第23話 吊るされて、赤面
「ナオヤさん、なんだか、嬉しそうですね」
「そ、そう?」
先行きが多少明るくなったのだ。
三週間弱のあとに幕を開ける対帝国戦に備えて、とっておきの秘密兵器が手に入るかもしれない。本当に喜ばしい。
それにしても……ひどい道。
外縁の村を出発してからは、これぞ樹海といったような険阻な道が続いていた。
太古の樹がはびこり、絡み合った枝には蔓性の植物が巻き付いている。
場所によっては低く屈まないと通れない。
「バチン!」
「ぎゃあっ……」
隊列の先頭を進むシャンテルが押しのけた枝が跳ね返り、思いっきりぶったたかれてしまった。
「おお、ナオヤ、すまない」
「ナオヤさん、大丈夫ですか?」
「う、うん……なんとか。でもすごい道だね。整備とかしないの?」
アリッサがちょっと困ったように言う。
「ええ、道を整備して移動しやすくしようという意見もあるのですが、この状態のままの方が防衛には有利という見方が多数なのです」
たしかにそうか……
この樹海のおかげで敵対勢力もそうやすやすとは王都に侵入できないといえた。
「でも、それじゃあ、王都と外縁の村の間の物資輸送が大変じゃないかな?」
「シャンテルたちエルフ族には植物の成長を操る能力を備えた方もいます。彼らに協力してもらえれば、一時的に道を広げることはできますよ。ただ、輸送の問題は、王都についてから慎重に議論する必要がありますね」
アリッサの言葉を聞いて、肝心なことが抜け落ちていることに気がついた。
いままで兵站のことをすっかり忘れていたけど、進軍の経路と補給のことも考えなくてはいけない。
でも、それにはまず戦闘空間をどこに設定するかも決めなくてはいけない。
シャンテルたちはどういうふうに考えているのだろうか……。
課題は山積みだ。
「ナオヤさん、難しい顔をして、どうかしましたか?」
「う、ううん。なんでもない」
この場で考えてもしかたがないか……。
俺は王都のことを知らないし、王国部隊の能力も把握していない。
とにかく、王都にたどり着くのが先決だ。
気を取り直して、とにかく足を前に踏み出していると――
「ナオヤ! 王都が見えたぞ。すぐそこだ!」
薄暗い森が急に明るくなり、目の前に信じられないような光景が広がった。
「こ、これがアリッサたちの王都……」
「どうです、ナオヤさん。想像できましたか?」
「いや、理解を越えているよ。正直言葉もでないや……」
そこには圧倒的な存在感を放つ無数の巨木が立ち並んでいた。
空高く伸びた枝の間からは木漏れ日が差し、地表の苔を照す。
すべての大樹がこの世界が生まれたときからもうあったんじゃないかと思えるような大きさだ。
そして、立派な蔦と丸太で組んだ空中回廊。
大樹の間を繋ぐその回廊は何層にも複雑に重なりあっていた。
これはいわゆる樹上都市といったやつか……
「ナオヤさん、シャンテルと同族の植物操作スキルの使い手たちが何世代にもわたってこの都市を作り上げたのですよ」
「ほんとうに驚いた……」
よくみれば、巨木の幹に無数の居住空間が設けてある。
自然に出来た洞でもないし、人為的に切削具を使ってくり抜いたものでもない。
特殊なスキルの使い手たちが植物の成長を操った結果だ。
盆栽を育てるように、時間をかけて少しずつ繊維方向を変形させ、作り上げたものらしい。
住居のほかにもいろいろな施設があり、見ていて楽しい。
はるか上方の幹に設けられた展望台らしきものは、放射状の条線で構成された扁平楕円体をしている。
複数の大樹に跨る空中広場は、蜘蛛の巣状に架けられていた。
「どうだ、ナオヤ、我らの都は? 只人には絶対作れないだろう?」
シャンテルが胸をはって自慢げにそういいながら、俺の前を進んでいると――
「うわぁあああー」
悲鳴があがった。
同時に彼女が視界から消えた。
えっ!? シャンテルがいない。
どこだ? どこ行った?
あわてて探したけど、見当たらない。
彼女のうめき声は聞こえるのだけど……
「ナオヤさん、上、上です」
アリッサが指差す方向を見ると、シャンテルが木の上から逆さに吊るされていた。
ツタ植物に捕まっている
どうしてこうなった?
「うっ、うっ、助けてくれ……動けない……」
アリッサが言うには、なんでもこの奇怪なツタ植物は樹上生活の上下移動のために利用されている昇降ヅタというものらしい。繁殖力がとても強い。
どうしたわけか、人の管理の手を離れてこんなところで増殖している。
シャンテルはその巻き上げ機のような昇降ヅタに運悪く絡めとられてしまったというわけだ。
苦しそうに藻掻くシャンテル。
刃物を使えば脱出できそうなものだけど、王都内では原則、草木を傷つけるのは禁じられているらしい。
「シャンテル、いま植物使いの方を呼びに行きました。しばらく我慢してください」
この昇降ヅタ、多少の知性を持ち合わせているらしい。
植物属性のスキル持ちなら意思疎通が可能。簡単な指示なら解せるんだそうだ。
「アリッサ、俺の連接スキルならこのツタとも意思疎通できるかもしれないよ。試してみようか?」
「そうですね、シャンテルもいつまでもあの恰好では気の毒です。どうかお願いします」
「はい」
シャンテルを見上げると、かなり恥ずかしい恰好になっていた。
食い込むツタで豊かな胸元が大きく張り出す。
先の戦いで彼女は鎧を失っていたので、薄い服越しにその形の良さと大きさがはっきりと分かってしまった。
「ナオヤ、早く何とかしろ!」
「わ、わかったよ」
俺は彼女を拘束するツタの延びる先を探し、軽く触れた。
そして、心の中でツタに彼女を降ろせと命令しようとしたが――
「はわわわ……お、お、おまえ、こ、この不埒ものー!」
シャンテルが急にわめきだした。
なんだか知らないけど、顔を真っ赤にして俺のことを非難している……。
どゆこと?
シャンテルが余計に暴れる。
意図せず、ますます卑猥な眺めになってしまった。
「うぐっ……」
とうとうシャンテルが涙ぐむ。
赤く染まった頬は羞恥のせいっぽい。
とにかく、ツタには俺の命令が届いたのか、シャンテルがゆっくりと降ろされ始めた。
「あっ、ナオヤさん。分かりました。シャンテルが地面に足をついたら、とにかくそのツタを離してください」
「えっなんで?」
わけがわからないけど、シャンテルが無事に戻ったので、とりあえずツタを離してみた。
シャンテルが軽蔑の眼差しを送りながら――
「ナオヤー! ときどき胸に視線を感じるとは思っていたが、お前! そんなこと考えてたのか?」
なにごと?
アリッサがジト目で俺の方を見る。
「ナオヤさん、あなたがさっきまで握っていたそのツタはたぶん特殊な変異種。伝導ヅタと呼ばれるものです」
「なにそれ?」
「伝導ヅタというのは、それに触れている者の深い思念、つまり、潜在意識にある願望なども伝えてしまう性質があるのです」
「あ、あの、それ冗談だよね? 俺にはシャンテルの願望なんて何も伝わってこなかったけど……」
「伝導方向には極性があるのです。一方にしか伝わりません」
えぇ……そんなのあり?
……ということは、俺の嘘偽りのない本心がシャンテルに向けて曝け出されたってこと?
まずい……俺さっき何考えてた!?
シャンテルは目も合わせてくれない。
アリッサは胸に手を当てて何か悩まし気な表情。
ちょっとため息をついた。
「ナオヤさんもやはり、その……大きな方がいいのですか?」
「いや、そんなことは……俺は差別主義者ではありませんよ。あはは……」
「よく分かりませんが、気にしないということですね?」
アリッサはちょっと怖い顔をして伝導ヅタを拾い上げ、一端を俺に差し出す。
「じゃあ、ナオヤさん、もう一度これを握ってください。さあ、どうぞ」
も、もう、許して下さい。
不埒なことを考えてしまった俺が悪かったです。
ごめんなさい!