未定
「あのっ! 我龍院さん。私と、付き合ってください!」
我龍院とは俺の事で、突然告白をしてきたコイツの名前は山田花子だ。
立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花と言う言葉はこの子の為に存在すると確信を持って言える程に完璧なクラスメイトである。
冒頭のやり取りはフィクションである。
分かりやすく言うと文芸部の後輩こと橘美咲が、間宮修司に見せたオリジナルの小説だ。
なんだ……。この、糞見たいな小説は……。
修司は冒頭で読むのを辞めて、静かに原稿用紙を置いて美咲に目をやった。
なんて言おうかと、数秒熟考して静かに口を開いた。
「あのさ、主人公の名前、癖が強すぎないかな? 正直いって癖が強すぎて、我龍院って言葉しか頭に残らないんだけど」
修司はそこまで言うと、美咲の様子を伺う。
美咲の顔は「せんぱーい! 私、小説を書いてきたので、読んでくださーい!」と、一人で買い物を終えた子供のような笑顔で言ってきた時と違い、感情が抜け落ちて真顔である。
修司は、美咲の様子に多少怯みながらも、後輩が初めて文芸部らしい事をしてきた事が嬉しく、なんとか美咲の為に心を鬼にして言おうと思っていた。
「そっ、それにね? あの、えっと……。ヒロインの名前も、適当過ぎて我龍院のインパクトに埋もれると言うか……」
修司は感情のない顔で見つめられているからか、声が震えはじめており、弱々しくアドバイスを続ける。
そんなアドバイスを貰っている美咲はと言うと、俯き肩を震わせているようだ。
うぅ……。アドバイス辞めようかな? いや、でも、ここで辞めるのは橘さんに失礼だよね? なら、なんとか良いところを探して褒めるべきか?
修司は、そう思うと美咲が書いてきた小説に目を落とした。
だ、駄目だ! 褒める所なんか見当たらないぞ!?
修司は褒める事を諦め、もうどうにでもなれと開き直り、ダメ出しを続けた。
「それにさ? ヒロイン設定が在り来たりと言うか、今一分からないと言うか……」
そこまで言うと美咲は、両手で顔を覆い、嗚咽を漏らし始めたのだ。
「そんな、酷いです。せっ、先輩のアドバイス通りに書いたのに……」
そう、美咲は小説を書く前に、修司にアドバイスを貰っていたのだ。
修司から聞いたアドバイスはと言うと、『主人公は平凡な方がいいけど、なにか一つ特長があるといいよ。ヒロインについては、高嶺の花だけど、どこか親しみがあるといいかも』と言う、なんとも当たり障りの無い言葉である。
美咲は、修司のアドバイスを元にして主人公のに特長を持たせる為に名前を我龍院にして、ヒロインに親しみを持たせる為に名前を山田花子にしたのだ。
修司が言った事を斜め上に受け止めてしまった、結果であり、誰が悪いと言うことでは無いのだ。
修司はアワアワと両手を動かして、どうしたらいいか分からない様子で困っている様子だった。
美咲は、そんな修司の様子を盗み見て、わざと修司のアドバイスを誤解して変な風に書いたら修司はどういう行動に出るかを見たかっただけなのだ。
イタズラがうまくいった事にほくそ笑んでいると、修司はふと手を止めじっとこちらを見つめている様子だ。
美咲が不思議に思っていると、修司の顔はどんどん怒りに染まっていく。
「橘さん! また僕をからかって居るんでしょ!」
いつも優しい声をしている修司の声は、どこか恥ずかしそうで、怒ったふりをして誤魔化している様に聞こえた。
「あちゃー、バレちゃいましたか」
美咲は、悪びれもせずニヤニヤと笑いながら机から身を乗り出して、対面にいる修司の頬っぺたをツンツンとして修司の耳元で囁いた。
「困っている先輩、可愛かったですよ」
修司は、その言葉を聞いた瞬間に耳まで赤らめて、囁かれた方の耳を隠しながら椅子から転げるように立ち上がりその場からはなれ、美咲を睨んだ。
美咲は、イタズラに満足したのか、私帰りますね! また明日ー! と言葉を残して、部室から出ていったのだった。
修司は、美咲が出ていった扉を睨んで静かに唸るしか出来なかった。