第六話 スタンピード
志島が目覚め、立って歩けるようになり、俺たちは洞窟を出て帰路についた。
足取りの重い志島に歩幅を合わせて泥濘んだ地面に足跡を付けていく。
「ちょっとしたハプニングもあったけど、これでようやく新人研修も終了だ」
「ほんと、ほんと。ちょーっとしたハプニングだったけどねぇ」
「こっちを見るな」
けらけらと麗奈は笑い、志島は不満そうに眉を潜める。
けれど、初めの頃のような棘は今はあまり見られない。
さわると怪我をしそうではあるけれど、心なしか丸くなったようなそんな気がした。
「響希ぃ。正式にスピードスターになった感想は?」
「特になにも」
「なんもないのー? 最速の称号だよー?」
「誰が一番かに興味はない。重要なのは毎日が刺激的かどうか、それだけだよ」
「ふーん。張り合いがありませんなぁ。ねぇ、志島」
「どうだっていい。俺がこいつを追い越す、それだけだ」
「メラメラしてんねぇ。一方的にだけど」
そんな会話をしつつ沼地を渡っていると、また周囲の沼地から泡の演奏が聞こえてくる。
「またプクプクだ」
「じっとしてなよ、志島。まだ本調子じゃないんだから」
「チッ」
舌打ちを返事代わりにして志島はポケットに手を突っ込む。
それを確認してから加速し、麗奈が閃光を放つ。
あっという間に沼から現れたプクプクたちを殲滅し、一息をつく。
ふと足下の死体と目が合い、その虚ろな瞳に映る空に赤色を見た。
「赤?」
顔を持ち上げてみると、空に一筋の赤が刻まれている。
地上から伸びるそれの正体は信号弾。
「赤い信号弾ってことは」
「スタンピードだ」
魔物の襲撃が起こり、街が襲われている。
「麗奈! 志島を頼む!」
「てめぇ、まさか行く気か」
「俺ならすぐに駆けつけられる。頼んだ」
「あ、ねぇ!」
麗奈が口を開いた時にはすでに駆け出していた。
瞬く間に足下は沼地から平原へと代わり、靴についた泥が乾いていく。
遠くに街の防壁が見え、それがどんどん大きくなる。
そうして大規模な魔物の群れを見付け、更に強く地面を蹴った。
「大きな被害にはまだなってない」
常駐の守護者が前線を築き、抵抗している。
更にその先では応援に駆けつけていた守護者の一人が戦っていた。
「よし、俺も」
息を整え、加速して壁を駆け下りる。
地に足を付けるとそのままの勢いで駆け抜けて前線に到達。
刀を抜き払い、魔物を斬り伏せながら前進。
先に戦っていた守護者の側を通り抜けて周囲の魔物を一掃する。
振り下ろした刀が命を奪い、鮮血を散らす。
加速が解けて斬った魔物が一斉に地に伏した。
「応援に来た」
立ち止まって守護者と向かい合うと、それは見知った顔。
「貴方でしたか」
戦っていたのは綴里だった。
「早いですね、相変わらず」
「そっちこそ」
「私はすでに新人研修を終えていたので、タイミングがよかったのです」
「そっか」
「今回は私が一番乗りですよ」
腰に手を当て、胸を張る。
その顔は得意げだった。
「ははー、先を越されちゃった」
試験の時とは逆だ。
「それじゃあ、二人で大暴れしよう」
「そうですね。あちらも待ってはくれませんから」
刀を構え、迫り来る魔物の群れに立ち向かう。
「どっちが多く倒せるか勝負する?」
「遠慮しておきます。分が悪いですから」
そう言って綴里は群れへと突っ込んだ。
「残念、負けを取り返そうと思ったのに」
先を行った綴里を追い越して、先頭を駆ける魔物に一撃を浴びせる。
風のように駆け抜けて、すれ違い様に幾つもの命を奪う。
「墨流」
刀を振るっていると血飛沫の最中に黒い水を見る。
綴里の刀に纏わり付く、墨の流れ。
それが勢いを増して渦を巻く。
「画竜点睛」
振るわれた一撃が墨の竜となって解き放たれ、多くの魔物を巻き込んで進む。
黒い飛沫が大量に散り、群れに大きな風穴が空いた。
「なにそれ、知らない!」
刺激的だ。
「私が編み出した技です。お父さんでも同じことは出来ないんですよ」
「いいなー。格好良くて」
「ふふ、ありがとうございます。ですが、教える訳にはいきません。秘密です」
「ちょっと期待したけど、駄目か」
あれが使えれば格好いいのに。
「まぁ、しようがない。今度、俺も考えてみよう」
どんな技にしようかな。
そう考えているうちに群れの数は少なくなっていた。
一度止まってみると、後ろには無数の死体が転がっている。
周囲は血の赤と墨の黒が混じり合う、見たこともないような光景が広がっていた。
「おいおい、なんだこりゃ?」
「うわー、もうほとんど討伐し終わるな」
「まさかこの数をたった二人で? マジ?」
城門が開いて赤と黒の世界に援軍が到着し、誰もが目を丸くする。
魔物の襲撃が起こって、到着したらほぼ終わっていたなんて、考えもしなかっただろう。
「綴里。手柄を残しておいてあげよう」
「そうですね。あとは彼らに任せましょう」
まだ見える範囲にそれなりに魔物が残っている。
それらを残して踵を返し、援軍たちの元へと引き返す。
「残りは任せました」
「あ、あぁ」
援軍の先輩冒険者と交代して一息をつく。
「お疲れ様です」
「あぁ、綴里もね」
「えぇ。まさか新人研修が終わってすぐにこうなるとは思いませんでした」
新人研修。
「あ、そうだ」
「どうしたんですか?」
「俺の新人研修、まだ終わってないんだった」
二人を沼地においてきたままだ。
「自分の新人研修をほったらかしに?」
「信号弾が見えたから、つい」
「……そうですか。では、すぐに戻らなければなりませんね」
「あぁ、ちょっと行ってくる」
「えぇ、道場でお待ちしていますから、あとで訪ねてください」
「わかった。それじゃ」
その場から駆けだして、沼地へと舞い戻る。
「お、帰ってきた。相変わらずはえー」
「襲撃は?」
「大丈夫。俺ともう一人でほぼ倒したよ」
「流石はスピードスター」
「まぁね」
「ふん」
けらけらと笑う麗奈とぶっきらぼうな志島。
二人と合流し、俺たちはどうにか新人研修を終えることが出来たのだった。
§
「あの規模が二人で抑えられるとは思ってなかったなあ」
森の奥から戦況を眺めて、ため息をつく。
「試しにけしかけて見たけど、駄目だこりゃ」
木から下りて地面に足をつける。
「やっぱり中から崩さないと」
鱗や爪を人間の皮膚に化けさせ、その場を後にした。
「あの街は落とせない」
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