第31話 開戦前夜(1)
最終章です。お楽しみいただけたら幸いです。
~登場人物メモ~
■雑賀直矢/ナオヤ 本作の主人公。高校三年生。
■アリッサ 王国第一王女。
■シャンテル 王女の護衛。エルフ
■デラ 水魔法使い。ダークエルフ。
■クロ 黒曜鳥。ナオヤの使い魔。
■ブリアナ 王国第二王女。王位を継承して、女王に即位。
■ジーン 王国の騎士。ダークエルフ
■フレッド 元帝国兵。ナオヤたちの協力者
みんなを見渡す。
「ふう、なんとか気づかれずにたどり着けたな……」
「おい、気を抜くなよ、ナオヤ」
「ああ、分かってる」
シャンテルの注意で再び緊張が戻った。
ここは帝都。
敵軍が集結する城塞都市。
その外郭の壁の陰に樹海王国軍の先遣隊が潜む。
俺もその先遣隊のうちの一人。
肩を並べるシャンテルは少し緊張した面持ちだ。
「ナオヤ、我が軍の本隊はいまどのあたりだ?」
「十キロ後方で待機中」
アリッサは後方に留まってもらっている。
威力偵察になるかもしれない。
危険だから連れてくるわけにはいかなかった。
それにアリッサの支援なしでも、いまの俺はそれなりの命中率を叩き出せる。
道中のアリッサの血も涙もないしごきのおかげだ。
俺の演算能力はかつてないほど上がっている。
シャンテルのひとりごとのようなつぶやき。
「だいぶ離れてしまったな」
「しょうがないよ。あの規模だからな。さすがに草原では目立つ」
王国軍は、直接戦闘にかかわる作戦部隊が約二千、戦略物資を輸送する輜重部隊が約千で計三千の陣容となった。
これに周辺諸国から駆けつけてくれた義勇軍約一千が加わる。
「敵の哨戒はずいぶん緩いのだな。こちらの接近にまるで気付いていない」
「好都合だ。まさか俺たちが攻めてくるなんて想像もしていないんだろう。本隊には深夜の暗闇に紛れながら移動してもらう」
シャンテルが首をあげて空を見つめた。
視線の先にはクロ。
「ナオヤ、お前の相方が戻ってきたぞ!」
「ああ、見えてるよ」
薄暮の中、クロとその仲間の燕たちが航空偵察を終える。
城塞都市の上空を何度も航過してもらった。
百対を超える目が帝都を丸裸にした。
これにより、俺の頭の中には精密な詳細図ができあがる。
敵軍の規模と配置、建物の位置関係など、すべてお見通しだ。
もちろん、連接で結ばれているシャンテルにもその情報が伝わる。
帝都は内郭と外郭の二重構造。
内郭地区は王族が暮らす帝城と、貴族や上級文官の居住地区がある。
そして、帝国軍主力が集結していた。その数、ざっと三万。
さらに――
「シャンテル、ちょっとやっかいだな……」
「ああ、外郭地区にも敵軍が駐屯している」
見積もりが外れた。
事前の情報で、敵軍はすべて内郭地区に駐留しているものと考えていた。
けど、実際は外郭地区にまであふれかえっている。
「まいったな。予想よりも多い。二万を超えている」
「ナオヤ、矢玉は足りるのか?」
「混戦となれば、いくらなんでも百発百中とはいかない。足りなくなるかもしれないな」
王国の武器職人たちが必死になって矢の製造に当たってくれたのだけど、如何せん準備時間が少なすぎた。十分な数が揃ったとはとてもいえない
「どうするんだ?」
シャンテルが心配そうに尋ねた。
「少し策がある。うまくいけば、敵から奪えるかもしれない」
「そうか、当てにしてるぞ」
★*★*★*★*★
日が完全に沈み、あたりが急に暗くなった。
半月の薄明かりの中、先遣隊から偵察班が放たれた。
偵察班は五人。いずれも帝国軍の兵卒の装備を纏っている。
数週間前の帝国の追撃隊との戦闘で、捕虜となった者たちだ。
外郭を越えて帝都内に潜入する彼らの背を眺めながら、シャンテルが愚痴をこぼす。
「ナオヤ……ほんとにアイツら、大丈夫か? 元のさやに戻りはしないか?」
「俺は心配してない……連接スキルは彼らが味方だとはっきり示している。それに、おめおめと逃げ帰ってきた敗残兵を帝国がそう簡単に受け入れるわけないよ」
「そうか……おまえがそういうなら……」
とシャンテルが渋々頷く。
彼らは、帝都の内情に詳しいし、外郭地区の城下町に知り合いも多い。
当初は、亜人の住民たちを避難誘導する任務を与えていた。
でも、予想に反して帝国部隊の一部が外郭地区にも陣取っていたので、急遽、偵察もしてもらうことになった。
松明の灯りがともる駐留地にそっと近づく偵察隊。
遠目から捉えた視覚情報が連接を介して共有された。
内郭の南門へと続く大きな広場に、いくつもの天幕が立ち並び、敵兵がひしめき合っていた。
喧騒のなか、酒をくらっている者もいる。
シャンテルが忌々しそうに呟く。
「最低だな、只人ども」
俺も分類上、只人に該当するので、一緒くたにされたくないんだけど……。
シャンテルの憤りも理解できた……。
粗末な装備を纏った男たちが、たまたま近くを通りがかった住民を脅したり、暴行を加えりしている。下卑た男が町娘にちょっかいを出す。近隣の住民の食料を奪い取ろうとする輩もいた。
規律というものがまったくない。
「こいつらは正規兵じゃないな」
「ああ、単なる寄せ集めだ」
装備も粗末でバラバラだし、立ち振る舞いも洗練されていない。
帝国に金で雇われた傭兵なのだろうけど、野盗くずれといったほうが実情に合っていた。
偵察班のリーダー、フレッドから連接を介した思念通話が届く。
<外れのほうに歩哨がいる。どうする? もう少し近づいてみるか?>
<頼む。気づかれたら正規兵のふりを>
敵の歩哨に近づいたフレッドが彼らの会話を捉えた。
「ツイてねーな。明日の出発、早えんだろ? さっさと当番交替したいぜ」
「まったくだ。儲かるっていうから、わざわざ来たのにな。朝から晩まで。報酬も大したことねえしな……」
「でもよ、楽しみだな」
「あぁん、なにがよ?」
「例のお達しのことよ。王国を攻め落としたら、めぼしいものを奪ってもいいらしいじゃねえか?」
略奪の企図を知ったシャンテルのこめかみがピクッと動く。
俺は聞き流そうとしていたのだけど、会話が進むにつれ、だんだんと平静ではいられなくなる。
「亜人の女どももか?」
「ヒヒッ、上玉ぞろいと聞いているぞ。なかでも王宮の王女姉妹はとびきりの美人らしい」
「お前バカか? そんなのがオレたち下っ端にまで回ってくるわけねえだろ」
「まあ、おこぼれに与れればそれでいい。エルフとかも悪くねえだろ」
すぐとなりのエルフのシャンテルは興奮が抑えられず、怒りで震えている。
敵に対して低い声で呪いを浴びせる。
「おのれ、滅びろ、只人め! 誇り高きエルフを愚弄するばかりか、姫様たちをも侮辱するとは――」
シャンテルが弓を手にして立ち上がる。
「シャンテル、落ち着け。まだ本隊が到着していない。ここは我慢だ」
「くっ、いまいましい!」
この脳筋エルフ、ほんとに直情的だ。まったく指揮官に向いてない。
「そうカリカリするなよ。やつらは明朝、出発できない。この地から一歩もそとに出させやしない。この地で終わらせる。俺たちが決着をつける。ちがうか?」
「ああ、そのとおりだな。驕った只人ども、必ず鉄槌を喰らわせてやる!」
シャンテルのやつ、少しは落ち着いたみたいだ。
ただ、俺も只人なんだけど……。
そんなことはすっかり忘れているみたいだ。
「悪かったな、ナオヤ。取り乱したりして……。先に仮眠をとる。交替の時間になったら起こせ、頼んだぞ」
そう言って、シャンテルは壁に背を預けたまま座り込んだ。
そのうち、寝息が聞こえた。