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第19話 追撃(3)

 灼熱の火炎流がシャンテルの背後に襲いかかる。

 振り返った彼女の視界に映る火炎が生き物のように揺らめいている。

 背筋が寒くなるほど不気味だった。


 必死に遠ざかろうとするシャンテル。

 が、業火は酸素を喰いつくしながらシャンテルの背後へと届こうとしていた。


 回避不可能。

 苦渋の選択を迫られるシャンテル。


<すまん>


 と騎乗する愛馬に許しを請うように叫び、彼女はたてがみを掴みながら馬の首の下に回り込んだ。


 愛馬の体が火炎に包まれる。

 悲痛ないななきが聞こえてくるようだ。

 が、馬の体を盾にしたことでシャンテル自身は火炎の直撃を免れている。

 ただ、火炎の勢いはすさまじく、回り込んだ火が彼女の体にも燃え移った。


<放棄せざるをえない>


 シャンテルの悲痛な感情がこちらにも伝わってきた。

 彼女が叫ぶ。


<許せよ! お前の犠牲を無駄にしない>


 シャンテルは、苦楽を共にした愛馬をもうこれ以上苦しめないようにと心臓の位置にグサッと剣を突き立てた。

 肋骨の間に穿った深い傷からはげしく血が吹き出る。

 馬が力を失い、転倒する。

 その瞬間、彼女は馬の首から飛び退いて、地面をゴロゴロと転がった。


 なんてこと……だ。

 それでも彼女に燃え移った火は消えてくれない。


「あっ、いや、シャンテル、シャンテル!」


 アリッサが必死に叫ぶ。

 けれど、隣にいるダークエルフのデラ、いまは臨時の護衛隊副長を務めている彼女はわりと落ち着いている。


「姫様、隊長ならあれくらい大丈夫です」


 その言葉どおり、シャンテルは果敢にも立ち上がり、一瞬で鎧を脱ぎ捨てた。


「ほらね。大丈夫だったでしょう」


 とにっこりするデラ。

 シャンテルが装着していたのは特殊な鎧。

 過去の苦い経験から考案されたもので、非常時には緊急脱離パージできる構造となっているらしい。

 そんなことを知らなかった俺とアリッサは、シャンテルが軽い火傷で済んだことに心底ほっとした。


 そして、シャンテルは、弓を手に取り、愛馬の仇である火魔法使いに矢の束を連続で放った。

 その火魔法使いにとって、火炎を放つために盾役の前衛をどかせていたことが裏目にでる。

 防御もなく丸腰の火魔法使いは、矢の束を喰らってあっけなく絶命した。


 が、危機が去ったわけではない。

 馬も鎧もない今のシャンテルは、次の火炎攻撃を受けたらひとたまりもない。


 無情にもクロが新たな熱エネルギーの反応を検知する。

 それも複数だ。


<シャンテル、走れ! 早く戻ってこい! 火炎の第二弾がくるぞ!>

<わ、わかってる!>


 俺は、シャンテルの現在位置から防御地として選んだこの岩場までの最短経路を特定し、シャンテルに指示した。

 彼女は森を突っ切りながらこちらに向けて真っすぐ駆け出す。


 森の中に入ってしまえば少しは安全だ、いくらなんでも森に向けて火炎を放つことはしなんじゃないか、と俺は期待した。

 だけど……そんな考えは甘かった。


 複数の熱エネルギー反応がどんどん大きくなる。

 敵はこのまま火炎を放射するつもりだ。

 森を焼き払うのになんのためらいもないらしい。


 なんて奴らだ。


 あの火魔法使いたち、エリートだかなんだか知らないけど、正真正銘のクズだ。

 もしかしたら、味方の兵卒でさえ使い捨てにするつもりかもしれなかった。


 間に合うか?


「デラ、水弾の用意を! 届きそうか?」

「あぁ、隊長はもうだいぶ近い。最大出力ならなんとかいけそうだ」

「風属性の侍女さんたち、圧縮空気の生成を頼みます」

「はい! だんな様」


 火炎の攻撃を繰り出すには多少のタメが必要なことが分かっている。

 そうそうポンポンとは放てないのが救いだった。

 臨界まであと数秒の猶予。


 こちらが先制する!


「デラ、目標はシャンテルの背後。いいか……水弾、放て!」


 水魔法使いのデラが咆哮ほうこうをあげながら、巨大な水弾を打ち上げる。


 おぉ、すごいもんだ。

 これがデラの魔力全開……

 圧倒的な推進力を得て加速する巨大な水弾。

 感心しながら見上げていたけど、敵方からも予測したとおりのタイミングで火炎が放射された。

 三条の炎がシャンテルに向かって延びる。


 木々に当たりながら火勢は削がれている。

 けど、人一人を焼き尽くすには十分すぎるほどの業火。

 さきほど犠牲になった馬のことが脳裏をよぎる。


「シャンテル!」「隊長!」


 アリッサ、デラたちは祈るような面持ちだ。

 水弾が到達するまであと数秒。

 そのわずかな時間がとんでもなく長く感じられた。


 でも、ちょっと心配だったけど、アリッサの予測した未来位置はドンピシャだ。


「よし! 計算どおり!」


 三条の火炎がシャンテルの背後に届こうとする瞬間――

 水弾がシャンテルの至近に届き、内部に仕込ませておいた圧縮空気が一気に膨張した。


「ボンッ」


 水弾が爆散し、細かい水滴が四方八方に放射される。

 水の瀑布が火炎を押し返し、水蒸気があたりに立ち込めた。


 そして――

 シャンテルも吹っ飛ばされていた。

 彼女の顔は煤だらけ、体は泥だらけだ。


<ナオヤ! 助けてもらったのは感謝するがもっとマシな方法はなかったのか!>


 ちょっとむくれているシャンテル。

 まあ、これだけ元気なら大丈夫だろう。


 それにさすがは歴戦の戦士だ。

 彼女は素早く体勢を整え、憎き火魔法使いを狙撃しようと試みる。

 けれど、相手も警戒していたのか、さっと防御を固めてしまった。

 残念無念。

 シャンテルは腹立ちまぎれに敵の馬を集中的に狙った。

 これで奴らの足が一時的に止まるはず。


 とにかく――


<シャンテル、無事でよかった>

<こちらの防御地まで早く戻ってください>


 アリッサが残り百メートルちょっとの道のりを誘導する。

 シャンテルは息を弾ませながら無事に帰還した。


「シャンテル……無茶をしないでください。あなたまで失ったら……わたしは……」


 アリッサ姫がシャンテルに抱き着き、顔をうずめる。


「あ、あの姫様……お召し物が汚れますので……」

「うっうっ」


 そんなことはお構いなしにアリッサ王女は咽び泣く。

 副長デラもシャンテルの生還と武勲を悦んだ。


「隊長殿、お見事でした!」

「うん、お前の水魔法のおかげで命拾いした。ありがとう」

「いえ、ですが……なんともおいたわしいお姿。適齢期はとうに過ぎているというのに、これではまた縁談が遠のきますな。わっはっは」

「う、うるさいぞ!」


 デラに「ボゴッ」と強烈な一撃。

 頭を抱えて涙目になるダークエルフ。


 余計なことを言うからだ。俺も気をつけよう……。


 けど、たしかにデラのいうとおり、そばで見るシャンテルは酷い有様だった。

 美しかった長い髪は焼け焦げてチリヂリ。

 あちこち煤だらけ、泥だらけで、全身ずぶ濡れ。

 鎧の下に着こんでいたインナーウェアはボロボロでところどころ素肌が露出していた。


「ナオヤ、私は武人だが、少しは恥じらいというものも持ち合わせているんだ。すまんが……」

「……ナオヤさん、あとでお話がありますよ」


 ジト目のアリッサに責められた。

 そんなにジロジロ見ていたわけではないのだけど、ごめんなさい……。

 居心地が悪い。


 そんな中、シャンテルが手早く装備を整える。


「みんな、戦闘は続いている。気を抜くな。残党どもを一掃するぞ」


 さっきシャンテルが愛馬の仇とばかりに敵方の馬を片っ端から行動不能にしたので、帝国の追撃隊は徒歩でゆっくりとこちらに迫っていた。


 敵の主力である火魔法使いは、三人まで数を減らした。

 けれど、おそらく宮廷魔法師でもある彼らは、こちらを寡兵かへいと侮っているのか、余裕のある態度を崩していない。

 依然として自軍の勝利を疑っていないようだ。

 対して一般兵の方は、あきらかに士気が衰えている。

 シャンテルの猛攻で瞬く間に半減したことが効いている。

 両者の対照的な態度につけ入る隙があるかもしれなかった。


 とうとう、敵が交戦距離に入る。

 シャンテルが速射を浴びせ、敵の弓兵も応射した。

 互いの矢が戦闘空間を飛び交う。


 ただ、こちらの攻撃は相手の盾に阻まれ、敵の攻撃もこちらが防塁とした大岩に弾かれた。

 決め手がない。膠着状態となる。

 が、突然、敵陣に熱エネルギー反応が生じ、それがどんどん凝縮し始めた。

 業を煮やした敵の火魔法使いが火炎攻撃でケリをつけようしているのだ。

 しかも、狙撃を警戒してか、盾役は前面に張り付けたままだ。放射の瞬間だけ、盾を外すつもりかもしれなかった。


 これでは……どうしようもない。


 シャンテルがわずかな隙間を狙って狙撃を試みる。

 だけど、そううまくはいかない。


 まずい! 火炎が来る。


「デラ、魔法使いのみんなで協力して冷却幕をはってくれ」

「了解だ」

「はい!」「わかりました」


 侍女たちも元気に応える。

 彼女たち、昨日の魔獣との戦闘で自信をつけたみたいだ。

 戦闘員ではないけれど、抜群にセンスがよい。

 大きな出力を出せないかわりに精密な制御は得意だった。それに器用だ。

 ほんの少しのアドバイスで特殊な運用法にも対応してみせた。

 この使節団にとって希望の光。

 言い方は悪いけど、けっこうな掘り出し物だった。


 デラの水魔法で、目の前にいくつもの水球が浮かび上がる。

 それを風属性の侍女たちが無数の風弾で粉々にした。

 最後に、氷雪属性の侍女たちが霧雨となった水の幕を一気に凍らせる。


 三つの異なる属性の魔法使いが協働して作り上げた冷却幕。

 目の前にキラキラと光る白い細氷の幕が幾重にも重なった。

 これが火炎攻撃への対抗手段。


 しかし、冷却幕の完成とほとんど同時に凶悪な三条の火炎が襲い掛かってきた。

 灼熱の炎が冷却幕を食い破る……。

 でも、明らかに火勢は削がれた。


「みんな、姿勢を低くして身を隠せ」


 勢いの衰えた炎は岩場にぶち当たって拡散する。

 多少の熱風は届いたけど、みんな無事なようだ。


 これで、次回攻撃まではしばらくの猶予がある。

 いまこそ、一気に攻勢をかけるとき。


「デラ、みんな! 次は氷弾での飽和攻撃。高角度高高度ロフテッド軌道を使う」

「ナオヤ殿、なんだそれ?」

「こちらで指示したとおりの仰角と発射速度で打ち出してくれればいい」

「わかった」「はい、だんな様」


 デラが中心となって、作業が進められる。


「デラ、できるだけ重さを揃えてほしい。着弾点を絞りたい」

「わ、わかった。なんとかやってみる」


 協力しあうのはデラと二人の氷雪魔法使い。

 氷の弾頭が次々と出来上がった。

 次は風魔法使いの出番。

 炸薬がわりの多数の圧縮空気と旋風つむじかぜの砲身が並ぶ。


「準備いい?」

「だんな様、用意よし、です」

「わかった。アリッサは砲線の補正を手伝って」

「はい!」


 発射態勢が整った。


「みんな、いくよ……射ちぃ方始め!」

「ドン、ドン、ドン、ドン……」


 圧縮空気の弾ける音が絶え間なくあたりに響いた。

 多数の氷弾がほとんど真上に打ち上がる。

 見たこともない攻撃を目の当たりにして敵方が狼狽えた。


 着弾の数秒前。

 真っ逆さまに落ちてくる固く冴えた弾の群が目の前に迫るのを見て、敵の前衛がパニックに陥る。


「いやだ、だめだ。こんなの無理だ」

「押すなよ、おい!」

「もうおしまいだ」


 そうした混乱のなか、盾役を指揮する火魔法使いの連中が怒声をあげる。


「ばか野郎! 落ち着け!」

「こら逃げるな、そこのお前!」

「体を張れ、我らを守るんだ」


 が、盾役たちはそれどころではない。

 上官の命令に一部の者は露骨に反抗する。


「やかましい! えらそうにするな」

「ばかはお前だ。勝手にやれよ!」

「無理にきまってんだろ」


 おぅ、醜い。こんなときに内輪もめ。

 そして、恐怖に耐えられなくなった盾役たちが我が身かわいさに盾を真上に掲げた。


「いまだ! シャンテル!」


 そこへ、素早く応じたシャンテルの連射。

 防御のほころびをぬい、火魔法使いたちの額や首をやすやすと打ち抜いた。

 火魔法使いの連中が崩れ落ちる。

 帝国エリートたちのあっけない最期だった。


 主力を失った敵部隊が途端に崩壊を始める。

 悲鳴を上げながら逃走を始める者が後を絶たない。

 武器を捨ててその場にひざまずく者もいる。

 一部の者はあきらめずに果敢に突進してきたが、こちらの攻撃を受けてあっさりと打ち倒された。

 ついに……立っている敵は一人もいなくなった。


 ……お、終わった。


 今回、主力として攻撃に参加したこちらの正規兵はたった二人だけ。

 にもかかわらず、帝国の精鋭五十人を擁する追撃隊に勝ったのだ。

 頬が紅潮し、説明できない気持ちが胸いっぱいに込み上げてきた。


 護衛隊の隊長シャンテルと副長デラが肩を組んで吼える。


「ざまあみろ! 腰抜けども!」

「火魔法使い、だめだめだなー!」


 こちらの大勝利だ。


 アリッサが安堵する。

 その表情をみて、俺はこの世界に来て初めて満ち足りた気持ちになった。


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