいよいよ落ちようかという頃、忌まわしき敵軍がその姿をついに現す。

 今にも日は沈み、夜を迎えようとしている。彼らは野営の準備を今から行わなければならない。まともな指揮官であれば、疲労の残る状態でいきなり攻める愚は侵さないだろう。まずは兵士に休息を与えるはずだ。

「まだまだ兵士達には休んで貰えそうね。よかった」

 敵は現れたが、今日はもう戦闘行為は無いだろう。

 夜襲の可能性がゼロではない以上、全員を休ませてやる事は出来ないが、交代制で出来る限り大勢が休憩できるよう差配せねばとツェツィーリアは思うのだった。


 ブルーメは中程度の街である。

 規模はそれほど大きくなく、川を挟んですぐが隣領であり、隣領との交易で自然発生的に出来た町であった。

 親族であるローゼリア家が治める領都ローゼンハーフェンが非常に近いことから、ローゼリア家への配慮でブルーメに兵は殆ど置かれていない。

 

 昨日の戦いでは騎兵同士の戦いに勝利したものの、防御陣地での消耗戦を強いられ数を減らしたローゼンヌ軍は、ヘイゼルの隊と、幾何(いくばく)かのブルーメ守備隊が合流してもその数は300に満たないでいた。

 相手の兵数は900程だろうか? どうすれば勝てるだろう。

 試案を重ねても良い策は浮かばない。釣りだし包囲殲滅するには兵が足りず、相手の側面を突き崩すほどの騎兵戦力もない。

 前線を維持するだけで精一杯の兵力だった。

 

 ローリエが健在で、遊撃的に戦えた先の戦いとは勝手が違う。背後に守るものがあり戦場を広く縦横無尽に駆ける様な戦い方は出来ない。

 ではどうする? ブルーメ内に退がり街を盾に戦う? 仮に降伏を選べばどうなるだろうか?

 

 ツェツィーリアは子爵の娘という己の立場に加え、武芸に騎乗などを好むという男勝りな一面も持っていたから、生まれてから今日まで男性と交際した事が無く、当然生娘であった。

 そもそも貴族の娘である以上、自分で相手を選ぶ事は難しく、親や周りの家が勝手に決めてしまう例が殆どだ。別に彼女や彼女の家が珍しいわけでも何でもない。

 

 まだまだ色々な意味で、男女の機微に疎(うと)さの残る彼女であったが、そんな彼女であってすら、自分が捕まったらどう処されるのかは何となくだが想像がついていた。

 兵達の慰み者にされるのだろうか?

 褒賞として臣下に下賜される事もあるかもしれない。

 良くて精々ハーゲ子爵あたりの妾だろう。

 ご機嫌取りに公爵あたりへ売られる事もあるかもしれないわ……。

 どちらにしろ、降伏の先に良い未来が待ってるようには思えなかった。

 そう考えると、皆の命を救うための降伏は良いけれど、我が身においては到底受け入れる事など出来ない。


 その時は自分で命を絶たねばなりませんね……。

 暗く悲しい考えが脳裏をよぎる。

 

 「アレクスの所に逃げたら迷惑……よね?」

 ふいに、6年前の新帝陛下の即位式で出会った、親戚の大人しそうな男の子を思い出す。

 当時彼女は14歳と、十代もまだ半ばであったが、ローゼンヌ子爵の娘は大層美しいと貴族内でも噂になり始めていた。

 先々で好奇な目を見せる大人達に、舐めるような目で自分を見つめる貴族の方々、彼女の話など一切聞かず、ただひたすらに自慢話ばかりする貴族の子息達。公爵閣下の嫡子殿に至っては14歳の少女にいきなり「妾にしてやる」と言い出す始末。ああ思い出すのも気持ちが悪い。あんな家には行けないわ……。


 思えばあの会場で唯一好奇な、気持ち悪い視線を私に向けなかった子。

 つい先日、家族の裏切りで両親を失った親戚の男の子。

 そこに私たちが逃げたらどうなるだろう? 敵はそのまま彼の領地までも蹂躙するのだろうか……。先が見えず、悪い方向にばかり気持ちが向いてしまう。

 

「誰か助けて……うぅ」

 涙が頬を伝う。

 勝てる要素は見つからない。負ければ全てが失われる。

 少しずつ追い詰められていく今の状況に、ツェツィーリアの心が悲鳴をあげていた。

 

↓ ローゼンヌ軍の前に揃う3軍、敵軍の侵攻ルート図です ↓ 

挿絵(By みてみん)

  

 帝国歴202年3月17日

 ブルーメの前方数キロの地点にて、アデン・ハーゲ連合軍とローゼンヌ軍がぶつかった。父ツァハリアスの本営に50ほど残し、残る全ての兵力を前線へ投入する。

 ツェツィーリアに率いられたローゼンヌ兵は強い、決して諦めず勇敢に戦い、3倍以上の敵兵とさえ互角に戦っている。


 勝つためには敵子爵を倒すしかない。

 絶好の機会あらば死に物狂いで突貫し、必ずや敵子爵を討ってみせると意気込むツェツィーリアと直卒隊に絶好の機会が訪れる。

 風にはためく敵の大将旗が見えたのだ。

「みんなの命を私にください」

 兵が目に闘志を燃やし、彼女を見ていた。

「私も供に行きます。あなた達だけ行かせませんから」

 士気を高めるための演説ですらない、我らが姫の魂の叫びである。

 ローゼンヌ兵がそれに応え、ウオオオオッと兵が吠え、叫ぶ。

「狙うは敵大将旗ただ一つ!かかれーっ」


↓ ただ一つの勝機、敵本陣目指し最後の突撃を敢行せんとするツェツィーリア ↓ 

挿絵(By みてみん) 

  

 ツェツィーリア様1人、行かせはしない。

 姫を守るんだ。

 供に戦える事が幸せ。みなが心に秘める思いは違えども戦う意思は変わない。

 兵達の意思が一つになる。

 ローゼンヌ軍の、いや違う、ツェツィーリア軍が見せる異常なまでの強さとはまさにこれに尽きる。兵達が一つの熱き塊となり、敵大将旗へ向かい雪崩こむ。


 溶岩に触れた草木が一瞬にして燃え落ちるように、決死の彼女らに触れた敵もまた一瞬で崩れ落ちた。

 ツェツィーリアが渾身の力で槍を振い、死角は狙わせまいとラウラがサポートする。死戦を共に潜り抜けてきたミヒャエルが、戦いの場を得たりとヘイゼルが後に続いた。

 突撃は順調そうに見えたが、前方を走る数騎がけたたましい衝撃音と共に前脚が崩れ、縦に暴れるように回転してしまう。あれでは乗ってたものは助からないだろう。

「な、縄だ!、縄があるぞ!」

 騎兵突撃に垂直となるよう地に縄が張られていたのだ! なるほど先ほどの彼らはこれで転倒したのか……縄を切ろうと槍の穂先を下に向けると、馬の速度低下に合わせ彼女へ何かが投げつけられた。

 縄の切断を諦め馬を素早く跳躍させ、槍を旋回させ払うもそ(・)れ(・)ら(・)はあまり切れずに絡みつく、飛んでくる多数の網に馬が足を絡ませ倒れてしまった。

 

 縄に絡まり、馬ごと倒れた私を捕らえようと、敵が遮二無二突撃し、そんな私を救おうと皆が必死に敵を食い止めていた。

 ここに私がいるから皆が死んでしまう。

「私を置いて逃げなさい!」

 心の底からの本心だった。皆死なないで、生きて!

神崎水花です。

それにしても1人の女性に金貨400枚ですか、ハーゲ子爵恐るべしですね。


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