それぞれのざまぁ(ヤツヤナ後編)
仕事が落ち着かない。
誤字報告ありがとうございます。
ガヤに対して思わずヤツヤナらしさが出た時の最後の声は、怒気を含んだゴウケンの声だった。
彼は散策に出て情報を集めていたのだった。
「ゴウケン様、これは……」
「さよならだヤツヤナ。今回の商いも、他の街に回そう。急ぎの案件じゃなくてよかったよ」
調べた通り。ゴウケンが言ったそのセリフから、シラを切るのは不可能とわかる。
あとはできることなど限られている。
ヤツヤナは見事なまでの土下座を見せる。
「お許し下さい。サーズで1番の商人になって思い上がってました。全てゴウケン様のお力だと言うのに。それを自分の力のように思い調子に乗っていました」
「商人にとって、タダでできる土下座など銅貨1枚の価値もないよ。そんな事は君が一番わかるだろう?」
「それでは、財産も渡します。もう一度貴方様との縁を繋ぐことさえして頂ければ、裸一貫からやり直す覚悟です」
「一度財産を手放しても、私とのコネがあればすぐに上向くからね。……そうだね、今日中に、オールインのオーナーに出入り禁止を解いてもらってきなさい。それが出来れば、私は君を許そう。もう一度やり直すことを考えよう。私は今日馬車に泊まってもいいから。頑張るんだよ」
「必ず」
短くそう返事をして、ヤツヤナはオールインに向かった。
ゴウケンに言った言葉に嘘はなかったが、オールインに対して、心を入れ替えたわけではない。
ゴウケンと出会う前の自分に戻るわけには行かない。その一心で部下を連れてオールインに向かった。
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「急な訪問を失礼する。オーナーはいるかな」
丁寧な言葉で紳士的にオーナーの所在を尋ねてきたのは、部下を合わせれば今日何回目になるかわからない、ヤツヤナだ。
マリアは礼節を持ったその態度に驚いたが、すぐに立て直した。
「オーナーはお会いになりません。大体なんですか、ヤツヤナ様も、それにコシギンチャ様も、先程下手な変装で来て宿泊を断った後喚き散らして、もう来ないと言ったばかりなのに」
「んぐっ!」
報告を受けていなかった、ヤツヤナはコシギンチャを睨み付ける。まぁ鏡を見ているようなものだ。
「マリア、ご苦労様。あとは僕がお相手しよう」
「オーナー、突然の訪問すまない。今回は謝罪に来た。まずこちらを、納めて欲しい」
「ここではなんですから、こちらへどうぞ」
通した部屋で改めてヤツヤナから渡された物を確認する。
それは大きな麻袋に過去の宿泊代と書かれていて、かなりの額が入っている。
「部下や仲間の分に、迷惑料も入っている。サービスも料理も、申し分なかったのに、本当に申し訳ないことをした。この通りだ」
「フム、何があったか知りませんがありがたく頂きますし、謝罪は受け入れます。それでは」
ヤツヤナはニンマリとする。所詮貧乏な宿屋など金で頬を叩けば良いのだ。それにオールインが許したと解れば他の宿の態度も軟化するかもしれない。
そんな事を思うヤツヤナは、達也が黒金貨を持つことなど知らない。
「そうか、本当にすまなかった。それで、部屋をとって欲しいと言う話だが、私の大切な方だ。勿論金は言い値で払うし、最高級の部屋を用意して欲しい。4つ星の記事が出たばかりでわすぐには泊まれないだろうが、何日かは待てると言う話だからスウィートが空き次第頼む」
「はっ? 何を言ってるんですか? ヤツヤナ様と、その縁者は皆さま出入り禁止ですよ」
「お前!!……スーハースーハー、貴方は私の謝罪を受け入れたではないか。なぜ出入り禁止のままなのだ?」
「謝罪を受け入れることと、出入り禁止は別ですよね? 今のところ一切解く気はありませんよ。そう言う意味で持ってきたお金ならお返ししましょうか?」
何とか深呼吸をして、我慢をするヤツヤナに、達也はそう説明する。
ギリギリと歯軋りをして、何とか耐えて、ヤツヤナは言葉を繋げる。
「穏便に行こうじゃないか。同じ街で商売をする物同士だ。荒っぽい手は取りたくない」
「やれやれ謝罪の後に脅しですか? まぁかまいませんが。お一人でどうされるのかと?」
「その態度後悔させてやる。おい! 入って来い! やってしまえ!」
「……」
コシギンチャの他にも部下達が隠れていたであろう方向に魔道具か何かで合図を出したが、うんともすんとも言わない。
「おい! 早く入って来い! 何してやがる!」
「外の方々なら、全員私の仲間が片付けてますよ。ですからヤツヤナさん1人で間違いありません。さぁ、帰りましょうか」
「おい! 離せ。このまま帰れるわけにはいかないんだ! ひっ⁉︎ 持ち上げるな」
貧乏な宿のオーナーとみくびっていた達也に持ち上げられ外に放り投げられる。
ふと視線を移すと、山積みにされた、部下の姿があった。
「馬鹿な‥‥こいつらは元々D〜Cランク相当の冒険者だったんだぞ。そんな簡単に」
「それくらいなら私でも簡単ですよ。 フン!」
「ひっ!!」
落ちていた石を拾いタツヤが投げると、ヤツヤナの横を通過して轟音と共に外壁にめり込む。
自己強化をしたタツヤが、全力で投げた、ただの石だ。
「暴力で貴方を黙らせるのは簡単ですが、しません。実は僕は異世界から来ましてね。私の生まれた国は人を殺す事は勿論無く、奴隷も無い、冒険者なんて物もいないし、魔物も居ない。貧しさで死ぬこともそう無いし、命の価値の重い国でした。だから人も殺せないし、殺せる人に頼むのも嫌です。価値観が違うんですね」
「何を突然?」
「だからね、商人としての貴方を殺すことにしたんです。一代でサーズの街に大店と呼べる店を持てた。貴方は立派だと思いますよ。そんなヤツヤナさんだから、その大切な物を奪おうと決めました。貴方のことは許しませんし、一生出禁です。はいお返しします」
未だ立ち上がっていなかった、ヤツヤナの土手っ腹に麻袋が落ちて、金貨がぶち撒けられる。ちなみにこれはわざとでは無く、しっかりと袋が閉まってなかっただけだ。
「やめろ、触るな! これは私の金だ! だれにも渡さんぞ。おい待て! どこへ行く? おい!」
「ほんとにごめんなさい。お金は普通にお返ししようと思ったんですが。閉まらないなぁ」
金貨に群がる野次馬から抜け出せないでいるヤツヤナを背にして、達也は宿に戻った。
その後ヤツヤナがまた来たそうだが、暴れたので気絶させた後、キーにお姫様抱っこでヤツヤナの商会まで送り届けられたそうだ。
街の人にその姿を見られた為、後日笑い者になったとかならないとか。
「残念だよヤツヤナ。方法も後処理も考えられる中の最悪手だ。さようなら」
「お待ち下さい。ゴウケン様! ゴウケンさまー」
……一流の商人と言うのは、情報に敏感で無ければならない。
その後、ゴウケンに切られたと言う情報を得た、良い商人達の大部分はヤツヤナを切った。
残った情報に疎かった商人も、サーズに訪れて宿屋にも泊まれない。事情を聞くとヤツヤナ関係者出入り禁止を聞かされる事実を目の当たりにして去っていった。
大店を手放して残った金で、またやり直そうとサーズを出たが、近隣のセカンズやフォースの街に行っても、似顔絵付きの手配書のようなものが宿屋に回っているらしく、滞在することすら難しい。そうしてようやくヤツヤナは気づいた。敵に回してはいけない男を敵に回したと。
旅をして誰も自分を知らない街迄ついた頃には金も底をつき、宿に泊まる金も無くなっていた。
「死んでしまう……」
「私の目の届かないところで、死んでしまう分には別に良いんですよ。関係無いから。情報も入って来ないし。対岸の火事っていうか、こう言うのは日本人の悪い癖だよなー」
「ひっ?!」
悪魔の声が聞こえた気がした。
それが幻聴だったのかどうかは誰も知らない。ヤツヤナがサーズの街を出て行った後、ヤツヤナを見たと言う物は誰もいないから。
後2、3話でエピローグまで行けるかな。




