第6話 黒の眷属
一週間後。
「よし、あれに決めた。目標は――」
手製の投石紐に石ころを込め、グルグルと回す。
回転が限界の速さに近づくと、風を切る音が重なり、ブーンという唸りが重く響いた。
「シュート! いっけー!」
手元から放たれた石弾が三百メールを一気に駆け抜け――
「ブチッ!」
木にぶら下がった赤い果実のツルを射ち抜いた。
「よし! 命中!」
ついでに、隣りのアレとアレも……
「ビュン」「ビュン」
全弾命中! 果実が無傷のまま落ちる。
このスキル『射撃管制』のおかげか、その方向に目をこらせば、遠い点のような目標でもはっきり捉えることできた。ちょっとした指向性レーダーみたいだ。
ここは草原地帯の端っこ。もう少し先に進めば、完全に森林地帯に入ってしまうというあたりだ。
俺は、この一週間、この辺りを拠点にして、ほぼ毎日、投石紐を使った投擲訓練に明け暮れていた。
投石紐は、構造としてはとても単純で、石弾を包む皮帯の両端に紐を結びつけただけだから、ありあわせの材料でわりと簡単に作れた。
銀貨の入っていた皮袋が役に立ったのは、髭オヤジのたった一つの功績かもしれない。
それで、いまは、静止目標なら百メートル離れていても百発百中というほど、俺の技量は上がっていた。三百メートルでもめったに外すことはない。
こうして、なんとか、使える武器を一つ確保できた。
攻撃力を身につけるという目標はとりあえず達成だ。
でも、まだまだ問題は山積み。
一週間前の城での無様な失敗を思い出す。
止まった目標なら大丈夫なのに、どういうわけか、動く目標に当てようとするとき、俺のスキルは作動停止になる。
なんでだろうか?
ずっと原因を考えてきた。
ここ一週間でいろいろ試してみた結果、なんとなく結論が見えてきた。
たぶん、俺のスキルは、射撃の諸元を計算するために必要な機能が一部欠けている。
移動目標の現在位置を連続的に捕捉して、その未来位置を割り出すことができない。あるいは、未来位置を正確に予測するために必要な演算能力が足りない。きっと、そういうことだろうと思う。
だったら、無理をしないで、目標の未来位置の推定は、ある程度いい加減にすればいいんじゃないか……。対症療法にすぎないけれど、当面の手当としてはそれでいいと考えた。
移動目標に対する命中精度は悪くなるかもしれないけど、しかたがない。
戦闘の最中にスキルが停止してしまうよりかはましだ。
さっそく、俺は仮説が正しいか試してみることにした。
適当な移動目標を探してみると――
「いた! 十時の方向に小動物一匹」
ざっと二百メートル先にウサギっぽいのがいた。
だいぶ遠いけど、挑戦だ。
今度は、投石紐を二つ用意し、左右の手に一つずつ投石紐を構えた。
このスキルは便利なもので、右手でできたことは左手でも同じようにできる。
数回グルグルと回すと十分な先端速度が出た。
風を切る音が届いたのか、ウサギがこちらの存在に気付き、走り出す。
でも、あわてない。
頭の中で半数必中界を大きめに設定する。
半径五十センチ程度まで広げてみることにした。
「石弾、斉射二発! シュート!!」
少し間隔をあけて放たれた二つの石弾は、わずかに弓なりの軌道を描き、標的に向かった。石弾の存速も大きいけど、ウサギも速い。
「バシ、バシ」
石弾が柔らかい地面に突き刺さる。
おしい――遠近夾叉だ!
弾はウサギを挟んで前後に散ってしまった。
命拾いしたウサギが巣穴にもぐる。
「残念……バーベキュー食べ損ねた……」
でも、これで分かった。俺の推測は正しい。
何が何でも当てようとしたときよりも、頭への負担が少ない。
命中精度を落とせば、このとおり、移動目標であっても至近弾を浴びせられる。
この事実を知っただけでも十分な成果だ。
さんざん馬鹿にされたけど、俺のスキルは決して役立たずではない。
相手に攻撃を躊躇わせるだけの抑止力にもなるし、戦闘のときも牽制になる。それに、もう少し調整していけば、条件次第では当てることもできそうだ。
この世界に召喚されてからずっと張り詰めた気持ちでいたけれど、ここに至ってようやく緊張が解けた気がした。
★*★*★*★
さっき射ち落した赤い果実を拾い上げ、口いっぱいに頬張った。
「うん、シャリシャリして美味しい」
林檎と梨を混ぜたような食感と味だ。
ここは長閑ないいところだと思う。当初はもっとバードな冒険になるかと心配したけど、すくなくとも空腹で倒れる心配はなかった。
けど、いつまでもここに居るわけにもいかないし、そろそろ先に進まなければならない。
この先の森林は危険な魔獣の潜む危険地帯ということだけど、攻撃手段の目途はついたし、まあ、なんとかなりそうな気がする。
そんなことを考えていると――
「キュアー、キュアー」
空の方が何だか騒がしくなった。
黒い鳥がタカみたいな猛禽類二頭に追いまわされている。
黒い鳥はこの世界のカラスかもしれない。
「何やらかしんたんだ、あのカラス?」
視線が合ったような気がした。
なんだか俺に助けを求めてるみたいだ。
自然界の争いに介入するのは好ましくないけど……
二対一はフェアじゃない――
「しょうがないな」
対空目標を狙うのは初めてだ。
ちょっとだけ緊張した。
投石紐二連、石弾二発。
目標は大型猛禽類二。
現在位置を連続捕捉……照準線を当てはめて……
未来位置は概算で……半数必中界は大きめにとって……
風向風速を加味したら、弾道修正はこれくらいだから……
射軸線は……この方向……
「シュート!」
連続で投射された石弾二発は、大型猛禽類の至近をかすめた。
二羽とも、突然の飛翔物に驚いたのか、急旋回して離脱していった。
一方、カラスの方は――
あれ?
だんだん高度が下がっていって……あっ、落ちた。
急いで駆けつけてみると、真っ黒い鳥が「カァーカァー」と苦しそうにしていた。
そばで見ると、その黒い鳥は俺が知ってるカラスよりずっと大きく、足も太かった。
「おまえ、デカいな……カラスなのか?」
「カァーカァー」
鳴き声はカラスなんだよな。
カラスっぽいその黒い鳥は、猛禽類との乱戦で怪我を負ったらしい。
布を割いて簡単に手当した後、水を飲ませてあげると安心したのか、俺のそばで眠ってしまった。
★*★*★*★
「カァーカァー」
しばらくすると弱っていたカラスが復活した。傷も塞がっている。
野生動物は怪我の回復が速いとか聞くけど……
このカラスの回復はちょっと早すぎる気がする。
「カァッカァッカカカ……」
なんだか助けてくれた礼でも言ってるみたいだ。
俺の肩に飛び乗ると、翼をバサバサとさせて楽しげにしている。
すっかり懐かれてしまった。
怪我した所に当てた布を解いても、飛び去ろうとはしない。
俺と行動を共にしたいらしい。
俺の仲間になってくれるのか……
これまでずっと、だだっ広い草原にポツンと独り。
心が挫けそうになっていたところだった。こんなにうれしいことはない。
「なら、おまえさんに名前をつけてあげよう……何がいいかな?」
オニキス、ジェット、シャドウ、ノワール……
いろいろ候補をあげてみたけど、カラスの反応はどれもいまいち。
じゃあ……「クロは?」と尋ねてみると、カラスは元気よく「カァー」と肯定した。
そうか、それでいいのか……安直だけど、まあいいか。では――
「黒き妖鳥よ。おまえに『クロ』の名を授ける。我が眷属となりて漆黒の闇を統べよ」
……なぁんてね。
「じゃあ、これからよろしくね、クロ」
というと、クロは「カァ」と短く答えた――
その刹那、ボォッと光のカーテンが走る。
「わっわっわっわー 何だコレ!?」
足元に瑠璃色の魔法陣が浮かび上がった。これはたぶん俺の魔法陣。
そしてその上に別の魔法陣――空色に輝く紋様――が駆け巡った。
これは……クロの魔法陣?
発光はすぐに収まった。
クロはなにか含むところがありそうな表情でこちらを見ている。
そして、短くカァと鳴くと、俺の腕から飛び立ち、上空めがけてどんどん上昇していった。
「ぎゃっ……」
突然、俺の頭の中になにかが流れ込んでくる。
「こ、これはクロの視覚情報!?」
数百メートル上空から俯瞰した地形情報が流れ込み、頭の中で再構成された。
不思議な感覚だ。自分が見ている景色とは別に、周辺の地形の状況を示す図式的な表示が浮かんだ。
それに地形だけではない。草木の陰に潜む小動物の位置情報なんかも把握できた。
「す、すごい」
ただ、あまりにも情報量が多すぎる……。
頭がパンクしそうだ。
「無理、無理、むり……」
情報の流入を遮断するように意識すると、クロの視覚情報は消え、いつもどおりの感覚となった。
「はぁービックリした」
しばらくしてクロが戻る。
俺の肩で翼を休めるクロが「カァ」と鳴いた。
我が眷属クロはスキル持ちの魔鳥か何かか?
「すごいな、おまえ……まるでドローンだ」