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西城薫が来るようになって数日過ぎある日の放課後、美咲は部室に来るなり綺麗にラッピングされたクッキーを修司に手渡した。
「せんぱーい! いいものあげまーす。じゃーん! 美咲ちゃん印の手作りクッキーです!」
にこにこと笑う美咲に少しひきつった笑顔を見せる修司は、美咲の手の中にあるクッキーを受け取った。
「ありがとう、橘さん」
手短にお礼を言う修司であったが、今までもこういうことはあり、過去に貰ったクッキーには世界一辛いと言われる唐辛子ソースが練り込まれていたりした。
そんな事も知らずに食べたのだから、その時は大騒ぎをしたのを覚えている。
そして、今目の前のクッキー……、修司には怪しいさしか無いのである。
橘さんの手作りクッキー……。なんの罠だっ!? あんなにニコニコしてるし、怪しさしかない……。
「せんぱーい、食べないんですか? 早く食べてくださいよー! 今回のは自信作なんですよ?」
猫なで声の甘えるような声色で言う美咲の言葉に、修司は更に警戒を強めた。
自信作だと!? 前回があれだったんだ……。どんなイタズラが待ち受けているんだ!? 食べたら電気が流れるとかか!?
「先輩……?」
あまりにも修司が警戒してクッキーを見つめている事に、美咲は不信感を強めていく。
やばいいいいいいい!! アクションしなさすぎて、不信に思ってる!! 何か! 何かないか!?
無視をすると、ろくなことがないと学んでいる修司は辺りをキョロキョロと目を動かした。
すると、薫が目に止まり、薫に何か話題をふってこの場を乗りきろうとしたのだ。
「西城さん! 見て、橘さんがクッキーを作って来てくれた見たいなんだ。西城は料理とかするの?」
修司に話しかけられた薫は、本から目を外して修司を見て微笑んだ。
「それは、そこのアバズレさんのより、私の手作りクッキーが食べたいって事かしら?」
やたらと、「私の」の部分を強調して言った薫は、美咲の顔を見て勝ち誇った顔をして鼻で美咲を笑い飛ばした。
「せんぱーい? 私のクッキーは食べたくないんですかぁ?」
薫の挑発を受けた美咲は、修司に笑顔でにじり寄るがどう見ても怒っているようにしか見えない。
修司はやぶ蛇だったと後悔し、美咲を宥めようと必死に言い訳をいい始めた。
「違うよ!? 勿論凄く嬉しいよ!! うん! ただ、西城さんもこう言うことするのかなぁ? と、思っただけで、特に深い意味はないんだよ?」
あたふたと言い訳を並べている修司の横で、薫は自分の鞄をゴソコゾと漁り始め鞄から綺麗に包まれたクッキーを取り出した。
「修司くん、そんなに私のが食べたいならあげるわよ? はい、あーん」
薫は綺麗に包装された袋からクッキーを1枚取り出し、修司に自分のクッキーを食べさせようとする。
それを見た美咲は、慌てて修司の手から袋をひったくり自分のクッキーを1枚取り出し、肩で薫を押しやりながら修司に自分のクッキーを食べさせようとした。
「せん、ぱいはっ! わたっ、しのを食べるから、はやくっ! それ、しまってくれませーん?」
「な、にを、言っているのか、理解っ! しかねるわね? 貴女こそっ! 早くしまったらっ、どうかしらっ?」
美咲も薫も真剣な目をしており、お互いに自分の肩を相手に押し付けあい、修司に自分のクッキーを1番に食べさせようとしてくる。
「ふ、二人共落ち着こうよ? ね? その、怖いよ……?」
修司は思わず上擦った声で、二人を宥めた。
「ほら、先輩が怖がってっ! いるっ、から、陰険女はきえてくださーい!」
「修司くんは、アバズレさんを怖がっていると! なっぜ! 分からないのかしらっ!?」
そんな言い合いをしながらも、我先にと距離を詰めてくる二人と、そんな二人から距離を離す修司と言う奇妙な駆け引きが部室内で行われていた。
うう……、僕は回避したかっただけなのに、悪化してるよぉー。
修司はこの状況をみて、泣きたい気持ちになっていた。
自分が作り出した状況なのに。
何か無いか……、考えろ僕っ!! そうだ! お茶だ、クッキーを食べるにはお茶も欲しいから、買ってくると言ってここから抜け出し帰ろう!
そう思いつくと、これは中々の妙案のように思えた修司は、さっそく行動にうつした。
「クッキーを食べる前にさ? 僕、お茶買ってくるよ! やっぱりクッキーにはお茶だよね!」
そう言って修司は鞄に手を伸ばすと、修司の鞄を押さえる2本の腕が見えた。
「修司くん? お茶を買うのに鞄は必要かしら?」
「せんぱーい、お茶を買うのに鞄は必要ですかぁ?」
ニコニコと笑っている二人は顔こそ笑っているが、声は笑っていなかった。
むしろ、逃がすまいと言う気迫が込められていた。
修司は、震える声で言い訳を並べた。
「ちっ、違うよ!? 財布を取ろうとしただけでね? そのね? 鞄を持っていこうとしてないよ? ねっ?」
薫はその言葉を聞いて、迫力ある気配を沈めて鞄から腕を離して修司の腕をうつ向きながら力強く握った。
「修司くん……。嘘は駄目だと思うわ? だって、修司くんは財布を鞄出はなく、ズボンの右ポケットにしまっているじゃない?」
なっ!? 何でそれを知っているの!?
そう思うと同時にゆっくりと顔を上げた薫の目は、深淵を思わせるほどに黒く光が見えない瞳があった。
その顔を見た修司は、ひっ! と、声にならない悲鳴をあげ、薫は手に持っていたクッキーをニコリと笑い修司の口元に近づけた。
「修司くん? あーん」
これ程迄に怖いあーんを受けている人は、この地球を探しても中々居ないであろう貴重な体験をしている修司を、羨ましく思う人は何人いるのか……。
修司は言われるがまま、怯えながら口を開いた。
「良くできたわね、美味しいかしら?」
修司が自分のクッキーを食べてくれた事に、嬉しさを隠せずに年頃の乙女のような顔で頬を染める薫に修司は恐怖で味も分からなくなっているにも関わらず、「美味しいです」と、感情の籠っていない声で返した。
それを見ていた美咲は、頬を膨らませながら修司の口にクッキーを押し込んだ。
「私のも、忘れないでくださーい!」
美咲のクッキーを感情が無いまま噛み砕いた修司は、恐ろしく苦いゴーヤクッキーに悲鳴を上げたのだった。
美咲は最初にあげたクッキーも、このクッキーも、自分で食べて美味しいと感じたから善意で修司に渡している事を、ここに伝えておく。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああ!!」