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第4話 クラスメイト

 その日の晩。


 召喚の儀のあと、不機嫌そうなメイドに粗末な部屋に案内された。なんだか力が抜けてしまい、少し眠り込んだ。起きたときはもう辺りは暗くなっていて、部屋には月明かりが差し差し込んでいた。


「はぁー、まだ疲れが残っているな」


 スキルを使ったあとは心身とも疲労困憊といった感じだ。

 とりあえず部屋から出てみようと、扉の取っ手に手をかける。

 鍵は……かかっていない。

 軟禁されているかもと心配したけど、そんなことはなかった。

 出歩いてもいいみたいだ。

 というより、俺には何の興味もないのかもしれない。


 廊下に出ようとすると――


「きゃっ」


 扉の向こうにいた人とぶつかってしまった。

 咄嗟とっさに謝る。


「あっ、すみません」

「ううん、わたしが突っ立っていたから、こちらこそごめんなさい」


 磯野香織いそのかおりだった。

 いままですっかり忘れていたけど、昼休み、校舎の屋上で告白を受けたことを思い出す。


「あ、あの、雑賀君。ちょっといいかな。お話がしたくて」

「あ、うん……」

「ここじゃ話にくいの。場所を移さない? このお城に眺めのいいところがあるのよ」


 そう遠くない大広間から賑やかな声が聞こえていた。

 磯野香織いそのかおりは、歓迎の催しを途中で抜け出してきたらしい。


 彼女についていくと、大きなバルコニーに出た。城郭の向こうには草原が広がっていた。

 月明かりが磯野香織いそのかおりの可愛らしい顔を照らす。


「あ、あのね、雑賀君……昼間のことだけど……あれね……」


 磯野香織いそのかおりはそれきり言葉に詰まり、うつむいてしまった。


 これ以上、恥ずかしい思いをさせてはいけないような気がして、俺のほうから話を進めてみる。


「あの、磯野さん。気持ちは嬉しかったです。けど、いまはこんな状況だし、元の世界に帰れたら、そのときは……友達から始めるということで……どうかな?」

「ううっ…………」


 磯野香織いそのかおりは、下を向いたまま肩を震わせ、懸命に感情を押し殺している様子だ。

 しまった。気遣いが足りなかったかな。

 ただでさえ、現実離れしたことがいろいろ起こっているのだ。情緒不安定になっていても不思議じゃない……


「あ、あの――」


 なにかフォローを入れようとしたところ、柱の陰から大笑いが起こった。


「えっ?」

「ハハハハ! まじウケるー。お腹よじれるわー。雑賀さいかって自意識過剰すぎー」


 織田真莉菜おだまりなが唐突に現れた。


香織かおり~、はやくネタばらししてあげなさいよ。いくらなんでもコイツかわいそすぎるっしょー」

「ん? 磯野さん……」


 磯野香織いそのかおりは、肩を震わせ、懸命に抑えていた……笑うのを……


 あー、そういうこと――。

 この二人に騙されていたのか。

 どうりで……最初からチグハグな感じがした。何か変だなとは思っていたのだ。

 それにしてもねー。この非常時にこのやり口……


「ご、ごめんなさい。雑賀君。悪く思わないでね。わたし、罰ゲームで負けちゃって……突然、こんなところに飛ばされたでしょう? ネタばらしする暇がなくって」

「あっそう……」

「でもねぇ、わたしがあなたのこと好きになるなんてありえないでしょ? イタズラだって早く気づきなさいよ。おかげで息が止まるかと思ったわ。アハハハ……」


 よっぽどおかしかったのか、磯野香織いそのかおりの笑いが止まらない。

 そんなに面白いなら、そのまま笑い死ねばいいのに……


 まだイジりたりないのか、織田真莉菜おだまりなが追い打ちをかける。


「雑賀~、よく考えなさいよ。アンタと香織かおりが釣り合うわけないでしょ? 将来性ゼロの孤児こじのくせに」


 普段温厚な俺もさすがにムッとした。声の調子が一段下がる。


「それがどうかしたか?」

「きゃーこわい。だめねー親なしは、教育がなってなくて。蛮族と同じだわ」


 最低だ、この女。


真莉菜まりな、そんなこといったら失礼よ。こんなのでも年齢だけ見たら先輩なんだから……」


 たしかにそのとおり。そう、全部事実だ。

 俺が小学生に上がる前、両親は事故でなくなった。

 そのあと、唯一の親戚である伯母に引き取られたけど、母親代わりに優しくしてくれたその人も俺が小学生のときに病気で他界した。

 それから今に至るまで擁護施設でお世話になっている。

 俺自身も事故で大けがを負ってしまい、リハビリのため、進級が遅れた。

 なんだかんだで、同学年のみんなより二歳年上になる。


 でも、だから、なんだっていうんだ?

 全部不可抗力だったし、俺たち家族になんの過失もなかった。

 ほんの少しも後ろめたい気持ちは持っていない。

 父親が名付けてくれたこの名前のとおり、真っすぐ生きてきたつもりだ。

 おまえたちとは違う。そんなねじ曲がった根性はしていない。


「ひとつ聞くけど、こんなことして何が楽しいんだ?」

「楽しいわよ、アンタみたいな底辺をからかうのは」

「雑賀君も楽しかったでしょう? 少しでも夢を見られてよかったじゃない。ボッチなあなたがわたしみたいな人気者と話せたんだから」


 だめだ、思考形態が異次元過ぎてまったく理解できない。

 こんなくだらない悪ふざけ、非常時にするようなことじゃない。


 孤児みなしごだということで陰口をいう人はこれまでもたくさんいた。

 だけど、ここまであからさまなのは初めてだ。


「わからないよ。立場の弱い者を虐げて楽しいという感情が湧くのか?」

「雑賀君、なあに? 正義の味方のつもり? 弱者というなら、私たちはか弱い女子よ、だから大事にしてちょうだいね」

香織かおり~嘘言ったらだめよ。あたしたちはコイツより強力なスキルがあるでしょう。か弱くなんかないわよ」


 まったくかみ合わない。

 どうしようなく怒りが込み上げてきた。

 女子二人に対しての怒りももちろんある。けど、それよりも、己の人を見る目のなさに腹が立った。

 織田真莉菜おだまりなはともかく、磯野香織いそのかおりまでがこんな性悪だとは正直思わなかった。


 ああ、そうか。

 ふと、俺の鑑定の場面を思い出す。

 あのとき、磯野香織いそのかおりはなぜか俺のことを気にしていた。ちょっと変だと思ったけど、いま得心がいった。

 あれは俺に対する心配りとかではない。

 俺のスキルがもし強力だったら、どうしようかと心配していたのだ。

 いや、もし強いスキルだったら、俺にどうやって擦り寄るか算段を立てていたのかもしれない。

 いずれにしろ、ぞっとする話だ。気が付かないほうがよかった。

 この女子、最低を通り越して、腐りきってる。


 そう思って、いまあらためて二人の顔をみてみると、ねじ曲がった根性がいい具合ににじみ出ているのが分かった。確かに整ってはいるけど、ニヤニヤと下卑た表情が気持ち悪い。


 もう心底、この二人とは関わり合いたくない。

 でも、残念なことに、今後の方針についてはまだ二人と話せていない。今回の悪ふざけとは別の問題だ。どうしても、二人の考えは聞いておく必要があった。


「なあ、不愉快な出来事は一時おいておくとして、別の話をしたい。二人はこの国に協力するつもりなのか?」

「あらなに、雑賀君? 急に真剣になっちゃって。そうね、わたしは、しばらくこの国でお世話につもりよ。お姫様のように扱ってもらえるし――。真莉菜まりなはどう?」

「あたしも協力しようと思っているよ。報酬も沢山貰えるらしいし、野蛮な亜人どもが消え去れば、この地に恒久の平和が訪れるってあの髭オヤジが言ってたじゃん」


 マジか!? あの都合のいい話信じたのかよ?


 お偉いさんたちいわく、

 亜人蛮族は、知性が低く、信仰心もない。説得にもまったく応じようとしない。

 亜人蛮族は、この地に動乱を起こそうと画策している。

 我が国の和平使節団は、先日から消息を絶ったまま。下劣な亜人蛮族によって消し去られたとみるのが相当。

 和平の道はすでに閉ざされている、などなど。


 全部、嘘くさい。


「織田さん、磯野さん、一方の話だけ聞いて判断するのはよくないよ。事実を確認してから決めた方がいい」

「そんなこといってもしかたないじゃない。あたしたち、蛮族とかいうのを倒さないと、元の世界に返してもらえないんだから。戦争が避けられないなら、確実に勝つ方につくわよ。そうよね、香織かおり

「ええ、そうよ、真莉菜まりなのいうとおり。わたしたちはこの金持ちの帝国側につくわ」


 おめでたい頭だ。そもそも、帰還の方法があるいう話が怪しいじゃないか。

 仮に方法があったとして……あんな約束あてになるかよ。

 この国は信用できない……。


「よく考えろよ、二人とも。早い話、使い捨ての便利な傭兵ってことだぞ。俺は、この国に加担するつもりはない。領土拡張の片棒を担ぐなんてまっぴらだ」

「えー、雑賀君、何言ってるの? あなたはハズレスキルを引いた役立たずなんだから、戦いに参加できるわけないでしょ?」

「アンタ、その弱小スキルで何ができるっていうの?」


 くっ、好き放題いってくれる。

 俺は、このスキルがハズレの役立たずだなんて思っていない。

 いまはまだ方法が分からないけど、このスキルは――


「絶対、何かできることがあるはず。きっとすごい運用の仕方がある」


 けど、この女子二人にはただの強がりにしか聞こえなかったらしい。


「プッ、アンタ、最後まで笑わせてくれるわね」

「いきがちゃってバカみたいね、ド底辺君」


 俺の考え方がおかしいのか? もう分からなくなった。

 ただ、これだけは間違いない。

 この女子二人とは、どこまでいっても平行線……。


 最後に一言だけ――


「これで、お互いに敵対することになっても恨みっこなしだ。悪く思うなよ」


 織田真莉菜おだまりな磯野香織いそのかおりが爆笑する。


「アホらし、あたしの『極火炎魔法インフェルノ』にかなうとでも思っているの?」

「バカみたい、わたしの『障壁展開シールド』は破れない。勝つのはわたしたちよ! 現実を見なさい」


 俺の言葉はとうとう届かなかった。

 完全に決裂だ。俺はこの国と決別することを決めた。

 彼女らに背を向けてその場を離れたら、向こうから若い魔法師が近づいてきた。

 いわゆるイケメンっていうやつだ。俺のことは路傍の石ころとでも思っているか、素通りして女子二人に声を掛ける。


真莉菜まりな様、香織かおり様、こちらにいらっしゃいましたか。心配しましたよ。みなが待っています。さあ、宴の会場へ戻りましょう」

「はーい、用は済んだわ、行きましょう、香織かおり

真莉菜まりな、魔法師さんにそんなにくっつかないでよ」

「いいでしょ、早い者勝ちよ? ほかにもカッコいい人いっぱいいるわよ」

「その人がいいの!」


 背後でこんな会話が聞こえた。

 この歪んだ女たち、この国ごと、さっさと滅びればいいのに……

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