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第43話 王都帰還

 王国の遠征部隊が樹海の王都に帰還した日、前国王――アリッサたちの父君――が亡くなった。王国勝利の報告を受けて安心したように眠りについたという。


 それから二週間後の本日、この国の慣例に従って設けられた服喪期間が終わった。

 前国王の喪が明けたということで、これまで延期されていた戦勝祝賀会が今晩、王宮にて執り行われることになっている。


「ナオヤー!」


 遠くの方からシャンテルが近づいてくる。


「こんなところにいたのか?」


 王宮に繋がる大きなこの空中回廊がここ最近で一番のお気に入りの場所だ。

 ここから眺める景色が樹海王国らしくて好きだ。

 高いところは苦手だったけど、いつのまにか気にならなくなっていた。


 宴用のドレスに身を包んだシャンテルが横に並ぶ。

 その姿に俺は目を見張った。


「へえ……」

「なんだ? おかしいか? 私だってドレスの一着ぐらいはもっているのだぞ」


 エメラルド色のドレスにシャンテルの美しい金髪が映えていた。


「ううん、とっても似合ってるよ」

「バカ……いいから、お前もさっさと着替えてこい。侍女が探してたぞ!」


 もうそんな時間か……

 夕暮れ時となり、樹上都市に光魔法の明りが灯った。

 魔法具に明りを入れてまわる狸獣人たちに手を振る。

 帝都攻略に参加してくれた彼らとはずいぶん仲良くなった。


 このところは、ドワーフのオヤジさんたちにも協力してもらって、道具作りなどを一緒に頑張っている。光魔法や雷魔法は工夫すれば、材料加工に応用できる。生産系のスキルと相性が良かったのだ。この調子なら、狐狸獣人たちの立場もよくなっていくんじゃないかと思っている。


「ナオヤ、余計なお世話かもしれないけどな……最近、姫様……アリッサ様とはどうなんだ? うまくいってるのか?」

「それが……その……」


 父君が亡くなったことで、アリッサは一時期ふさぎ込んでしまい、ちょっと前まで声を掛けづらい雰囲気だった。いまは表面的には元気に振る舞っているけど、何か悩み事があるようだ。


 それに、なんだか……俺はアリッサに避けられているかもしれない。

 はじめは気のせいかとも思ったけど、顔を合わせても前みたいに笑ってくれない。

 態度も少し冷たいように感じた。


「あのさ、アリッサは何か心配事でもあるのかな? 王族の執務が忙しいのか、なかなか顔を合わせる機会もないんだ。シャンテルは何か知らないか?」

「バカ! そういうのは自分で確かめろ! 姫様とちゃんと向きあえ。もう私は先にいくぞ。お前も遅れるなよ」


 シャンテルは少し怒ったようにそう言い放つと、さっさと祝賀会場に向かってしまった。


 夕焼けのはえる西の空に二羽の黒曜鳥こくようちょうが飛んで行く。

 どこで出会ったのか知らないけど、一方はクロの伴侶らしい。

 最近、王都の外れに巣を作ったみたいだ。そんなわけで、クロもこの頃は全然俺の相手をしてくれなかった。


「はぁ、アイツも薄情だよな……」


 黄昏たそがれの空の下、寂しい気持ちが込み上げてきた。



★*★*★*★*★



 戦勝祝賀会が開催される少し前。


 俺はブリアナ女王陛下の私室のドアを叩く。

 ここを訪れるのは二回目だ。

 一回目は帝都遠征の前日の晩。もうすいぶんと昔のことのように感じる。


 ブリアナが顔をのぞかせ、部屋の中に招き入れられた。

 ブリアナは、俺の姿をみてもたいして驚いた様子がなかった。


「そろそろあなたが訪ねてくるような気がしていました。あのお話のことですね?」

「は、はい。ブリアナ女王陛下、いろいろ考えたのですけど――」


 病床の前国王は最期のときまで、この国の将来をあんじ、俺が王族の一員になることを望んでいたと聞いた。

 前国王の遺言に背くようでとても申し訳ない気持ちになるけど、やっぱり、気が進まない。

 それに、ブリアナの配偶者となることは、これまで俺を一生懸命助けてくれたアリッサを裏切ることになる気がした。

 そういうわけで――


「すみません、やっぱり俺がこの国の王室に入るのは好ましくないと思います」

「ナオヤさん、だれもいないのですから、ブリアナと呼んでください」

「ご、ごめん、ブリアナ。どう考えても俺には向いていないです」

「そんなことはないと思うのですが……決意は固いようですね」


 僕は迷うことなく頷いた。

 気のせいかもしれないけれど、ブリアナが一瞬寂しそうな表情を浮かべたように見えた。


「残念です……これからどうするのです?」

「明日、この国を出ようかと……ずいぶんとお世話になりました。ありがとう」


 ブリアナは驚いたのか、少し目を開いた。


「ずいぶんと急な話ですね」

「この世界のことをいろいろ知りたくて……あてはないけど、まずは東の方へと行ってみるつもりです」

「そうですか。この樹海を抜け、さらに荒涼とした大地を渡った先には豊穣の大地があると聞きました。もしかしたらナオヤさんが探していた故郷の食べ物などもあるかもしれませんね」


 そうだったら嬉しいかな。

 やっぱり日本の食べ物はいい。探してみよう。


「でも、ナオヤさん、たまにはこの樹海の地に戻ってきてくださいね」

「はい、ここは俺の故郷。必ず戻ります。それにいろいろな国の情報を集めて持ち帰るつもりです」

「ナオヤさん、ありがとう。王国のこともいろいろと考えて下さっているのですね」


 ブリアナはそっと笑った。

 俺はポケットに手を入れて包みを取り出す。


「あの……これを姉君、アリッサに渡してもらえませんか?」


 包みから漏れ出る硬質の輝きをみて、ブリアナは中身が何か分かったようだ。


 これは、仲良くなった三日月屋のドワーフ鍛冶職人に頼んで、急いで作ってもらったもの。

 俺自身の体から取り出した結晶核の残滓ざんし――瑠璃色に輝く宝玉――で作った指輪だ。


 俺自身は宝石なんかに興味はないので自分で持っていても仕方がない。

 どれくらいの価値があるのか分からないけど、処分するには惜しい気がした。

 この世界に来てからいろいろと助けてくれたアリッサへのお礼にすることにしたのだ。最近元気がないみたいだし、少しでも喜んでくれればいいなと思った。


「ナオヤさん、この輝きはアリッサお姉様の瞳と同じですね? 私が受け取るわけにはいきませんよ。どうぞご自身でお渡しください」

「で、でも、アリッサにはなんだか嫌われているみたいで、なかなか顔を合わせる機会がないんだ」


 ブリアナがあきれたような表情を浮かべた。


「ナオヤさん、そもそも、明日出発することをお姉様に伝えているのですか?」

「それが、その……まだ言ってません」


 ブリアナをさらにあきれさせてしまった。


「はー、ナオヤさんは何でも見通せるのに……信じられないくらい遠くのことが分かるのに……お姉様のことは全然見えていないんですね……」

「えっ?」

「もう、ちゃんとしてください! ナオヤさんから話があるとお姉様にはいっておきます。宴のときに話し合ってくださいね。いいですね、分かりましたか?」

「は、はい」

「さあ、もう祝賀会が始まりますよ。はやく支度してください!」


 今日はなんだかよく怒られる……。


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