第42話 末路
俺は玉座の男を真っすぐ見据えた。
いままでさんざん他人の射撃を後押ししてきたけど、自分自身で弓を引くのは初めてだ。俺は歯を食いしばって迷いを断ち切る。
これで終わる。樹海は救われる。これが俺の役割。
弦から指先が離れ……手元から飛び出した矢が皇帝の急所を貫いた。
目を見開いたまま絶命した皇帝。その体が人形のように崩れ落ちた。
広間が騒然とする。
一拍おいて、近衛兵たちが怒声をあげながら猛然と俺に向かってきた。
それを制圧するようにシャンテルが猛射を浴びせる。
<アリッサ、よろしく!>
アリッサの管制で、温存していた残りすべての液化ガス弾が城郭の向こうから発射された。
光魔法使いの魔力も加えられた特別製だ。淡いプラズマの光をまとった弾体がこちらに飛んでくる。堅牢な壁にぶち当たれば、氷弾の殻は割れ、四散した中身がプラズマと激しく反応するはずだ。
まもなく弾着――
重く低い爆発音が響く。
爆風で多数の近衛兵がなぎ倒されたが、健在の兵も少なくない。
大広間の壁に空いた大穴から空が見える。
<待たせたな。出番だ! 突っ込め!>
間髪いれずに開口から飛び込んでくる黒い影が多数。
クロと翡翠燕だ。頼もしい仲間たちが猛スピードで飛翔し、翼付き槍をほぼ水平に放った。
くぐもった呻きがいくつもあがる。
クロたちが去ったあと、大広間には折り重なる兵士の体が残されていた。矢よりも重い貫通力のある投擲具が鎧の隙間をぬって体に深く刺さり、これが致命傷となっていた。
近衛兵を失ったあと、軍総司令は、軍人らしく、しばらくの間シャンテルに抵抗していたが、最後は剣の打ちあいに敗れ、絶命した。
すでに降伏した数人の文官以外、この大広間に立っている者はもういない。
あとは最後の仕上げ……。
織田真莉菜と磯野香織が体を寄せ合い、床にうずくまっている。
俺は彼女たち二人にそっと近づいた。
「大丈夫か?」
二人はかなりの怪我を負っていて痛々しい。
案外優し気な声が口から出たので自分でも驚いてしまった。
「雑賀……助けてくれたの?」
「雑賀くん、ありがとう」
二人は安堵したように頬をゆるめたけど、すぐにそれが間違いだと気づいたようだ。
「雑賀、何してるの?」
「さ、雑賀くん、どうしたの? あぶないからそれ下してくれる?」
俺は二本の矢を番えた弓を二人に向ける。
そして既に取得済みの結晶核の位置情報を目の前の二人に合わせた。
「お前たちはもうこの世界にいないほうがいい」
「や、やめてよ、雑賀くん。冗談だよね? 何か怒ってるなら謝るから……」
「べつに怒ってないよ」
俺はさらに弓を引き絞る。
「アタシたち、こんなに怪我してるのよ? ねえ、雑賀、なんでもするから……許して……」
「悪いね、あきらめて。なるべく痛くならないようにするつもり……」
「さ、雑賀くん……お願い、やめて、私まだ死にたくない……」
だれだって死にたくないだろう。
いろいろ手遅れかもしれないけど、反省の気持ちがあるなら、もう一度初めからやり直せ。
「二人とも、生まれ変わると思えばいいさ……今度は真っすぐ生きられるといいな」
「ひいっ」「や、やめて!」
「さようなら――」
俺は最後にそう言い放ち、二本の矢を同時に射た。
高速の矢が狙いどおりに彼女たち二人の結晶核を射ち抜く。
「きゃああああ!」
破壊された二つ核からエネルギーの奔流があふれ出す。
一度突き刺さったように見えた矢は押し戻され、ポロリと落ちた。
そして、発光がさらに強くなる。
織田真莉菜の核は肩にあった。そこから噴き出す光の流れが彼女の上衣を破った。肩から胸のあたりにかけて素肌をさらけ出した彼女はいっそう悲鳴をあげ、慌てて胸のふくらみを隠した。
磯野香織の核は足にあった。やっぱり、それがスカートの下半分を吹き飛ばし、極端に短くなったスカートから彼女の白い腿が露わになった。
じっくり見るつもりなんてなかったのだけど、非現実的な光に浮かんだ彼女たちの白い肌が瞼に焼き付く。
まばゆい光が消えると、もうそこには彼女たちの姿はなかった。
彼女たちがどこに消えたのか俺には分からない。元いた学校の屋上に戻ったのか、それともまったく別の場所に転移したのか、確かめようもない。
★*★*★*★*★
大広間の片隅には、シャンテルに拘束された帝国の高等文官が数人。
そのなかに宰相の姿もあった。
クロたちの編隊を突入させたとき、あえて、宰相は攻撃目標から外していた。
「いいのか? ナオヤ」
「うん、拘束を解いてやってほしい」
シャンテルは不服そうだったけど、俺は帝国の宰相を自由にすることにした。
怒りにまかせて排除することは簡単だ。
でも、政治の機構を根こそぎ破壊してしまっては、戦後処理もままならない。
俺が見た限り、この宰相は帝国のなかではわりとまともな方だ。敗戦の後始末や復興の指揮をとってもらうのに適任と考えた。それに、外交関係の再構築も必要なので、彼に協力してもらおうと思っている。
シャンテルが縄を断ち切って宰相の拘束を解く。
彼は、特に感情的になることもなく、落ち着いた様子だ。
自分の生かされている理由が分かっているようだ。
「宰相殿、あなたが何をすべきか、分かりますよね?」
「う、うむ」
「両軍はまだ城下で激突しています。これ以上の争いは無益だと考えますが……」
「その点については同意見だ。皇帝が討ち死にしたことを公表し、降伏を宣言しよう」
「では、いますぐバルコニーまでご一緒願います。眼下の帝国軍に降伏を呼びかけて下さい」
「わ、わかった。やってみよう……」
皇帝の名代として宰相が降伏を宣言すると、戦闘はやがて収束していった。
激しい抵抗が予想されたけど、敵軍はわりとすんなり敗北を受け入れた。
植物使いの活躍も大きい。
彼女たちは戦場のまわりに伝導ヅタをはびこらせた。
そして、人の思念を伝えるその植物を利用し、敗北を認めて抵抗の意志を捨て去った敵兵だけを選別する。
恭順を示した敵兵に対する攻撃を一切中止したことで、武器を捨てる敵兵がどんどん増えた。
やがてほとんどの敵兵が捕虜になった。
こうして両軍の間の戦闘は完全に終結する。
★*★*★*★*★
ブリアナ女王とアリッサ、二人の王族が帝城のバルコニーの中央に立つ。
俺ははじめ隅っこの方にいたのだけど、アリッサに呼ばれて中央に立たされてしまった。
眼下には王国の全軍が集結している。
よくみれば、不思議なことに軍装でない集団も混じっていた。
シャンテルによれば、彼らは偵察班が引き連れてきた帝都に暮らす亜人住民たちだそうだ。
そういえば見覚えのある顔もある。三日月屋のドワーフ店主や俺に靴をプレゼントしてくれた猫耳の男がいた。
彼らは、どうしても攻撃に参加させてほしいと懇願してきた人たちで、避難を促したのだけど、帝城まで来てしまったらしい。王国側は、何度も断ったのだけど、ついに彼らは敵軍への突撃を始めてしまう。ありあわせの武器と持ち前の腕力でかなりの戦果を挙げたと聞いた。
ざわつく全軍に対し、ブリアナ女王がそっと手を挙げる。
喧騒が静まり、みんなの視線の女王に集まった。
そして、ブリアナは高らかに樹海王国の勝利を宣言する。
「うそじゃないよな!? 夢じゃないよな!?」
「俺達勝ったんだよな?」
「そうだ俺達は勝った。帝国に勝ったんだ!!」
「勝った……」「ほんとうに勝った!」
王国軍将兵が歓喜の声をあげて女王に応える。
足を踏み鳴らす音、地鳴りのような歓声が響いた。
「亜人の勝利だ」「やったぞ、帝国に勝った」
「仇をとったぞ、只人め、ざまあみろ!」
義勇軍も、帝国に虐げられてきた亜人住民も歓声を轟かせた。
もうみんなが誰かれ構わず、手をとりあい、抱き合い、背中にしがみつき、喜びを噛みしめ、健闘を称え合った。
やがて、一角から王族を称える万歳の声が沸き立つ。
「樹海王国ばんざーい!」
「ブリアナ女王ばんざーい!」「アリッサ様ばんざーい!」
「サイカ・ナオヤばんざーい」
あれっ?
俺の名を挙げる一団もいた。
射撃部隊の面々だ。なぜだか、みんな、俺の方を指さしながらニマニマしている。
恥ずかしくて、きまり悪そうにしていると、大笑いがひろがった。
「ナオヤさん、この勝利の最大の立役者なんですから、もっと堂々としていてください」
「そんな、こんな大勢の前に出たことなんてないんだよ」
「いいわけ無用です。ほら、背筋を伸ばして、手を振って応えてください。みんな、英雄の顔をその目に焼き付けておきたいんです」
「ええー」
俺がものすごく嫌そうな顔をすると、アリッサがクスッと笑った。
「ナオヤさんのおかげですよ、ありがとう」
アリッサの本当の笑顔がなにより嬉しかった。
歓喜の渦はしばらくおさまりそうにない。
しかし、これから樹海王国はたいへんだ。
帝国の勢力が失われたことで、周辺国との関係も変わってくる。
この世界全体の勢力はどんなふうになっているのかよく知らないけど、空白地帯が生まれれば、割り込もうとする勢力も現れるだろう。
できるだけ早く帝国を復興させ、友好国に変えるのが好ましい。
只人と亜人との相互不信、差別感情もできるだけ取り除いていく必要がある。
課題は山積みだ。
それでも、俺は王国の行く末を楽観している。
王族がしっかりしているし、働き者の民もいる。恵み豊かな樹海の森もある。
なんとかなるだろう。
ふと視線を感じたので横を向くと、アリッサが真顔で俺を見つめていた。
「それはそうと、ナオヤさん……」
「えっ、なんでしょうか?」
「さきほどはすいぶんと熱心にご覧になっていたようですけど」
「な、なんの話?」
「連接で繋がっていたのでわたしにも見えたんですよ。ナオヤさんの同郷人を元の世界に送り返すときの様子が」
ま、まずい……。
あのときのことが筒抜けだった。
何もやましいことはしていないけど、露わになった彼女たちの素肌をまったく意識しなかったといえば嘘になる。
「まさか、仕返しのつもりでわざとやったのではないでしょうね? ねえ、ナオヤさん?」
「も、もちろん。あんなふうになるなんて全然知らなかった」
わざとじゃない。本当だ。
しかも、あの場面はほとんど一瞬だったんだから、勘弁してほしい。
「まあ、いいでしょう。聞きたいことはまだほかにもありますので、お忘れなく。国に帰ったらゆっくりとお話ししましょうね」
「あはは……」
それにしても――
出逢ったばかりの頃のアリッサを思い出し、思わず笑みがこぼれた。
「なにかおかしいですか? 笑いごとではないのですが……」
「ああ、ごめん」
今のアリッサは以前の彼女とは大違いだ。
「あんなに泣き虫だったのに、ずいぶん強くなったって思っただけ」
「わ、わたしは泣き虫なんかじゃありません」
「そうかな? じゃあ、そういうことにしておくよ」
「もう、ナオヤさんは案外、意地悪ですね……あっ!?」
視界の片隅に黒い影が飛び込んできた。
クロたちが編隊を組み上げ、空を駆け上がっていく。
祝賀飛行のつもりかな?
もう一度上空を航過するクロたち。
くちばしに咥えていた何かを一斉に落とした。
「わー、ナオヤさん、綺麗ですね」
「雪みたいだな」
空一杯に白い花びらがひらひらと舞い降りる。
それを見上げる王国兵士たち。
またひときわ大きい歓声があがった。
ここまで読んでくださいましてありがとうございます。
たくさんの応援ありがとうございます。
この物語は一応の決着がつきました。
いいところ、悪いところなど、今後の参考にしたく、コメントいただけるとうれしいです。
あと三話となりましたが、どうぞ最後までおつきあい下さい。よろしくお願いします。




