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第7話 流されて、滝つぼ

 俺はいま森の中を進んでいる。

 昨日、クロという強力な味方を得たので、安全地帯を離れる決意をしたのだ。

 

 いまのところ危険な魔獣には遭遇しなかった。

 クロには時々上空から警戒してもらっている。

 山よりも高い位置から見渡すその観測圏は、俺の視覚で見渡せる範囲をはるかに超えていた。

 

 ただ、クロが捉えた視覚情報を全部もらうと俺の処理能力がいっぱいいっぱいになってしまう。

 だから、送られる情報はある程度絞って大事なところだけもらうようにした。そうすれば、脳内に再構成される観測イメージが簡略化されるのだ。


 それから、どういう理屈か分からないけど、クロから得られる視覚情報は、俺のスキル『射撃管制』と連動できた。つまり、俺が直接視認していない目標も、射程にさえ入っていれば、命中させることできる。

 ためしに、小高い丘の向こうにある木を狙ってみたところ、放たれた石弾は弧を描いて木に当たった。当然、俺からは見えていないのだけど、クロの視覚を介して、命中したのがはっきりと分かった。


 上空に向けて手を振る。


「おーい、クロ。降りてこーい。お昼ご飯にしよー!」


 川のそばで火を起こす。帝都でのいざこざの際に暴漢から鹵獲ろかくした雑嚢ざつのうには便利ないいものが沢山入っていた。火起こしの道具もその一つ。それと、元の持ち主の武器なのか、短槍たんそうがいくつも収納されていた。


 この短槍、クロにちょうどいい長さ重さだ。脚の爪で保持できるようにちょっとした細工も施してみた。


「クロ、これ二本持てるか?」

「カァー」

「この川に魚がいるかもしれないから、ちょっと探してきて」


 クロは短く答えると、短槍二本を左右の爪で把持し、空に舞い上がった。

 クロの視界を借りて、俺も魚を探す。


「いたぞ、見つけた! クロ、頼んだ!」


 クロは上空高くからほとんど真っ逆さまに降下してきた。

 元の世界で最速を誇るハヤブサよりも速い。たぶん時速四百キロ以上でてる。


「アイツ、加速装置でも積んでるんじゃないか……」


 さすが、魔鳥、とんでもなく俊敏だ。

 脳内に再生されたクロの視界が揺れ、こっちまで怖くなってしまった。

 地表が迫る

 クロは、俺の管制コントロールのもと、標的に向けて短槍を投下した。このスキル、水面での屈折に伴う標的のズレまで正確に補正してくれた。


「バチャン、バチャン!」


 背を貫かれた大きな川魚が二匹、水面に浮かび上がる。イワナみたいな魚だ。


「クロ、よくやった。大収穫!」


 さっそく仕留めた川魚を調理してみる。

 といっても、棒切れに差して熾火でじっくりと炙るだけだけど……。

 背の部分から脂がしたたり落ち、赤々とした炭の上に当たってジュッという音をたてた。こうばしい匂いがあたりに広がる。

 焼きあがった川魚を頬張ると、皮はパリパリ、身はホクホクとしていて美味しかった。クロも夢中でついばんでいる。満足してもらえたようで良かった。


 クロとの連携もだいぶ上手にとれるようなってきた。不思議なことに互いになんとなく考えていることが伝わり、意思疎通はそんなに難しくない。


 こんな感じで、森林地帯の踏破一日目は順調に進んでいった。


★*★*★*★


 夕暮れ。


「クロ、悪いけど、もう一度ざっと哨戒してくれないか? 何もいないようなら、今晩はここで野営しよう」


 観測した限りでは危険はなさそうなので、川のほとりの岩場のかげに野営地のようなものを作った。

 やがて、日が沈むと辺りは急に暗くなった。焚火の炎が静かな森をぼんやりと照らす。

 少し肌寒い。


 仰向けになって空を眺めると大きな月が浮かんでいた。

 この世界の月は青白い。


「なんだか、狼でもでそうだな」

「カァー」


 クロは心配ない、大丈夫とでも言っているようだ。


「そうか、ここは見通しもいいし、異変があればすぐ分かるか……」


 そろそろ、寝ようかと思ったけど、汗と埃で体がベタベタしているのが気になった。

 昼間、高低差のある道のりを結構な距離進んだためだ。


「クロ、ちょっと顔を洗ってくるよ」


 クロにそう言い残すと、俺は大きな石を伝って川の中ほどに向かった。できるだけ綺麗な水を求めたためだけど、これがいけなかった。


「ボチャン!」


 何かを急流の中に落とした。最初、何を落としたのか分からなかったけど、すぐに時計が左腕から消えていることに気が付いた。


「うわっ……どこ行った? 見えないよ」


 ベルトが切れてしまったんだ。

 もともと傷んでいたのに、このところの訓練でさらに傷が深くなっていた。補修もせずに放っておいたことが悔やまれた。

 大事な時計だ。早く見つけなくてはと気持ちばかりが焦る。

 でも、月明かりでは水の中までははっきりと見えない。それに、流れが強い。だいぶ遠くまで流されてしまっているのかもしれなかった。


 もう見つからないと、あきらめかけたところ――

 少し下流のあたりで、黒い影が水に突入するのを視認した。


 クロだ――


 クロが川の流れに飛び込んだ。少し間をおいて、黒い躰が浮かび上がる。あしゆびには光るものを引っ掛けていた。間違いない俺の腕時計だ。クロが川の底から見つけてくれたんだ。

 でも――


「クロー! それはいい。早く離せ!」


 クロは腕時計を掴んだまま、水面でもがいている。流れに飲まれそうだ。

 そりゃそうだ。クロは水鳥ではないし、物を掴んでいる状態では余計に自由が利かないだろう。水流を逃れて離水できるはずがなかった。


「クロー! もういいから、それを捨てるんだ! あっ――」


 クロが沈んでしまった。まずい――


 俺は後先考えず、川の流れに飛び込んだ。必死でクロの方へ向かう。クロは辛うじて首だけを水面から出していた。クロの視界を感じることができたので、おおよその位置は分かった。

 想像より、流れが激しい……。

 でも、何とかクロを拾い上げることができた。

 あとは俺がこの流れから脱出するだけ――


 そう思ったけど、いつの間にか大分流されてしまい、とうとう、俺たちはさらに大きな流れにつかまってしまった。冒険のためにと丈夫な生地の上着を選んだのだけれど、これが裏目に出た。水を吸って固くなり、身動きもままならない。


 前方でひと際大きな音がする。


 あっ、あれは、まさか……滝?


 必死にもがいたものの、抵抗むなしく、俺達は滝にのまれた。

 まっさかさまに落ちる。


 強い衝撃を感じて揉みくちゃにされた。

 けれど、気付けば、水の流れが和んでいた。

 水を叩く音のする方を見れば、高さが十メートル近くありそうな滝があった。


 ここは滝つぼか……

 あの高さからよく助かったな……


 青い水を湛えた深い淵のおかげで、怪我は免れたらしい。

 クロを抱えた俺は岸部の方に流され、足が届くところまでたどり着いた。ずぶ濡れになっているけど、クロも無事なようだ。


 クロは、懸命につかんで離さなかった時計を俺に渡した。どうも誇らしげな顔をしているように見える。


「おまえ、無茶するなよ。さっさと捨てればよかったんだ」


 俺はクロに説教したけれど、時計が戻ってきたことについては感謝の気持ちでいっぱいだった。頭をやさしく撫でる。


「ん?」


 クロは俺の腕にとまっておとなしくしているけど、何か様子が変だ。

 視線は俺の方を向いていなくて、しきりに俺の背後の方を気にしている。


「どうした、クロ?」


 振り向いて後ろを見てみると――


 えっ……


 少し離れたところに……いた。

 かすかな月の光でもその姿がはっきりと見えた。

 深い瑠璃色の瞳。ばっちりと目が合ってしまう。


 月明かりに照らされて銀色に輝く髪、

 整った顔立ち、水に濡れた白い肌


 そこには……

 文字通り、息を飲むほど美しい少女が驚きでかたまっていた……

 ……生まれたままの姿で。


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