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第二話④

「キング・クリムゾン」!!

旅行の時間は消し飛ぶ!

「……疲れた……」


 GWはまだ一日残ってるけど、帰宅して早々ソファに座り込む俺と親父。

 対して、沙織さんと紗香さんは撮った写真をPCに写しつつ、その時の記憶を振り返って盛り上がっている。

 体力的には俺たちの方が多いだろうに、この差は精神的な何かなのかね。


「……コーヒーでも淹れるか。お前も飲むか?」

「あー、うん」


 体力云々とは言っても、今日は飛行機の中でしか寝てないようなもんだし、当然と言えば当然かもしれない。

 一日目と二日目の宿は良かったんだよ。二部屋借りて男女別に泊まったから。

 でも三日目の夜は、ご丁寧に別の部屋を借りてまで、四人同じ部屋で寝ることになった。

 親父と沙織さんはともかく、普通に寝られた紗香さんがすげえと思うわ。


「はい、光毅くん。コーヒー」

「ありがとう、沙織さん」


 ……まぁその御蔭かなんか知らんけど、初日よりずっと家族っぽくはなってる気もする。

 っていうか、俺と紗香さんはともかく、大人二人がほとんど家にいないのが、距離感が変わらなかった原因だと思うけどね。


 沙織さんも、親父からもらったらしいカップを持ってソファに座る。


「光毅くんがいてくれてよかったよ~」

「?」

「寝坊仲間がいてくれると、起きなきゃって焦る気持ちも半分に――」

「ならないからね?」


 被せるようにして聞こえた声に、沙織さんは固まる。

 しかし、そこは親子。慣れているのか、振り向いて背後に立つ紗香さんを見る沙織さんの表情は、普段とあまり変わらなかった。


「あら紗香、もうデータの編集は終わったの?」

「うん。お父さんの分は自分でやるって」

「じゃあ私も手伝おーっと」


 鼻歌交じりでもおかしくないテンションで、パソコンをいじる親父の下に向かう沙織さん。

 逃げたな、という言葉は飲み込んだ。


「お疲れ」

「ううん。ああいうのも写真の楽しみだし」

「そっか、よく撮るんだっけ」

「頻繁にって程でもないけどねー」


 思い返せば、旅行中も紗香さんはよく写真を撮っていた。

 ハウステンボスのイルミネーションとか、稲佐山からの夜景なんかは撮るより先に見入ってたし、旅行で写真を撮るのは普通だから、スマホやカメラを構えてる人は周りにもたくさんいて気にならなかったけど。


「でも、やっぱり近場じゃ見れないものもたくさんあるし、またどこか行きたいね」

「だな」


 今回は佐世保だったから……次は呉かな?


「紗香さんは行きたいとことかある?」

「うーん……北海道?」

「いいね。雪まつりとか?」

「函館と札幌の夜景も見たいなぁ。札幌の藻岩山って、北海道三景の一つなんだって」


 今回の旅行が余程楽しかったのか、隣に座った紗香さんが楽しそうに操作するスマホを一緒に眺めた。

 北海道……北海道か。

 北海道はでっかいどう。





 週も残り少ない木曜日。

 しかしGW開けということで、いつもの月曜の数倍憂鬱だ。


「忘れものないか」

「大丈夫」

「じゃあ出すぞ」


 とはいえ、今日はお土産を持っていくということで、電車ではなく親父の車で最寄り駅まで乗っていくから、普段の週明けと同じくらいの憂鬱さだ。

 朝の満員電車は一年以上経ってもイヤなもの。明らかに俺ら以上に長く揺られてるサラリーマンとか、ほんとよく耐えられるなって思うよ。


 車の方も通勤時間だから、さすがに電車よりは時間がかかったけど、渋滞って程でもなかったから普通に駅前に到着。


「気をつけて行けよ」

「ああ」


 走り去る親父の車を見遣って、俺たちは改めて学校に向かった。


「乗り心地は良いけど、乗り降りがちょっと不便だね」

「それな」


 苦笑する紗香さんに同意を返す。

 四人になったんだし、ミニバンでも買えばいいのに……と思わなくもないけど、バリバリ働いてる二人がそうそう長期休暇を得られるとは思えないし、宝の持ち腐れになっちゃうか。

 せめて俺が運転できたらとも思ったけど、早くても来年だし、維持費とか考えるとなー。


「そういえば、沙織さんって免許持ってんの?」

「持ってるよ。お母さんの実家に行くと、たまに運転するし」

「……なんで苦笑い?」

「そこは察して欲しいかなぁ」


 ならば聞くまい。


「実家ってどこだっけ」

「愛媛だよ。本家は伊予だったかな。冬には親戚からみかんとか送られてくるから、覚悟しててね」

「楽しみにじゃなくて!?」


 そんなこんなで学校に到着。


「紗香さんの分、は……こっちだっけ」

「うん。持ってくれてありがと」

「大半は車だったけどね」


 お土産の袋を共に引っ提げて、互いの教室に向かう。

 やはり連休明けのせいか、クラスメイト達の表情はどこか憂鬱そうだ。

 お土産は食品だし、渡すのは昼休みでいいだろう。

 渡すのは男子ばっかだから、下手に渡して休み時間に食ってるところを教師に見つかるのは面倒だし。


「おはよう加藤くん。今日も朝から仲良しだったねぇ」

「赤城さん……変な絡みはやめようね」


 彼女にもお土産はあるけど、俺からじゃなくて紗香さんからだ。


「勉強は進んだ?」


 おいなぜ目を逸らす。


「……ちょ、ちょっと捗りすぎた、かな?」


 勉強が、だよな?

 そう聞く前に、もう一人の当事者がやってきたようだ。

 こいつから聞けばいいか、と振り向き、


「おはよ、信――」


 思わず絶句した。


 何と言えばいいんだろうか。

 ……悟り、……もしくは無我の境地?

 爽やかな笑顔を浮かべているはずなのに、感情が籠ってないというか、生気がない。

 そんな信也は、声をかけた俺に気付いてにっこりと笑う。


「おはよう光毅くん。今日も清々しい勉強日和だね」

「……赤城さん?」


 なぜ視線を逸らす!





 要約すると、赤城さんとウォーレンさんが勉強に打ち込ませるあまり、信也は夕方のアニメを見逃してしまい、録画もしていなかった。

 その失意と絶望のあまり、魂がどこかへ行ってしまったようだ。


 実にアホらしい。

 と一蹴することもできるが、自分に置き換えて考えると……、置き換えて……、……置き換えて考えるいい例が思い浮かばなかったから、アホでいいと思う。


「ヌコヌコとかニトフリとか、最新話なら見る機会いくらでもあるだろ」

「ッ――!」


 ピシャーン! と雷鳴が轟くようなエフェクト――はさすがにないけど、そんな感じで目を見開く信也。

 いや、この情報、お前自身が「いいから見ろ」「試しに見てみろって」「お願い見てあげてください」って、新しいクールが始まる度に(鬱陶しいくらいに)言ってたことだからな?

 ……今思うと、こいつはどういう立場でアニメ見てんだろうな。


「で? 勉強以外の進展はあった?」

「ああ! ツンデレって慣れるといいもんだな!」


 とうとう二次元を三次元に置き換えるようになってしまったかと憐れに思ったが、どうやらちゃんと理由があるようだ。

 赤城さんの「ぐぬぬ」という表情を見ればわかる。ウォーレンさんのことだろう。


「なんかさぁ、男に言い寄られまくったから、自然と男にキツイ物言いになっちゃったんだってさ」


 嘘じゃねえか。

 いや、嘘じゃないかもしれないけど、キツイ物言いになった理由としては嘘だ。


「でも合宿で慣れたっぽくて、ちょっと昔っぽい話し方になった時に謝ってくれたんだよ。……その時、俺は気付いたね」

「よかったな」

「聞けよ! オチを!」


 自分でオチ言うなや。


「いいか? 今やツンデレってのは多岐に渡り、もうそれクーデレじゃね? なんて境目が曖昧になってるものすら存在する始末だ」

「そうか」

「そうなんだよ。でな? 今の主流ってさ、デレたりはするんだけど、照れやら正直になれない気持ちをツンで表してしまうのはほとんど変わらないツンデレなんだけど、俺はこのタイプのツンデレも大好きだ!」


 それって赤城さんじゃね?

 ちらっと目を向けると、彼女は顔を真っ赤にしていた。

 流れ弾だが、直撃のようだ。……ツンデレ(?)の自覚はあったんだね。

 しかし、それにも気付かず青春バカ野郎は言う。


「でもさ! 俺気付いたんだよ! 人目があるところではツン! 二人の時はデレの、まさにツンデレの原点も大好きだって!」


 ウォーレンさん(原点型ツンデレ)と赤城さん(現行型ツンデレ)ってことか。それってキャラ被りっていうんじゃね?

 まぁそれはそうと、信也は声高に宣言してるけど、だからこそ気になることがあった。


「デレって言ってるけど、それって好意的な行動ってことだよな?」

「そうだよ」

「じゃあウォーレンさんから好意を示されたってことか?」

「ハッ」


 鼻で笑われた。

 ムカついたからデコピンかましてやった。


「いたた……そんなわけないじゃん。普通に謝られただけだけど、そのギャップがツンデレっぽくて、『こんな感じか~』って想像しただけだよ」

「まぁそんなことだろうと思ったわ」

「俺やられ損じゃね!?」


 何かにつけキャンキャンうるさいこいつが、ウォーレンさんに好意を示されて普通でいられるわけないしな。

 いや、まぁ普通じゃなかったけど、アニメ見逃したショックより喜ぶ方がでかいだろうし。

 ……たぶん。


「仲直りできたならよかったじゃん」

「それな」


 本心からそう思っているようで、信也は安心混じりの笑顔を浮かべた。


 小学校から今までずっと幼馴染だけど、それ以上の進展がない赤城さん。

 小学校から離れていたけど、再び関係を修復(?)できたウォーレンさん。

 このまま二人のどちらかが信也とくっつくのか、それとも俺と関わりのない誰かがくっつくのか。

 なんにせよ、何かと目立つ信也にはぜひ頑張ってほしいものだ。


 ……目立つということは、男子からの嫉妬をより多く引き付けるということ。

 それは、俺の平穏に繋がるのだから!



 ということで昼休み。

 紗香さんからのお土産であるカステラを、赤城さんとウォーレンさんが食べている。

 やっぱり長崎と言えばカステラ。ということで選んだ琴海堂のカステラだったんだけど、切り分けられてないから家庭科室の包丁を借りに行った。

 その時に誰も使ってないってことで、俺たち五人は家庭科室で昼食をとることになり、今に至る。


「……欲しいの? そんなにまじまじと見つめて、い、卑しいわね」

「ちゃ、ちゃうねん」


 ウォーレンさんの毒舌を否定する信也だが、たぶん本当に違うと思う。

 なんというか、カステラを食べる顔が無防備すぎるんだよね。ウォーレンさん。

 カステラが好きなのか、それともお菓子が好きなのか。好きなものを前にすると分かりやすい反応する人っているしね。赤城さんとか。

 紗香さんは……、どうなんだろ。


「光毅くん?」


 取り留めもないことを考えてるところに声をかけてきたのは、その紗香さん。

 若干咎める様な声音に感じたけど、彼女たちへのお土産を欲しがってると思われたのかな?


「いや、そういえば紗香さんの好きな食べ物知らないなって」

「え、私?」

「そんなに意外かな」


 少し驚いていたことが意外で聞くと、苦笑を返された。

 俺ってそんなに人に興味無さそうに見えるんだろうか。


「俺の好みだけ知られてて、紗香さんの好みを知らないってのはフェアじゃなくない?」

「それなら、私だって光毅くんの好きな食べ物知らないよ?」

「あれ、そうだっけ?」

「そうだよ」


 紗香さんは笑う。

 微妙にからかうような色を含めて。


「だって、何でも美味しいって言うし」

「それは……」


 言ってたっけ?


「まぁ事実だし、仕方なくね?」

「そう言ってくれるのは嬉しいよ? でも、何にでも言われると『本当に思ってるのかな?』って不安になっちゃうんじゃないかな?」

「なんで疑問形」


 でも言いたいことはなんとなくわかった。

 全部が特別だから、全部が特別じゃないのと一緒ってことだろう。同価値。

 ただ、それは今回の事には当てはまらないだろう。


「言ってるの、紗香さんの料理だけだからってことで安心してくれない?」

「……あれ? この前の旅行の時言ってなかったっけ」

「せっかくの旅行で無反応とかマズいとか言ったら空気最悪だからな!?」


 いや、確かに美味しかったってのはあるけどさ!

 てかよく覚えてんなそんなとこ。

 料理そのものじゃなくて料理に対する反応なんて、紗香さんと沙織さんが写真撮りまくってたとこくらいしか覚えてないわ。


「紗香さんが一番だよ」

「……ふぅん」


 だめだ、なんか引き分けにすらもっていけそうにない。

 助力か話題を逸らすために信也たちに目を向けると、三人は乾いた笑いを浮かべていた。

 いや、一人(信也)は笑ってるのかと思ったらまた魂がどこかに行っていた。器用なやつ。


「……他に人がいるのに、よく自分たちの世界に入れるわね、あなたたち」


 自分たちの世界って。そんな能力ないから。


「……そういえばちゃんと聞いてなかったけど、勉強は普通に進んだん?」

「まぁな!」


 いつの間にか復活し、自信ありげに肯定する信也。

 こいつの場合ただの振りっていうことも考えられるけど、そこに同意を示したのはウォーレンさんだった。


「そうね。模試の成績を聞いてちょっと引い……驚いたけど、ウチに入学できただけあって地頭は良いのよね」

「信也の場合、他のことに目を向けすぎ。一応、ウチって進学校なんだよ?」

「あら。進学を主眼に置いているとはいえ義務教育ではないのだから、校則を破らない程度の自由は認められているわ。まぁ、度を越して勉学を疎かにしなければの話だけど」

「このバカはその度を越しかけてるからマズいんじゃない!」


 ウォーレンさんが肯定的で甘やかしているようで、その実結構辛辣なことを言ってる一方、ズバっとキツいことを言っているようで心配してることが明け透けな赤城さん。

 なんやかんやと言い合う二人には、周りが視界に映ってないようにも見えて、「ああ、これが自分たちの世界に入るってことなのか」と納得した。

 それはともかく、ここで仲たがいでもされてしまっては、勉強会を勧めた身として申し訳が立たなくなる。


「これで実際に点数上がったら、信也は何かお礼しないとな?」


 結果論から言ってしまうと、その俺の言葉は軽率だった。


「いらないよー。そんなの悪いし」

「そうね。何かしてもらったら、まるでそれが目的だったみたいじゃない」


 二人がそう言ったのは、ほとんど予想通り。


「いやいや、さすがにやってもらってばっかりって方が悪いし、俺にできることなら何でもするよ!」


 信也がそう返すのも想定通り。

 ただ、そこからが想定外だった。


「「 なんでも? 」」

「うん」


 平然と返した信也を、俺は瞠目した。

 お前にはわからないのか。お前が目にしているのは美しい少女たちじゃない。

 美しい毛皮に身を包む猛獣だ。

 なのに、信也は言う。


「といっても、俺にできることなら、だけどね」


 まるで、「友達だから食べないよね?」と無警戒で近づくウサギのように。

 この時、チラっと互いを見た美少女たちの頭の中で、どんな思考が巡らされていたのか、俺にはわからない。

 だけど、予想するとしたら、「このチャンスを相手に渡してはいけない」だろう。


「……そう言ってくれるのは嬉しいけど、やっぱり負担になってしまうんじゃないかしら」

「そうそう……だからさ、例えばこんなのはどうかな」


 ――1人一教科を決めて、その得点が平均点より高いほうが勝ち。


 そう二人は提案したのだから、俺の予想はそう外れてはいないんじゃないかなって思う。

 だって、点が上がればお願いを聞いてもらう、でいいじゃない。

 Win-Winだよ?

 片方じゃなくてよくね?


 ……でも、そこでそんな口を挿む勇気は俺にはなかった。


「……そろそろ行こっか」

「……だな」


 火花を散らす少女たちとその供物を尻目に、いそいそと片付けを済ませた俺たちは家庭科室を後にした。





「私たちもしよっか」


 そんなことを紗香さんが言ったのは、その日の帰り道。


「何を?」

「中間試験で、総合の点数が高かった方が、お願いを聞くっていうの」


 本気か?

 そう覗き見るように視線を向けると、前を見たまま微笑んでいるのが見えた。

 機嫌がいいのか、楽しそうにも見える横顔がこちらを向く。


「あ、えっちなのはなしね」

「しないって」

「うん。私もしないから」

「それは知ってる」


 口にするとは思わなかったけど。

 これは……なんなんだろうな。

 俺を試してるわけじゃないってのは、以前との態度の違いでわかる。

 だからといって、からかってるわけでもない。ただ純粋に、「今日のおかず何にしよっか」と言うのと変わらない調子で……だからこそ、理解できない。

 何か頼みたいことでもある……とか?


「……結構自信ある感じ?」

「どうかなぁ。光毅くん、成績いいんだよね?」

「どうだろ。紗香さん程じゃないんじゃないかな」

「えー」


 えー、と不満げに言われても困る。

 試験の後にもらう得点表に順位は載ってるけど、成績を貼り出したりはしないから、他の生徒の結果は教えあったりしない限りわからない。

 だから、紗香さんは頭がいい、とどこかで聞いた覚えがある程度だ。


「前の模試の結果でも言う?」

「ううん。そこは内緒にしておこうよ。その方が緊張感あるし」


 そう言う横顔は、やっぱりどこか楽しそうだった。

 ただ競い合いたいだけで、その報酬は二の次なのかもしれない。

 それはそれで全然構わないんだけども。


「じゃあ、夜の勉強はそれぞれの部屋でやるべきかな」

「そこは変えちゃダメだよ」

「ダメなんだ」

「うん、ダメ」


 ならそのままでいいか。

 特にダメな理由を聞く気にはならず、俺は彼女の言葉を受け入れた。

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