第37話 交渉(1)
両軍の間で一時戦闘停止の合意がなされる。
帝国の思惑は分からない。
でも、いまは王国側も時間稼ぎが必要だった。
いろいろと揉めたけど、結局、俺たちは交渉に応じることにした。
戦場となった大広場には、停戦合意に基づき、両軍から所定数の兵員が派遣された。
それぞれ、自軍の負傷者の収容を慌ただしく進めている。
そのドサクサに紛れて王国の兵員は矢玉を拾い集めていた。矢玉が不足しているので、使えそうな矢をできるだけ回収するようにお願いしていたのだ。また、特命を帯びたある者たちがこっそりと城壁付近まで進出した。
指定された会談の時刻が近づく……。
「じゃあ、行ってくるよ」
「ナオヤさん! やっぱりわたしは反対です。危険すぎます。何もあなたが行かなくても……。せめてもっと護衛を増やせないんですか? 心配です……」
俺が交渉に出向くのを一番強硬に反対したのがアリッサだった。
「しょうがないよ。向こうは俺を指名したんだから……それに同行人員も制限されている。まあ、シャンテルが一緒だから大丈夫だよ」
「それはそうなのですが……シャンテル、いいですか、くれぐれも頼みますよ」
シャンテルが胸をポンとたたく。
「おまかせ下さい! お忘れですか? 私はもともと剣士です。帝国の只人なんぞにひけをとりません」
「あなたが強いのはもちろん知っていますよ! ですが、シャンテル。決して油断しないでください! 帝国軍は何をするか分からないのですから」
「ま、まあ、本音のところでは私も敵地に近づくのは気が進まないのですが……ナオヤには何か考えがあるようなので……はぁ、はい……」
アリッサの真剣さに気圧されるシャンテル。
二人のやりとりはときどき可笑しい。
そこへ珍しくブリアナ王女も加わった。
王国最強の氷雪魔法使いは、今回、氷弾の管理にかかりっきりだ。
そのため、ほとんど戦闘に参加していなかった。
「お姉様、ナオヤさんのこと、そこまで心配しなくてもいいかと思いますよ」
「どうしてです、ブリアナ?」
「大賢者が残した魔法書には、異世界人を故意に殺めると、その後のすべての召喚魔法が失敗すると記載されています。ナオヤさんを体よく追い出したのも、下手に手を出すわけにはいかなかったのではないでしょうか。そういうわけで、よほど帝国が追い詰められない限り、暗殺を実行する可能性は少ないと思いますよ」
「そ、そうでしたか……」
「黙っていてすみません。ナオヤさんがこれを聞いて無茶をしたり、油断をしたりするといけないと考えたものですから……」
「いいのです。教えてくれてありがとう」
とにかく、そろそろ、指定の時刻だ。
できる限りのことはやってみよう。
★*★*★*★*★
馬に揺られながら両軍の中央を目指す王国交渉団。
移動の手段はとくに指示されていなかったので、急遽、輜重隊から軍馬を借りた。
こちらの交渉団は、俺とシャンテルを含めて総勢十名だ。
「なあ、ナオヤ、こっちの彼女たちは植物使いだから見覚えがあるんだか……そっちのフードをかぶったのは誰だ?」
「ああ、この人は……」
俺がそう言いかけたところ、シャンテルが指差した先の人物がフードを外した。
「王宮で何度かお会いしたことがありますね、エルフのシャンテル」
「あっ……し、失礼いたしました」
シャンテルが急にあらたまる。
ローブを纏った人物は、王国で最高位の魔法使い、魔法師長だった。
以前、俺の体内から結晶の核を取り除いてくれた人だ。
異世界人が持つ結晶核の位置を探ってもらうために交渉団への同行をお願いした。
帝国側には、異世界人二人を交渉の場に連れてくるようにと条件を出した。
元クラスメイトが必ず現れるはずだ。
結晶核の話題になると、シャンテルがどこか神妙な面持ちになった。
「な、なあ、ナオヤ。こんな時になんだが……やっぱり、お前は元の世界に帰ってしまうのか?」
「ええと……」
一瞬、質問の意味が分からなかった。
ああ、そういえば――
俺が元の世界へ帰還できないのを周りは知らないのだった。
自分の結晶核はすでに除去されている。
このことを知っているのはごく一部、ブリアナ女王と、そして、魔法師長だけだ。
秘密にするにようにお願いしていたので、アリッサさえも知らなかった。
俺が答えに窮していると誤解したのか、シャンテルは――
「す、すまない、ナオヤ、こんなときに。どうか忘れてくれ。いまはそれどころではなかったな。さあ、もうすぐ指定の場所に到着だ!」
★*★*★*★*★
両軍の中央付近、指定の会談現場。
俺達は帝国側の交渉団と相対している。
「サイカ殿、御無沙汰しておりますな」
驚いた。いきなり宰相が出てきた。
帝国側の交渉団を率いていたのは政務の最高責任者だった。
「お、お久しぶりです。まさか宰相閣下がいらっしゃるとは……」
「この交渉にかける帝国の意気込みだとご理解いただきたい」
しかし、帝国交渉団は八人。肝心の二人がいない……
「ところで、残りの二人は?」
異世界人の二人、織田真莉菜と磯野香織が見当たらない。この場に連れてくることが必須の条件だったはずだ。
「約束を守っていただけないなら、俺達は交渉に応じるつもりはありませんよ」
「ナオヤ、もういいだろう。これが帝国のやり方だ。やはり只人は信用できない。さっさと引き返そう」
さっきからシャンテルが相手を睨め付けている。機嫌も悪い。
聞いてはいたけど、只人に対する不信感は相当なものだ。
「お、お待ちください。サイカ殿。マリナ殿とカオリ殿の二人はただいま準備中とのことで遅れています。いましばらく、ご猶予を……」
宰相が気の毒になるくらい低頭平身して不手際を詫びる。
まあ、嘘は言っていないようだ。帝国側は異世界人二人を持て余しているようにも思えた。
あのバカ女たち、どこまで人に迷惑かけるんだよ。
それよりも――
俺には気になることがあった。帝国交渉団にローブを纏った魔法使い風の男がいる。
その男がフードの奥から俺のことをジッと見つめる。
そばに控えている魔法師長が俺に注意を促す。
<ナオヤ殿、そのローブの男、帝国のなかでも高位の宮廷魔法師です。おそらく目的は私と同じかと……>
敵も考えることは同じだったか……
やつらは俺が宿している結晶の核の位置を探ろうとしている。
核を破壊して俺を強制退場させるつもりだ。
まあ、肝心の核はもうないのでその目論見は無駄なんだけど……。
とにかく、そっちがその気なら、俺たちも隠し技を仕掛けてやる。
交渉団に同行させた植物使いがそっと俺に伝える。
<ナオヤ殿、伝導ヅタの成長は順調です。まもなく足元のあたりに届くかと……>
日の出のときに蒔いた種が発芽し、大きくなった伝導ヅタが城壁をはっていた。
注意深く見ないとわからない。
もともと何種類かのツル性植物が絡んでいたので目立たずにすんでいる。
それに、さっきの負傷者収容作業に紛れて、複数の植物使いが強力な魔力を地面に流し込んだ。それが伝導ヅタの支柱根の成長を促している。ツタの根は地面の下を進み、もうこの辺りまで来ているそうだ。欲をいえば、アリッサたちのいるさらに後方の王国陣地まで届かせたい。
<ナオヤ殿、私たちで魔力を地下に供給しています。もうしばらく時間を稼いでください>
<わかった。がんばれ>
もう少し時間が必要だ。
どうかバレませんように……
★*★*★*★*★
城門から二頭の馬が近づき、後ろに乗せた二人を降ろすとまた戻っていった。
この場に似つかわしくない派手な格好をした二人の女がだるそうに歩いてくる。
やっときた。
一月ぶりにみる元クラスメイトの二人組、織田真莉菜と磯野香織だ。
帝国宰相がどこかほっとした顔を見せる。
「マリナ殿、カオリ殿、どうぞこちらへ」
「なによー、こんな朝早くから! 迷惑よ。髪型も決まってないし、メイクも途中だったのよ!」
「真莉菜は朝から元気ね。私、まだ眠くって……」
バカ女二人組の理解しがたい言動にめまいがした。
「宰相閣下、準備というのはこんな下らないことだったのですか?」
「そ、それが……」
宰相が言い淀む。
こんなバカ二人の面倒をみるハメになった敵国宰相をほんの少しだけ気の毒に思った。




