第41話 帝城
爆風がおさまった。
「みんな、だいじょうぶか?」
「ああ、なんとかな。アリッサ様は?」
「うっ、耳が痛いです……」
連鎖誘爆で生じた大音響は、耳がいい獣人のみんなには堪えたみたいだ。
城郭が破壊され、無残な姿をさらしている。あたりには瓦礫が散乱していた。
爆心地からかなり奥まったところにそびえる帝城も部分的に損壊している。
そんな状況のなか、真正面の城門だけがかろうじて原型をとどめていた。
アリッサが首をかしげる。
「ナオヤさん、どうして、あそこだけ無事なんですか?」
「誘爆の直前、磯野香織が起き上がったのが見えた。彼女が小さめの障壁をとっさに張ったんだ」
彼女の周りにたまたま居合わせた兵士たちも助かったようだ。
独歩可能な十数人の兵士が逃げていく。
目を凝らすと、異世界人二人の姿もあった。
とっさに障壁を展開したとはいえ、爆圧を完全に防げたわけではないみたいだ。二人ともフラフラしているので負傷したのかもしれない。
「ナオヤさん、そんな顔しないでください。気にすることはないですよ。あなたを公然と蔑んだのですから、あの程度は当然の報いだと思います」
「そ、そうだね……」
アリッサは案外ドライなところがあった。俺はそこまで割り切れない。胸中は複雑だった。
織田真莉菜と磯野香織が兵士に抱えられて、煙と土埃の中に消えていく。
「ナオヤ、アレ、みえるか?」
「ああ、立ち上がらない方が良かったのにな……」
半壊した城壁の上に、立ち上がった弓兵が何人かいる。
果敢にも応戦の構えを見せた。
「気の毒だけど……」
クロたちが高空から目標に襲い掛かる。趾に抱いた翼付き槍が投下された。
手負いの弓兵たちは、なすすべもなく葬られた。
クロたちが伝送してくれた視覚情報を読み取ると、爆発は広範囲に及んでいることが分かった。
帝国第一軍も甚大な被害を受けている。城門のすぐ後ろに控えていたことが災いしたのだ。たぶん、健在なのは二千に満たないだろう。
王国軍にとっては好機。ここで一気に残敵を掃討したい。
王国の歩兵部隊に突撃が下令される。
これまで射撃部隊の守りに徹していた歩兵部隊を今度は射撃部隊が守ることになった。
「弓射隊は歩兵部隊を掩護しろ。残りの矢玉は使い切っていい。頼むぞ、ジーン」
「了解した」
二千の味方兵が城門を破ってなだれ込む。
弓射隊の射った矢がその頭上を飛び越えていった。
★*★*★*★*★
石畳を叩く足音がジメジメした薄暗い地下通路に響く。
俺の前を軽快に駆けるシャンテル。
彼女が少しも速さを緩めずに首だけで後ろを振り返った。
「ナオヤ、分かれ道があるぞ。どっちだ?」
「右だ。右に行け」
俺はいまシャンテルと一緒に帝城へと続く地下通路を進んでいた。
この地下通路の存在は偵察班のフレッドが教えてくれた。彼はこの城に勤務していた衛兵だから、こういった事情に詳しい。
「皇帝の所在は分かりそうか?」
「いま情報が集まってきている。おそらく大広間だ」
だいぶ前から、植物使いたちが伝導ヅタを帝城内に伸ばしている。植物使いたちは、これを利用して城を歩く使用人などから思考を読み取り、皇帝の居所を探っていたのだ。
「たぶん重鎮や異世界人二人もそこにいる」
両軍の歩兵が帝城前で衝突しているところだけど、この戦争の帰趨はすでに決したといっていい。優勢な王国歩兵部隊がこのまま攻め続ければ勝てるだろう。
でも、味方に犠牲が出ていないわけではない。
もうこれ以上自軍に犠牲が出るのを見たくないし、戦争を少しでも早く終結させたい。
そう思った俺は、ついさっき、帝城に侵入し帝国皇帝を討ち取ることを決めた。
地下通路が終わり、帝城内に入る。
たまたま鉢合わせになった城の使用人らが恐怖で硬直する。
悪いとは思ったけど、俺たちは彼らの服を強引に奪い、変装した。
キャップをかぶったメイド姿のシャンテルが案外可愛い。
このまま正体がばれないように慎重に進む。
「ああ、このあたり見覚えがあるな。大広間はこっちだ!」
俺は、大きなバルコニーに沿って大広間を目指しながら、城郭の後方に待機しているブリアナに念話を送る。
<ブリアナ、液化ガス弾はまだ残ってる?>
<小型ですが予備のものが五発あります>
<使うかもしれない。準備しておいて>
<はい!>
アリッサにも先に指示を伝えておく。
<アリッサ、発射の際は射撃管制を任せるから、そのつもりで>
<わ、わかりました!>
さいわいなことに城内は混乱を極めている。誰何されるようなことはなかった。
シレッと城の使用人のような振りをしてどんどん進む。
「あそこだ。俺が召喚された場所」
俺たちは柱の陰に隠れながら広間の様子を観察する。
帝国の皇帝が玉座に掛けている。久しぶりに見る髭オヤジは相変わらず偉そうにしていた。
まわりには帝国の重要人物が集まっている。宰相、軍総司令、その他の貴族も確認できた。
やっかいなことに近衛兵も多数いる。
……そして、異世界人二人が冷たい床に転がされていた。
皇帝の冷たい目が容赦ない。まるで虫けらでも見るような感じだ。
「まったく、こやつらときたらとんだ期待外れよの。一か月も飼ってやったのに結局なんの働きもないとは……無駄飯ばかり喰いおって。この愚か者どもめ!」
織田真莉菜と磯野香織がキッと睨見返す。
負傷したところが痛むのか、表情を歪めている。だが、気力は失われていないみたいだ。
「この髭オヤジ! 好き放題言ってくれるわね。勝手に誘拐して、勝手に戦争に参加させてといて、負けたからってアタシたちのせいにするの?」
「勝てると思ったからこっちについたのに。あんなに差があったのになんで負けるかな? ほんっと情けない軍隊ね。これなら雑賀君について行った方がマシだったわ! だいたい……」
彼女たちは空気も読まずに言いたい放題である。
が、俺は、帝国軍総司令が近衛兵に目配せしたのを見逃さなかった。
意図を汲んだ近衛兵が彼女たちに近づき……なんの躊躇いもなく、彼女たちの腹をつま先で蹴り上げた。――
「ぎゃああ」「げぼっ」
苦痛でうずくまる織田真莉菜と磯野香織。
軍総司令が感情のない目をして吐き捨てる。
「この役立たずども! 皇帝陛下の御前だ。不敬にもほどがあるぞ。最後までゴミだったな」
彼女たちはもう完全に見捨てられたらしい。
このまま殺害されてもおかしくない。
重鎮のなかでただ一人、宰相が慌てた。
「総司令、ま、待つのだ、短慮はいかん! へ、陛下、進言いたします。異世界人を傷つけるのは好ましくありません。講和の取引材料に、」
「もうよい、宰相よ。その者たちの失敗により、帝国軍は深手を被った。責任はとらねばらならないだろう。総司令よ、その女二人を始末せよ」
「総司令、ま、またれよ!」
近衛兵が剣を抜く。
織田真莉菜と磯野香織が恐怖にかられ、床に尻をつけたまま後ずさりした。生まれて初めて本当に命の危機を感じたのだろう。幼い子供のように泣き始めた。
さすがにもう見ていられない。
個人的に彼女たち二人にはいろいろ思うところもあるのだけれど、このまま見殺しにするのは忍びなかった。
俺は弓を手に取る。
「ナオヤ、なにも、お前が出なくても……私がやるぞ?」
「いや、異世界人である俺の方が適任だ」
シャンテルが只人である皇帝を討ち取れば、あとあとに禍根を残すかもしれない。
俺は、覚悟を決め、柱から静かに出た。
弓を構えて帝国皇帝に狙いを定める。
近衛兵がやっと侵入者に気づく。だが、もう遅い。
俺は大声で叫ぶ。
「皇帝ベルハイム、一言だけ言っておく。敗戦の責任をとるのはお前だ!」