2話
「せーんぱーい、せんぱーい、せっんっぱっい、おーい、無視しないでくださいよー」
美咲は、呼んでも返事をせずに本を読んでいる修司の周りをウロウロと歩きながら、気を引こうとしているようだ。
修司はというと、美咲に呼ばれている事には気がついているが、意地でも反応を返すまいと絶賛無視を決め込んでいる。
反応をするから、からかわれるんだ。
修司はどうしたら美咲にからかわれずにすみ、美咲が文芸部としての活動に集中をしてくれるのか悩みに悩んだ挙げ句に無視をして最低限のやり取りだけしたらいいんだ! と、本気で思っていた。
文芸部には修司が一年生の頃から先輩は在籍しておらず、お手本となる先輩が居ないのだから、先輩という存在がどういうものか今一理解していない修司の限界でもあった。
更に不幸な事に文芸部として一年間活動した今も、幽霊部員として名前だけ在籍している部員は初日から顔を出しておらず、毎日部室に顔を出しているのは修司と美咲くらいなのである。
ぼんやりと、そんな事を考えていた修司は、美咲が気になって本を読むどころではなく、美咲の気配を伺いながら本を読んでいるフリという状態で、さっさと用件を聞いた方がいい気もする。
「せんぱーい! ……。ふーん、そっかぁふーん。先輩がその気なら私にも考えがあるし」
美咲はそう言うと、自分の指定席であるテーブルを挟んで修司の前に座った。
修司はやっと静かになったと、内心美咲に勝ったと喜んで本を読んでいると、美咲は何やら文芸部のバックナンバーを音読しはじめたのだ。
「うだるように熱い夏の日差しを浴びて、僕は一陣の風になった。この日、僕の全てを変えて仕舞う出会いに戸惑いと少しの期待を孕みっ――」
「やめろーーーーーー!! 音読するなっ! 黙読もするなあああぁぁぁぁっ!」
修司は慌てたように美咲から、文芸部の文芸集を取り上げて顔を真っ赤に染め上げていた。
「あれれー? どうしたんですかぁ? せーんぱいっ」
修司の慌てた様子にニヤニヤと笑う美咲は、ウザさ五割増しに感じるだろう。
「お、おまっ! お前! 何でこれを持っているんだよ!? 確か全部処分した筈なのに!」
修司が言うコレとは、文化祭の出し物の為に修司が去年初めて書いて売った、短編集である。
いや正確に言うと、幽霊部員は参加していないのだから、修司の書いた一作品が乗った12000文字で構成された小説である。
因みに、手に取ってパラパラとページを捲ってくれる人は居たものの、一つも売れずに心が折れてご自由にお持ちくださいと書いた札を貼り、文化祭が終わるまで部室で一人過ごした苦い思い出がある。
「顧問のみずきちゃんから借りましたー! あ、それ借り物なので返してくださいよー」
修司は、そう言えば一刷だけ観月先生に渡した事を思い出して、頭を抱えるしかなかった。
震える手で、飛翔と書かれたソレを美咲に渡して、美咲は満足そうに受け取ろうとするが、修司の手から本が離れないでいる。
「せんぱーい、離してくださいよー。取れないじゃないですかぁ!」
そう言っても、修司は本を離さずに下を俯き静かに呟いた。
「それ、読むなよ……。今すぐ返してきて」
そんな修司の様子を見て、流石に申し訳なくなった美咲はフォローして放課後は終わったのだった。
反応しても、反応をしなくても、ろくなことにならないと学ぶ修司であった。