13話、加護 ー前編ー
なぜこうなった?
今は亡き父上の執務室で上半身裸の男が、癒官服に身を包んだ金髪のそれはそれは見目麗しい女性に……、体中を調べられている。
解読に必要なのか、時おり肌をなぞるように指が添えられたり、そっと撫でられるようで何ともこそばゆい。人がこの光景を見たらどう思うだろうか? 誤解される事間違いなしだと思う。
ただ体を触られるだけの私は、手持ち無沙汰なのもあってか思考を適当に泳がせては遊んでいるが、紋様を見るユリシスは真面目の一言に尽きる。
「アレクシス様、これらの紋様はやはり聖紋で間違いありません」
「ほう」
「文献によると、背中に描かれた文字のようなモノは、神聖文字と言われる古代文字の一種でした」
「神聖文字か、創世記の前、神代の時代に使われていたと伝わる字だな」
「アレクシス様は博識でございますね」
「そうかな? で、何と書かれていたかわかったのか?」
「……」
まさかここまでしておいて、読めないとかはないだろう?
「……」
ユリシスの頬はみるみる紅潮し、その瞳には涙を一杯に浮かべ始める。
なんだなんだ? 気になるではないか。
「……唱えよ、さすれば道は開かれん。愛と……、慈悲をもって導く……ものなり」
背へ書かれていた内容に思わず感極まったのか、ユリシスが読みながらに落涙し、声にならない嗚咽をもらしていた。
↓ 感極まるユリシス挿絵です ↓
「ぐすっ、やはり間違っておりませんでしたね。貴方様こそ、我が主です」
「そ、そうか」
「我が身がいつか天に召されるその日まで、お傍でお仕えさせて頂かねばならぬお方です。私に出来る事であれば何でもお申し付けください」
涙を流しながら恭しく頭を下げるユリシス。
折角よい感じに砕けつつあったのに、元に戻ってしまったようだ。
まいったな、しかも仕えさせてくださいと希望する形ではなく、仕えねばならぬと来ている。私は只の人間だぞ? その扱いは少々重たすぎないか?
ちょっと待て、重さも大事だが……今なんでもと言わなかったか?
「いま、何でもと言ったか?」
「えぇ、言いました」
頬を朱に染め、瞳には一杯の涙を浮かべ微笑むユリシス。
彼女の偽り無き真心を聞き、今度は私が気恥ずかしくて下を向いてしまう。
これではまるで私が良からぬ想像をも、しているみたいではないか。
ええい、話題を変えてしまえ。
「先ほど唱えよと言っていたが、何を唱えればよいのだ?」
頬を朱に染めたまま、我が問いへ首を傾げる様に重美人が答えようとしていた。話題が急に変わってしまったものな、そりゃ戸惑うか。
しかし、重い美人か…、しっかりと兵装を誂えた者らを重装歩兵や重装騎兵とも言うから、重想美人とか呼ぶのはどうだろう。
ふむ、なかなか良いネーミングセンスだと思わんか?
少しばかり脱線が過ぎるか。
「そこは何も書かれておりませんでした。ですが、いずれ分かる時が来られるかと」
しかし、さっぱり分からないな。
何かを唱えると道が開かれるようだが、それがただ言えばよいのか、それとも心中で念ずるのみなのか、それすらも不明なのだ。
まずはその何かを見つけるべく、思いつく限りの言葉を唱えてみる。
「開け!」「道を示したまえ」
「我に啓示を」「わが神よ」
「女神様、我に道を示したまえ」「開けゴマ!」
1つ違うものが混ざっていたが気にしないでくれ。
まるで反応がない。
普段と何も変わらず、些細な変化すらも感じない。
実はもう変化しているのか?
見える範囲で自分を確かめてみるが、普段との差異はわからなかった。
「ユリシス」
「はい」
「私は、何か変わったか?」
「いえ、特には」
場所は関係あるのだろうか?
聖堂でお祈りしてみるのはどうだ? 良いかもしれないそ。
少なくともここよりは女神にも近そうだ。
「聖堂へ行ってくる」
ユリシスが実に吹っ切れた美しい笑顔で後ろをついてくる。
だが騙されてはいけないぞ、彼女は重想美人だ。重いんだ。
既に夜だったせいもあろう。
こんな時間に聖堂を訪れる信者はおらず、私達の来訪を知った司教が直々に対応くださるとの申し出を受けたが、そこは丁重にお断りさせて頂いた。
なぜかと? 領主が聖堂で夜な夜な訳の分からない文言を唱えてる姿を見せる訳にはいかんだろ? 変な噂でも立てられたら対応に困る。
重く荘厳なる扉を開いて聖堂へ入ると、その最奥の中央にはひときわ大きく豪奢に飾られた女神シュマリナ聖像が異彩を放っており、その聖像を守護し奉るかのように4体の従神像が左右に配されている。
周囲に目をやると、先の従神像に比べると随分小ぶりで控えではあるが、無数の眷属神たちもまた周りを守るように設置されていて、なかなかの見ごたえであった。
中央で一際異彩を放つ聖なる女神像の前に赴いた私は、一礼のあと静かに膝を降ろした。そんな私の動きに合わせたのか、ユリシスも斜め後方で静かに膝を降ろす。
「シュマリナ様、お救いくださりありがとうございます」
女神像へ恭しく頭を下げ、礼を述べるがなんの反応もない。
「シュマリナ様、私に道をお示しください」
我々以外誰もいない聖堂は静粛で、あまりの静けさから耳が痛いのでは、と錯覚するほどに音が無かった。
その後も思いつく限りの言葉を並べてみるが変化は訪れず、何の成果も無い。どうせ背中に記してくれるなら、もっと分かりやすく記すべきだろうよと毒づく程にだ。
あまりの進捗の無さに辟易とした私は、少しでも手掛かりを求め自然と彼女を見つめてしまう。
だが、背に書かれた神聖文字にこれ以上のヒントは無い。
本当に? 見逃しは無いのか?
ああ情報が欲しい。
そう強く、強く願うとユリシスに何かが表示された。
その表示された何かを、目を凝らしよく観察してみると。
[ユリシス・ラ・シュバリエール、女、23歳]と書かれている。
な、なんだこれ……。
初めて訪れた異質な変化に、身ぶるいする。
ユリシスの名前が? なぜ名前が出ている?
もしかして、これが能力って奴なのか?
授かった能力を一刻も早く把握したい私は、急ぎ礼拝堂を出て彼女を自室に招き入れる。能力について少しわかったかもしれない、色々協力してくれないか? と丁寧に説明をし、承諾を得たのでユリシスを凝視しても問題ないはずだ。
じっと見る事もその一環と伝えてあるから。
まずはあの不思議な現象? を再現しなければならない。
あの時のようにユリシスを見つめながら情報が知りたいと、強く強く、願ってみると、ユリシスのすぐ傍に例の不思議な文字群が表示されたのだ、成功したようだ。
[ユリシス・ラ・シュバリエール、女、23歳]
[LV9、統72+3、武72、政64、知74、魅82]
[その他:信奉]
名と姓、性別に年齢が表示された。
名前から察するにただの平民では無さそうだ。『ラ』が姓の前に付くのは確か南方の貴族家出身の者だったか? 彼女は元々修道院に詰めており南にはセイクラム・シュマリナ教国がある。当然と言えば当然か、そこの出身かもしれない。
次のレベルとはなんだろう?
情報を知りたいと強く願うと色々表示された訳だから、この部分を知りたいと強く願ってみるか? この試みはあっさりと成功したようで、表示内容に変化が現れた。
[LV:経験の段階を示す。今まで収めてきた事柄を糧にどの程度成長したかの指標となる]
ほう、わかるようなわからないような、比較対象が無ければ程度がわからず判断のしようが無いと思うのだが……。
[統率力:士気に影響する。人や人々を率いる際に+補正]
[武 力:個の武勇、腕力、体力、持久力などに+補正]
[政治力:政治を進めていく力、内政力、外交力、調整力、人との関係性に+補正]
[知 力:知性全般をさし理解力、創造(想像)力、洞察力、記憶力、知覚力、判断力などに+補正]
[魅 力:人を、人の心を惹きつける力、統率に+補正]
後はその他妄信か……。
信奉とは読んで字の如く、信じて尊ぶ事だ。
これが私への状態を示すのであれば有難い話でもあるが、覗いてはいけない物を覗いたようで申し訳なくもある。ただ、そうではなく女神様への信仰を示している可能性も捨てきれない。この部分は引き続き検証が必要だと思える。
ユリシスが頬を赤く染め、恥ずかしそうにしている事に今更気づく。
さすがに凝視しすぎたか? おっと、羅列された情報を上から順に読んでいただけだが丁度その背景? が胸のあたりだったようだな。
「色々と見えたから夢中になってしまった、すまない」
首をぶんぶんと振り。
「いえ、お気になさらないでください」と返すも。
「どのような事がお見えになったのですか?」と続く。
彼女も私が授かった力に興味があるみたいだった。
そりゃそうか、彼女は聖紋から力の発現までの流れを知る唯一の人物だ。あの時一緒に風呂へ入ったアンネマリーでさえ力の発現までは知らないでいる。
しかし何と説明するべきか……。
皆まで説明する必要はないと思う。
本名から年齢、それこそ能力の詳細までもが他人に知られるとなれば、決して良い気分はしないだろう。私なら御免こうむる。
それに本名が分かると言う事はだ、他国の密偵の判別にも使えるかもしれんぞ?
この事を知る者は出来るだけ少ない方がいいな。知られれば密偵や間者共は私の前に姿を現さなくなるだろう。それでは意味が無い。
「人を導くために、大まかにその人の向き不向きがわかるようだよ」
「──例えばそうだなユリシス、君は癒官だった割に武の才能もあるようだし知性にも優れている。人を率いる才もあるようだな」
彼女の表情や視線から、その熱心さや関心の高さが伝わってくる。
「神力が人より多かったので癒官に転属されましたが、それまでは修道院で衛士の訓練を受けつつ、色々学んでおりました。そのお陰かもしれません」
「そんな事までおわかりになるのですね」
彼女は口元をほんのりと緩めて、柔らかな笑顔を見せた。
「協力ありがとう助かったよ」
能力の優劣を知るためにもある程度の人数を見ておきたい。
比較対象がない事には判断のしようがないと思うのだが、この時間で比較的人が多いと言えば何処だ? やはり大食堂だろうか?
「力の使い方を練習したいから、大食堂で食事を取りつつやってみるか」
「私も御供させてください」
「ん? ずっと側で仕えるんだろう?」
「はい!」
「なら、好きにするといい」
「主様……」
ユリシスの瞳が少し潤んでいた。
「そうそうユリシス、この力の事はしばらく内密で頼むぞ? おおまかとは言え、人に才を知られたくない者もおるだろうからな」
「主様に知られるのが嫌な不届き物はこの屋敷にはおりません!」
しまった、重想美人を召喚してしまった。
とっとと退散するに限る。
神崎水花です。
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