第40話 総攻撃(2)
味方弓射隊の快進撃が続く。
敵弓兵を順調に削り、残りは二十を切りそうだ。
しかし――
「ナオヤさん、見て下さい。あれ」
アリッサが指差す先には異世界人の二人がいた。ついに城壁上に現れた。
盾に守られた織田真莉菜と磯野香織の二人だ。
両方とも、ものすごい形相でこちらを睨んでいる。
何か喚いているようだけど、離れているのでよく聞こえない。
どうせたいしたことは言っていないので気にしない。
が、楼閣に登った織田真莉菜が俺の方を指さしながら、大声をあげた。
魔道具を使っているらしく彼女の声はここまで届いた。
「雑賀! アタシたち、完全に怒ったわよ。生まれてきたことを後悔させてやる。さっさとくたばれ」
いちいち相手にしたくなかったけど、シャンテルにつつかれた。なんか言い返せという意味らしい。
しかたがないので、そばにいた風魔法使いに頼んで俺の声を運んでもらう。
「以前言ったはずだぞ? 敵対することになっても恨むなよって。もう、忘れたのか?」
「なにを偉っそうに、いいかげん黙れ、この低能!」
ブチ切れる織田真莉菜。
腕に巻いた包帯が痛々しい。
そこへ磯野香織も加わった。
「雑賀君、ほんっといい加減にして。ハズレの役立たずが目障りなのよ!」
この二人、手に負えないぜ。かまったのが失敗だった。
以後、無視を決め込むことにしたのだが――
こっち側で思わぬ人が切れた。
アリッサが息をためて大声をあげる。
「ナオヤさんは、ハズレの役立たずなんかじゃありませーん!」
普段おとなしめの彼女がこんなに大きな声を出せるとは思わなかった。
びっくりだ。
「雑賀君、なにその女? 私に振られたからって、そんな下等な亜人の女と付き合ってるの? 野蛮人どうしお似合いね」
ああ、ダメだ。
帝国の価値観に染まっている。救いようがない。
「あ、あのアリッサ、落ち着いて。アレの言うこと気にしないでね……」
「ナオヤさん? あの女性の言っていることは本当ですか? あの方はナオヤさんの想い人?」
「ち、ちがう。そんなはずないから!」
気にするのそこ?
俺は完全否定したのだが、アリッサは――
「そうですか……その件はあとでお話ししましょう。とりあえず、あの方たちは遠慮なく叩かせていただきます」
にこやかにそう言う彼女を見て周りがちょっと怯えた。
城壁を見遣る。
織田真莉菜と磯野香織がこんどは帝国軍の指揮官となにやら揉めている。ほんとうに忙しい人たちだ。さっさと本気を出せ、とか言われているんだろうか?
そして――
磯野香織がさっそうと進み出る。
キッとこちらを睨み、腕を掲げた。
彼女の魔力が膨れ上がる。
「ナオヤさん……」
「あれが磯野香織の全力か……」
「ナオヤ、どうする? 想像以上に大きいぞ」
ついに魔法の障壁が展開された。
直径百メートル近い半球が南門周辺を覆いつくす。
磯野香織がフンと鼻をならし、勝ち誇ったような表情を浮かべた。
さらに、帝国軍の隠し玉も登場。二百近い火魔法使いが城壁上に並ぶ。
障壁が張られて安全になるまで控えていたのか……。
いかにも我が身がかわいいエリートらしい。
磯野香織の障壁は思ったより強力だった。
「ナオヤ、矢が通らないぞ!」
王国の弓射隊が矢を猛然と射ち込むが、カチンとはね返される。
魔法隊の攻撃も効かない。傷ひとつ付けられなかった。
一方――
「みて、ナオヤさん。敵の弓射はすり抜けました。こっちに向かって来ます」
「そんな……反則だろ……内側からは透過するのか」
磯野香織の障壁は内から外への自軍の攻撃を妨げなかった。
悪いことに、障壁が張られたことで、敵弓兵との経路もプッツリと切れた。
もう外乱は効かない。敵陣から飛んでくる矢が正確にこちらに落ち始めた。
「ナオヤさん、火魔法使いが……」
帝国のエリートたちが障壁に守られながら、魔力を高め、火炎をためていた。
もう放射される寸前だ。
魔法隊の隊長デラが水属性、氷雪属性の魔法使いを投入する。
「来るぞ! 冷却幕を張れ」
百条以上の火炎がこちらに向かって伸びてきた。
火炎の奔流は厚い冷却幕に当たり、激しく熱を散らす。
唯一の対抗手段が火炎を押しとどめるが、勢いを殺しきれない。
前衛の兵士の何人かが獰猛な炎の渦を受けた。慌てて、燃える皮鎧を緊急脱離させる。
よかった。火傷はたいしたことないようだ。
が、デラが悲痛な面持ちで進言する。
「ナオヤ殿、アレはそう何度も防げない。このままでは犠牲がでる。一時撤退しないか?」
「くっ……」
ここで後退すれば、せっかく苦労して運んできた液化ガス弾を置き去りにすることになる。決戦兵器を使う機会を失ってしまう。
「イヤ、一気に攻める。光電班、出番だ! 訓練の成果をみんなにみせるんだ!」
「はい!」「ハイ!」
光魔法使い、雷魔法使いがはじかれたように前に出る。
以前は戦力外を通告されていた狸獣人、狐獣人の少年少女たちだ。やっと活躍の機会が回ってきた彼らは使命感に燃えている。
「重荷電粒子、射出用意!」
「はい、液体金属、供給はじめます」
「目標は『磯野香織』だ。集束レンズ作動、引き出し電圧印加始め!」
「引き出し最大です」
「よし、落ち着いていくぞ、訓練どおりだ。用意……射て!」
発射の合図で重荷電粒子が一直線に射出された。淡いプラズマの尾が伸びる。
高エネルギーの粒子線束が磯野香織の障壁にささる。衝突点がわずかに歪んだ。
「ナオヤ、どうだ?」
「偏向器作動、もうちょい下だ。それにまだ出力が足りない」
「ナオヤ様、これ以上、あがりません」
「いっぱいまで引き出せ。線束をもっと絞れ、頑張れ!」
加速された集束荷電粒子が障壁上の一点に衝突し続ける。
「弓射隊ジーン、衝突点に矢玉を叩き込むんだ!」
「了解」
効果があるか分からないけど、矢玉も射ち込んでみる。
なかなか破れない。
アリッサが城壁南門のあたりを指しながら、悲痛な声をあげた。
「ナオヤさん、アレ……火球が昇りはじめました。大きいです、あんなの……」
ついにきた。織田真莉菜の『極火炎魔法』だ。
火球がどんどん大きくなる。
あんなデカいのを喰らったら……
「ナオヤ、まだ破れないか?」
「もう少しだ。衝突点が高温になっている」
「ナオヤ様、みんなの魔力が残り少ないです」
光電班の魔法使いたちが気力を振り絞る。
もともと魔力が少ないのでもう限界が近かった。
「あと少しだ。あきらめるな! 叩き続けて壊れないものはない!」
障壁を展開している磯野香織が苦悶する。
障壁がちょっとずつ小さくなり始めた。
さすがにこの大きさの障壁を維持し続けるのはキツいらしい。
そして、ついに――
「パリン!」
集束荷電粒子の流れが障壁を突き破った。
粒子線束は突破時に散乱し、いくつかの照射線に分離した。その一つが磯野香織を穿つ。
「ぎゃああああああ!」
彼女の絶叫とともに、障壁は消失した。
「香織ー!」
火球を支える織田真莉菜が倒れた親友の名を大声で呼ぶ。
そして、こちらに顔を向けた。彼女の瞳に憎悪の炎が宿る。
「雑賀ー! よくも、よくもやってくれたな。これでも喰らえ」
火球がさらに膨張し、浮き上がり始めた。
臨界を迎え、投射される寸前。
「ナオヤさん、こちらは準備よしです」
「魔法隊もいいぞ」
王国最強の氷雪魔法使いブリアナ女王とデラが王国の決戦兵器『液化ガス弾』の発射準備完了を告げる。
「了解。目標、『織田真莉菜』直上の火球! 一斉に……射てッ!」
王国すべての魔法使いが一気に魔力を開放し、液化ガスを詰め込んだ氷弾の大玉二百を打ち上げた。
高速回転を加えられたほぼ真球の液化ガス弾が空気抵抗を受けながら大きくカーブする。
多数の液化ガス弾が複数の方向から一斉に巨大な火球に襲い掛かった。
まもなく、着弾……そのとき、時間が一瞬だけ止まったように感じた。
「みんな、伏せろー!」
閃光が走り、爆音が轟く。衝撃波で地面が揺れた。




