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第8話 王女アリッサ

 滝つぼに落ちた。

 そしたら、月明かりに照らされた美姫がいた。

 初見では気が付かなかったけど、彼女にはフサフサの耳としっぽがある。

 犬か狼を思わせる特徴を備えていた。


 その少女が何か言おうと口を開く――


「あっ、あの……こんばんは。今宵はいい月ですね」


 俺も混乱しているけど、彼女も相当気が動転している。


 俺はうつむきながら「そ、そうですね」と応えるのが精いっぱいだった。

 目の前の肢体は直視するにはまぶしすぎる。


 俺が目を合わせようとしないのを不審に思ったのか、彼女は――


「あ、あの、どうかされましたか」


 と尋ねてきた。姿形だけでなく、声までも、高貴な感じがした。


「いや、その、水浴びの最中にお邪魔してしまい、すみませんでした……」


 それを聞いて、ようやく、彼女は気づいた――

 ツンと上を向いた形のよい双丘をさらけ出したままであることに。


「きゃっ」


 月下の美姫は真っ赤になってしゃがみ込んでしまう。

 こういっては悪いけど、ちょっと抜けたところがある感じもする。


「で、では、俺はすぐに立ち去りますので、ごゆっくり。どうもすみませんでした」

「あっ、待って! あなたは只人ヒューマンの方ですよね? 少し、少しだけお待ちください。わたしはアリッサと申します。お話があります。すぐに着替えますので……いましばらく……」


 アリッサと名乗ったその麗人は、俺にそう告げると、木陰にさっと隠れてしまった。その身のこなしは想像以上に軽やかだ。只人ヒューマンとは運動能力が違うらしい。


 ふたたび、彼女が俺の目の前に現れたときには、元の世界でいうところの北欧風の民族衣装を身に纏っていた。やっぱりとても高貴な感じがする。立ち振る舞いも洗練されていた。


「さきほどは大変失礼しました」


 失礼なことなど何もなかったのだけれど、育ちがそうさせるのか、彼女は詫びの言葉を口にした。

 俺にとっては一生分の運を使い果たしたといってもいいくらいの仕合わせだった、とはとても言えない。


「い、いいえ、とんでもございません。こちらこそ、申し訳ありませんでした。あ、あの、ところで、あなたは、狼さんですか?」


 目の前の高貴なオーラにあてられて、言葉遣いも質問もバカな感じになってしまった。


「は、はい、只人ヒューマンの方にはあまりなじみがないのかもしれませんが、ご想像のとおり、わたしは銀狼族の出自です。あらためまして、わたしは、樹海じゅかい王国第一王女、アリッサと申します」


 やっぱり、狼さんだった。しかも、貴人。王女様だって……


「このたびの和平使節団の団長を務めております。あなたは、帝都から来られたのですか? 」

「は、はい、そうです。」

「でしたら……」


 聞けば、彼女は、この周囲で幕営している和平使節団の責任者で、帝国との開戦を回避するため、帝都に向かっている途中だということだ。帝都の情報、特に開戦に関する動きを知りたいらしい。


「俺は、一週間ほど前、帝都を発ちました……。あ、あの自己紹介が遅れてすみません。直矢なおやといいます。元いた場所の言葉で真っすぐ飛ぶ矢という意味です」

「元いた場所……?」


 俺は、自分が異世界人であることを打ち明け、ここに来るまでの経緯を簡単に話した。

 話さない方がよかったのかもしれないけど、どういうわけか、彼女に対して全く警戒心が働かない。昔から知っている人のような錯覚と安心感を覚えた。


「そう……ですか……ナオヤ様は……異世界人。帝国は召喚を成功させたのですね……」

「は、はい、王女殿下。それから俺のことはナオヤでけっこうですよ」

「わかりました。わたしのことはアリッサとお呼びください。それで、さきほど、城を追い出されたとおっしゃられましたが、差し支えないようでしたら、その理由を聞かせていただけませんか」


 あまり愉快な出来事ではなかったので、進んで話したいとは思わない。

 でも、アリッサの真剣さが伝わってきたので、帝国からハズレ者の役立たずの烙印を押されたことを素直に打ち明けた。


 追放の経緯を聞いて、アリッサはホッとしたかのような表情を浮かべた。

 それに、なんだか、自嘲じちょうまじりの笑みを浮かべているように見える。


 意味が分からず、俺が不思議がっていると、アリッサは偽らざる気持ちを明かした。


「すみません、ナオヤさん。決しておとしめるようなつもりはありません。ナオヤさんが追い出されたこと、わたしたちの国にとっては幸運でした。ナオヤさんの力が樹海王国に向かなくてよかったと心から安堵しています」


 異世界人は、その存在自体が脅威ということだろうか?


「それに、わたしたち、なんだか似てますね……」

「それはどういう……」


 話によると、なんでも、アリッサは第一王女の地位に生まれながら、王族に必須とされる強力な氷雪魔法のスキルを取得できなかったらしい。

 そのため、王位継承権も第二王女である妹に渡したという。

 王族の責務を果たせないことに引け目を感じているらしく、自身は泥臭い役割を進んで引き受けているそうだ。和平使節団の団長という危険な役目をこなしているのもそのためらしい。


「あ、あの、俺がいうのも変ですけど……王女殿下が授かったスキルはきっとなにか意味があるんだと思いますよ」

「ふふ、ナオヤさんは、やさしいのですね……そう言ってくださるとうれしいです」


 完璧美少女と思われたアリッサは、意外にも自分のスキルにコンプレックスを抱いていた。どんなスキルかは聞かなかったけど、とにかく風変りなスキルらしい。

 ポンコツのレッテルを張られた者同士で親近感が湧いた。


「別に気休めを言ったわけではないですよ。俺は自分のスキルに希望をもっています。きっと王女殿下のスキルも――」

「ナオヤさん、わたしのことはアリッサとお呼び下さい。それにもっと気楽に話していただけたら嬉しいです」

「そ、そうでした……いや、そうだね。ア、アリッサ。あはは、ちょっと緊張する……」

「はい、その調子です」


 ほんのわずかしか話していないけど、彼女が思慮深く、思いやりのある人物であることは十分に伝わってきた。王族でありながら、驕り高ぶった態度を一切取らないのも尊敬できた。


「はは、でもまあ、俺のスキルが地味なことは間違いないです。それに、いまのところは同郷の二人のスキルにはまったく敵わないかな……そういうわけでただいま特訓中なんですよ」

「ナ、ナオヤさん……い、いま『同郷の二人』とおっしゃいましたか!?」

「はい、俺のほかに同年代の級友が二人召喚されました。いまは帝都の城でスキルの習熟訓練を受けているはずです」

「二人……二人も……破壊者があと二人も……」


 帝国は召喚された者を守護者と呼んでもち上げていたけれど、圧迫を受けている周辺国からは破壊者と恐れられているようだった。

 召喚された異世界人、つまり破壊者は俺一人だとアリッサは思い込んでいたみたいだ。

 通常、召喚は一人を呼び出すものらしいので、そう誤解しても仕方がない。

 今回の召喚がイレギュラーだったのだ。


 さっきまでほがらかに笑っていたアリッサの表情が暗くうれいを帯びたものに変わった。

 さらに、クラスメイト二人が授かったスキルが強力であることを伝えると、アリッサは力をなくし、うなだれた。

 絶望している。


「そんな……これでは……樹海王国は……」


 パワーバランスは圧倒的に帝国側に傾いている。そう理解したのだと思う。

 俺でも分かる。和平使節団が帝都にたどり着いたとしても、帝国側は和平交渉に応じないだろう。力で押し切ることができるのだから、帝国側が譲歩する理由はどこにもない。


 ここで俺はまよった。さらに残酷な現実をアリッサに伝えたほうがいいのかどうか。でも、結局は隠すことは彼女たちの利益にならない。だから――


「あ、あの、アリッサ。さっきは伏せていたことがあるんだ。落ち着いて聞いてほしい……」


 俺は、開戦に関する情報をアリッサに教えた。


「それはほんとうですか?」

「うん、まちがいない。皇帝が家臣の前で自ら宣言したんだ。一か月後に亜人討伐に向かうと……あのときから一週間が経過しているから、開戦はいまからざっと三週間後になるはず。そのときは俺の同郷人も前線に出てくると思う」


 アリッサの顔が青ざめていく。

 重圧に耐えきれなくなったのか、瑠璃の瞳からは涙がこぼれ落ちた。


「そんな……そんな……ナオヤさん、そんな話、嘘だとおっしゃってください。わたしは……わたしは……なんて無力なのでしょう。王族失格です……くっくっ、くうっ、うわぁぁん――」


 アリッサが泣き崩れた。

 こんな小さな肩に一国の未来がかかっていたのだ。無理もないことだと思う。

 肩を揺らす彼女を気の毒に思ったけれど、なぐさめの言葉なんて見当たらなかった。

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