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1-1「待ち合わせ相手はおとこのこ」


 噴水から流れ落ちる水が音を立てていて、周囲にいる人たちに癒しの音を届けていた。

 季節は秋、まだまだ夏の暑さは残っているが、肌寒さを覚える人も多いころ合いだった。

 だからだろうか。本来であるのならば水音を癒しにして集う人たちは、その音よりも噴水の上に広げられている立体映像のほうに人々の視線は寄せ付けられていた。どこかのライブ会場を映しているのであろうそれは、この町に風物詩に近いものであり、この町が住民に愛されている証でもあった。それからもわかるように、誰もが癒しの空間を求めるよりも、そちらのある種の騒がしさを望んでいたともいえる。

 そんな町の人々が視線を合わせている噴水の近く、時計が付けられているオブジェの足元に一人の少女が退屈そうに寄りかかっていた。

 少女が背もたれにしているオブジェ、そして噴水と立体映像を中心に円を描くように椅子や樹木が植えられている光景を見ると、彼女が立っているその場所が人々の憩いの場である公園であるのだろうということが分かった。

 少女に視線を戻せば、彼女の着ている服は地元の高校で、最近共学の学校となったイドラ女子学院の女子制服だった。

 彼女――サラが利き手とは反対の右手首につけていた腕時計に視線を落とし、時間を見て嘆息していた。

「時間ピッタリかな、これは」

 時計の時間は午前九時前。この時間についていないということは、待ち合わせの相手は時間に厳しい相手ではないようで、ほんの少しだけサラはほっとした。

 ほとんど交友関係のなかった人と出かけるときはサラはいつもこうしてはやめに来てしまう。自分のせいで相手を不快にさせたくなかったし、仮に相手が遅くなったとしても相手を責めればすむことで、嫌われればそれでもいい、とサラは思っていたからだった。

 待ち合わせの相手とはある程度仲がいいとはいえ、それでも相手を待たせてしまうのはいけないことだとサラは思っていた。

 ――まあ、今日の相手はそんなことで嫌わないだろうけど。

 相手のことを思い出して気が重くなる。ため息をするときにも似た心地の悪さがのど元でたまっていた。

 嫌いではない、とサラは思う。しかし、苦手かどうかと言われれば、サラにとっては苦手な相手だった。

 どんなにきつく当たっても、絶対に嫌わないで捨てられた子犬みたいな表情をされてしまう。そんなのを見てしまったら、サラの罪悪感に響くのだ。

 ――それにしても。

 サラが周囲に視線を巡らせる。彼女の視線を追うために周囲の景色を見れば、石レンガ造りの建物が立ち並び、鉄格子や鉄柵が窓や道路の安全柵として作られている。均等に作られているわけではなく、大通りから見える建物にはいくつもの装飾の施された無駄な柱のようなオブジェや、出入り口と思われる場所の上には石で彫られた彫像が置かれていた。

 道路も舗装された道で、町の景観を損なわないように道が脇の排水溝に向かって違和感のない程度に斜めになっているなど、水を落とすための細かな趣向もこだわられていた。日本の光景、とはとても思えない光景が彼女の視線の先には広がっていた。

 ――相変わらず日本っぽくないなここ。

 少女は内心、そんな風に独りごちた。

 それもそのはずで、イギリスやフランスのような街並みを目指すというのがこの町のスローガンで、それに賛同した人が集まってできたのがこの町だった。そのような人たちが集まってできたのだ、このような街並みになるのはもはや自明の理だったのだ。故に、この町には多くの外国人も住んでいた。市長もその考えには賛成していて、この町は日本で人種のサラダボウルが実現する数少ない町、としてもそれなりに有名な町だった。

 そんな空気、社会の形も相まってか、外国の血が混じった人が居るのも珍しくはなく、サラ自身も欧州の血が多少なりとも混ざっていた。

 サラは町に視線を送るのをやめて、今度は自分の格好を見下ろした。

 彼女の視線の先には深い紺色のどこにでもありそうなセーラー服。長い髪も暑くならないようにと持ち上げてまとめていた。自分の持っている服の中でも比較的女性らしいともいえる格好をみて、サラはのど元にたまっていた息をはきだした。

「似合わないなあ、もう」

 自分の格好をもう一度見下ろして、サラはため息とともにそう言った。

 ――こんな格好、できればしたくなかったけど。

 本当は今日だっていつもの私服を着ていきたかった。しかし、それではきっと待ち合わせの相手とあまりにも合わないとサラは思ったので、校則通りに学校の制服を着ていくことにしていたのだ。

 相手のことを思い出して、サラは顔をしかめた。すぐに忘れようとするかのように首を振ってオブジェクトにもたれかかる。

 少し勢いがついてしまったのか、誰にも聞こえないような音量で、後頭部がオブジェの鉄に当たって鈍い音がした。

 ――これはすぐそこの喫茶店で時間をつぶすべきだったかな。

 少女がそう思って視線を前の大通りの方へと戻す。すると――。


「ごめん、サラ。まった?」


 ようやく、今日の待ち合わせの相手が到着したようだった。

 待ち焦がれた……、というと誤解を招きそうだが、待っていた相手が来ることはとてもうれしいことだ。そう知っているサラは声が聞こえたほうへと振り返り、

「もう、もっと早く――」

 ついで、絶句して固まった。

 彼女の視線の先には彼女と同じ年齢に似合わず、少し落ち着いた印象を受ける私服姿の待ち合わせ相手――揺音の姿があった。

 揺音の服装は肩と首のラインが隠れるように配慮された長髪と薄い桃色カーディガンにして袖を余らせて、カーディガンの中には白いブラウスにを着ていた。カーディガンの薄い色に合わせるために少し派手めの赤色をしたハイウェストのロングスカートに、違和感の少ないベージュのブーツをはいているのが見える。

 いつもおさげにしている髪を解いて蝶を象ったアクセサリーで髪を止めているし、学校とは違う、伊達眼鏡もかけていた。

 そんな恰好の女性と思われる人がサラの方に駆け寄りながら、まるで飼い主を見つけた子犬のように八重歯を見せて笑顔を見せていた。

 そんな恰好の揺音をみて、サラは思わず体を硬直させてしまっていた。固まってしまったサラの様子に気が付いたのか、揺音は首をかしげる。そんな態度をとる揺音にサラはさらに顔をしかめざるを得なかった。

「ああ、うん。かわいい格好ね、揺音」

「うん、制服姿のサラも可愛いよね。ポニーテールみたいに髪を上げてるのも、魅力的だと思う」

「ありがと……。あのさ、揺音」

「うん?」

「一つ聞いていいかな」

「え、いいけど。ど、どうしたのそんなに怖い顔して……」

「怖くない。ねえ揺音。今日って私たちは映画を見に来たのよね?」

「う、うん。僕があの映画を見たいんだって言ったら、サラもちょうど見たい映画あるって聞いて。それでその、できればサラと遊びたかったから僕から誘ったんけど……」

「そうよね、うん。私も見る機会が出来てちょうどいいと思ったし、それに関しては何も問題は無いと思うわ」

「よ、よかった。断られちゃうのかと……」

「うぐ……その泣き顔は卑怯――じゃなくて、揺音はさ」

 そこで言葉を止め、サラは貯めていた息をはきだすかのようにうなだれて頭を抱えた。


「あんた、男でしょ?」


 誰にも聞こえない程度の声量でサラは内心叫び、そして目の前の揺音――彼にそう言った。萌え袖にしたカーディガンで口元を抑えながら、揺音は困ったようにサラの言葉に反応する。

「生物学的にはそのはずだけど……」

「見た目! Appearance!」

「うわ発音抜群。かわいいって言ってくれたけど、えっと、似合ってなかった?」

「ううん、超似合う。すごい似合ってるよ揺音」

「あ、えへへ、ありがとう」

「お、おう……。ちがう、照れないで、お願い。私の立つ瀬が無いの」

「な、なんかごめん」

「謝らないで!」

 聞きたくないといやいやをするようにサラは耳を抑えた。そんなサラの態度にどうしたものかと揺音はあたふたとする様子をみせる。

 しばらくの間そうして二人でイチャイチャとしていると、不意に冷静になったサラが不意にじっと揺音に視線をおくった。

「ど、どうしたのサラ」

「あんたってさ……。どうしてそんな恰好で今日は来たの?」

 ゆったりとした彼の服装は彼が男だという特徴を見事に最小限に抑えていて、顔立ちも元々綺麗だったのだろう、遠目に見ると待ちを歩く女性にしか見えなかった。

 多少露出している肌だって、手入れをしているのか近くで見てももちもちとしていそうで、女であるはずのサラはあからさまに嫌な顔をした。

 彼の長髪一つだって手入れを行き届かせているのだろう、下手な女性よりもずっと保湿されていて髪型を変えるのにも困らない適度な艶やかさを保っている。

 ――正直、隣を歩きたくはないなぁ……。

 彼の服装は、彼の素材を含めて良く言えば完璧で、悪く言えば目立ちそうなのだ。こんな目立ちそうな彼がいる傍で、イドラ女子学院の制服を着ているサラが居るのだと自分で思ってしまうと、まるで自分が手を抜いているようにも感じられてあまり良い印象を持つことはできなかった。

 しかし、揺音はといえばサラがそんなことを考えているとは露知らず、困ったように眉を寄せていた。

「え、だって女の子と二人で恋愛映画に行くって色々と勘違いされそうじゃない? それにサラだって学校でも似合うって言ってくれたし……」

「そうだけど、そうじゃない」

「え?」

 それじゃあいったいどれの事なの。とでも言いたげに首をかしげる揺音に、サラはまるでいままさに突発性の頭痛を発症したとでも言いたげに頭を抱えた。

「一つ聞きたいことがあるんだけどさ」

「うん、もちろん。僕に応えられることなら」

「大丈夫、あんたしか答えられないから。学校の制服が女子の制服しか持ってないのは――どう考えてもおかしいけど――百歩譲っていいの」

「う、うん。あれは本当にびっくりした。なんか発注の時に名前で間違われて……」

「そんなことってあるの……?」

「稀に」

「……気にしない方向にする。それでね、そんな奇跡が起きたのも、その後もなぜか着続けてるのも百歩譲ってもいい。でもね?」

「うん」

「私服まで女の子の格好してるのはなんで?」

「え、だめなの?」

「そんな『え、そんなことを聞く意味なくない?』みたいな顔をされても私は困る。ちゃっちゃか話しなさいな」

「いや、だってほら、さっきも言ったけど男女二人で映画館とか入りづらくない? しかも僕が見たいのは恋愛映画だし……。それに、サラだって僕の女の子の格好が似合ってるって言ってくれてたからこっちの方がいいのかなって」

「うぐ、前半は否定はできないけど」

「だから、ほらね?」

「だからでそんな完璧な女装をしてくるのはおかしいと思うのは私だけなのか……」

「そうかな?」

「普通はしないと思うの」

「で、でもサラだって学校の人たちとデートって思われたら面倒くさいでしょ? この格好ならまかり間違って学校の人に会ってもばれない限りは友達かなって思ってくれるだろうし」

「それは、まあ……」

 彼の言う通り、サラは面倒事はできるだけ避けるように生きたいと常々思っている。だから、休日に誰かと二人きりで出かけるのだって、話題にされるのは嫌だったのだ。もちろん、女装のこれと歩いていてももしかしたら別の話題の花にされるかもしれないが。

 ――でもなあ……。

 そうは思いつつも、サラは揺音の事を考えた。

 学校の制服姿の彼と、今の彼を重ねる。いつもはおさげにして束ね、伊達眼鏡をかけているだけの制服姿の彼と今の姿の彼。元々傍から見れば大人しめの女性としか映らないであろう彼が、学校の外でこんな派手とは言わないが、ある意味で目立ちそうな格好をしているとは思わないだろう。それも、彼を男性と知っている生徒はうちの学校には山ほどいるわけで。

 考えてみれば、彼がこういう格好をして外で会ってくれるのはありがたいと思うべきではあるのだ。

 ――ちょっとズレてる気がするけども。

 普通に考えれば、彼のように自分が女装をすればいいなんて思う人はいないだろう。

「まあ、いいわ。それより映画のチケットはもう買ったの?」

「ううん、まだ。できればサラと二人で買いに行きたいなって思って」

「おー、すごい。満点だね。男じゃなければ」

「な、なにが……?」

「こっちの話よ、揺音」

「そ、そっか」

「ねえ、揺音。ところで今日見に行くのってどの映画なの? 恋愛映画とは聞いてたんだけど……」

「あ、うん! 今日見に行くのは――」




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