第3話 落とされて、どん底
アクセスいただきありがとうございます。この物語は、落ちてから上るタイプの構成をとっています。序盤の数話はストレス展開が続きますが、それ以降は主人公の活躍が始まりますので、ほんの少しご辛抱ください。どうぞ、よろしくお願いします。
「妙な形をしておりますな」
「初めて見る魔法陣ですね……」
と、俺の周りに群がった宮廷魔法師が困惑している。
筆頭をはじめとした数人の宮廷魔法師が議論を始めた。
あーでもない、こーでもないと……
窮屈感がすごい。
もうちょっと離れてくれないかな……
そのうち、宮廷魔法師の一人が、俺の手に浮かび上がった紋様を紙に写し取り、書庫から引っ張り出してきた古い文献に記載された魔法陣の標本と見比べ始めた。
多少もめたようだけど、しばらくすると結論が出た。
『射撃管制』
どうやら、それが俺のスキルらしい。新発見のスキルはこの場でそう名付けられた。
宰相が続きを促す。
「筆頭、どんな能力なのだ? 陛下に詳しく説明せよ」
「はい、宰相閣下、承知いたしました」
宮廷魔法師筆頭が皇帝の前に進み出る。
「陛下、申し上げます」
「うむ」
「さいか殿のスキルはこれまでにない未知のものです。はっきりとしたことは分かりませんが……」
宮廷魔法師筆頭の説明によると、俺のスキルは、弓射、投擲などのスキルに見られる特徴と一部類似するところがあるそうだ。
おそらくは攻撃補助系統のスキルであって、主に物理攻撃の命中率を向上させる効果を奏するものと推定された。
射撃管制か……
剣と魔法の世界で「射撃」というのも何だか少し妙な気もするけど……。
まぁ、いいか。せっかくみんなで考えてくれたんだし……矢を的に向けて放つことを射撃ということもあるらしいからね。
そして、とても珍しいことだけど、俺の場合、主特技『射撃管制』に従属するような形で副特技が付随しているという。
ただ、副特技の方は、まだ定着が十分でないらしく、「いまの段階ではどんな能力か特定できません」と筆頭が残念がっている。
「具体的な運用については今後……」
「筆頭、説明はもうよい。分からぬなら、ここで試してみればよいではないか。騎士団長、用意せよ」
「はっ、了解いたしました」
皇帝の一声によって、急遽、俺の謎スキルを検証する実験が行われることになった。
はじめに的が用意され、俺は少し離れた位置に立つようにと命じられた。
それから、けっこう長い弓を持たされた。
射ってみろと言われたので、射ってみた。
「あっ……」
失敗しちゃった。
疾駆するはずの矢は、標的に向かうことなく、ポロリと足元に落ちた。
重鎮たちから失笑が漏れる。ただ、一応失礼にあたるという感覚があるだけまだましだ。
織田真莉菜なんかは遠慮なく大笑いしている。
「プッ、アハハ! ねえ、ねえ、みた、香織? 落ちちゃったじゃん。カッコわるー」
しかたないだろ。弓なんて一度も使ったことないんだ。
「失礼ながら、さいか殿。武芸のたしなみは?」
「もちろん……ありません」
自信たっぷりにそう答えた。
自慢じゃないが、武術のブの字も知らない。
だが、なにを隠そう、俺は珠算部所属だ。ソロバン初段だぞ! 履歴書に書いても恥ずかしくないんだ。誰かすごいといってくれ。
と、愚にもつかないことを考えていると、宮廷魔法師筆頭が困り顔で残酷な現実を教えてくれた。
「陛下、どうやら、さいか殿は自身の攻撃力が十分でないため、攻撃を補助するためのスキルである『射撃管制』自体がうまく作用しないようです」
「ふむ、難儀よの。筆頭、ではこうしたらどうだ――」
次は、『弓射』のスキルを持つ兵で試してみることになった。
近くにいた近衛兵の男が協力を申し出てくれた。
俺は弓を構えた男のすぐそばに立って、その肩に軽く触れる。
「お主、そこに居られるとじゃまだな。なんとかならんのか?」
近衛兵殿から苦情が入ってしまった。
悪かったよ、ごめんよ、邪魔くさくて。
だけど仕方ないじゃないか。
いろいろ試行錯誤してみたけど、こうやって対象に直接触れないと俺のスキルは起動しないのだ。
スキルが起動した場合は、独特の感覚があるからハッキリと自覚できる。
言葉では説明しにくいけど、なんというか、隷下にある対象――この場合は、弓を構えたこの近衛兵――が捉えている視界が俺の視界に重なるような感じがするのだ。
近衛兵が弓を射る体勢に入ると、弦を引く彼の右手に紫色をした小ぶりの魔法陣が現れた。
これはおそらく近衛兵の持つ『弓射』のスキルが顕現しているのだ。
それと、右手首の周りをゆっくりと回転するその魔法陣には、よくみれば、別の魔法陣が重なっている。
淡くわずかに瑠璃色の光を灯す魔法陣。これはたぶん、俺のスキル。よく見ないと見逃してしまいそうなほど薄い紋様だ。もしかしたら、そばにいる俺にしか見えないのかもしれない。
俺のスキルの影響かな?
近衛兵の身体、とくに上半身がミリ単位以下の細かさで精緻に動いていた。
たぶん、当人は俺の制御下にあることに気が付いていない。
カクカクとリズミカルに動作するその姿は、機械仕掛けのアクチュエータを見ているようでちょっと楽しい。
なるほど、俺のスキルは、こうして、対象射手の姿勢なんかを補正しているんだ。
相手の筋組織、神経系なんかに直接働きかけているのかもしれなかった。
でも俺の方もかなり疲れる。気のせいか、脳みそがジンジンと熱くなっている感じがする。
近衛兵の弓から矢が放たれた。そして的の中心に命中する。
やったぞ、ど真ん中だ。
俺は、内心喜んだけど、周りの反応はいまひとつ。
でも、そうなるよね。
離れている人にとっては俺のスキルがなにやってるか全然わからないから。
皇帝が試し打ちに協力してくれた近衛兵に問いかけた。
「其処の者よ。ご苦労であった。印象はどうだ」
「はっ、陛下、お答えいたします。たしかに姿勢が安定する感じはあります。しかしながら、そもそもこの程度の距離なら、守護者殿の力を借りずとも、命中は必至です」
近衛兵に全否定されてしまった。
やっぱり操られていた自覚はないみたいだ。
試しにと、的をさらに遠くに離し、俺の補助なしで近衛兵が試射したら、見事に当たってしまった。
そりゃそうだよね、この人、そもそも『弓射』スキルを持っている弓の名人なんだから。
ということで、次は、一般兵が呼ばれた。
『剣撃』スキルを持った、ちょっとくたびれた感じのするアラサーおやじだ。
このアラサーおやじ、弓は引けるそうだけど、的に当てるだけの技量はないそうだ。
さっきと同じようにして、スキルを起動して弓射を補助する。
けれど、さっきの『弓射』スキル持ちを相手にしたときよりもずっと大きな負荷がかかった。
ううっ、頭が痛い。割れそうだ。
脳が悲鳴をあげる。
そばで鐘でもつかれたみたいにガンガンする。でも、我慢してスキルの作動をなんとか維持した。
アラサーおやじの弓がビュンとうなる。
当たった、やったぜ、ど真ん中。命中!
ぜいぜいしながら、周りを見渡すと、重鎮たちはどう反応していいか分からないような微妙そうな顔をしている。これでも満足じゃないのか。
「さいか殿、止まっている的になんとか当てることができるのは分かりました。では、動く的ではどうでしょうか」
宰相が次の課題を出す。
標的が大きく放り投げられた。
アラサーおやじが目でそれを追う。
そして、発射のベストタイミング――
おれのスキルがいい仕事をする……かと思ったけど……
静止目標を狙ったときとは比べものにならない負荷がのしかかった。
それで、俺は、崩れ落ちてしまった。比喩ではない。
激しい頭痛で立っていられなくなり、文字通り床に倒れた。
作動中だった射撃管制スキルは直前で停止し、矢はあらぬ方向へ飛んで行ってしまった。
失望と嘲りが混じった嘆声が聞こえてくる。
俺の消耗などお構いなしだ。心配する人はだれもいない。
この連中とこの国のことが嫌いになり始めた。
一連の実験に立ち会っていた宮廷魔法師らが早々と見解をまとめる。
そして、皇帝への報告がなされた。
「うむ、わかった。つまりは、こういうことか……其処の者自身には、攻撃力がなく、他人を補助できるとしても直に触れる範囲にいる一人か二人。しかも、当てられるのは止まった的だけ……」
ぐぬぬ……
皇帝が実に明快に、俺のスキルの本質を言い表す。
重鎮たちからせせら笑いが飛んできた。
「とんだ期待外れですな」「まるで役に立たない」
「二人抱き合わせても『弓射』スキル持ち一人分に満たないとは……」
「ひと当てする度にあの消耗の様子では……」
「戦場では使い物になりませんな」
「彼は守護者様ではない。たまたま召喚に居合わせた一般人ですな」
クラスメイトの織田真莉菜は、つられて大笑い。「まじ使えねーヤツ」とか言っている。
磯野香織も気のせいか笑いを堪えているような……。
「宰相よ、こやつはハズレじゃな。お荷物はいらん」
勝手に召喚しておいて、何を偉そうに……
ただ、重鎮の多くが俺のことを嘲り笑うなか、宰相だけは何か別の考えがあるようだ……
「へ、陛下、お待ちください。訓練次第ではまだ伸びる可能性もあります。それに……」
「もうよい、結論はすでに出ておるだろう」
皇帝が虫けらを見るような目で俺の方を見遣る。
「其処の者、大儀であった。せめてもの温情だ。今晩だけはこの城でゆっくり休むがよい。支度金を持たせるので、明日の朝にはここを出てゆくがよいぞ。わかったな」
「…………」
ちくしょー!
協力を断ってかっこよく出ていく予定だったのに……みっともなく追い出されることになった。
「陛下、どうかご再考を。この若者のスキル、全貌が解明されたわけではありません。なにか有用な使い道があるかもしれません。もう少し様子を見て……」
「宰相よ、考えすぎだ。強力なスキルを備えた守護者がすでに二人もいるのだ。十分だろう。いまはそちらの戦力化を最優先とせよ」
「いや、しかし……」
「もう、よい。騎士団長、ここへ」
「はっ」
「守護者二人を組み入れた新たな遠征の策を講じよ。この機に亜人共を一気に討伐するぞ。出陣は一月後だ。よいな」
「御意」
こうして召喚の儀式は終わり、みんな散り散りとなった。
クラスメイトの女子二人はこのあと歓迎の宴が開かれるということでメイドを伴ってどこかに連れていかれた。だだっ広い広間に俺だけが取り残される。
なんかむなしい……
こんな国……大嫌いだ。