第20話 捕虜
帝国の追撃隊を退けるのに成功した。
ひとまずは決着がついた。
護衛隊が大いに喜び、健闘を称えあっていた。
まあ、護衛隊とはいっても、隊長シャンテルと副長デラの二人のほかは数人の隊士だけなんだけど……。
そのエルフのコンビから沸き出る歓喜は、ちょっと普通じゃない。
積もり積もった不満、溜まり溜まった怒りが昇華したのかもしれない。
ただ、そう喜んでばかりもいられなかった。
この戦闘の後始末、けっこう厄介だ。
まず、火魔法使いの放った火炎があちこちで燻ぶっている。
緑が濃いのですぐに延焼することはなさそうだけど、消火しておくのが無難だ。
まったく帝国の連中は碌なことをしない。
森を燃やしてはいけないと蟲好きの姫様に習わなかったのか。
「デラ、そこだ! そっちもたのむ」
「副長! こっちもだ。来てくれ」
ダークエルフのデラ――唯一の水属性の魔法使い――が駆けまわり、ようやく火の気が消えた。
しかし、これで終わりではない。
厄介ごとはもう一つ残っていた。
投降兵のことだ。
さきほどの戦闘のさなか、敵の兵卒五名が武器を捨てて降伏の意志を示してきた。
彼らはいま大きな木の根元に縛り付けられている。
たぶん、ダークエルフのデラの仕業だ。
彼女、なんだか嬉しそうにしているように見えるけど、気のせいか?
昨日の晩に俺が受けた非道な仕打ちを思い出し、敵兵にちょっとだけ同情した。
そして、いま、投降兵の扱いを巡って意見が割れている。
「シャンテル、いけません。それはあまりにも人の道を踏み外す行いです」
「いえ、姫様。お気持ちは分かりますが致し方ありません。この者たちを連れていく余裕はないのです。この場で処分すべきです」
「しかし……」
アリッサ姫は捕虜として処遇することを望んでいるけど、護衛隊長はさっさと始末すべきと主張していた。
副長デラも隊長シャンテルに同調している。
この世界に戦争法規などあるはずがない。この世界の常識からすれば、シャンテルたちの方が普通なのかもしれなかった。
困り顔のアリッサ姫が俺に意見を求める。
「ナオヤさんはどう思いますか?」
「お、俺は……」
正直なところ、シャンテルに理があるように思える。
怪我人を連れているし、なるべく早く樹海王国にたどり着く必要がある。捕虜のめんどうをみる余力などもない。
だけど……現代人の感覚からすれば、降伏した無抵抗の者に危害を加えるのはやはり強い忌避感があった。
それに……投降兵の一人に見知った顔があるのだ。
帝都の城を追い出されたときに衛門で言葉を交わしたあの衛兵だ。
俺が腰に吊っている短剣はもともと彼が所持していた物だし、彼は俺のことを気に掛けてくれていた。
大きな借りと恩義がある。
この人に死んでほしくはない……。
「俺は……捕虜にすべきだと思う。一緒に連れて行こう。帝国の情勢を聞き出せるかもしれないし……」
アリッサの顔がパッと明るくなった。
その反対にシャンテルとデラは渋い顔。
それもそのはず。護衛隊としては姫様の安全が最優先だ。
魔法使いを含まないとはいえ、五名もの敵兵を抱え込むのに難色を示すのも分かる。
だから……彼らを捕虜として迎い入れるにあたって一つの条件を出してみることにした。
「アリッサ、この人たちに王国に隷属することを誓ってもらうのはどうかな? それができない人についてはシャンテルに処断を任せるということで……」
シャンテルが苛立ちを隠さずに口を挟む。この提案に不服らしい。
「ナオヤ! 帝国人の口約束などあてになるか? どうしてこやつらが絶対に我らに牙をむかないと断言できる?」
「俺の連接スキルを介して味方陣営に加入してもらう。加入した者は味方に対して攻撃できない。仮に攻撃しようとしても俺の制御下にある限り、容易に阻止できる。どうだろう?」
シャンテルはなおも反対する。
「ナオヤのスキルの力は十分に承知しているつもりだ。だが……それでも危険だ。うわべだけ取り繕って味方になる振りでもされたらどうするのだ? 敵にこちらのことが筒抜けになるかもしれないんだぞ」
シャンテルは、護衛隊から裏切り者を出したばかりなので、ナーバスになっているのかもしれなかった。
ただ、この投降兵たちについては多少事情が異なる。
帝国は一枚岩ではないし、末端の兵士が国に対して帰属意識をもっていなかったとしてもそれほど不思議ではない。
あのアラサーおやじなんかは上の連中が大嫌いと言い切っていたし、彼については味方に引き入れても問題ないような気がした。
「アリッサ、投降兵の中に俺の恩人がいるんだ。なんとか救いたい」
そう告げると、アリッサ姫は大きく頷いて、シャンテルたちへの説得に乗り出してくれた。
「シャンテル。いいですか? ナオヤさんとの連接は、心の底から互いに信じ合わないと成立しないのです。もし、ナオヤさんの連接に入れなかったのであれば、敵意があるということ。ですから、その時点で処遇を決めればよいと思いますよ」
「そ、それはそうかもしれませんが……」
「ナオヤさんを信じましょう」
とうとう姫様の意向を尊重する形で隊長シャンテルが折れた。
デラも承諾する。
あとは俺が投降兵を説得するだけだ。
投降兵は不安そうにしている。
「た、たすけてくれ……たのむ」
「一切抵抗しない。だから、命だけは……」
だれもがひどく怯えていて、必死に懇願した。
最初のころと様子が違う。なにかされたか?
俺が責めるような眼差しでダークエルフのデラの方をちらっと見遣ると、彼女は慌てて目をそらした。
きっとなにかしでかしている。あとで厳しく問い詰めよう……
それから、俺はなるべく丁寧な口調で敵の投降兵五名に問いかけた。
「いいですか、みなさん? 今後一切樹海王国に敵対しないこと、こちらの陣営に隷属し、命令に対して恭順することを誓ってください。そうすればこちらからは皆さんに対して決して危害を加えないと約束します。どうです? 誓えますか?」
皆がゆっくり頷く。
こちらの意図は理解してもらえた。
俺は一人ずつ手をとり、連接接続の手続きをとる。
結果として、投降兵全員と連接を確立することができた。
彼らのなかに反意をもつものはいなかったようでほっとした。
拘束を解かれた元敵兵の顔に安堵の色が浮かぶ。
当面の間、彼らは捕虜として扱われることになるけど、卑屈に振る舞う様子はなかった。
彼らは、樹海王国に最大の敬意を示すべく、アリッサ姫の前に整列すると、うやうやしく臣下の礼をとった。
顔見知りのアラサーおやじがそっと近づく。
「坊主、すまない。ありがとう。おかげで命拾いした」
「いいえ、あなたには恩がありますから……この短剣にはずいぶん助けられました。少しは返せましたかね。それにしても、またどこかで会うような気がしてましたが、こんな形で再会するとは……」
「ああ、まったくだ。奇妙な巡り合わせだな。そういえば、まだ名乗ってなかったな……」
元衛兵はフレッドというらしい。
フレッドは、戦闘の途中、いままで見たこともない奇妙な攻撃を受けて、召喚者であるこの俺が樹海王国の陣営に加わっているかもしれないと考えたそうだ。
「お前さんがいるなら勝ち目は薄いと考えてな。仲間にも声掛けして降伏したんだ。勘は当たったな。命拾いしたぜ」
そういうことか……。
敵の一角が突然崩れたので変だなとは思っていたんだ。
「ところでお前さん、樹海の連中に随分信頼されているみたいだけど……ひょっとしてお偉いさんにでもなったか? なら、オレの話し方は失礼かな? 旦那様とでも呼んだ方がいいか?」
「別にそのままでいいですよ。あと俺の名前はナオヤです」
「そうか、じゃあ、よろしくな。ナオヤ」
フレッドたちは尋問に対して協力的だった。
ただの兵卒なので秘密度が高い情報は得られなかったけど、やはり、戦争準備は着々と進められていて、開戦は予定どおりとのことだ。
樹海王国へ向けて進軍が開始されるのが三週間後。
戦いの火蓋が切られることがこれで確定した。
使節団が暗い雰囲気に包まれる。
「ナオヤさん……」
アリッサが心配そうに俺の顔を覗き込んだ。
「アリッサ、前にも言ったけど、まだ時間はある。みんなで対策を考えよう。それに……こんな小人数の兵力で帝国の追撃隊に勝ったじゃないか。そうだろ? シャンテル」
「ああ、そのとおりだ」
「そ、そうですね」
アリッサたちに少し明るさが戻る。
でも――
そうは言ってみたものの……。
俺の胸中は複雑だった。
主敵となる織田真莉菜のことが頭をよぎる。
あの破滅的な火炎の暴力。なんとも思わないわけがなかった。
帝国追撃隊の火魔法使いでさえ、あの威力……
初めて火炎の攻撃を目の当たりにしたとき、その威力の大きさに言葉を失ってしまったほどだ。
例のバカ女、織田真莉菜の火力はそれをもはるかに上回る。
たしか、宮廷魔法師の百人分以上とかって言ってたよな……。
もう、乾いた笑いしか出なかった。
「ナオヤ殿、どうしたのだ? らしくないぞ」
そう言ったデラはどことなく飄々としてる。
戦争のことなどたいして気に留めていないようだった。
「デラは豪胆だな。ちょっとうらやましいよ」
「べつにそういうわけではないぞ」
昨日のことを嬉しそうに話すデラ。
あの崖のふもとで魔獣に囲まれたとき、もうどうにもならないと思ったそうだ。
でも、俺が現れて簡単に駆逐してしまった。
少なくとも彼女にはそう見えたらしい。実際はかなり苦戦したのだけど……
「ナオヤ殿、あなたは我が樹海王国に降り立った英雄。だから今度もきっとなんとかしてくれる。私はそう信じているんだ。おまえたちもそうだろ?」
とデラが侍女たちに向かって問いかける。
「はい、だんな様なら絶対に勝てます」
「そうです! なんの力もなかった私たちでさえ、だんな様のおかげで戦えたのです。だんな様はすごいのです。」
「だんな様なら国中のみんなの力を集めることができます。滅びるのは帝国の方です」
侍女たちが口々に賛同の言葉を示す。
一様に前向きで、本当に勝利を疑っていないみたいだ。
戦闘員でないぶん、余計な情報にふりまわされることが少ないのかもしれない。
手放しで称賛されると何だかこそばゆい様な気持ちになるけど、彼女たちの言葉を信じてみようとも思った。
半分、自己暗示みたいなものだけど、なんだか力が湧いてきた。
そう、俺のスキルは強い。
絶対やつらには負けない。きっと、勝てる。
すぐそばでは、アリッサとシャンテルが笑っていた。
とにかく樹海王国に向けて出発だ。
「さあ、行こう」
使節団一行は深い森を東へと進んだ。




