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3「可愛い顔して言われると正直満更でもない」

 見たかった映画を見終え、二人はさきほど食事をとっていた喫茶店に戻ってきていた。これから帰宅する人もいるのだろう、町中からは学生らしき人たちは消え初め、人込みの年齢層は上がり始めている様子だった。

 同じ席に座れた二人は、それぞれの形で休憩をとっているようで、揺音の方は疲労を訴えるかのように天井を仰ぎ、目を閉じているようだった。彼なりにいつもは見ない映画を必死に理解しようと知恵を絞った結果、扱いきれずにオーバーヒートしたという表現がしっくりとくる。

 サラはどこかに行ってしまっているのか。テーブルには揺音だけがぐでっとしているようだった。

「まさか、あそこまで難しいなんて……」

 会話相手がいないにも関わらず、揺音はかすかに空いた唇からわずかに吐息を漏らして呟いた。

「ねえ、揺音。大丈夫?」

 ちょうど揺音がつぶやいたタイミングで戻って来たのか。サラは両手にはコーヒーとカフェ・オレがそれぞれ入ったカップが一つずつ持っていて、察するにダウンした揺音に気を利かせて飲み物を注文しに行っていたようだった。

 左手に持っていたカフェ・オレの入ったカップを揺音の前に置いてサラは対面の椅子に腰かける。

「はい、これ砂糖。こっちもあった方がいいでしょ?」

「ごめん、ありがと。うん、思ってたよりもずっと難しい話だった」

「ふふ、理解する。SF映画ってそれぞれがそれぞれの単語とか、世界観を持ち込んでくるから、初めての人だと余計にそうなるから」

「流行の異世界に放り込まれた一般人の気持ち」

「みんなが漫画みたいに転生して見たかったんでしょ? ちょうどいいじゃない」

「冗談きついよサラ。あの映画を見ただけでこれなんだもん。転移するのも転生するのもいいことなんて絶対ないよ。普通に暮らしてる僕らが急に戦いに放り込まれたって生き残れる奇跡は残ってない」

「それ、いつも私が言ってる言葉なんだけど」

「じゃあ、チェンジリング」

「別人になってる」

「まあ、ファンタジーじゃないけれど、アンドロイド、レプリカント。あの閉じた世界観もすごいと思う。すごいと思ったんだけど……」

「理解できなかった?」

「ごめん……」

「仕方ない。もともとの映画があってこそのシナリオの部分もあったから。興味があるのなら原作の方を貸してあげる」

「その時はお願い」

 揺音が糸でつられた人形のように手を振ってそう言った。サラはそんな彼に苦笑しつつもコーヒーの入ったカップに口をつけて帰路の事を考えた。

 休日とはいえ、決して短くはない映画を二作品を見たのだ。それ相応に時間はたっていたし、二人が入っている店の外にはちらほらとバス停や駅の方へと向かう足もちらほらと見える。

 ――揺音、時間は大丈夫かな。私は家の人に言い残しているけれど。

 そんなことを考えながらもコーヒーを飲みながらも心配していると、揺音はいつの間にか、重石の様に乗せていた腕をずらしてサラの事をじっと観察していた

「ねえ、サラ」

「なに」

「もしかしてさ、怒ってた?」

「は?」

 突然そんなことを言い出した揺音に、サラは学友には聞かせられない声で返事をしてしまった。すぐに自分が素で返事をしてしまったことに気が付いて、慌てて周囲を見渡すと、知り合いが誰も居ないことを確認して揺音に向き直った。

 彼女の視線の先には、体を起こした揺音のお預けをされている子犬のような顔があった。

「どうして、そう思ったの? まさか話題ふりのために言った?」

「ううん、僕がそんな意地悪言えると思う?」

「いがいと」

「そっか……。いや、そうじゃなくて。サラがさ、前半の――僕のおすすめの映画を見てたでしょ?」

「そうね。恋愛映画を見てたわね」

「うん。その時に、さ。サラがちょっと不機嫌そうな顔をしてたから。もしかして僕が無理やり僕の好きなものに誘ったから、嫌だったのかなって……」

「ああ……」

 言われて、すぐに返すことはできた。たしかに、その時は傍から見れば不機嫌に見える顔をしていたかもしれないな、と。

 ――揺音が気にすると思って隠してたけど、よりによってその時に見られちゃってたのか。

 サラが答えずにいると、揺音の瞳からつーっと水が伝っていった。突然対面に座っている男子が泣きだしてしまったので、慌ててしまう。

 ――ちょ、ま。ままま待って。なんでいきなり泣き出して。

「やっぱり、僕から誘われても嬉しくないよね」

 まるで激流に流されて行くように揺音の勘違いが加速していて、サラは面倒と思うよりも先に、動揺と困惑が先に来てしまう。どうして、この子は自分から勘違いしてネガティブ直結するのだろう。

 サラからすれば大概の人間はネガティブなのだが、今日の揺音はトップクラスにマッハスピードで真っ逆さまだった。

「こ、ここまで来てそのネガティブ発動するの? ねえ、ちょっと揺音」

「ご、ごめんね。やっぱり嫌がるかもしれないって思ってたんだけど、でも僕揺音といっしょにあそびにいきたくて、それで――」

「しゃ、シャラップ、一回黙って、サラ」

「うむぐっ、ポテトだ」

「よろしい、そのまま餌付けされる犬のごとく黙ってなさい。いい?」

「で、でも」

 まだ彼が反論しようするのが見えて、サラがゴミでも見るような目線を向けると揺音は蛇に睨まれた蛙のように黙りこくった。

  黙ったのを確認してから、サラはため息を一つついた。

「もう……。私だってそりゃ人だもの。良いなって思うこともあるし、これは良くないなって思うこともあるの。いつも合理的に動いているわけじゃないってわかるでしょうに」

「う、うん。でも、僕気持ち悪いから、もしかしたらいやいや付き合ってくれてるんじゃないかって思っちゃって。サラ、とっても優しいから甘えちゃって……」

「それが勘違いだって言ってる」

「これが勘違い?」

「そう、勘違い。自分の事を出そうとしてちょくちょく自信を無くすのやめてくださいな。どうして外用の服は自信を持ったコーディネートが出来るのに行動には自信が持てないのよ」

「だ、だってそれは似合うものを選べばいいだけだし……。行動は、その……サラに嫌われたら、嫌だって思っちゃって……」

「そんなことで嫌いになるわけないでしょうに。私だって、貴方に似合うように制服にしてるのよ? 本当だったら好きな服装で来たいけど」

「…………。いつもの私服は、ちょっと……」

「そんなにダメ?」

「えっと……」

 とても言い辛そうに揺音は視線をそらした。サラの私服がよほどやばかったのだろう、揺音の反応が真実だと分かってるのかぐうの音も出ないサラは仕方なく話題を戻した。

「そ、それはともかく。いやだったらあんたと一緒になんて来ないっての。大体、私に嫌われたくないって人はそうそういないわよ」

「そんなことは……」

 ない。そう言いかけて、揺音は口を噤んだ。ほんの少しだけ気まずい空気が流れ、それが言うまでもなく自分のせいなので、サラは自分の失態に頭を抱えたくなった。

 ――こんなこと言ったらますます揺音は気に病むじゃない。

 どうしたものかと、思っていると、出しっぱなしにしていたサラの携帯が震えて、二人に誰かからメールが来たことを知らせてくれた。

 ――天の救い。

「あーごめん、揺音。メールの返信を先にしてもいい?」

「う、うん! いいよ、気にしないで。待ってるから」

 揺音が手をふきながらも、ちらちらとサラの事を見て、ふいに揺音の表情が固まる。彼の視線を追うとサラが携帯を見て口元をほころばせているのが見えた。

「ねえ、サラ」

「んー?」

「その、メールの相手、もしかして幼馴染?」

「ん、そう。だからもうちょっと待ってね」

 本人は何のつもりもなかったのかもしれない。しかし、サラのそっけない態度に揺音があからさまに眉を寄せた。

 あからさまに静かになった揺音にサラは不思議に思いながらもメールの返信をする。あらかた返事を考え終わり送信を押した。

 ――さて、と。

「ごめんね、揺――」

「どんな時でも、君の傍に居るよ」

 不意にそんな言葉を言われて、サラの心臓がドキッと、誰かに叩かれたような気がした。

 サラが顔を上げると、どこか嬉しそうに笑う揺音がサラのことを見ていた。

「えへへ、あの映画の言葉。格好良かったね」

「え? えっと、そうね。うん。あの場面でああいう言葉が出てくるのはある種の憧れと言うかまあ……」

 あまりに不意をつかれたので、若干しどろもどろになりながらも返すと揺音はうんうんとうなずいて、手を伸ばしてくる。

 避ける間もなく、揺音がサラの髪に手を伸ばし、手先で軽く束ねて持ち上げられる。黙ったまま持ち上げられて、毛先へと彼の唇が触れる。そこまでされて初めてサラは揺音の態度がおかしいことに気がついた。

「え、ちょ揺音?」

 彼の指先が毛先を一つ一つ分けていく。感覚なんてないと思っていた髪の先から、揺音の指先が伝っていくのが分かり、頬裏と背筋がぞくっと感じてサラの中に急に彼が何をするつもりかわからないという不安がこみあげてくる。

 それを知ってか知らずか、揺音はサラの事を見上げて言葉を続けた。

「本当、ずるいよ。ずーっと傍に居て、サラとずっと仲良しなんだもん」

「あ、あんただって最近ずっと突っかかって来るじゃない」

「そんな風に思ってたんだ」

「ち、ちが!」

「ううん、いい。でも、ちょっと意地悪したくなっただけ」

「ちょ、ちょっと揺音」

 傍から見たら、どんな風に見えるのだろう。そんな好奇心と、不安にも似た感覚がサラの頭の端に引っかかる。

 その間にも、揺音の指が動き、段々とサラの方へと近寄っていく。あと少し、あと少しでその手が頬に伸ばされようとして、

「僕が傍に居るよ、サラ」

「っ……!」

 かあ、っと頬が暑くなる。

 慌てて手を払いのけると、驚いた揺音の表情があって、すぐに手をはねのけられたのだと理解したのか、悪戯っぽく笑った。

「ごめんね、意地悪しちゃった」

「は」

「は?」

「恥ずかしいやつ」




 ※少しでも良い、面白いと感じて頂けたら、下の感想、評価、ブクマ等々をよろしくお願いします。今後のどういう作品を作るか、の指標になりますので、非常に助かります。

 

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