第29話 ナオヤの覚悟(2)
その日の晩。
これまで容態が悪かった国王がいくぶん持ち直し、話のできる状態にまで回復。
王女姉妹が向かったあと、しばらくして、なぜか俺まで呼ばれた。
案内された先は、王の質素な寝室。
王女姉妹がベッドに横たわる国王の手を握っている。
重鎮の一人から聞いたのだけど、さきほど王位の移譲が宣言されたそうだ。
以後、第二王女ブリアナがこの国の女王としてこの国を導くことになる。
国王がすまなそうに口を開く。
「アリッサ、いろいろと苦労を掛けた。本来ならお前なのだが……。どうか、ブリアナを補佐してほしい……」
使節団が敵の謀略に落ちることなく善戦してみせたことで、第一王女であるアリッサを女王に推す声が一部からあがっていると聞いた。
でも、アリッサ自身は、すでに王位継承権を放棄していることを理由に固く拒む。
困難に直面している今、無用な混乱はさけるべきだとも周囲に語っていた。
「はい、お父様。ご安心ください。もう以前の弱々しい私ではありません。まずは帝都攻略に全力を尽くします。ここにいるナオヤさんもいっしょです」
アリッサが手招きするので、俺は国王のそばに寄る。
「貴殿がナオヤ殿か……」
「は、はい」
「国家危急の時にこのような体たらく。ふがいない姿ですまぬな……」
「い、いえ……」
国王――もう退位したのでアリッサの父君とでも呼ぼうか――が俺のことを静かに見つめる。
じっと見つめる。
心の奥底まで見透かされるようで居心地が悪い。
「なかなか難儀な性質をしておるの……」
「はい?」
「貴殿のことだ。権力や権力者のことなど歯牙にもかけない。態度こそ慎ましくみえるが、その実、傍若無人な男だ」
そんなことを言われたのは初めてだ。
ちょっと面食らってしまった。
でも、的外れな指摘とも言い切れない。少し自覚がある。
これまで困っている俺に手を差し伸べてくれたのは、いつも決まって、普通の人たちだった。
それもどちらかといえば幸薄いような人たち。
権力とは程遠いところ、日陰にいるような人たちだ。
だから、俺は明るい日向でふんぞり返っている権力者など、はっきり言って胡散臭いと思っている。はじめから当てにしていないし、関わりたくもない。
俺の困惑が伝わったのか、父君が先を続けた。
「だがな、それがいい。義の心も人一倍強いようじゃ……」
「は、はぁ……」
そして、父君は軽く頭を下げた。
「どうか我が国を勝利に導いてくれ……」
もとよりそのつもり。
俺ははっきりと「はい」と応えた。
少しでも安心してもらえたらと思って……。
けど、そのあと、父君は驚くようなことを言い始めた。
「ただな、たとえ戦争に勝利したとしても、しばらくは混乱が続くかもしれぬ……。ナオヤ殿、この国に留まり、亜人と只人の架け橋となってくれぬか……」
どうしよう……何を言われているんだ?
理解が追いつかない……。
「戦争の決着がついたら、お主を樹海王国の王族の一員に迎え入れたい。王婿となってブリアナとともにこの国の安寧に尽くしてくれぬか……儂からの最期の願いじゃ……考えておいてくれ……」
聞き間違い?
それって、ブリアナ女王と婚姻を結ぶということだよね?
当然、ブリアナは驚く。
アリッサもびっくりしている。
まわりの重鎮からも言葉がでない。
なにより、突然の申し出に俺が一番混乱した。
★*★*★*★*★
あのあとはすぐに解散。
父君の容態が再び悪い方向へ転じたからだ。
俺は自室に戻り、武具の手入れをしながら、思考する。
さきほど言われた結婚話も悩ましい。
けど、それ以上に気になっていることがある。
異世界人に宿る結晶のことだ。
結晶核を傷つければ、異世界人は元の世界へと再転移する。
このことを知ってから、俺は心配事を抱えていた。
もし、戦闘中、万が一にも敵の手によって、俺の結晶核が傷つけられたらいったいどうなる?
俺は元の世界にとばされ、射撃管制を失った王国軍は総崩れだ。
数の暴力に抗えず、壊滅するだろう。
自己の能力を過大評価しているのではない。うぬぼれているわけでもない。
ただ単に冷静に計算した結果だ。
現状、まがりなりにも敵勢力と拮抗しているのは、射手の命中率を限りなく百パーセントに近づけたからにほかならない。命中率を高い値に保てなければ、あっけなく押し負ける。
危険の芽はできる限り摘み取っておきたい。
やっぱり、はっきりさせないといけないな……。
★*★*★*★*★
夜遅いので失礼かと思ったけど、俺はブリアナ新女王陛下の私室を訪ねた。
「コンコン」
「はい。どなたでしょう?」
女王陛下自身がドアを開けて現れた。侍女はもう控えていないようだ。
彼女が俺のことをみて軽く驚く。意外、という顔つきをしている。
「ブリアナ女王陛下。あ、あの、こんな夜更けにすみません。大事なお話がありまして……」
俺がそういうとブリアナは軽く頷いて部屋の中に招き入れてくれた。
簡素な部屋。あまり年頃の女の子らしくない。
ブリアナはまだ書き物をしていたようだ。
「まだ、休んでなかったんですね」
「はい、樹海に残る官吏たちへの申し継ぎなどがありまして……」
為政者もいろいろ大変らしい。
「それで、大切なお話というのは?」
俺は、結晶核を宿したままでいるとリスクが大きい、ということをブリアナに掻い摘んで説明した。
ブリアナは押し黙ったまま耳を傾けていた。
「陛下。それで……どうでしょう? 再転移を防ぐ方法はありますか?」
「……あるといえば、あります。結晶の核だけを取り除けばいいでしょう。我が国にもそれができる高位魔法師が数名おりますし……」
「本当ですか? で、では、ぜひお願いします!」
ブリアナが躊躇いがちにいう。
「ナオヤ様、ほんとうにいいのですか? 核を取り除けば、元の世界への帰還は不可能になりますよ」
「……いいんです。俺には家族もいませんし……まあ、やりたいことはあったのですが、この世界でもできないことはないですから……」
ブリアナが決まりの悪そうな表情を浮かべる。
が、最終的には俺の提案を受け入れてくれた。
為政者として冷徹な理性が勝ったのかもしれない。
「……決意は固いようですね。私たちのために犠牲を強いてしまい申し訳なく思います」
「そんな大げさですよ」
すぐさま魔法師長が呼ばれた。
施術自体はたいして時間がかからなかった。
結晶から取り除かれた核を見て、あっけないと思った。
それから、核を失っても結晶自体はそのまま体内にあるので、スキルには大した影響がないそうだ。
ひとまずは安心。
それにしても、この結晶核。
なんてややこしいところに埋めこまれていやがる。
今後の参考だといってブリアナが凝視するものだから、恥ずかしかった。
浅いところで良かったよ。もっと深いとこなら痛かっただろうな……
★*★*★*★*★
魔法師長に礼をいい、退室してもらう。
こんな夜中にすまなかった。
部屋はまた二人きり。
「女王陛下、ありがとうございました。これで憂いもありません。明日は早いのでお早めにお休みください」
「ナオヤ様……」
「は、はい」
ブリアナは、いつのまにか、為政者の顔ではなく、年頃の女の子の顔に戻っていた。
「ナオヤ様が部屋にいらしてくれたとき、私は嬉しかったのですよ」
そういって、彼女は俯き加減に視線をそらした。
「お父様のあの話を受けて下さるんだと思って――」
あの婚姻の話、そんなに単純じゃないと思うんだけど……
「でも、全然関係のない話で私は悲しかったです」
「……あ、あの、陛下?」
「それからですね……ナオヤ様は――」
彼女、今度はちょっと拗ねたような顔になった。
「ずいぶんと他人行儀ですよ!」
「そ、そんなことはないかと……」
「そんなことありますよ!」
ブリアナは不満をためていたみたいだ。
「お姉様とは随分と親しそうに話されているじゃないですか? 寂しいです。私のこともブリアナと呼んでください」
「それは……ちょっと……」
相手は一国の女王陛下だし、立場というものもある……。
「二人きりのときだけでいいです!」
「わ、わかりました、陛下。それならなんとか……」
「な、ま、え、で!」
「はい……ブリアナ」
「ふふっ、ちょっと照れ臭いですね。ではお休みなさい。ナオヤさん!」
★*★*★*★*★
自室に戻る途中、廊下でアリッサと会う。
偶然なのかな?
なんだか、待っていたような感じもするけど……
もう夜もだいぶ更けているけど、せっかくなので、王宮周りの露台に誘ってみた。風はないけど少し肌寒い。
アリッサが心配そうに俺を見上げる。
「ナオヤさん、ブリアナのところへ行っていたみたいですけど、何かお話でもあったのですか?」
何も悪いことはしていないのだけど、なんだか後ろめたい気になる。
「ちょ、ちょっとした作戦上の懸念があったんだ。それで相談してただけ……でも、もう解決したし、予定に変更はないから、大丈夫だよ」
「そ、そうですか……」
アリッサの顔が曇る。
妙な誤解してなきゃいいけど……。
結晶核を失い、帰還不能になったことはしばらく伏せていたい。
交戦間近だし、余計な気を使わせたくない。
「あの、アリッサ?」
「ナオヤさん……ナオヤさんは、戦争が終わったら……」
アリッサはなにか言いかけて言葉を止めてしまった。
「なにかな?」
「な、なんでもありません!」
アリッサがなにか迷いを振り切るように手を打つと、軽い破裂音が暗い森に響いた。
「さあ、明日はいよいよ出発です。ところで、ナオヤさん、このごろ計算の練習、さぼってませんか? ナオヤさんが管制の要なんですよ」
「あはは、アリッサに期待しているよ」
「ナオヤさん! それではダメです。行軍しながら特訓ですね。私がみてあげます」
「は、はぁ……お手柔らかに……」
暗い森から甲高い鳥の声。
「燕かな? ねえ、アリッサ。俺のいた世界では、燕は幸運を運んでくると言われているんだよ」
「へえ、そうなんですか。何かいいことあるといいですね!」
そう、ほほ笑むアリッサ。
瑠璃の瞳に月が小さく映り込んでいた。
<第三章 ~樹海の王国~ 終わり>




