第四話 新人研修
シールドの試験に合格し、守護者になったその翌日。
シールド主催の新人歓迎会に招かれた。
綴里は着物を見に纏い、俺は師範から借りた着物と羽織で誤魔化すことに。
なにせこの場に相応しい礼装を一着も持っていない貧乏暮らしだったから助かった。
「美味しそう。これと、これと」
「一度に多く取り過ぎてははしたないですよ」
「おっと、そうだった」
食べたこともないような豪華な料理に思わず場を忘れていた。
弁えて、ちょっとずつ取っていこう。
「おっ、スピードスターいんじゃん」
「ん?」
料理に舌鼓を打っていると誰かから声が掛かる。
振り向くと見覚えのある顔がそこにいた。
緩いウェーブの掛かった真っ白な髪を伸ばした、一人の少女。
真っ赤なドレスをきた彼女は、俺たちと共に合格したうちの一人だ。
「スピードスター?」
「知らない? みんなそう言ってんの」
「知らない」
「足は速いのに耳は遅いんだ。面白―」
けらけらと彼女は笑う。
「なにか用事?」
「ううん、見かけたから声をかけただけなんだなー、これが」
「あぁ、そう」
「じゃ、またねー。スピードスター」
また俺をその名で呼び、彼女は名前も告げずに去って行く。
「有名人になったようですね」
「実感ないけど、そうみたい」
周囲に目を向けるとこちらを見ている人が何人かいることに気がついた。
まったく気付かなかったけど、かなり注目されていたみたいだ。
「お飲み物はいかがで――」
目の前でウエイターさんが何かに足を取られた。
体勢が大きく崩れ、トレイがひっくり返り、グラスが中身をぶちまける。
その様子を見てすぐに加速し、周囲の動きをゆっくりにした。
「危ない危ない」
ゆっくりと落ちていくトレイを持ち、グラスを回収。
ぶちまけられた液体をグラスで掬い、トレイを片手に持つとウエイターさんの元へ。
地面とぶつかる前に彼女を抱えて、加速を解いた。
「大丈夫ですか?」
「は、はい……」
驚きと戸惑いが入り交じった表情の彼女を起こしてトレイを返す。
「あ、ありがとうございます。助かりました」
「いえいえ」
そうしていると周囲から拍手が巻き起こった。
「ひゅーひゅー。流石はスピードスター!」
その中には先ほどの白髪に赤いドレスの彼女もいる。
ほかにも見たことのある顔がちらほらいて、その人達は笑っていなかった。
「なにがスピードスターだよ」
むしろ睨み付けられているような、そんな気さえする。
「刺激的だ」
今の俺にとっては、それもまた人生を豊かにする刺激の一つだった。
§
シールドに所属してすぐ始まるのが新人研修である。
四級危険区域へと赴き、課されたミッションを達成すれば無事に終了だ。
今回は残念ながら綴里と一緒ではなかったけれど、代わりと言うべきか彼女がいた。
「お、スピードスターくんさんじゃん」
白髪に赤いドレスの少女。
今回は支給された戦闘服だけど。
「スピードスターじゃなくて響希だよ」
乗ってきたホバーカーが去っていく。
「へぇ、響希か。あたしは麗奈。よろしくちゃーん」
麗奈はまたけらけらと笑う。
「んでんで、キミは?」
名前を問われたのは、この場にいる最後の一人。
「……志島だ」
歓迎会で俺を睨んでいたうちの一人だ。
「よろしくー。で、あたしら何すればいいの?」
「しばらくすればわかるって言ってたけど」
そう話していると影が俺たちを通り過ぎていく。
見上げると空には鳥が羽ばたいていて、それがなにかを落とす。
すこし遠い位置に落ちたけど、きっとあれがミッションだ。
「ねぇねぇ、響希パイセン。ちょっとあれ取ってきてくださいよ」
「誰がパイセンだって?」
「はははっ。いーじゃん、足速いんでしょ?」
「いいけどさ」
加速して落ちたものを広い、二人のもとに戻る。
「えーっとなになに」
落ちていたのは筒で、中には一枚の紙が入っていた。
それを読もうとしたところ、志島に紙をひったくられる。
「ちょいちょい。今、この子が読んでたでしょーが」
「この子? まぁ、いいけど。大丈夫だよ、もう読み終わってるから」
ひったくられる寸前に加速して全部読んでおいた。
「あ、そうなの? なんだった?」
「ハナサキガメの背中に生えてるシロゾメグサを持ってこいってさ」
「ふーん。ハナサキガメかぁ。ちょっと似つかわしくないねぇ、この沼地には」
目の前に広がる景色の中には、いくつもの沼が点在している。
地面は泥濘んでいて水質も決していいとは言えない。
緑はあるが鮮やかなものはなく華やかさは少しもない。
準一級危険区域の毒沼ほどではないにしろ、たしかに似つかわしくはない名称だった。
「あ、志島の奴もう出発してんじゃん。こらー! 抜け駆けすんな―!」
志島を追い掛けて、麗奈も走りだす。
「楽しくなりそう」
そんな予感を胸に、俺も二人を追い掛ける。
「ハナサキガメはどこかなー。響希ー、ちょっとひとっ走りして探してきてよ」
「あぁ、いいけど」
志島を見ると、こちらを睨んでいた。
「怒られそう」
「なーんで志島はいつも不機嫌そうなの?」
「そいつが嫌いだからだよ」
そう答えて志島は先へと進んでしまう。
「めっちゃ嫌われてんじゃん。なにしたの?」
「まるで憶えがない」
そもそも名前も知らなかったし。
「自分の知らないところで悪口言われるタイプかー」
「悲しくなるから止めて」
麗奈はまたけらけらと笑う。
「でも……」
志島の背中を眺めて思う。
自分のなにがいけなかったのだろうか? と。
考えてみても接点がなさすぎて思い浮かばなかったけれど、きっとなにかあるのだろう。
それをあぁでもないこうでもないと思考を巡らせていると近くの沼から音がした。
泡が弾けるようなぷくぷくとした音が連鎖するように周囲の沼から放たれる。
そして濁った水面から次々に飛び出してきたのは大型犬ほどある蛙の群れだった。
「おー、プクプクじゃん」
名前の由来は先ほどの泡の演奏らしい。
雑食の魔物で人も融かして食べてしまう危険な魔物だ。
溶解液を吐き出されるまえに処理しないと。
「じゃあ、手分けして――」
「必要ない」
刀に手をやったところで志島が動く。
「俺一人で十分だ」
風が吹き、集うと纏わり付く。
風を纏った志島が地面を蹴ると、瞬く間に正面のプクプクを斬り裂いた。
「鎌鼬」
五指で引っ掻くように鎌鼬を発生させている。
反転し、風の如く素早く志島は動き続けた。
その速度は数秒ですべてのプクプクを始末してしまうほどだった。
「あー、思い出した!」
その光景を見て、麗奈が叫ぶ。
「西校のスピードスターじゃん!」
「スピードスター?」
「そうそう。西の守護者訓練校に滅茶苦茶速い奴がいるってうちの訓練校でも噂だったんだよー。なーるほどね、スピードスターの座を奪われたから響希を目の敵にしてるんだー」
死体の山の中、志島が俺を睨む。
「チッ」
舌打ちを一つして志島はまた一人先に移動し始める。
「図星だったみたい」
けらけらと笑う麗奈と一緒に先へと進む。
嫌われた原因ははっきりしたけど、それを取り除くことはできない。
どうすればいいだろう?
今度はそのことに思考を巡らせつつプクプクの死体を乗り越えた。
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