3話
んー……。朝からなんなんだよ……。
修司は本を読みながら、目の前で静かにこちらを見ている美咲の事を、不気味に思っていた。
話しかけてもいいのだが、朝から修司を監視しているようで話しかけるタイミングを失ったまま今に至り、美咲が何を企んでいるのか皆目検討も付かず恐怖が勝ってしまい、今も様子見をしている。
じーっ。そんな効果音が聴こえてくる程に、修司は追い詰められている様子だ。
「じーー……。じーー……。じーーじーーーー……」
えっ!? 幻聴じゃなくてまさか、じーーって言ってる!? いったい何がしたいんだ!? でも、このままって訳にもいかないよな……。
修司は何かしたのかと、ゆっくりと心当たりが無いかと朝からの出来事を思い出した。
朝、学校に付いた修司は片手に持っていた本を鞄にしまい、下駄箱から上靴に履き替えていた。
「じーー。」
ふと誰かに見られている気がした修司は、視線を感じる方向に目をやると、下駄箱から縦半身をだしてこちらを見ている金髪で制服着崩している美咲と目があった。
修司は予想外の出来事に体をビクつかせ、見ていた人物が美咲である事に理解出来た修司は挨拶した方がいいのだろうか? と、一瞬迷いながらも、部活の後輩だし、挨拶くらい普通だよな。それに、何か用があるのかもしれない。
そう思って、美咲に声をかけようとしたら、スライドするように下駄箱の陰に消えていったのだ。
「えっ……?」
修司はその台詞を吐くことが精一杯だった。
次に視線を感じたのは休み時間にトイレに行こうと、自分の席から立とうとした時だった。
いつも、騒がしくはある教室が別の意味で騒がしく教室の男共が、あの子可愛くね? お前知ってる? とか、貴女、一年生よね? 誰か呼んで欲しい人とか居るの? とその子に聞いているクラスの女子の声が廊下から聞こえてくる。
修司はふと気になり、話題の的になっている人物の方を見ると、廊下から縦半身だけを出してこちらを見ている美咲と目があった。
誰か呼んで欲しいなら、呼ぼうか? と聞いているクラスの女子の言葉に、お構い無く。と、言葉を残して、スライドするように消えていった。
「えっ……」
やはり、修司はそんな台詞を吐くことが精一杯であった。
次に視線を感じたのは昼休みだった。
お弁当を食べようと鞄からお弁当箱を取り出して、部室に向かっている最中だった。
「じーーっ」
何か背中に視線を感じる……。
そう思い、そっと後ろを振り返ると美咲が物陰から縦半身を出して、こちらを見ている。
えっ……!? なんなの!? 怖いんだけど!?
修司は、美咲の理解が出来ない行動に恐怖を感じ初めていた。
と、とりあえず。部室まで行こう。
そう思った修司は足早に部室迄足を進めながら、時折振り向くと場所は違えど同じ体勢で見てくる美咲を完全に恐怖の対象として捉えていた。
部室に入ると美咲の気配は消えており、ここがセーフティーゾーンか! ホラーゲームの主人公はこんな気持ちだったのかと、最早意味の分からない、間違った感動を覚えたのだ。
実際にホラーゲームの主人公はセーフティーゾーンなど理解していないのだから、セーフティーゾーンに居たとしても恐怖に震えているだろうと、いつもの修司なら簡単に推測出来たであろう事を理解出来なくなるくらいには、頭が混乱しているようだ。
そして、冒頭のやり取りに戻るのである。
うう……。思い出して思った事は、理解が追い付かない人の皮を被ったナニカでしかないよ……。
「じーーっ」
橘さんに、話しかけた方がいいかな? でも、刺激を与えたら何か起きそうで怖い……。でも、このままは良くないよね?
意を決して、話しかけようと顔を上げた瞬間、目の前にあったのはゾンビの顔であった。
「――っ!!」
修司は声にならない悲鳴をあげて、盛大に椅子から転げ落ち口をパクパクとしてゾンビの顔をよくよく見てみると、作り物の合成樹脂で出来たゾンビのお面であることに気がついたのだ。
ほっと胸をなでおろした修司は、腰が抜けたのか立てずにいると、ゾンビのお面を取った美咲が盛大に笑っていた。
「あっははははっ。せっ、先輩、こっ、腰が、腰が抜けちゃったんですかぁ?」
そう言いながら、笑ってこぼれたら涙を人差し指で拭いながら近づいてくる美咲に、修司は恥ずかしさを誤魔化す為に怒鳴った。
「おっ! おま、お前なっ! 心臓に悪いだろ! 朝から変な仕込みして! 怖かったんだぞっ!」
「だからって、腰まで普通抜かしますぅ? 本当に先輩は面白いですね。今起こしますから、待っててくださいねー」
全く悪びれもせずに笑いながら近寄ってくる美咲は、修司の前迄くると修司の手をとり引っ張った。
「先輩かるっ!! えっ!? まって!? 私より軽くない!?」
「う、うるさいなっ! 仕方ないだろ、食べても太らないだから、気にしてるんだよ」
イタズラに成功したのに、何か負けた気がする美咲は仕返しをしてやろうと、修司を椅子に座らせると、後ろから耳元で囁いた。
「男の子癖にビビりの弱々な先輩も、可愛いですよ」
「――っ!?」
その言葉に、先程とは別の意味で声にならない悲鳴を上げる修司を見て満足した美咲は、いつの間にか鞄をもって部室から出ていったのだった。
「先輩、また明日ー!」
その後ろ姿を見送った修司は、ため息を付きながらも本の続きを読もうとテーブルに視線を落とすと、取り残されたゾンビのお面がこちらを見ており、美咲が耳元で囁いた言葉が蘇り、顔を赤らめた。
「こっちみんな、くそゾンビ……」