第2話 巻き込まれて、異世界
少々混乱していると、陛下と呼ばれた壮年の男が俺たちに語りかけてきた。
「守護者たちよ。異世界からよくぞ我が帝国の呼びかけに応じてくれた。余はこの国を統べる君主、皇帝ベルハイムだ」
そんなに偉そうにしなくてもいいのに……。
女子二人はいまいち事態が呑み込めないのか、ポカンとしている。
が、織田真莉菜の方が一早く立ち直った。
「ちょっと! そこの髭オヤジ! なにいってるのよ!? 異世界だぁ? あたしたちは呼んでくれなんて頼んだ覚えはないわよ」
うん、そうだ、そうだ。俺たちは頼んでない。
「勝手にこんなところに連れてきて――。ちゃんと説明しなさいよ! ここ、どこよ? 早く元の場所に戻しなさい――」
織田真莉菜は止まらない。けたたましく喚き、罵詈雑言がちらほら交り始めた。
でも、ちょっと自重したほうがいい。その髭オヤジ、この国の元首だ。
生殺与奪の権を握っているのはたぶんその人だ。
皇帝が顔をしかめたのを見て、この国の宰相らしき人物があわててとりなした。
「ご安心ください。まりな様。皆様が元いた世界への帰還の方法はあります。我々の願いを聞き入れてくだされば、無事にお送りすることを約束いたします」
さすが、宰相っぽい人。何気ない会話から俺たちの名前を特定してるあたり、如才ない。
織田真莉菜は帰還可能なことを聞いて少しは落ち着いたみたいだ。
それから、宰相が中心になって、この世界、この国のことを説明し始めた。
はなし、長いよー、長すぎ。
要点が見えないし、大事なところを隠そうとしている感じもする。なんだか怪しい。
で、結局のところ、ざっくりまとめればこういうことだった――
帝国は只今、絶賛領土拡張中! だから、周辺の蛮族を討伐するのに協力しろ、報酬ははずむ、と。
こんな誘拐じみたことをする人たちの目的なんて、どうせろくなものじゃないと思っていたけど……まあ、予感したとおりだった。
最初はおとなしくしてようと考えてたけど、だんだん腹が立ってきた。
髭オヤジズが偉そうにしているのも気に喰わない。
最高権力者の前で自制すべきだったかもしれないけど……一言苦情を言いたくなった。
「あの、お言葉ですが、反乱を起こそうとしている勢力は東の蛮族ということで間違いないですよね? あなた方が蛮族と呼ぶからには、相手はここよりも文明程度が低い小国なのではないですか?」
「いかにも。敵は未開の蛮族、いまいましい亜人どもだ」
意外にも皇帝自ら答えてくれた。
「亜人……ですか?」
「そうじゃ。敵は低俗、無教養の亜人だ。我ら只人は、彼奴ら異形の民を教化して、文明の世界に導いてやらなくてはならない」
亜人か……。この世界には只人とは区別される種族がいるらしい。
言葉の端々から侮蔑と偏見を感じるので、亜人はこの国では虐げられているみたいだ。
俺は恵まれているとは言い難い環境で育ったので、彼らに同情の念を抱いた。
「それなら、わざわざ、私たちに頼らなくても、皆様で対応すればよろしいのでは? 見たところ、立派な兵士さんがたくさんそろっているようですし……。それに、なんの力もありませんよ、私たちには」
「そうよ、そうよ! アンタたちで勝手にやりなさい! あたしたちはまだ高校生なの。未成年よ! わかる!?」
この点では織田真莉菜と意見が一致した。
けど、俺たちの文句は華麗にスルーされる。
代って、宮廷魔法師筆頭が説明役を引き継いだ。
「皆様はこの世界よりも活性準位の高い世界から来られました。ですから、その御身には大きな潜在力が秘められている、と信じます」
どうやら、この世界では、一人に少なくとも一つ、特技というものが授けられるらしい――。別の世界から召喚された者は、特に強力な特技を備えることがあるんだとか……。
「守護者の皆様には、きっと特別なスキルが宿っているでしょう」
それで、資質の高そうな異世界人に狙いをつけて、大規模な召喚魔法を発動したというわけか……
本当に迷惑な話だし、いい加減にしてもらいたい。
でもスキルというのは正直、気になるかな。
帝国への協力の可否は別にして、知っておいた方がいいか……
だから、ひとまずこの流れに乗ることにした。
「いまからお一人ずつ調べますので、準備が整うまで、いましばらくお待ちください……」
しばらくすると、宮廷魔法師筆頭が女子に声を掛けた。
「まりな殿、こちらへどうぞ」
はじめに、活発な元気女子、織田真莉菜が呼ばれた。
若い宮廷魔法師の男の前に進み出る。
「まりな殿、この者の手に軽く触れてください。彼の者の高位鑑定魔法が発動した後、ご自身の潜在力を開放するように強く念じて下さい。あなたのスキルが固有の魔法陣となって顕現します」
織田真莉菜が軽く頷き、自分の手を宮廷魔法師が差し出した両手の上に重ねた。
接触部位に小さな赤い魔法陣が浮かび上がる。
宮廷魔法師がハッと息をのみ、大きく目を見開いた。
俺にはその模様がどんな意味を含んでいるのかまったく理解することはできない。だけど、直感的に、火を想起させるものであることは分かった。
鑑定結果は――
「『極火炎魔法』です。火力は我ら宮廷魔法師のざっと百人分以上」
周囲からどよめきが上がる。
「あつらえ向きだ。こちらの戦力構成に好都合」
「これで部隊を進めやすくなりますな」
「樹海深部の亜人共の住みかを焼き払ってはどうかのう」
「奴らの慌てる姿が目に浮かぶわ」
重鎮たちの反応に気を良くしたのか、織田真莉菜がはしゃぐ。
「えっ、もしかしてあたしってすごい? ひょっとしてデキる女?」
宮廷魔法師らが、すかさず、舞い上がった女子をよいしょする。
「すばらしいスキルです」「さすがは異世界からの救世主様」「百年に一人の逸材ですな」
称賛の嵐で、織田真莉菜がさらに調子に乗った。
あわてた宮廷魔法師筆頭が諫めるような口調で注意を促す。
「ただ、まりな殿。強力なスキルは体に定着するまで多少の時間を必要とします。訓練は徐々に進めますので、慣れるまで勝手にスキルを発動しないでください」
織田真莉菜がちょっとばつの悪そうな顔で答える。
「そ、そうね、わかったわ。まずは訓練ね」
さっきまで文句たらたらだったのに、そんなことは忘れてしまったみたいだ。
もうこの国に協力する気になっている。
戦闘に参加したら、前線に立たされること、分かってるのかな?
続いて、控えめ女子の磯野香織が呼ばれ、同じように高位鑑定魔法が行使された。彼女の手から朱色の魔法陣が出現した。火系のものとは形態がずいぶん違う感じがする。
彼女の持つスキルは……
「『障壁展開』。それも超大型です」
さっきとは異なった種類の感嘆の声が上がる。
「まさに守護者ですな……」
「これは心強い」
防御系のスキルだけど、非常に珍しく、物理攻撃も、魔法攻撃もはじく優れもの。
展開範囲も桁外れに大きく、これほどのものは過去に例がない、と宮廷魔法師が言っている。
磯野香織は、何か考え込んでいる様子だったけど、すぐにわれに返った。
「あ、あの、それで……雑賀君のスキルは?」
磯野香織から出た言葉は、喜びでも自慢でもなく、俺のことを気遣うものだった。
こんなときでも他人を思いやることができるなんて……いい子だ。そう感心してしまった。
俺の名前が最後に呼ばれる。
術者の高位鑑定魔法を受けて、俺の手の甲からは瑠璃色の紋様が浮かび上がった。
さぁて、俺のスキルは――
「さいか殿、貴殿のスキルは……へっ? なんだコレ?」
真面目そうな宮廷魔法師を素で困らせてしまった。
なんていうか……すまん。