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第一話②

 混乱しつつ親父に合わせるように立ち上がり、女性二人と対面。

 俺に意識を向けるよう二人を促しつつ、親父が口を開く。


「息子の光毅みつきです。光毅。こちらが伊藤沙織さんと、ご息女の紗香さやかさんだ」


 お互いに軽く頭を下げ、座る。

 親父と沙織さんはなんか似たような緊張感があるけど、伊藤さ……紗香さんの方は至って普段通りなのが逆に浮いて見えるのは、俺だけなんだろうか。

 ……普段通りっつっても、傍から見た印象でしかないけどさ。


「もう言ったが、沙織さんとは結婚を考えてる」


 そう俺に告げる親父に、俺は違和感を覚えた。


「なんで俺にだけ? もしかして伊藤さん……紗香さんは前から知ってたのか?」

「うん。といっても、息子さんがいるっては聞いてたけど、それが光毅くんだってことは今初めて知ったけどね」


 親父に向けて訊ねたつもりだったが、答えたのは紗香さんだった。

 どんな神経してるのか、普通にニコニコしてはりますよこの人。

 再婚相手に男子……それも同い年で同じ高校の男だとか、普通色々考えるもんじゃねえの?

 ……まぁ、境遇も性別も違う俺がそれ考えたってわかるもんでもないか。


「……えっと、取り敢えず聞きたいんだけど」


 まだちょっと混乱してる頭を整理しながら考える。


「オヤ……父さんはもう結婚すること決まってるって言ってたよな」

「オヤジでいいぞ。今更いい子ぶるな」


 クソジジイとでも呼んでやろうか。

 流石にこの二人の前では鉄拳制裁もできまい。


「……そのことも、紗香さんは知ってるんですか?」

「同い年なんだから普通でいいよ」


 そう前置きをしてから、紗香さんは言う。


「うん。それも知ってる」

「てことは、後は俺が認めるだけって話でもないんだろ?」

「ええ、そうですね。少し違います」


 答えたのは親父ではなく沙織さんだった。


「勿論、光毅くんにも認めてほしいって思ってますよ。でも、人の心はそう簡単に割り切れるものでもないから、受け入れられない、一緒に住むことはできないというのなら、強制はできません」

「だからな、光毅。お前が嫌だというのなら、沙織さんとは今と同じ、別々の家で暮らすつもりだ」


 あー……なるほど。

 結婚はする。

 実際に籍を入れるかどうか、それと一緒に住むかどうかを決めろってことね。


 まぁ確かに今俺が拒否ったって、たぶん大学に入ったら一人暮らしするつもりだし、二人にしてみれば二年の辛抱って感じなんだろう。悪く言えば。

 俺の意思を尊重すると言っても結果は変わらないし、なにより今の状況ってズルくね?

 三対一じゃん。数的不利じゃん。


「……結婚に反対する気はありませんよ」


 そう前置きをして、今の考えを二人(主に沙織さん)に告げる。


「親父が気の迷いを起こしたってわけじゃないってのは今日、なんとなくわかりましたし。でも、一緒に住めるかどうかなんて、実際に暮らしてみないとわかんなくないですか?」


 あんたもそう思うよな、と紗香さんに視線を向けつつ訊ねると、「そうだね」という肯定が返ってきた。

 というか、俺の問いかけは間違いなく想定内だったんだろう。

 それがはっきりとわかるくらい、大人二人の反応が目に見えて変わっていた。


「お前が不安に思ってることはわかるぞ!」

「やっぱり、一緒にやっていけるかっていうのは不安よね!」

「……まぁ、そうっすね」


 テンションの上がり方がウゼえ。

 反比例してダダ下がりの俺のテンションはその後一度も上がることはなく、一気に倍の人数での生活が始まることだけが決まった。


 一応、お試し期間として一か月は女性陣がこれまで住んでいた住居はそのままにするらしいけど、きっと彼女たちがそちらに戻ることはないだろう。

 そんなことをぼんやりと考えながら、妙に密度の濃かった土曜の夜は更けていく。


「……あ」


 伊藤さんと同居とか、信也たちにバレたらあかんやつや。





 さて、夜が過ぎれば日が昇る。

 日曜の朝と言えば二度寝。あの微睡みの時間は何にも代え難い至福の時である。

 ……だというのに、それを邪魔する存在がいた。


「……なんでいんの……」

「酷いなぁ光毅くん。昨日のこともう忘れちゃったの?」

「いや……そうじゃなくてね……」


 ベッドの脇で、こちらを揺らす手を添えたままの女子、伊藤紗香である。


「おんなのこがさ……やろうのへやにはいってくんの、どうかとおもうわけですよ……」

「ふふっ。光毅くんって朝弱いの? なんかへにゃへにゃしてる」


 くすくす笑うその表情に嘲りや蔑みはなく、純粋に楽しんでいるもののように見える。


「……ていうか、くんのはやくね……」

「お試しでも、住むならある程度は荷物が必要でしょ? それを送るから、私は先にこっちに来て待つことになったんだ」

「へぇ……」


 もういいから出てってくんないかな。

 これ以上のやりとりを拒むように布団を被ろうとしたが、掛け布団をがっちりと掴んでいる伊藤さんの手が、それを許さなかった。

 ……力、強いっすね。


 結局いつもより早く起きることになったが、朝食すら用意されていたためいつも以上にやることがなかった。


「……ごちそうさまでした。とてもおいしかったです……」

「お粗末さまでした。ティーバッグ持ってきたから淹れるね。あ、光毅くんってコーヒー派だった?」

「とくにないけど……いいよ。それくらいはやる……」


 まだ少しぼーっとする頭で立ち上がろうとする俺に先んじて、伊藤さんは「私もちょうど飲むところだったから」とさっさと台所に向かってしまった。

 朝食も作って持ってきたらしいサンドウィッチだったし、何から何まで甲斐甲斐しいというかなんというか。


 少しして、というほどの時間もかからずに戻ってきた伊藤さんの手には、カップが二つ。

 一つは同じ型のがいくつもある来客用で、もう一つは見たことのないもの。たぶん自分用のかな?


「朝食、光毅くんはパン派? ご飯派?」

「へいじつは……ごはんかな……ひるめしにもするし」


 休みの日は簡単に済むからパン派だ。

 カフェインを摂ってちょっと頭を落ち着かせつつ、なんとなくまったりとした雰囲気を壊さないように、俺は思ったことを率直に言うことにした。


「最初から根詰め過ぎじゃないかな。……色々と気を使いたくなる気持ちはわかるけど」

「そうかな?」


 少し不思議そうな表情を浮かべてるのが、本気なのか誤魔化してるのかはわからない。

 でも、朝起こして朝食作ったりなんだりだぞ?

 少なくとも、同い年の相手に……姉弟とか兄妹になる相手にするには過剰だと思う。


「毎日続けるって考えたらしんどくない?」

「うーん、お母さんにしてたこととほとんど変わらないけどなぁ」


 まじかよ。

 ウチの親父がスネークなら、エヴァって雰囲気の沙織さんが俺と同じポジだとは。

 ……なんかいいな。これがギャップ萌えってやつか。

 それに対して、


「でも言いたいことはわかったよ。ありがと。光毅くんって優しいんだね」


 和やかに微笑む目の前の美少女は、ギャップのない、まさに見た目通りの反応だなーと思った。



 引っ越し業者は十時ごろに到着し、荷物もさほど多くなかったので設置はあまり時間をかけることなく完了。

 途中から合流した親父と沙織さんは、二人で使うことになる部屋へ。伊藤さんは自室となる部屋の整理を始め、俺は特に力仕事も必要ないということで部屋に戻ることにした。

 とはいえすぐ昼飯だ。

 映画を見るほどの時間もないし、プラモも同じ。課題は一回集中したら途中で辞めたくないからこれもパス。


「……マンガでも読むべ」


 BGMとして適当な曲を流しつつ、ベッドに横になってマンガを読み耽る。

 ……やっぱおもしれぇわ春高予選決勝。ひねくれメガネの覚醒シーンはまじ震える。

 なんかこう、面白いスポーツマンガって自分もやりたくなるから困る。

 で、全然思ったように動けなくて現実を思い知るまでがセット。

 ああ、上手くぴょんぴょんできたなら。


「光毅くん、お昼の用意できたよー」


 がちゃり、と淀みのない流れで入ってきたのは伊藤さん。


「……ノックくらいしませんか」

「あ、ごめんなさい」


 素直に謝る彼女にそれ以上のことは言えず、マンガをその辺に置きつつ身体を起こし、音楽を止める。

 何が気になったのか、伊藤さんの目はテレビの下にあるスピーカーへと向けられていた。


「どうかした?」

「なんか、すごく音良くなかった?」

「あー、まぁそれなりにする奴だし」


 沼と評される趣味は数多くあるけど、音響関連もその一つ。だから俺の持ってる四万程度は「高い」なんて言ったら鼻で笑われるかもしれないけど、こちとら学生だ。

 これでも自分で稼いだ金で買ったこともあって、このヤマハのスピーカーはかなり気に入ってる。


「こっち来て」

「え? うん」


 ドアは……まぁ開けたままの方がいいか。ある意味。

 伊藤さんをスピーカーの正面、ソファーの中央に立たせて、再び曲を流す。


「ぁ……」


 彼女の口から洩れた感嘆の声に、俺自身も感じた感動を思い出して懐かしくなった。

 横に長細い形状のメインとサブウーファーはそれぞれ一台だけど、サラウンドシステムで音が全体から聞こえるような臨場感が素晴らしい。

 まぁ、そんなことを興味がない人に言っても、雑音にしかならないってことは承知の上だ。


「映画とかもやばいよ。映画館行く必要なくね? って言ったらさすがに言い過ぎだけど」


 それはモニターと再生機器の力もあるしね。


「ま、こんな感じで」


 曲を止め、Bluetoothも切ってお開き。

 伊藤さんも部屋を出るよう促して、俺たちは階下に向かった。


 昼食は蕎麦。

 引っ越し蕎麦って……もうキャンセル不可って暗に言ってませんかね、これ。

 まぁいいや。てんぷら美味いし。

 カボチャうまし。



 さて、親父と沙織さんは用事があるとか言ってたぶんデートに出かけたし、俺は大人しく自室で映画鑑賞。


「……で、何してはるんですか伊藤さん」

「伊藤じゃなくて紗香だよ、光毅くん」


 いや、まぁそこを気にするのは当然かもしれないけどね?

 今、俺たちはモニターに向かって同じソファーに座っている。

 けれども、だ。


「……近くない?」

「そうかな?」


 いや、普通に肩が触れそうなんですが。


「家から届いた荷物にあった私のBlu-rayを、光毅くんの部屋で見るんだから妥当なところじゃない?」


 どちらかが真正面に座るわけではなく、どちらも少しづつズレて座るのが妥当、と。

 そう言われればそう……なのか?

 …………取り敢えず好きにさせてみるか。

 ゲームのコントローラーで操作して、ディスクの再生を開始。


「わぁ、ほんとにすごいね」


 一度見たことがあるらしい伊藤さんは、音の違いを楽しめているようだ。

 俺は映画館でも地上波でも見たことがない作品だから、内容に集中する。

 アニメーション映画としてはジブリと双璧を成すといってもいい会社の作品だけど、モロ外人って感じの見た目がなんとなく受け付けなくて、食わず嫌いだったタイトルだ。

 ……社会現象を引き起こすほどの大ヒットは間違いじゃなかった。

 そう素直に肯定できるくらい面白かった。

 いやぁ舐めてたわ。

 特に、一部のフレーズだけは俺も知ってたほどの曲は、このスピーカーでよかったって思った。食わず嫌いはするもんじゃないね。


「いやぁ面白かったわ。ありがとう」

「あ、はい。これ」

「ん?」

「え?」


 ディスクを回収し、パッケージに戻して返そうとしたら、別のディスクを差し出された。


「……見るの?」

「音が違うだけでここまで違うんだなーって感動しちゃって。ダメかな」

「まぁ……いいけど」


 今度はジブリだった。

 まぁ、女の子が持っててもおかしくないラインナップですな。(偏見)


 取り敢えず……久石譲ってすごいわ。



 結局その後も別の作品を見て、ちょうどいいってことで夕飯にすることにした。

 出かけた親父たちは帰ってこないつもりだったらしく、リビングに金が置いてあった。

 普段の食費とかは俺の口座に入れてくれてるから、たぶん伊藤さんと一緒に使えってことだろう。


「今から何か作るのも遅くなるし、なんか出前とる?」

「いつもそうしてるの?」

「いや、時間ない時はカップラーメンとかかな」


 さすがにその食事をお勧めはできない。

 いや、信也とかが遊びに来てるんだったらそうするけど。


「じゃあ外に食べに行こうよ。この辺りのこと全然知らないし」

「ああ。それもそっか」


 ということで、外食に決定。

 歩きがてら、少し気になっていたことを聞いてみることにした。


「伊藤……紗香さんはさ、特に思うところはなかったの?」

「もちろんあったよ」


 主語を欠いた言い方をしたけどちゃんと伝わり、伊藤さんは肯定した。

 でも、それは過去形だった。


「だけど、輝光さんが本気だっていうことは十分見せてもらったし……お母さんも、ちゃんと幸せそうだしね」

「……?」


 十分見せてもらった、って部分も気にはなったけど、それ以上にその言葉か、その苦笑ぎみにも見える表情かなにかに、違和感を覚えた。

 けど、それを確かめる間もなく、伊藤さんは続けた。


「光毅くんは? 聞いたけど、昨日会うまで一応知らなかったんでしょ?」

「……まぁね。でも、母さんの墓の前で報告してる親父の姿見たら、母さんのことがどうでもよくなったわけでもないし、それでも一緒にいたいんだろうなって思ったから」

「……そっか」


 感じていた横からの視線がなくなって、伊藤さんが視線を外したのがなんとなくわかった。

 でも、彼女は言葉を止めなかった。


「私のお父さんもね、小さいときに死んじゃったんだ」

「そっか」


 だから、と伊藤さんは俺の顔を覗き込むようにしながら、微笑む。


「お母さんに何か問題があって離婚したとかじゃないから、そこのところは安心していいよ」

「それはウチもだよ。……知ってると思うけど」


 そんな話をしながら向かった駅前のファミレスで食事をして、そのまま帰宅。


「お風呂あがったよー」

「お、おう……」


 湯上り姿を見せたりとか、ちょっと気安すぎませんかねと思うことは多々あったけれど、大したハプニングやら何やらもなく、一日は終了。

 週一の休日だってのに、まったく休んだ気はしなかった。



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