01-02.元連隊長、友を得る
転移から二か月半が経過して、沖沢タモツの肉体と精神は相当絞られていた。
単に根性を試すためだけの無意味な穴掘り作業、ケツを蹴り上げながら走る持続走、腕立て、腹筋。
若い時代には文武両道であったタモツも、幹部になってからはデスクワークが主体ですっかり太り気味になっていた。
陸上自衛隊の平均的な体力錬成とは一次元違うレベルの、殺されるんじゃないかと思うほどにハードなトレーニングの日々だった。
タモツはそれに、なんとか食らいついてきた。
ここを出ていくという選択肢もタモツには与えらえていたが、それは現実的ではなかった。
なにしろ、日本語が全く通じないのである。
地縁もなければコネもなく、生きていくためにどうすればいいのか全く分からない。
王都の路地裏に座り込んで乞食でもやれというのか?
まさか!
それなら地獄のトレーニングに耐えるほうが、まだいくらかマシというものだ。
それにしても、これはまるで、話に聞くところの昭和の自衛隊のようだ……。
タモツの同期たちは、あまりに個性的なメンバーばかりだった。
中でも何となく気が合ったのは、小柄で眼鏡の刈谷くん。
他の同期たちがタモツを「学歴と経歴だけが自慢の、足を引っ張る使えないオッサン」呼ばわりするのに対して、刈谷2士だけはタモツを目上の人として立てて接してくれた。
刈谷2士は高卒だったが教養的にはなかなかのインテリで、互いに読んできた本の話などがよく合った。
二人はともに運動性能において教育隊の足を引っ張る存在だった。
ヤンキー上がりで粗暴な木下2士と、その取り巻きからはずいぶん意地悪を言われたものだった。
現実世界の今どきの自衛隊なら、とうにイジメ案件としてやり玉に挙げられていただろう。
「沖沢2士は、この後どういう道筋を考えていらっしゃるのですか?」
「ん? ああ、兵科選択の話かい?」
「それもあるのですが、さらにその後の道筋です。僕はこの世界の言語を習得して、自衛隊をやめようと思っているのです」
「ほう」
タモツは中学卒業以来、ずっと陸上自衛隊にその人生を捧げてきた。
日本の国土を守るとか、災害から日本人を守るということはもうできないかもしれないが、それでも自衛隊の名残を残すこの場所から出ていくという考えは、タモツにはなかった。
教育隊にいる間は外の世界からは隔絶されているので、この世界がどのような世界なのか、それすらまだ良く分かっていない。
それでもまあ、人間の住む世界ではあるはずだ。
外国からの襲撃に備えて警戒をしたり、災害時に汗を流したりする自衛隊の役割に変わりはないだろう。
タモツはまだこのとき、そんな風に思っていたのだった。