16話 掃除は小物から始めます
最近のブクマ、ポイント評価に感激しております。
本当にありがとうございます。
テンションが上がってなのか今回軽い短編くらい長くなりましたが、お付き合いいただけると嬉しいです。
無料イベントを始めてから3日が過ぎた。
ヤツヤナの影響を受けて、2回きた奴もいれたが流石に3回目はなく、今は3割引で来てくれているリピーターと滞在客で、ある程度の部屋は埋まっている。
「さてと、営業も落ち着いてきたし、僕はちょっと冒険者ギルドに行ってくるよ」
「またですか? 赤字を埋めるために助っ人で、冒険者復帰なんて本末転倒じゃ無いですか!」
「まぁまぁ、今日はハイオークの群れが出たらしいから、指揮をとって欲しいっていう指名依頼なんだよ。丁度依頼をこなさなきゃ、ランクが下がる時期まで来てたし、高級肉も手に入るから一石二鳥ってね」
そろそろ特別なお客様達もくるし、いいお肉も揃えとかなきゃね。
その時だった。もはや変装もしていないヤツヤナが訪れた。
「お客様、流石に3回目は、宿泊をお断りさせていただきます。当店のサービスは三回とも変わらないので」
「早とちりを。これだから三流オーナーは。今日はスウィートルームに泊まりに来た。もちろん構わないだろう? 最高の持てなしを受けてみたいと思うのは客心理だ。まさか断らないよな」
「もちろんですとも、気に入っていただければ、お代は払っていただけるのですよね?」
「当たり前の事を聞くから、この宿も貴様も三流なのだ」
俺の中で、我慢していたものが切れた。
今日来る予定のお客様の前で最高のもてなしをしてやる。
「おい、宿泊代金は前金で払うから一般の部屋を頼む。3割引きだろう? ヤツヤナさんが面白いモノを見せてくれるって言うんでな。本当はこんな最低の宿に金を払うのも嫌なんだが仕方ない」
「かしこまりました。お部屋をご用意させていただきます」
ヤツヤナの仲間で既に、2回泊まりに来た奴らが得意そうに金を払う。
お前ら全員地獄に落ちろ。
「おーい、タツヤ君、約束通りみんなで来たが本当に招かれていいのかい?」
「これはこれは、サーズ1と名高い『銀の皿』のオーナーと、他のサーズの宿屋の皆さん。お待ちしてました。こんな機会でも無いと、同じ街の他の宿屋なんて泊まりませんから、交流のつもりで、どうぞゆっくりしていってください」
俺が呼んだ第一陣の招待客が来てくれた。しかもヤツヤナがたまたま愚かなことをしに来たこのタイミングで。
みんな纏めて最高の持てなしをしてやるよ。まずはお肉を狩りに行くかな。
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「それでは皆さんお疲れ様でした。お肉以外の素材は差し上げますので、お肉も調理した物を今晩出しますんで食べに来てくださいね。臨時パーティーのお礼にお肉は無料にしますから」
「化け物だ。あの支援術師は化け物だ」
いやー予想以上に、いい肉が手に入ったな。サーズの街のB級パーティと組めたのもラッキーだったし。
あの人は何を呟いているんだろう?
昼過ぎで終わったし、俺も宿の仕事に加わるか。
「私も、サーズの街からの久し振りのAランク候補とか言われてたが、アレはモノが違うな。なぁ、うちのパーティにも支援術師入れようか?」
久しぶりに高ランクの冒険をした後にケロリとしている達也をみて、サーズの街の期待の剣士『閃剣のナターシャ』はそう呟くのだった。
達也は昼過ぎからの営業に間に合い、サウナを手伝っていく。
ヤツヤナ一派は1番に全員で参加して、すでに酒場で冷えたエールをグイッとやっているそうだ。
今は宿屋の旦那衆が初めてのサウナ体験に、気持ちのいい汗を流している。
「あー、このロウリュってやつがまたいいな。おかわり? もう3回頼む」
「おや、3回ですか? そんな忍耐力だと『銀の皿』がこの街1番と言われるのも長く無いですかね。私は7回で」
「ちげえねえ。俺は10回頼む」
「お前ら好き勝手言いやがって! 俺も10回だ!」
と、サウナの意地の張り合いも和やかに?
行われて楽しんでいただけたようだった。
夜になり、ディナーの時間がやって来た。
取り巻きの奴らは来ているが、ヤツヤナはまだ来ていないな。冒険者達もまだか。宿屋の人達は来ているみたいだな。
「本日ご来店された皆様は特別に運がいい! 大量のハイオーク肉が入りまして、皆様にステーキを用意させていただきました。当店のシェフが腕に寄りをかけて作った、至高の一品をどうぞお召し上がりください」
「おいおい、俺達が来てるからって無理してるんじゃないだろうな? ハイオークの肉なんて滅多に食う機会のない高級食材だぞ」
「私は冒険者でもあるので、丁度よく依頼があったので他のパーティに混ぜてもらって自分で狩って来ました。元手はゼロですのでご安心を」
達也の話を聞いて遠慮していた人達が食べ始める。
そうして食べ始めた滞在客や宿屋の人達は目を見張る。
それもそうだ。滅多に食える肉じゃないし、食べた事のない人も多いだろう。その上ヘイホーの焼き加減、ソースといった、調理も完璧だからな。
「うまい! いつも美味いがこれは更にうまいぜ! ヤツヤナの兄貴も早く来ねーかなー」
「あっ? ばか! うーんいつもよりはましだな。いつもが特別に不味いからな。うーんまぁまぁだ」
「えっ? 今日は金払ってるし良いんじゃないのかい? 美味いって言っても。痛っ!」
抜けている男が拳骨を喰らう。それを見て他の客が怪訝な顔をする。
まぁまぁだと言っていた男も、すごい勢いで食べながら、まぁまぁだって言ってたんだけどね。
「おう! みんな相変わらず不味いメシ食わされてるのか? 本当にこの宿は☆無しが相応しい宿だぜ」
「ヤツヤナ様お待ちしておりました。ヤツヤナ様は、当店のスウィートルームをご利用いただいてますので、料理もスウィート対応になります。こちらをどうぞ」
横柄な態度で到着したヤツヤナに料理を出していく。
メインの皿には、厚くて噛み切れなさそうなステーキがドンっと置かれ、皿の横にはワインが注がれる。
「ほう、酒を出すとは中々いい心がけになって来たな。これなら今回は金を払ってもいいかと考えてしまうな。しかしこのステーキは良くない。こんなに厚くては食べごたえはあっても、硬く感じて、俺の舌を満足させる事はないだろう」
もっともらしい事を並べて、ナイフを入れるヤツヤナ。
ナイフを一度手前に引くだけでぶ厚い肉は下まで抵抗なく切れる。
流石に驚くヤツヤナと周囲の客。
「似ているがあれはハイオークじゃ無いのか?」
「おい、三流オーナー、これはどう言うことだ! 何故こんなに簡単に切れる?」
「どう言うことだも何も、スウィートのお客様に相応しいお肉を用意させていただいたのですが? 冷める前にどうぞ」
いつもの憎まれ口の一つも叩けず、ステーキを口に含むヤツヤナ。
「なんだこれは、こんなものに比べれば肉屋のあまりの屑肉でも、食ってる方がマシだな。この肉の硬さは俺は革靴を食わされてるのか?」
いつもならこんな罵倒が聞こえてくるが、ヤツヤナは放心したように黙っている。
みかねて、取り巻きの1人がヤツヤナをゆすってやると、やっと戻って来る
「くっ、いつもの靴底肉よりはマシなようだな。しかし高い金を取っているのだ、最低限これくらいのものは食わせてもらわんとな。まぁ絶品とは言えんが、不味くはない……」
そう言ってワインを煽るとまた目を開く。
この肉と相性の良い超高級ワインを開けてやったのだ。
ヤツヤナは無言で肉→ワイン→肉→ワインのローテーションに入った。
「ぶはー。なんだこのワインは小便でも飲んだほうがまだマシだ。おい、この肉はもう無いのか? これならまだ食べてやっても良いぞ。不味くは無いからな」
「いい加減にしてくれ、ワシも同じスウィートルームに泊まっているが、こんな美味い肉には滅多にお目にかかれんぞ。美味いと言いたく無いなら黙っててくれ」
「なにー! じじい、俺を誰だと思ってやがる? この街で大店を抱えたヤツヤナ商会会頭だぞ」
他の客と揉めそうになっていたので止めようとすると食堂のドアが開いた。
「おう! タツヤ、約束通り食べに来たぞ、人数分あるんだろうな?」
「おい『閃剣』じゃ無いか? オーナーとどう言う知り合いなんだ?」
そんなガヤが飛び交う。まぁ街で有名なパーティーだもんな。
しかしいいタイミングで来てくれたものだ。
「自分で切った獲物の数くらい覚えてるでしょ? みなさんはたくさん倒してくれたから、ハイオークの他に特別にスウィートと同じ肉も出しますよ」
「お前が倒したのもいるだろう? どうだ? 真剣にうちのパーティーに入らないか? まぁそれはいいとして、特別な肉というとあれか?」
「もちろん。多くのお客様に食べてもらいたいので量は出せませんが。あれです」
くつくつと笑いながら、俺たちはやり取りをした。肉の名前を言わない事にナターシャさんも気付いてくれたのだろう。
喧嘩をしかけた2人もタイミングを失ったようで、黙って食べている。
「お待たせしました。ハイオークのステーキです。儲けは酒で出すんで、ジャンジャン食べてくださいね」
「美味い美味い! ハイオークは何度か食ったことがあるが、このソースが、焼き方が絶妙に美味い」
食に造詣が深いのだろうか、コメントをしながら食べる、ナターシャと、無言で食べて飲む、パーティメンバー。
「そしてこれが、本日のスウィートのお客様にしかお出ししていない、特別な料理です」
「これが……ウマい! 何も言えないよ。うまいって言うのも精一杯だった。流石、キングオーク」
まるでミステリーで犯人が明かされた時のように静かになる。そして、その後に訪れるのは喧騒。
解き放たれたかのように、リアクションの洪水が溢れる。
「今なんて言った? キングオークだって? 王族ですら滅多に食べられないものじゃ無いか? 今の国王も好物だって聞いたぞ」
「ちょっと俺にも食わせろよ! 一口でいいから! 幾らだ? 金はちゃんと払うから。んっ? さっきその肉を靴底よりはマシとか言ってたやついなかったか?」
「えぇ、貴族の方でもいたら不敬罪で罰されるかもですね。頑張ったのですが、あまり気に入っていただけなかったようで残念です。ねぇ、ヤツヤナ様」
振り返ると皿を舐めたくらい綺麗に食べ終わったヤツヤナがダッシュで部屋に戻って行った。
冒険者の集団からは笑いが起きていたが、同業者の人達はなぜか俯いていた。
そしてお待ちかねの翌日。
「金は払わんぞ。料理はマシでも、あの小便臭いワインに、最低のサービス、何より客に恥をかかせるような接客をしたお前だ!」
「かしこまりました。それでは当宿もお客様は出入り禁止とさせていただきます。これ以上のおもてなしは不可能ですので。今後は、料金を支払うとおっしゃっても、お客様の縁者も含めてご宿泊をお断りします」
「客に対して、何だその口の聞き方は? だから☆無しは」
「スウィートルームにお友達を入れてのどんちゃん騒ぎ、窓の下に人を待機させての調度品の盗難未遂、捕縛された者からヤツヤナ様の名前は出なかったので、衛兵こそ呼びませんが、お友達には衛兵のところに行ってもらいます。あまりにも酷すぎますよ。あなたも、貴方の連れも」
本当に知らなくての顔か、調度品の盗難がバレた顔かは区別出来ないが、珍しく尊大な態度が崩れている。
逃げるようにヤツヤナと数人減った取り巻きは去って行った。
うしろを見ると、他の宿屋の人達が俯き顔役の『銀の皿』の店主が泣いている。
「いつから、いつからこのサーズの街の民度はこんなに低くなってしまったのだ? ヤツヤナ一派もそうだが、こんなに皆、金を払わないのか? あんなにも素晴らしい部屋にサービスに、料理に」
「まぁ、そんなもんですよ。ヤドランってすごいですよね。宿屋の皆様には、お土産がございます」
「土産?……コレは⁉︎」
ヤツヤナ
来店4回。
初回はヤドランの結果が出た次の日に強引に返金を迫りキャンセル。無料イベントの2度めは変装をして来店、1度も料金を支払わず、3度めは、王の好物のキングオークを靴底よりはマシと言い、王がキングオークに合わせるということで有名な王家御用達のワイン、フェアリーベルの20年物を小便と表現
オールイングループ全店出入り禁止。
コシギンチャ
ヤツヤナの舎弟。
来店二回、ヤツヤナと同様に金を払わずにひたすら当宿を罵倒。オールイングループ全店出入り禁止。
etc etc…
俺が渡したのは、ここ数日でつけた似顔絵付きのブラックリストだ。
良い客の方はもちろんあげない。
リスト見た同業者達は深く頷いている。
これからヤツヤナ達はどうなっていくのだろうか? 正直楽しみだ。予定通りにいくと良いが。
甘いと言われるかもしれないが、子悪党の処理はひとまず終わりだ。次はバリー様を待つかな。




