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1-2. その者、青き筒を掲げ

 しばらくして彼女も落ち着いてきたので、服を着てもらう。


 破かれてしまった服だが、彼女は上手にリボンを結び、うまく身体を包んだ。


 彼女はモジモジし、そして、意を決するようにして俺を見あげると、言った。


「あ、ありがとうです……。私はエステル……、あなたは?」


 丁寧に編み込まれた金髪に、透き通る青が美しい瞳、そして柔らかく白い肌……ただ、ゴブリンに殴られたところが赤く腫れてしまって痛々しい。


「俺は水瀬(みなせ)颯汰(そうた)……。あー、ソータって呼んで」


 可愛い子に見つめられることなんて全く慣れてない俺は、赤くなりながら答えた。


「ソータ……、いい名前です……」


 そう言ってエステルはちょっと恥ずかし気に下を向いた。


「ケガ……痛くない?」


 俺が心配して言うと、


「あ、今治すです!」


 そう言って、エステルは転がっていた木製の杖を拾った。


「治す?」


 俺が怪訝(けげん)に思っていると、エステルは手のひらを殴られたところに当て、目をつぶって、


「ヒール!」


 と、唱えた。


 エステルの身体が幻想的にぼうっと淡い水色に光り……、手のひらからは美しい金色の光が噴き出す。


 なんと! 魔法である! 俺はあっけにとられた。


 しばらくすると、腫れは引き、透き通るような美しい肌が戻ってきた。


 俺は生まれて初めて見た魔法に圧倒される。現代科学では不可能な治癒の魔法。それを女の子が当たり前のようにやってしまったのだ。


 一体この世界はどうなっているのだろうか?


「す、すごいねそれ……」


 俺が感嘆していると、


「こ、これは一番初歩の治癒魔法です、恥ずかしいです……」


 そう言って赤くなり、うつむいた。


 現代科学で不可能な事も初歩だそうだ。異世界恐るべし。


 広間を見渡すと、奥には祭壇らしき物があるが、長く使われていないようで、あちこち崩れ、廃墟のようになっている。


「エステルはこんなところで何やってたの?」


 女の子一人で居るようなところじゃない。不思議に思ってきいてみた。


「最近魔物の大群が街を襲うようになってしまって、今、元気な若者はダンジョンで修行させられるんです。それで私もパーティを組んでダンジョンに来たんですが……、間違えて落とし穴に一人だけ落ちてしまったんです……私ドジなんですぅ」


 なるほど、ここは魔物が出るダンジョンなのか。ファンタジーなゲームそのままの世界に驚かされる。


「他のみんなは?」


「多分、上層にいると思うんですが、連絡の取りようもないのでもう帰っちゃったかと……」


「そうか……、じゃあ安全なところまで付き添わないといけないなぁ……」


 自分の事で手いっぱいなのに、さらに面倒ごとをしょい込んでしまった。思わずため息をつく。


「ごめんなさい、助かるです」


 エステルは申し訳そうな顔で俺に手を合わせる。


 その時だった、通路の奥からいきなりドタドタドタっと多くの足音が聞こえてきた。


「あぁっ! この足音は!」


 エステルはひどくおびえ、顔が真っ青になる。


 俺が振り向くと、何かがドヤドヤと広間に入ってきているのが見えた。エステルをかばいながら目を凝らすと、それは犬の頭をした背の低い魔物だった。確か漫画やゲームではコボルトと言われていた魔物ではないだろうか?


 手には短剣を持ち、にやけ顔で口を開けて牙を見せ、長い舌をだらりとたらしながらこちらを見ている。どうやらこちらを獲って喰うつもりのようだ。俺はゴブリンの落とした剣を急いで拾ったが、多勢に無勢、まともに戦ってはこちらに勝機はない。殺虫剤がコボルトにも効いてくれることに期待するしかないが、どうか。


 タラリと冷や汗が垂れてくるのを感じる。


「ソータさぁん……、ど、どうしましょう……」


 俺にしがみつき震えるエステル。


「な、何か魔法無いの?」


「私は侍僧(アコライト)なので白魔法しか使えないです。それにもう魔力ないですぅ……」


 泣きそうになるエステル。


「グルルルル!」「グワゥゥゥゥ!」


 のどを鳴らしながら近づいてくるコボルトたち。絶体絶命である。


「効いてくれよ!」


 俺は祈りながら殺虫剤を噴射した。


 プシュ――――!


 コボルトたちは変な霧を吹きつけられ、怪訝そうな表情を見せる。そして、次の瞬間、グオォォ! と断末魔の叫びを残し、見る見るうちにドス黒い色に変色するとドロリと溶け落ち、次々と消えていった。


「ええっ!?」


 目を丸くするエステル。


「おぉ、効いたみたいだ」


 俺はホッとして胸をなでおろす。


 コボルトたちが消えた跡には、茶色い光る石がコロコロと転がるだけだった。


 エステルはキラキラとした瞳で俺を見つめ、手を合わせ、つぶやきながらにじり寄ってきた。


「その者、青き(つつ)を掲げ、我が地に降り立ち、(よこしま)なるものを塵芥(ちりあくた)へと滅ぼす……」


「ど、どうしたんだエステル?」


 気圧され、後ずさりする俺。


「ソータ様! あなたが伝説の稀人(まれびと)なのです!」


 俺の腕をガシッとつかむ。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。なんだそれは?」


「神託です! 神託! 教会でシスターに聞いたです。女神様が私たちに予言をくだされたのです。この魔物はびこる、人類滅亡の危機に唯一託された希望! 稀人(まれびと)! それがソータ様なのです!」


「いやいやいや……。俺はただの学生! そしてこれはただの殺虫剤! 人類を救うとか何言ってんの!?」


「青き筒ですよね?」


 確かにこの殺虫剤のスプレー缶には青い印刷が施されているが、『殺虫剤』とちゃんと書いてある。


「いやいや、ここ読んで! ただの殺虫剤だよ、ほら」


 俺は殺虫剤のスプレー缶を見せた。


「殺虫剤……?」


「虫を殺す薬だよ!」


 エステルは首をひねっている。


「もしかして……、そういうの無いの?」


「虫はパンっと叩いて殺すものですよ?」


 エステルはまっすぐに俺を見て言う。


 俺は考え込んでしまった。


 おかしな洞窟に、次々出てくる魔物に、襲われる侍僧(アコライト)に、異常に効く殺虫剤。一体ここは何なんだ?


「殺虫剤でもなんでも、ソータ様は『青き筒』で魔物の群れを一瞬で倒されました! 神託の稀人(まれびと)に間違いないです。ぜひ、世界をお救いください!」


 エステルはそう言って俺にひざまずいた。


「世界を……救う?」


 俺は思わず天を仰ぎ、何だか面倒な事に巻き込まれてしまったことにクラクラした。


 俺は就活地獄の大学四年生。ついさっきまで俺は自宅で面接に行く準備をしていたのに、一体なぜこんなことになってしまったのか。


 トホホ。


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