2「サラは何を考えているのだろう?」
「良かった!」
そろそろ昼の少し前になるだろうかという時間帯。場所は映画館近くのフードコート。学生と思われる人たちの姿も増え始めたころ、二つ目の映画まで時間のある二人は、ほんの少しの間食をとりに近くのフードコートで休憩をとっていた。
ドリンクをとってきて、フリーのテーブルがある休憩スペースに座れた揺音は、座り込むなり周りの視線も気にせずにサラに向かってそう口を開いた。
「そう、よかったわね」
サラはいつものように揺音の一言だけの感想に簡素に答えていた。傍から見ればつまらなそうに答えているだけにも見えるサラの態度に、揺音は気にするでもなく興奮したように言葉をつづける。
「うん! やっぱり男なら女の人を守ってあげるべきだなって、そう思うよ」
「そうね、そうなるわねえ」
「むぅ、サラ。反応悪いよ」
「いつも通りでしょ? それに話は面白かったじゃない」
「ほんと? それならよかった」
揺音がそう言うと、何がおかしかったのか。にやにやとまるで意地悪を思いついたかのようにサラが笑い出した。
「へえ、お話の内容よりもそっちの方が嬉しいの?」
「うん、サラが楽しんでくれる方が僕は嬉しいよ」
「そ、そっか」
「うん。できるだけお話が良いのを探して教えたかったから……。そう思ってもらえてよかった」
「今回が初挑戦?」
「なんの?」
「監督さんがって意味で」
「あ、そっち。ううん、違うよ。でも二作目だったからちょっと心配だったかなって。脚本家さんと仲が良くて、二人とも尊重して作ってるって言ってたからそこは良かったけど」
「へえ……。いいじゃない。それでこそ複数人で作ってる意味があるし」
「だから、お話しのバランスが崩れないように色々と考えて作ってたんだって。脚本も原作がない映画オリジナルだから、他よりも興行収入は少ないはずなのにこうしていい作品を作ってくれるところで助かったって」
「ずいぶんと幸運なのね。普通だったら切られてもおかしくないのに」
「一作目の時にずいぶん惚れこまれたらしくて、それでって聞いたよ」
「へえ……」
「うん! それでね――」
揺音が話を続けようとすると、サラが「待って」と声を出して制止した。彼女の方を見ると、右手首につけた腕時計を見ていた。
「次の映画、そろそろだから。移動しよ。話し過ぎちゃった」
「え、もうそんな時間なの?」
サラの言葉に揺音が鞄から携帯を取り出すと、確かに徒歩で向かうとすれば十分前につきそうな時間で、自分がそれほど喋っていたのかと驚いていた。
いうが早いか、サラは揺音を置いて自分の分を片付けに向かう。慌てて揺音も片づけをして自分がチケットを財布の中に入れたままにしていたのを思い出して、次の映画のチケットを取り出した。
そこにはサラがおすすめしてくれたSF映画のチケットがあった。上映時間は……、と揺音がチケットの時間に目を滑らせると、二時間半と書かれていた。
――二時間半、大丈夫かな。僕こういうの見たことないんだけど……。
少しの緊張と、少しの不安を覚えていると、ふと映画の途中で見えたサラの表情が頭の中に浮かんできて、不安な心が別ベクトルの方向へと進んだ。
――確か、最後の方だったかな。なんか、すごい怖い顔をしてたけど……。
不意に見せたサラの表情が目に入ってしまって、最後のシーンが頭に入らなかったので、揺音はとてもよく覚えている。ああいう顔をしている時の他人はとても不快な気分を味わっていることが多かった揺音にとってはそれが不安の種になってしまっていた。
――サラはああいうの、好きじゃなかったのかな。
いらない被害妄想にも似た考えがぐるぐると頭の中をめぐっていく。今日遊びに誘ったのも余計な事だったのかもしれない。もしかしたら別の人とじわりと目頭が熱くなる。
「揺音?」
揺音が慌てて目元を拭って顔を上げると、いつも通りの彼女がそこに立っていて、いつまでも動きそうになかった揺音を待っていた。
「ほら、次に行くわよ」
それだけ言ってサラが上映する場所までさっさと歩いて行ってしまうのが見えて慌てて揺音はサラのあとについていった。
* * *
二つ目のSF映画はサラが「映画館に行くのなら見てこれを見てみたいわ」と言っていたので揺音が選んだSF映画だった。近未来を舞台にしたレトロフューチャーの世界観で、アンドロイドの主人公が自分の中にある誰かの記憶を追って、大きな社会の動きに呑まれて行く、と言った話だった。
はじめこそ揺音は壮大な設定と、レトロフューチャーの世界観に呑まれて呆気に取られていたが、段々と話が進むにつれて、サラが見ておきたいと言っていた理由がなんとなく伝わって来た。
――ああ、すごい。ちゃんと物語が流れていくんだ。
映画の中の主人公がアンドロイド――、人ならざるモノであるのにもかかわらず、自然に、そして流れるように物語が進んでいく。
揺音としては、ご都合主義的なそんなのありえるのだろうか、という展開も嫌いではなかったのだが、こうしてサラが見たいと言っていた作品をみてみるとサラが話を捻じ曲げてでも作るご都合主義が好きではないという理由が伝わってくる。
――そう言えば、サラってどんな顔でこういうお話を見てるんだろう。
そんな些細な、しかし揺音にとってはおおきな疑問が浮遊しているのを見つけてしまって、つい視線をサラの方に向けてしまった。
彼の視線の先には先ほどの揺音と同じように、しかし明らかに違った真剣な面持ちで映画のスクリーンを眺める彼女の姿があった。揺音のように感情が表に出ているある種の見る人を楽しくさせるような真剣さではなく、まるで世界そのものを集中して見ているような、熱のこもった視線がスクリーンに向けられていた。
目を輝かせている、と言ったシンプルな表現しか揺音には思い浮かばなかったが、それでも彼女の表情を見ると、あらゆる感情が揺音の胸中でくすぶる。
今度は彼女の視線を追うように、揺音は映画へと視線を戻す。
――なんだか、羨ましいな。
その思いはサラか、それとも映画に向けたもなのだろうか。
揺音の視線が、じっと映画の方を見つめていた。