俺のことが大嫌いって言う妹が、寝てる俺からファーストキスを奪ったんですけど!?
「げっ…」
「お~…おふぁよ~」
朝、俺が先に洗面所で歯磨きをしてると、妹の沙月は俺をゴミでも見るかのような目を向け、そして。
「も~!なんでお兄ちゃんが先に使ってるの!?サイアク!キモい!!」
そう怒声をあげ、バンッ!!と、洗面所のドアを思いきり閉めた。
「…んだよ、俺の後に洗面所使いたくなかったらもっと早く起きればいいだろ…」
はあ~…と溜め息をつきながら、俺は歯磨きを続ける。
妹の理不尽な怒声のおかげで、朝から気分が悪くなってしまった。
まあ、いつものことだけど。
◇
「はあ~…」
「よお、佐」
「お~おはよう、光希」
学校に着き溜め息を吐いていると、隣の席で俺の友達の大河光希が声をかけてきた。
「朝っぱらからめっちゃ溜め息吐くじゃん。どうした?また妹ちゃんか?」
「お~…俺があいつより先に洗面所使ってたら、サイアク!キモい!!つってめっちゃキレられた」
「お前マジ嫌われてんな~。ほんと、なにしたの?」
「なんもしてねーよ!」
「妹ちゃんお前に似ず、めっちゃ可愛いからな~。あ、もしかして…妹ちゃんが可愛すぎて何かやらしーことでもしただろ?」
「ばっか、気持ちわりぃこと言うなよ。んなことするわけねぇだろ!」
確かに、妹はよそのやつからしたら可愛いと…思う。
栗色のボブヘアはいつもつやつやと潤ってて、目は二重で大きくてくりくりとしてるし、スタイルもガリガリというわけでもないいい肉付きで…何よりおっぱいが大きい。何かの拍子で知ったが、Fカップだとか。
そんな同級生がいたら俺だって好きになるだろうし、邪な眼で見てしまうと思う。
けど、そんな女子がよりにもよって俺の妹。それに、何故かめちゃ俺のことを嫌ってる。
ドキドキする…といっても恐怖的なドキドキしかしない。
「じゃあ、妹ちゃん俺がもらっていいですか?お兄様」
「勝手にすればいいだろ。でも、俺は手助けとかしないし、ていうかできないからな。ちょっと近づくだけで舌打ち&『キモい』だからな、俺の扱いは」
「お前マジ嫌われてんな(笑)」
「るせ~」
◇
「ふはっ、ウケる」
学校から帰ってきて、リビングのソファの上でマンガを読みながらポテチをばりばり食ってると、妹が学校から帰ってきた。
「ただいま~」
「お邪魔しま~す」
「げっ、沙月だ。今日は早いな。てか、友達連れてきたのか?やべ、こんな散らかってるところをあいつに見られでもしたら、あいつまたぶちギレる!」
と、読み散らかしたマンガをあわてて片付けようとしたけど、時既に遅し。
「げっ…お兄ちゃん」
「え?沙月、お兄ちゃんいたんだ。お邪魔しま~す」
「ど、どうも~…」
お前なんでここにいるんだよ。お前は部屋にでも籠ってろよ。てか、なに散らかしてるんだよ?今すぐ死ねよ。
そんな殺気が妹の方からビンビン伝わってくる気がして、妹に視線が向けられない。
と。
「初めましてお兄さ~ん♡沙月の同クラで友達の新庄アルカです♡お兄さんのお名前は何て言うんですか?」
「うえっ?えっと、常磐佐…です」
「眼鏡お似合いですね♡私メガネ男子大好きなんですよ~♡」
「へっ?え?そんなこと初めていわれました…ありがとうございます」
その沙月の友達の新庄さんは俺の横にとふん、と座ると、俺の腕に腕を絡めて顔を近づけてきた。突然のことに驚いた俺は、年下であろう彼女に敬語で話してしまう。
俺の左腕に新庄さんのやわわなたわわが…むにむにゅっと当たってる…。
「タスクさんは彼女とかいます?」
「い、いや、今は居ないよ」
「ほんとですか~?じゃ~あ~私がタスクさんの彼女になっちゃおっかな~?」
「…へ?」
俺が新庄さんにデレデレしてると。
「だめだよ!アルカ!こいつ彼女なんていたことないDTだし!キモいし!~~!とにかくこんなやつといると不愉快になるから行こっ!!」
顔を真っ赤にして妹は声をあげると、新庄さんの腕を引っ張り、玄関の方へと向かう。
「おい!ちょ、だ、誰がDTだよ!失礼だろが!!」
「うるさい!!ほんとのことでしょ!?ほんっと、お兄ちゃんなんか大っ嫌い!!!」
何故か泣きながら妹はそう怒声を上げて、玄関のドアを『バンッ!!!』と思いきり閉めて出ていった。
…しばらく呆然として俺は。
「はぁ~…なんっなんだよ!あいつは!余計なこと言いやがって!」
大きく溜め息を吐きながら、俺はソファに思いきり背中から倒れた。
◇
それ以来、妹は俺に罵声すら言わなくなった。目も合わせない…いや、目を合わせないのはもとからか。
まあ、罵声を言われなくなって良かったけど…無視されるのはそれはそれでなんか嫌で。
それに、俺と目が合いそうになって視線を反らす時、妹はなんか悲しそうな顔をしている…気がする。
…友達に俺を見られたのがそんなに嫌だったのかな…と思うと、さすがにへこむ。
昔は「お兄ちゃん大好き!大きくなったら結婚して♡」ってよく言ってた妹の可愛らしい声が、未だに時々脳内再生される。いや、そういうところがあるからキモいのかな…俺。
でもマジで、なんでこんなに妹にめちゃ嫌われてるのか分からない。
…そう言うお年頃ってやつなのかな?
俺は内心で思いながら、溜め息を吐くのだった。
◇
ある日の学校帰り。
「やっべ~…めっちゃ眠て~。昨日はさすがに遅くまでゲームしすぎたな~…」
眠すぎて部屋に行く気力もなくて、俺は帰ってくるなり、制服を着替えずにそのままの格好でソファに倒れた。
…ぼんやりとしてゆく視界。すうっ…と、体がソファに落ちていく感覚を感じる。
眠りそう…そう思った時。
「ただいま~」
こんなタイミングで、妹が学校から帰ってきた。でももう、意識がほとんど寝てる状態で体が動かない。
…やべ、沙月帰ってきやがった。でももう…動けね。
意識が、夢と現実の間を彷徨っていると。妹が俺のいるリビングに来たようだ。そして。
「…お兄ちゃん?眠ってるの…かな?も~…こんなところで眠ってないでお部屋で眠ったらいいのに。風邪引いたらどうするの」
あれ?と俺は思う。いつもより優しい口調。こんなに柔らかな「お兄ちゃん」という妹の声は久々だった。
すると、体にふわり…と柔らかな布が掛けられた感覚。妹は俺に薄い毛布でも掛けてくれたようだ。
え?なに?ほんとに沙月か??もしかして夢??
ふわふわとした意識のなかでそう思っていると。
「…ごめんね、お兄ちゃん。この前はどっ…DT…とか言っちゃって。アルカがお兄ちゃんに積極的だったから動揺して焦って変なこと言っちゃって…」
俺の顔のすぐそばで、悲しげなトーンで言う妹。こんな妹は初めてだった。
俺が眠ってると思ってる妹は、ぽつりぽつりと俺のそばで話を続ける。
「いつも『キモい』とか『大嫌い』とか言ってごめんね。ほんとうは…お兄ちゃんのことすごく大好きなのに」
え…?
「でも…私のお兄ちゃんへの『大好き』は、兄弟としての『大好き』じゃないの。だから、お兄ちゃんのことを心から嫌いになって『大嫌い』で『大好き』を塗りつぶそうとしてるけど…無理だなぁ。だって、こんな無防備で寝てるお兄ちゃんが可愛くて抱きしめたくて…キス、したくてしようがないもん」
目蓋の向こう、見えないけれど。妹は泣いているのか、涙声で眠る俺に話す。
うそ…だろ?沙月が俺のこと大好き?それも、お兄ちゃんとしての俺じゃなくて…
目蓋の裏で動揺していると。
「…お兄ちゃん、大好きだよ」
ふわっ、とした、妹の甘い香りが俺の顔に近づいてきたかと思ったら、妹は俺の眼鏡をはずすと…
────────────────……………
俺の口に、あたたかくてやわらかいものが触れた。
妹の甘い香りが鼻腔を擽り、体内に入ってくる。
したことないけど…これはキス、だろう。
待って…え?俺キスしてるの?沙月と?嘘だろ、あんなに俺のこと嫌ってる沙月が?ありえない。やっぱりこれは夢か…でも、それにしては唇の柔らかさや、俺の胸に触れる沙月の手の小さな震えがリアルだけど……
唇を塞がれ息苦しいのに、なんとも言えない気持ちよさが全身を満たす…
────────────────……………
ぷちゅ…っと、湿った音をたてながら、妹は俺の唇から離れ、そして。
「どうしよう…お兄ちゃん」
目蓋の向こうから、妹の悲しげな囁き声が聴こえてきた……