第34話 義勇軍
ゆっくりと開きはじめる城門。
扉にできた隙間の向こうには帝国軍の兵士の姿があった。
すぐさま突っ込んでくるかと思われたけど、そういうふうにはならなかった。
敵指揮官は冷静らしい。
敵の歩兵は整然と城壁に沿って横方向に展開し始めた。
朝日が昇り、地面を照らす。まだやわらかい光だ。
うまくいくかどうかはわからないけど、王国軍には一つ試してみたいことがあった。
俺は鞄から小袋を取り出す。
「デラ、これを……」
「ああ、例のあれか。任せてくれ。植物使いはここに集まれ!」
デラに渡したのは、樹海産の不思議植物、伝導ヅタのタネ。
開戦準備中、みんなで一生懸命ひろい集めたものだ。
植物操作スキル、植物育成スキル持ちの植物使いたちは、大豆のような見た目のタネを受け取ると、成長を促す特殊な魔力をじっくりと込め始めた。
そばで様子を見ているシャンテルが少し揶揄うように言う。
「ナオヤ、気をつけろよ。いつぞやみたいにお前の思念をだだ漏れにするな。恥ずかしいからな」
この特定変異種のツタには、一端に触れている者の思念を他端にいる者に伝搬する作用がある。俺は、以前、この伝導ヅタのせいで痛い目にあったことがあるのだ。
「わ、わかってる。思念の調整の仕方は十分練習した」
王国軍がやろうとしているのは、敵に対する射撃妨害。
敵射手のまわりに伝導ヅタを繁茂させ、射手の足に絡ませる。
俺がこの不思議植物を介して外乱因子を敵射手に送れば、照準を狂わせることができる。
アリッサが期待のこもった目で俺を見上げる。
「ナオヤさん、うまくいくといいですね」
「たぶん、だいじょうぶだよ。シャンテル相手に実験したときは成功したからね」
シャンテルは、近頃では俺の補正なしでもかなりの命中率を誇るようになっていた。
ずっと俺のそばにいたことで変な癖が矯正されたのかもしれない。
でも、そんな彼女も、この外乱を受けると射撃が全く当たらなくなった。
どんなに修正してもズレる。彼女は、どんどん不機嫌になり、しまいには、泣き出しそうになってしまった。あとで宥めるのが大変だった。
植物使いの一人から声がかかる。
「ナオヤ様、魔力の充填が終わりました。十分な水と光があれば、一気に成長するでしょう」
「みんな、ありがとう!」
まわりと協力して大事なタネを小分けにして包み、航空部隊に受け渡す。
「クロたち、頼むぞ! 城壁のまわりにバラまけ! なるべく土があるところを狙うんだ」
短く応えたクロとその仲間の燕たちは散り散りに空に舞い上がり、大きく迂回するように城壁に近づくと、目立たないようにタネを落とした。
「ナオヤ殿、こちらも準備いいぞ」
「それじゃあ、デラ。よろしく」
「了解だ。いいな、水魔法使いは、タネの投下点付近に着弾するように小水球をばら撒け!」
敵は俺たちがいまなにをやっているか分からないと思う。
貧弱な水弾攻撃が繰り出されるのを見て、小馬鹿にしたように笑っている者もいた。
敵陣の一部にも水がかかったけど、たいして気にするでもなく、鬱陶しそうに雫を払いのけるだけだった。
植物使いの一人が嬉しそうに報告する。
「ナオヤ様、無事に発芽しています」
「そう、よかったね。うまくいきそうだ」
ただ、まだ光が十分じゃない。大きく成長するまではしばらくかかるだろう。
アリッサが声をあげた。
「城壁の門が開ききりました」
敵はぞくぞくと門をくぐり、布陣が組みあがった。
中央をやや厚くした△型の魚鱗の陣だ。
一方、王国軍側は左右にV字型に広がる鶴翼の陣を敷いている。
敵軍はこちらの薄い中央を叩き、一気に突き崩すつもりのようだ。
敵の部隊は剣使いと槍使いが主力だ。弓使いも城壁の上に配置された。
最前列中央にいる指揮官らしい男と目が合う。
不敵な眼差し。
こちらの兵力をみて、勝利を確信しているようにも見える。
シャンテルが鼻の先で笑うような仕種をして、敵指揮官の視線を撥ねつける。
反骨心が沸き上がったみたいだ。
「小細工なしか……敵は数の力で我が軍をねじ伏せる気でいるな。のぞむところだ。そうだろ、ナオヤ!」
「ああ、分かりやすくていい。籠城されるよりもずっといい」
多勢対小勢。
いつか読んだ戦記物にあったセオリーとは違って、敵味方双方の陣形があべこべになってしまった。
でも、これでいい。
王国軍の主力は射手だ。いずれも一騎当千の強者。
射ち負けたりしない
にらみ合いがしばらく続く。
が、突然、敵指揮官から前進激励の鬨があがった。
それに呼応して雄叫びを上げる敵兵。
ざっと一万五千の敵が一気になだれ込む。
敵の前陣が完全にこちらの射程内に入った。
弓射隊の隊長ジーンが慌てることなく堂々と下令する。
「一斉射ち方、よーい、射てッ!」
味方射手の弓がうなる。
俺のスキルの制御を受けた矢が、こちらに突っ込んでくる敵兵に次々に吸い込まれた。
前列の兵がもんどりうって崩れ落ちる。その後列の兵も巻き込まれて倒れた。
俺の方も、頭がキリキリと痛む。
膨大な情報が頭の中を駆け巡った。処理することが多すぎる。
敵の未来位置、射手の占位位置、目標割り当て、個々の射線の修正量……。
俺がこれだけキツいんだ。
目標を捕捉し、追尾し続けている彼女はもっと苦しいはず。
「だいじょうぶ、アリッサ?」
「ええ、これくらい平気です。信じてください。まだまだいけます」
こんなに動きの大きい多数の動的目標に対処するのはアリッサにとっても初めてだ。
演算の大部分を引き受けてくれているアリッサに激しい負荷がかかっていることは間違いない。
弓射隊は相当な成果を挙げていた。
けれど、敵も手ごわい。
弓射隊とは別に独自に遊撃しているシャンテルが叫んだ。
「ナオヤ、矢が弾かれているぞ」
「まいったな……」
「ナオヤさん、敵も愚かではないですね。残念ながら単調な攻撃はいつまでも通用しません」
盾持ちの一団が前衛に躍り出て、射線上に立ちふさがる。
こちらが放った矢は盾に阻まれ、はね返ってしまっていた。
「ナオヤ、どうする?」
「魔法隊を投入しよう……デラ!」
射手一人に水魔法使いか氷雪魔法使いを一人つけ、ペアを組んでもらう。
「ナオヤ殿、魔法隊の再配置、いいぞ!」
「よし、デラ。魔法隊は弓射に先駆けて、水と氷の質量弾を飛ばしてほしい。小さくていい、魔力はできるだけ節約だ」
「承知した。魔法隊、各個に狙え。射ち方、はじめ!」
デラの下令に魔法攻撃隊が「おう!」と応え、魔法で作られた小球が所定のタイミングで発射された。弓射隊の矢玉が魔法の小球のあとを追う。
先行する高速の小球群が盾持ちに向かい、「タンタン」と盾の角っこを小さく打つ。
わずかに傾く盾。その隙を抜けて、後続する鋭い矢が敵に突き刺さった。
幾重もの盾で守られているはずの後列の兵が次々と倒れる。
盾持ちが信じられないといった表情を浮かべた。
だけど、それでも、敵の群れは前進を止めない。
味方の屍を越えて次々と押し寄せる。
帝国はすでに第一次攻撃部隊の半数以上を失っている。
にもかかわらず、まったく気にする素振りがない。そんなのは当たり前の犠牲だといわんばかりだ。
鬼気迫る敵の突撃。
さすがのシャンテルも慌てた。
「くっ、なぜ、止まらない」
歩兵が少ない王国軍にとって、最もイヤな展開だ。
こちらの前陣に飛び込んでくる敵兵もチラホラ現れ始めた。
王国の盾使いが体を張り、剣使いや槍使いが必死に応戦する。
しかし、弓使いが一人、魔法使いがまた一人と倒れ始める。
焦燥感が募る。
このままでは……
そんななか、俺とアリッサのそばに進み出てきた集団があった。
軍装が不統一で、どれも樹海王国軍のものとは異なった。
「樹海の姫君、指揮官殿、どうか、我々に任せてほしい」
彼らは、周辺諸国、地域から集まった義勇軍。
とうの昔に国の形を失い、いまは抵抗組織としてほそぼそと帝国に抗っている獣人たちだ。
義勇軍の指導者が言う。
「どうか、我々に行かせてくれ。帝国軍に突撃する」
俺は少しも考えることなく即答した。
「許可できません。混戦になれば、同士討ちになってしまう。ダメだ」
「いや、しかし、このままでは押し負ける。指揮官殿、我々のことは気にしなくていい。我らごと射ち抜いてもらって構わない。だから、突撃させてくれ!」
さらに指導者の補佐役らも口々に困ったことを言い始めた。
「あのなかにオレ達の街を襲った連中がいるんだ。見覚えがある。間違いない。家族の仇を取らせてくれ」
「我らに花を持たせてくれ、頼む!」
そんなやりとりをしばらく黙って聞いていたアリッサ。
決意に満ちた表情を俺に向け、静かに話し始めた。
「ナオヤさん、この方たちに賭けましょう。これ以上、射撃部隊を失うわけにはいきません。まだまだ敵の居城には大部隊が控えているのです」
「いや、でも……」
「射手すべてとクロさんたち航空部隊の視覚情報を余さずわたしに渡してください。敵味方識別はできます。たとえ入り交じっても味方には当てません。必ずやりとげてみせます。だから……」
「…………」
義勇軍の熱意とアリッサの真剣さに俺はとうとう負けてしまう。
もう頷くほかなった。
義勇軍の指導者が鬨の声をあげる。
「義勇軍、突撃!」
義勇兵が互いに互いを鼓舞する。
「いけー! 樹海の盟友がついてるぞ!」
「決して怯むな、押し返せー!」
敵の一団がたじろいだ。