第一話①
いちゃいちゃする話が書きたかったはずなので、なんかシリアスっぽくなるのは話の最後の方だけ……のはず。
二番煎じ満載ですが、よろしくお願いします。
時は昼休み。
教室のベランダから見える中庭の一角を、友人が呆けた顔で見つめてる。
「ああ……、今日も可愛いなぁ伊藤さん」
「お前もほんと飽きないね」
ハンドボールサイズの握り飯をむしゃむしゃしながら呆れていると、友人、男神信也はこれ見よがしに深いため息を吐いた。
「お前こそなんでそんなに枯れてんのかね。俺ら高二の男子よ? もっと盛ってて然るべきだろ」
「お前は叱られるべきだと思うけどね。もっときっちり」
「うまいこと言っ――」
言ったつもりか、と言いたかったんだろうけど、それは言葉にならなかった。
なぜなら、開かれた窓を突っ切って飛んできたサンダルが、信也の頭を直撃したからだ。
痛そう。
だがここで妙な同情でもしようものなら、教室からこちらを射殺さんばかりに睨んでいる少女の矛先が、俺にも向きかねないので自重する。
「痛ってえな! 何すんだ凛香!」
「自分の胸にでも聞きなさいよバカ!!」
「教えておくれお胸さま。どうしてあの幼馴染は俺に暴力を振るうんだい? ――キット模試ノ成績ガ悪カッタンダヨ」
裏声で自問自答する信也に、再びサンダルが直撃する。
今日も今日とて実に平和である。
「で、お前は伊藤さんが好きなの?」
「ああ、大好きだと言っても過言じゃないね!」
「でもお前、伊藤さんと繋がりあったっけ?」
「ない!」
きっぱりと言い切る友人を馬鹿と蔑めばいいのか、男らしいと褒めればいいのか、俺にはわからない。
わからないから、聞いてみることにした。
「繋がりないならどこがいいんだよ。やっぱ顔?」
「ああ、校内どころか女優とかアイドルなんかと比べても可愛いあの容姿は素晴らしいの一言だよな!」
やっぱり馬鹿だ。
そう結論付けて「もういいよ」と遮るよりも早く、信也は捲し立てるように語る。
「でも素晴らしいのは顔だけじゃない。大きすぎず、小さすぎず、しかしメリハリのある体つき! そしてその容姿や成績の優秀さをひけらかさないあの性格! まさに女神! それなのに男の影が全くないってのが不思議だよなぁ」
「だから、自分がそこに名乗り出ようって? 馬鹿だなぁ。話を聞かないからってほんとにそうかわかんないじゃん」
「希望のないこと言うなよ!」
イヤイヤと耳を塞ぎながら頭を振る友人がちっとも可愛くなかった(むしろ不快だった)ので、俺は続ける。
「むしろ自分が可愛いって思った子をさ、他の誰かが手を付けてないって考える方がおかしくね?」
「やめてやめてやめて! そんな現実聞きとうない!」
ま、誰もが認める美少女がフリーってんなら、それはそれで本性とか趣味とか、表に見せてない部分が酷いって可能性もあるんだけどな。
そんなことを口にすれば、色んなところから反感を食らいそうだから言わないけど。
「でもさー、男子だってイケメンなのにフリーのやつっているじゃん。誰とは言わないけど」
だが、そこに踏み込むのが俺の友人だった。
地雷原を突っ走りたいというのなら是非一人でやってほしいところだが、自身と同じ性別の話だし、なによりこの友人自身もその残念イケメンなので、ちょっとした助言をしてやることにした。
「向けられてる好意に気付いてない鈍感クソ野郎とか、距離が近すぎて進展しない青春バカ野郎とかなんじゃね。誰とは言わないけど」
これで少しは改善されればいいけど、と教室の方をチラ見すると、友人の幼馴染は顔を赤くしていた。
手にしている消しゴムを構えたままこちらに投げていないのは、「余計なことを言うな」という照れと「やっと気づいてもらえるかも」という願望の板挟みにあっているから、だろうか。
まぁこれ以上は他人が余計なことをしても拗れるだけだし、知らん。
あの幼馴染以外にも数人動揺してる人間がいたけど、そんなもん知ったことじゃない。
とはいえ、
「……なんでそこまでわかってるのに気づかないんだ……?」
一人で首を傾げてる友人の馬鹿さ加減には同情する。
さて、時間は流れて放課後である。
月一の、午後まで授業のある土曜(他の週は午前で終わり)ということで、いつもの放課後、いつもの週末よりも周囲の顔はやりきった感で晴れやかに見える。
晴れやかを通り過ぎて、むしろ「これからが本番!」みたいな顔をしているのは、目の前の友人だけだと思いたい。
「ミッチー、良治たちも誘ってカラオケでも行こうべー」
「悪い。今日用事あるから行けない」
「女だったら許さん。吐け。裁定の時間だ」
喜色満面から一転、馬頭観音のように怒気を見せる友人に、思わず溜息が漏れる。
まぁ絡みがウザいってわけじゃなくて、俺もこいつの立場なら似たような行動をとってただろう、ってのがわかるからだが。
「残念ながらそんな楽しいもんじゃねえよ。たぶん」
「たぶん?」
「先週から親父が空けとけって言ってたんだよ。だから詳しくは知らね」
「はぁん。あのメタルギアのスネークみたいな親父さんがねえ」
親父とは顔見知りだから、信也は何やら予想を張り巡らそうとしているらしい。
詳しくは聞いてないとは言っても、最近の親父の様子を知ってる俺からすれば、だいたいの予想はついている。
ま、その予想が当たってるかどうかはわからないし、友人とはいえ気軽に話せる内容でもないから言わないけど。
「そんなわけだから、俺は帰るわ」
「わかった。日曜遊べたら遊んべ」
「ああ。んじゃな」
流し半分に返事をして教室を後にする。
下手に拘束したらその辺の女に恨まれそうだから、できればご免被りたいところだ。
学校を出たタイミングで、今から家に帰る旨のメッセージを親父に送信。
返信はすぐに来た。
「速っ」
元々あっちが「学校出たら教えろ」って言ってきたとはいえ、早すぎる返信に軽く引きながら内容を確認すると、駅に車を回すとのことだった。
だったら時間を指定して、それに俺が合わせる形にすればいいのに。
……まぁ、そんな簡単なことにも頭が回らないくらい、親父はいっぱいいっぱいなのかもしれないけど。
最近……といっても、ここ数日とか数週間なんてもんじゃなく、それこそ数か月単位で親父の様子はおかしかった。
いや、おかしいって言うのも酷いんだけどさ。
なんか身嗜みに気を使い始めたり、なんか妙に充実してる感出してたり。
一番違和感を覚えたのは――なんて、なんやかんやと考えながら歩いているうちに駅前に着いて、
「ちょうどだったな」
路肩に停まった車から厳ついオッサンが現れた。
「……余所行きのスーツ着て、どこいくつもりだよ」
「まぁ乗れ」
声音に妙な硬さを感じて、大人しく助手席に乗り込む。
後部座席に乗りたいところだけど、2ドアで座席を動かさなきゃいけないのが面倒だからしゃーない。
クーペベースのスポーツ仕様なこの車は、普段使いと親父の趣味であるドライブにも使えるお気に入り……とか言ってたっけ。
豚の鼻とか揶揄されるけど、俺も結構厳つい感じが好きだ。まぁフェラーリのFXXKが一番好きだけど。リアから見ると、なんかマシン!って感じがしてすげぇかっこいい。
「で、どこ行くんだよ。まさかドライブってわけじゃないんだろ」
「三分の一はドライブみたいなもんだ」
なにが悲しくて息子を乗せて……と思ったけど、そんな風に冷やかせない空気だった。
大人しく走る風景を眺めていると、なんとなく記憶と重なる部分が増えてきて、どこに向かってるのかがわかってきた。
俺の予想が正しければ、親父の妙に固い雰囲気は「話すきっかけを見つけようとしてる、焦燥感とか不安」みたいなもん、ってとこか。
「……親父さぁ」
「どうした」
「再婚すんの?」
信号で止まってるタイミングで言ってよかった。
そう思うくらい激しく動揺して見せる親父は、後続車からのクラクションの音でようやく我に返ったらしい。
「……気付いてたのか」
再開した運転にもしっかり意識を向けつつ、ようやく絞り出したっぽい言葉はそれだけだった。
元々口数は多い方じゃないけど、「もっと言うべきこと色々あるだろ」と思ってしまうのは、今一実感がないから、なのかもしれない。
「まぁ、なんか色々怪しかったし」
そう。色々と違和感はあったけど……一番変だと思ったのは、ずっと話題にしなかった母親のことをちょこちょこと会話に混ぜていたことだ。
で、到着したのは首都圏から少し郊外にある墓地だった。
「お前の言う通り、結婚を考えてる女性がいる」
お墓参りの準備を整えながら、親父は訥々と語る。
「ま、言っちまうと結婚することは決まってるんだけどな」
吹っ切れたようにはっちゃけた親父。
それが言いづらかったことか? と若干冷めた視線を向けると、親父は真っ直ぐに墓石……その下に眠る母を見ながら言った。
「だから、ここに来たのはその報告だ」
手を合わせ、じっと目を閉じる親父が、母になんて報告したのかはわからない。
ただ、親父の中で母のことが薄くなったり軽くなったりしたわけじゃないってことが、その姿で分かった気がした。
車に乗り、来た道を戻る親父の顔は、まだどこか固さが残っていた。
そういえば、ドライブは三分の一とか言ってた気がする。
ドライブが再婚のことを話す切っ掛けを探すためなんだとして、母への報告が残りの三分の二だと仮定すると、親父の表情の理由がわからない。
「……あと帰んの?」
「いや、もう一つ大事な用事がある」
用事は三つだったらしい。
「予想してるだろうが、あれだ。食事ってやつだ」
「あー、うん」
再婚する相手との面会ってやつね。
で、辿り着いたのはなんか有名なホテルのレストランだった。
そのためのスーツか、と納得する一方で、性に合わない環境にげんなりする。
予約してたっていう席に座り、夜景とかピアノを演奏してるお姉さんとか見ていると、親父が身じろぎするのを感じた。
姿勢を正しながら親父の視線を追うと、こちらに歩いてくるワンピースのドレス(?)にジャケットを合わせたセミフォーマルな大人の女性と、
「……まじか」
今日の昼間も見た少女、伊藤さん……伊藤紗香が、そこにいた。