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第二話 素振り十万回


 超高速で道路を駆け抜け、あっという間に街を一周する。


「わおっ、最高!」


 街を走るうちに気がついた。

 この能力は周囲を遅くするのではなく、俺自身が速くなるものだ。

 超高速で走り抜けて風を切る感覚はなんと言ったら良いかわからないけど、とにかく本当に最高だ。

 それに禁断の果実を喰ったからか、幾ら走っても疲れない。


「もうひとっ走り!」


 更に追加で街を三周ほどしてから自宅に戻り、ソファーに腰掛けてようやく一息をつく。


「ふぅ、これならすぐにでも守護者になれそう。あ、そうだ!」


 ソファーから立ち上がってすぐに外へと飛び出して街を駆ける。

 向かう先は街の外に広がる五級危険区域。

 普段は守護者しか入れないけど、今の俺なら誰にも見付からずに入り込める。

 街のルールに反するけど、バレなきゃ大丈夫。

 いまは規則を守るより好奇心のほうが勝っている。

 刺激を求める欲求に突き動かされるように街の外へ。

 外壁を駆け上がって頂上まで登り、そこから更に壁を下って危険区域に向かう。


「わぁ、ここが」


 立ち止まり、視界に映るのは巨木の群れと無数の植物たち。

 顔を持ち上げれば枝葉の天井がいっぱいに広がり、隙間から木漏れ日が差している。


「思っていたより綺麗なところなんだ」


 いつも仕事で行っていたような過酷な環境を想像していた。

 けれど実際は空気が澄んでいて居心地もいい。


「グルルルルルル」


 景色を眺めていると、不意にどこかから唸り声がする。

 周囲を見渡すと一体の魔物がこちらににじり寄ってきていた。

 毛皮に包まれ、鋭い牙と爪を持つ、狼のような魔物。

 それを見て身構える。


「よーし、今の俺なら――って」


 いざ戦おうとしたところで、ふと気がつく。


「どうやって戦えば?」


 超スピードに浮かれて完全に忘れていたけれど。

 俺って殴り合いの喧嘩もしたことがない人種だった。

 とにかく、なにか武器を持たないと。


「ちょっと待った!」


 その場に魔物を置き去りにし、危険区域を抜けて街へと戻る。

 それから街中を駆け回って武器になりそうなものを探した。


「鉄パイプ? 直ぐ折れそう。包丁? リーチが短い。傘? 論外」


 目に入るモノを品定めしていると、ようやく使えそうなものが浮かぶ。

 すぐに家へと戻り、玄関に立てかけておいたスコップを手に取る。


「これなら十分」


 以前の仕事で使っていたスコップを携えて再び危険区域へと戻り、魔物の前で停止した。


「ふぅ、お待たせ」


 魔物からしてみれば獲物が急に消えてまた現れたように見えただろう。

 それが気に入らなかったのか、不機嫌そうに牙を向き出しにされる。


「ワォオオォオオォオオオオオッ!」


 そして吼えると共に地面を蹴って大きく跳ねた。

 爪で抉られた地面から土が散る様子がゆっくりと流れていく。

 宙に浮いた魔物は今まさに上昇のまっただ中。

 毛並みが一方向へと靡き、開いた大口から涎の飛沫が舞う。

 その様子をじっくりとあらゆる角度から観察して、握り締めたスコップを振りかぶる。

 両手に力を込め、剣の如くスコップを振るう。

 その一撃は魔物の大口を引き裂いて胴まで真っ二つにして振り抜ける。

 真っ二つになった魔物が地面に落ち、血で濡れたスコップを地面に突き刺した。


「ふぅ、なんとかなった」


 一息をついて魔物の死体に目を落とす。


「危険区域で腐ってた死体に比べれば綺麗なもんだ」


 スコップを握り直して高速で穴を掘り、死体を埋めた。


「これで証拠隠滅よし。スピード最高」


 地面をならしていると、突然地響きのような音が聞こえてくる。

 木々がへし折れる音や、鳥が飛び立つ音が聞こえ、なにかがこちらにやってきた。


「わお」


 目の前に現れたのは、見上げるほど大きなドレイクだった。

 トカゲのようであり、ドラゴンのようでもある。

 そのギョロリとした目でこちらを見たドレイクはその鋭利な爪を振り下ろしてきた。


「おっと」


 その場から飛び退いて一撃を躱す。

 距離を置いてから改めてみたドレイクは、やはり大きい。


「流石にスコップじゃ分が悪いかな」


 スコップを肩に担ぐ。


「また来るよ、その時はきちんと相手するから。それじゃ」


 ドレイクに背を向けて駆ける。

 俺の背中に火炎を吐きかけてきたけど、それが届くことはない。

 あっという間に引き離し、危険区域を出て自宅へと戻る。

 スコップを玄関に立ててソファーにどっかりと腰を下ろした。


「はぁー……武器が必要だ」


 大きな魔物でも倒せるようなちゃんとした武器がいる。


「とはいえ、金がない」


 仕事をクビになって一文無しだ。

 とても武器が買えるような余裕はない。


「そう言えば……あった!」


 テーブルの上にあるゴミを高速で片付け、目当てのチラシを見つけ出す。


「剣術道場、無料体験」


 ここなら戦い方も学べるし、武器もどうにかなるかも。


「善は急げだ」


 すぐに家を出てチラシに載っていた住所へと向かった。


「ここか」


 古風な道場の看板には破魔一刀流剣術道場と書かれている。


「すみませーん」


 道場の門を叩くとすぐに開く。

 出迎えてくれたのは、同い年くらいの少女だった。

 最近では珍しい和装をしている。


「はい、なんのご用でしょうか?」

「あの、これを見て来たんですけど」


 チラシを彼女に渡すと、その切れ長の目が丸くなる。


「本当に来た」

「え?」

「い、いえ、なんでもありません。中へどうぞ」


 案内されるまま道場に足を踏み入れる。

 木造の広い空間を渡ると、道場の最奥に一人の男性があぐらを掻いていた。

 こちらに背を向けて掛け軸の絵を眺めていて顔は見えない。


「お父さん。この人が剣術を習いたいって」

「おお、そうか。どれどれ」


 振り向いた彼の顔には一筋の大きな傷痕が刻まれていた。

 片目を裂くように真っ直ぐに落ちたそれが頬まで続いている。

 傷を負ったのは随分昔なのだろう、傷は完全に塞がっていた。


「ほーん。お前さん、どうして剣を習おうと思ったんだい?」

「実は仕事をクビになって」

「そいつは災難だったなぁ」

「えぇ、再就職も難しくて。それで守護者になろうかと」

「人生の一発逆転を狙ってる訳だ。いいね、気に入った」


 無精髭を撫でてにやりと笑う。


綴里つづり、剣を一振り持ってきてやんな」


 綴里と呼ばれた彼女は物置部屋に入り、すぐ出てくる。

 その手には一振りの刀が握られていた。


「どうぞ」

「え、いきなり真剣ですか?」

「あぁ、本物の感触に慣れたほうがいいだろ。守護者の試験も数日後だしな」

「そうですか」


 刀に目を落とし、鞘から刀身を引き抜く。

 刃に浮かぶ波紋が綺麗に波打つ、美しい刀だった。


「じゃ、振り方を教えてやる。まずは――」


 手ほどきを受け、まずは一度刀を振るう。

 上段に構えて真っ直ぐに振り下ろす。

 それだけのことだが、風を斬る音がして心が少し高鳴った。


「そうそう、そんな感じだ。じゃあ、あと十万回な」

「はい、あと十――十万回!?」

「あぁ、刀は体の延長。まずはその感覚を掴んでからがスタートラインだ。なに、根性があればすぐだ。もちろん、終わるまで家に帰れねぇぞ」

「頑張ってくださいね」

「十万回……」


 途方もない数字だけど、それくらいしないと駄目なのかも。

 俺は戦いに関しては全くの素人だし、この人たちを信じてやろう。


「心配するな。飯と寝床ぐらいは用意して――」

「ふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふん!」


 十万回はとてつもない数だ。

 だから、素早く終わらせるために超高速で刀を振り続ける。

 二万回を越えた当たりから、空気を斬る感覚が染みついてきた。

 四万回を越えた当たりから、自分の出来ていない部分が見えてくる。

 六万回を越えた当たりから、刀の軌道が思うようにいくようになった。

 八万回を越えた当たりから、きっさきにブレがなくなる。

 そして十万回目の刀を振り下ろし、刀は体の延長だという言葉の意味を理解した。

 今ならこの刀が自分の一部として感じられる。


「終わりました!」

「お、おう」


 高速で行われた素振り十万回を目にして、二人は目を丸くしていた。


「こいつはまた、えらいことになったな」

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