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第一話 禁断の果実


 緑色に濁った沼に魚はおろか魔物すらいない。

 泥濘んだ地面からは毒の花が咲き、噴き出す瘴気は吸い込まなくても肌から吸収されて死にいたる。

 ここは人間が立ち入ることの出来ない、準一級危険区域。

 命ある者の存在を許さない死の領域。

 ひとたび迷い込めば、側に転がっている魔物の死体のようになる。


「えーっと」


 そんな環境の中で、俺は一人バケツを持って立っていた。

 防護服は着ていないし、武器も持っていない。

 俺にその手の異常は起こらないし、ここの魔物はみんな大人しい。

 音にさえ気をつけていれば襲われることはない。


「この前、あそこを削ったから……あっちだ」


 足跡を付けて奥へと向かい、霧状の瘴気の中を鼻歌交じりに歩く。

 ある程度進むと目当ての結晶を見付けた。

 大気中の魔力と瘴気が反応して出来たものだ。


「こんなもの何に使うんだろ」


 毎度思うことを呟きつつ、黄色い結晶の前でバケツを下ろす。

 道具を取り出して結晶を削り出し、一部が落ちる。


「採取完了。ふぁー……さて、帰ろう」


 重くなったバケツを持ち上げていざ帰ろうとしてふと光るものを見る。

 瘴気の霧の向こう側に何かがある。


「なんだろ」


 気になってそちらへと向かうと、霧を抜けた先に黄金に光る果実を見付けた。


「これ……禁断の果実だ」


 食べれば魔法使いやスキルホルダーと同等の能力を得られる果実。

 ただし、その代償として差し引きがゼロになるようなデメリットを背負うことになる。


「しかも、金」


 禁断の果実は三種類あって金銀胴の順番で得られる能力の度合いが違う。

 金は一番強力な能力を得られる代わりにデメリットも酷いらしい。


「とりあえず、持って帰ろうかな」


 禁断の果実に手を伸ばして持ち帰った。


§


「危険区域から貴重な資源を調達してきて、もらえる金額がこれだけか」


 薄い茶封筒の中身を確認してため息をつく。


「借金返済に持って行かれるから、明日には文無しだ」


 かろうじて飯が食えるだけありがたいか。


「よう、梶木かじき


 ボロい換金所から外に出ると、馴染みのある顔がいた。

 佐藤だ。


「飯食いに行こうぜ」


 古い油の臭いと充満するタバコの煙。

 壁は黄ばみ、換気扇は茶色く、キッチンは錆びている。

 そんな馴染みの店で味付けの濃い料理を口へと運ぶ。


「なんか良いことあったか? 最近」


 そう言いながら佐藤は安酒を飲む。


「いいや、いつも変わらないよ。毒の中を歩いて結晶削って金を貰ってる」

「こっちも似たようなもんだ。延々と木を切って運んでる。毎日毎日同じことの繰り返しで、楽しみと言えばこれだけだ」


 酒瓶を揺らしてまた口を付けている。


「起きて喰って寝るだけの人生だ、刺激が欲しいもんだぜ」

「ならシールドにでもなってみる? かなり貰えるって話だけど。ちょうど募集してるよ、ほら」


 指差した先に真新しい張り紙がある。

 守護者募集と書かれていて、問い合わせ番号と試験会場が載っていた。

 押し寄せる魔物から街を守ろう! のキャッチコピー付きだ。


「馬鹿言え。命がけの仕事なんざ御免だ。守護者になるくらいなら一生木を切って生活するよ」

「だよね。戦える力があるわけじゃあるまいし……あ、そうだ」


 ふと思い出して懐から禁断の果実をテーブルに出す。


「それ、どこで見付けたんだ?」

「危険区域で実ってたんだ。これ、売ればどれくらいになると思う?」

「二束三文だろうな。それ自体珍しいものでもないし、金は博打がすぎる。喰った奴の噂を聞いたことがあるが悲惨なもんだったぜ。体が動かせなくなったり、強烈な痛みが一生続いたりな。銀や銅ならまだしも、金を喰う奴は自殺志願者くらいだ」

「ふーむ」


 禁断の果実を目の前に置いて腕を組む。


「おい、まさか喰うつもりか?」

「考えたんだけどさ。俺のスキルでデメリットを無効化できないかな?」

「お前のスキルって状態異常無効だろ? どうだろうな、スキルの範疇にそいつが入ってるか微妙なところだぞ」

「でも、無効に出来たら凄いよね?」

「あぁ、無効に出来なかったらお終いだがな」


 禁断の果実で得たメリットとデメリットは差し引きゼロの等価交換。

 メリットが大きければ大きいほどデメリットも大きい。


「喰うなら止めはしないぜ、お前の人生だ。どうせこの先、俺たちに変化なんてない。底辺を這いずり回って死ぬだけ。賭けてみるのもアリだ。でも、一つ言っておくぞ」

「なに?」

「俺ならそれを売っぱらった金で酒を買う」


 そう言って佐藤はまた安酒を煽った。


§


「え? クビ、ですか?」

「あぁ、そうだよ。十分に資源が取れたからもういらないってさ。じゃ、そういうことで」


 ぷつりと通話が切れる。


「冗談キツい……」


 まさか仕事がなくなるとは。


「仕事探さないと」


 それから足を使って就職活動を行った。

 けれど、どこも俺を雇ってくれない。

 状態異常無効だけが取り柄の俺を雇うほどの余裕がどこもないんだ。

 途方にくれた俺はため息交じりに自室に戻り、ボロボロのソファーに腰掛けた。


「……人生を賭けるか、売ってしまうか」


 ゴミだらけのテーブルにおいた禁断の果実を見つめる。

 もしスキルでデメリットを無効化できるなら、俺の人生は一変するだろう。

 こんな最底辺の生活から抜け出して、もっといい暮らしができるはず。

 でも、無効化できなかったら?

 大きなデメリットを背負って人生を過ごすことになる。


「賭けるか、売るか」


 禁断の果実を見つめて考える。

 いつまでそうしていたかは憶えていない。

 ただ凄く長い時間、そうしていたように思える。

 結論を出すまで長い時間が掛かった。


「食べよう」


 禁断の果実を拾い上げ、口元に寄せる。


「どうせ俺に未来はないんだ。それなら、いっそ」


 変化が欲しくて、刺激が欲しくて、俺は禁断の果実に口を付けた。

 齧り付き、噛み砕き、飲み込む。

 瞬間、内側から何かが弾けたような感覚に陥り、俺は意識を失った。

 

§


「んんっ」


 眩しい日の光で目を覚ます。

 朧気な意識のままソファーから身を離す。

 そうして壁掛け時計に目をやると時刻は午前九時となっていた。

 一気に意識が覚醒し、冷や汗を掻く。


「遅刻だッ!」


 勢いよく立ち上がった勢いで机に片足のスネ強打する。


「っつぅ……」


 痛みに悶えながら痛みが引くのを待つ。

 思っていたよりもすぐに痛みはなくなり足を下ろした。


「あぁ、そうだ。俺クビになったんだっ――け?」


 顔を持ち上げて、すぐに違和感に気がつく。

 テーブルの上にあったインスタント食品のゴミが宙に浮かんでいる。

 しかもそれだけでなく非常にゆっくりと動いていた。


「えぇ?」


 奇妙な光景を目の当たりにして困惑する。

 なにが起こっているのか訳がわからない。


「テーブルも動いてるし、それに……」


 テーブルに差した日差しの中に影が浮かんでいる。

 窓のほうを見ると、一羽の鳥が飛んでいた。

 非常にゆっくりとした速度で翼を羽ばたいている。


「スローモーション?」


 次に壁掛け時計を見て見ると、秒針が動いていないように見えた。

 この時計の秒針は一秒刻みで動くタイプ。しばらく眺めてみたが動く気配はない。

 つまり立ち上がってからここまで一秒も経っていないということになる。


「どうしてこんな……あ」


 ありえない出来事に頭を抱えていると、足下の禁断の果実が目に入った。


「そうだ、これを喰ったから――デメリットは!?」


 特になにかあるとは感じない。

 服を脱いで全身を確かめたが、異変はない。

 両手両足は動くし匂いもする、食べかけのスナック菓子も味がした。

 音も聞こえるし、目も見える。


「無効化、出来てる?」


 デメリットはない。


「やった!」


 両手を握り締めてガッツポーズを取った。

 これで退屈な毎日から脱出できる。

 守護者になって刺激溢れる毎日を送れるんだ。


「外に出てみよう!」


 玄関で靴を履いて、外の世界へと飛び出した。

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