第27話 落ちこぼれ
目的の店は王都の外れにあるらしい。
教えられたとおり、迷路のような樹上都市をくねくねと進み、やっと目的の場所にたどり着いた。
「あった! 三日月の看板」
店に入って声をかけると――
奥から、ずんぐりとした親父さんが出てきた。
ドワーフだ。
「なんじゃ、おまえさん」
「あ、あの、帝都のドワーフさんから紹介されてこちらに参りました。ここは三日月屋で合ってますか?」
「たしかにそうだが……帝都の? ああ、弟のヤツか。元気そうにしてたか?」
この店主は、帝都で世話になったドワーフの兄だ。
どうりで見た目がそっくりのはずだ。
少し立ち話をしたあと、本題に入る。
「それで、その、相談に乗ってほしいことがありまして……」
「なんじゃ?」
「武器を作ってほしいのです」
いまから作ってもらおうとしているのは航空攻撃用の武器。
ドワーフが尋ねる。
「どんなのじゃ?」
「槍よりも軽くて、矢よりは貫通力のある長柄ものがほしいです。長さは腕より短いくらい、水平にも飛ばせるよう安定翼を付けて下さい」
「ほう、変わった注文じゃの。おまえさんが使うのか?」
「いいえ、鳥です」
そう、クロに持たせる専用武器だ。
昨日の余興で偶然思いついた。
クロはわずかな侵入口があれば、建物のなかにも突入できる。
軽めの小さな武器なら、狭い空間でも、機動性を失わずにそれなりの速さで飛行することができそうだ。
「だから、趾で掴むための引っ掛り部分を重心付近に設けて下さい」
クロなら、もしかしたら、帝城内部に突入して、敵の要人を強襲できるかもしれない。
仮に皇帝を討ち取ることができれば、それだけ早く戦闘が終結する。
こちらの犠牲も少なくてすむ。
成功の見込みがどれくらいあるか、分からない。
けど、準備できることはなんでもしておこうと思ったのだ。
ドワーフ店主が少しの間、考え込む。
「作るのはそれほど難しくはないだろうが……おまえさんの言う鳥というのは、あやつらのことか? さすがにあの数を揃えるのは大変じゃぞ」
「えっ?」
店主が指差した俺の背後には、いつのまにか、クロとその配下の翡翠燕たちが……。
枝上にずらっと並んで羽根を休めていた。
クロのヤツ、なにか少し誇らしげだ。
昨日の余興でみんなから大喝采を浴びたのがうれしかったのだろうか……。
ちょっと調子に乗っている。
でも、こうして部下まで集めてくれたのは予想外。
とても助かる。たよりになる相方だ。
ちょっと大変かもしれないけど、燕たちの分もつくってあげよう。
★*★*★*★*★
作業場にカンカンと金槌を打ち下ろす音が響く。
俺も手伝いを申し出たので一緒になって製作に取り組んでいる。
翼付き槍がドワーフ職人の手によってだんだんと形になってきた。
そんななか――
「私たちにもなにか手伝わせてください!」
作業場の周りには知らないうちに大勢の獣人が集まっていた。
ざっと五十人くらいはいる。
十五歳前後の少年、少女だ。
正確には見分けがつかないけど、狸獣人と狐獣人が半々くらい。
「あの、私たちも王国の役に立ちたいのです」
「姫様をお守りしたい。ボクたちも協力したいです」
いい子たちじゃないか……。
せっかくなので手伝ってもらおう。
作業をしながら、いろいろ聞いてみると、みんなこのあたりの住人らしかった。
俺のことを知っている子もいて、昨晩、王宮まわりに明かりを灯したときに俺とアリッサ姫を見かけたといっている。
「あの光は君たちがつくったものだったんだ。すごいね、光魔法が使えるなんて」
俺は素直に称賛したつもりだったけど、狐狸獣人の少年少女たちは急にしゅんとしてしまった。
なにか悪いこといったかな?
「ど、どうしたの?」
「ボクたちは落ちこぼれ……同じ犬系獣人でも、氷雪系の魔法が使える狼獣人や犬獣人たちとは違うんです」
「えっ、どういうこと?」
詳しく話を聞いてみると、狐狸獣人の多くが、光属性か雷属性のスキルをもつらしい。
けれど、どちらも攻撃には向かないようで、小さな光玉、雷玉を作るのがせいいっぱい。
もっぱら、生活の明りや火を灯すために使われているようだった。
王国騎士団の基準では、狐狸獣人は、ほとんど全員、戦力外ということらしい。
「それでも、あんな綺麗な光は俺には作れないよ。生活魔法でもすごいと思うけど……」
励ましてみたけど効果がない。
彼らはますます落ち込んでしまった。
「ただの生活魔法ではダメなのです。ボクたちは役立たずです。さっき、帝都攻撃部隊の増員の募集が始まりました。でもボクたちには声もかかりません。適性試験すら受けさせてもらえないんです」
「そ、そうなんだ……」
残酷な現実だ。
魔法の優劣でそんなに待遇が違うのか……。
狸、狐の獣人は、狼、犬の獣人よりも下位の立場に置かれているらしい。
平和に見えるこの国にも格差があるのを知って、俺はちょっとやるせない気持ちになった。
狐獣人の少女が前に進み出る。
「だから、私たち、戦闘以外でも少しでも役に立てればと思って、ここに集まったのです」
できることをする。この少女も周りのみんなもそう考えているようで、立派だと思った。
この子たちも小さな戦士だ。
そんなことを伝えてみたら、みんな照れたように小さく笑った。
でも、それはそれとして、なんだか釈然としないものが残る。
なにか引っかかるのだ。
騎士団の判断はほんとうに正しいのか?
狸獣人が生み出した光の玉は、朝までずっと消えなかった。
発光の仕組みはよく分からないけど、エネルギーに換算すれば、結構な量になるはず……。
光の玉も雷の玉も、少し工夫すれば、何かいい使い道がありそうな気がする。
それに、アリッサ姫だって、少し前までは外れ者の役立たずとレッテルを貼られていたのだ。
この狐狸獣人たちの魔法スキルが大化けしてもおかしくない。
俺はひとまず、狐狸獣人の魔法を見せてもらうことにした。
「じゃあ、光魔法からお願いしようかな」
「はい!」
元気よく答える狸獣人の少年。
彼が両掌を胸の前で向かい合わせにするとボウッと光の玉が出た。
間近でみて初めて分かったけど、電熱灯などの光ではない。ゆらゆらと動いている。
これは……もしかして、オーロラ?
大気が電離している?
プラズマ状態なのかなぁ?
「は、はい。ありがとう。危ないから消してくれる?」
少年が頷き、光の玉が消えた。
「じゃあ、次は、雷魔法を……」
「はい!」
狐獣人の少女が手の平を掲げて魔力を込める。
バチバチと音を立てる雷の玉が生まれた。
激しい放電が生じている。
これなんかやばそう。触ったら絶対ダメなやつだ。
「わ、わかった! 消して、今すぐ消して!」
いまので、なんとなくつかめた。
たぶん、光魔法はプラズマ状態を生み出すスキル。
光エネルギーの放出はその副産物にすぎない。
明りを灯すことはこのスキルの本質じゃないと思う。
じゃあ、雷魔法は?
おそらく、電場を操るスキルだ。電場は磁場を生む。
だから、もしかしたら、磁場も操れるかも、と思った。
狐狸獣人の少年少女たちのスキルはすごい……。
で、でも……。
せっかく高エネルギーの玉を生み出せても、遠くに飛ばす手段が思いつかなかった。
光の玉も雷の玉もたぶん意味のある重さはない。これでは、質量弾とは異なり、風の圧力なんかで加速させることもできない。
かといって、少年少女たちにエネルギーの玉を抱えたまま、接近戦を行わせるわけにはいかない。危険すぎる。論外だ。
どうしたら、いい?
まわりの狐狸獣人が心配そうに見守る中、俺は記憶の隅々を探る。
何かヒントはないかとテキストとノートもペラペラとめくってみた。
そして――
あった……。
これならいけるかもしれない……。
プラズマ化した荷電粒子を加速させる装置……粒子加速器みたいなのを作りたい!
「いい、みんな手を貸して。俺の言うとおりにしてみて、試したいことがあるんだ」
少年少女が「はい」と頷く。
それから、なにはともあれ、まずは連接の確立だ。
これは問題なくできた。
そして――
「光魔法使いさんは、数人で協力して光の玉をぎゅっと重ねてみて」
「はい」
発光が強くなった。
バラバラになった正負の荷電粒子が激しく衝突している。
けど、これは、まずい……電離が進む。
なにか見るからに不安定だ。
俺は少し慌てた。
雷魔法使いをあらかじめ二つの組に分けてあったので、片方の組に指示する。
「一組目のみんな、その光の玉、閉じ込めることできる?」
「ご、ごめんなさい。どうすればいいか……」
「細かい制御は俺に任せて、雷の膜で覆うように想像すればいいから……」
プラズマっぽいのを電磁場で閉じ込めてみようと思う。
「サイカ様、こんな感じでしょうか?」
「うん、そんな感じ」
こんないい加減な指示でいいのかとも思ったけれど、それでも、なんとかプラズマっぽいのは安定してきた。
ここからが正念場。
「じゃあ、雷魔法使いの二組目、準備はいい? いまからその光の玉に穴をあけるから、そこから中身を絞り出すようにしながら思い切り引き出すんだ」
「はい!」
射出口の周りに荷電粒子を集束させるための電場が構成された。
そして、帯電した粒子が一気に加速する。
一条の荷電粒子線が音もなく空に伸びた。
高エネルギーの粒子線の当たったところが淡く光を放っているのが証拠だ。
だれも声を挙げない。だれもがぽかんとしている。
何が起きたのか分からないようだ。
実は俺もよく分からない。
でも、俺の目論見は成功だ。
これは……荷電粒子砲。
落ちこぼれとバカにされていた狐狸獣人たちが協働して実現させた秘密兵器だ。
やがて、少年少女から歓声があがる。
自分たちが何をしたのかは理解できなくても、すごいことが目の前で起こったことは、はっきりと分かったみたいだ。
「わぁー」「なにこれ?」「なんかすごいのが飛び出たぞ」
まだ、コントールは甘いし、それほど威力もない。
でも、もう少し、いろいろ練習すれば……
もっと重たい荷電粒子を導入できれば……
破壊力のある攻撃につながるかもしれない。
「いい、今の見たでしょ? みんなの魔法はすごいんだよ。この調子で訓練していけば、帝国に強烈な一撃を浴びせることだって、きっとできる。王国騎士団にも負けてないぞ」
みんなの顔がパッと明るくなった。
狸獣人の少年がにっこり笑う。
狐獣人の少女は嬉しいのか、笑いながら涙ぐんでしまった。
「お兄ちゃん」「サイカ様」「ありがとう!」
鍛冶屋の親父も愉快そうに笑っていた。




