【一場面小説】ジョスイ物語 〜官兵衛、山中の策を量るノ段 賤ヶ岳の戦い其ノ参
湖北で対峙する羽柴秀吉と柴田勝家の軍勢。山路正国の裏切りと出奔をきっかけに戦が動き出した。
やるか、柴田勝家は側近の山中長俊と中村文荷斎に一瞥をくれた。
佐久間盛政が弄する「中入り」、勝家は奇襲作戦を受け容れた。秀吉、美濃に向かうの報が、慎重だった勝家を動かした。強張っていた盛政の目元には昂った笑みが浮かぶ。
夜陰に乗じ、行市山の尾根伝いに兵を進め、権現坂で余呉湖に下る。密かに湖畔を行き、賤ヶ岳をやり過ごして、手薄と分かった大岩山、岩崎山を次々と襲う。これに連動し勝家本隊は北国街道を南進、羽柴勢の最前線と本陣を分断する。この大胆な策に老練な山中が注文を付けた。
かつて勝家と戦い、屈しなかった強かな謀臣は斯く語る。我々が動けば、遠からず秀吉はこれを識り美濃から戻る。この策はそれまでに決着しなくてはならない。大岩と岩崎の砦を速やかに陥れ、堀秀政を背後を突き、前後から殲滅しなければならない。これは時間との戦いなのだと。
山路の裏切りと出奔、これが早や織田信孝に漏れてしまった。官兵衛は湖北から美濃、伊勢に向かう街道には忍どもを配して備えたが、敵は伊吹山を抜ける間道を使ったのか、思いのほか早い。
きっと山中長俊の配下、甲賀者の仕事だろう。山中は元々は六角の家臣、近江から西美濃は庭の様なものだ。そもそも全ての道を塞ぐことなど叶わない。少しでも密使を遅らせることが肝要だったが、二日ともたなかった。黒田の忍どもは無事だろうか、官兵衛に一抹の不安が過る(よぎる)。
「秀吉様が美濃に向かったことを敵は知っているやも知れぬ。ならば柴田は動く、いや既に動いているか、、」官兵衛は不安げに沈黙する栗山と母里を前に独りごちた。 つづく