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第17話 追撃(1)

~登場人物メモ~

■雑賀直矢/ナオヤ 本作の主人公。高校三年生。

■アリッサ 樹海王国第一王女。和平使節団の団長。銀狼族

■シャンテル 王女の護衛。エルフ

■デラ シャンテルの部下。ダークエルフ。水魔法使い

■クロ 黒曜鳥。ナオヤの使い魔。

 少し肌寒い感じがして目が覚めた。

 朝靄あさもやにとざされた薄明の森には、ひんやりとした空気が漂う。


 使節団の一行はもうとっくに起きていて、慌ただしく出発の準備を進めていた。


「おはようございます!」


 と後ろのほうから元気な挨拶が聞こえてきた。

 振り向けば、そこにはアリッサ王女の姿があった。

 彼女の頬はかすかに上気していて、桜色の唇からは白い吐息が流れている。

 その様子にドギマギしながら、俺はあわてて挨拶を返す。


「お、おはよう。みんな早いんだね」

「ええ、王国に戻ることになったので、出発が待ちきれないんだと思いますよ」


 アリッサがにっこり笑う。

 昨日は多くの仲間を失った。悲しみが消えたわけではないと思うけど、王国に引き返すことを決意した王女の顔にはもう迷いの色はないみたいだ。

 前途は多難だけど、これでよかったんだと思う。


 アリッサと少しおしゃべりをしていると、シャンテルの声が響いた。


「遅いぞ、ナオヤ! さっさと身支度をすませろ!」

「あ、あぁ、ごめん……」

「シャンテル、なにもそんな言い方しなくても……」

「姫様は、この男に甘すぎます!」


 あたりを見渡せば、護衛隊の隊士が昨夜の騒ぎで散り散りになってしまった馬を集めていた。

 半数以上が失われてしまったみたいだけど、それ以上に人の数が減ってしまったので、馬が足りないということはなかった。


 アリッサ王女たちが乗っていた馬車も、ところどころ壊れた箇所があったけど、とりあえずは使えるみたいだ。

 ただ、馬車には負傷者を乗せることにしたので、王女と侍女たちは個々に馬に跨ることになった。


 みんな乗馬の心得があるみたいだ。羨ましい。

 当然のことながら、俺に乗馬の経験なんてない。


 うーん、どうしようか……と思案していると――


「ナオヤさん、こちらにどうぞ」


 とアリッサ姫が自分の跨る馬に同乗することを勧めてくれた。

 この世界の馬は大きくてがっしりとしているし、アリッサも小柄なので俺の体重が加わっても大丈夫らしい。

 別に歩いても良かったのだけど、興味があったので乗せてもらうことにした。


「う、うん。よろしく……」


 そう言ってアリッサの馬の背に跨ろうとすると――


「ナオヤ、お前はこっちだ!」


 とシャンテルが自分の後ろを指さした。


 なんだろう?

 さっきからシャンテルがカリカリしているような気がする。


「シャンテル。知ってるでしょう? わたしは馬の扱いには慣れていますよ。大丈夫です。さあ、ナオヤさん。どうぞ……」

「姫様! そういう問題ではありません。お立場というものをわきまえてください」

「恩義に報いるのも王族の大事な務めですよ」

「何をおっしゃられようとダメなものはダメです! ナオヤ、いいな、お前はこっちだ!」


 アリッサとシャンテルの間で言い争いが始まってしまいそうだ。

 俺は素直にシャンテルの指示に従うことにした。


「じゃ、じゃあ、シャンテル、よろしく……」

「ふん、さっさと乗れ!」


 なんとか跨ることには成功したけど、バランスをとるのがやっとだ。

 そんな俺を気にすることもなく、シャンテルは――


「出発!」


 と下令すると、馬の胴体を軽く締め付けた。

 そして馬がゆっくりと前進し始める。

 思ったより揺れる。


「わっ」

「ばか! しっかりつかまってろ」


 シャンテルはなんだかやっぱり機嫌が悪い……。


「な、なあ、シャンテル? さっきからなんで突っかかってくるんだ? 気に障ることがあったなら謝るぞ?」

「別に突っかかってなどいない」

「そ、そうか?」

「ああ、そうだ。ただ、ナオヤ……」

「ん?」

「姫様はお優しい方だ。姫様を傷つけるようなマネをしたらこの私が許さないぞ」


 アリッサ姫を心配する気持ちも分かるけど、一緒に戦った仲間なのだから、もう少し打ち解けてくれてもよさそうなのに……


 そんなシャンテルの言動を見かねたのか、アリッサ姫がいさめるように言った。


「シャンテル、失礼ですよ。ナオヤさんはそんな人ではありません。いくら只人ヒューマンが嫌いだからと言って……恩人のナオヤさんまで一括りにするのは間違ってますよ」

「……べ、べつにナオヤのことが嫌いというわけでは……」


 口の中でモゴモゴ言うシャンテルを並進するアリッサがジイッと見つめる。

 シャンテルは気まずそうに視線を逸らした。


「あぁ、なるほど。そういうことでしたか……シャンテルは分かりにくいですね、ふふ……」

「……」

「もう少し素直にならないとナオヤさんには伝わりませんよ……」

「な、な、なにをおっしゃられるのですか、姫様!? おたわむれもほどほどに……」


 表情はうかがいしれないけど、シャンテルは相当あわてているみたいだ。

 わけが分からない……


「なあ、シャンテル。なにか言いたいことでもあるのか?」

「お前は黙ってろ! 舌噛むぞ!」


 アリッサがクスクスと笑った。


★*★*★*★*★


 一行は順調に森の街道を東へと進む。

 シャンテルが隊列の先頭で、アリッサ姫は少し下がった位置にいた。


「そういえば、ナオヤ……」


 と目の前で馬を操るシャンテルが首だけを俺の方に振り向けた。


「昨晩のこと、ちゃんと礼を言えていなかったな……騎士としたことが恥ずかしい。我らを救ってくれてありがとう……」


 感謝されても正直なところ気まずい。

 お礼を言われるのは心苦しかった。


「いや、礼なんて……大きな犠牲があったし、もっとうまく立ち回ることもできたかもしれない……」

「そんなことはないぞ。お前が駆けつけてくれなければ我らは全滅していた……。心から感謝する。それに姫様を説得してくれたことも感謝している。私だけでは翻意させるのは難しかった……。姫様はあれでなかなか頑固者だからな……」


 シャンテルはそういうと、顔を正面に向け、前方を真っすぐ見据えた。

 取りすましているけど、心のうちを伝えたことがどうやら照れ臭いようだった。


「そ、そのなんだ……唐突だが、ナオヤはなにか欲しいものはあるか? 国に帰ったら褒賞を貰えるように国王陛下に上申してみるつもりだ」

「えっ、いいよ、そんなの……」


 ……ほしいもの……か

 物欲は少ない方なので、これといって欲しいものはない。


 俺が遠慮でもしているのかと思ったらしく、シャンテルは――


「なんでもいい、とりあえずいってみろ。望みが叶うかどうか分からないが私の方でも善処する」


 と言った。

 うーん、そういわれても困る。


「なに、そんなに心配するな。私は陛下が小さいころからずっとそばに仕えているんだ。多少の無理は通せるぞ……」


 シャンテルはいったい何歳なんだと疑問に思ったけど、怖いから聞くのはやめた。


 彼女のきれいな横顔がぐいぐいと俺に迫る。

 しかたないので、俺はこう答えた。


「強いて言えば……家族かな……」


 父さん、母さんと一緒だったころの夢をたまに見る。

 でも、魔法のあるこの不思議世界でもさすがに無理だよな……


 シャンテルが俯いて黙り込んでしまう。

 ちょっと意地悪だった。困らせてしまったみたいだ。


 いまのは冗談だからそんなに真に受けなくても……


 けれど、ちょっと考え込んだシャンテルが奇妙なことを言いだした。

 長い耳をその先まで赤く染めている。


「そ、そういうことなら……わ、私を縁付けてもらっても構わないぞ……」

「えっ?」

「も、もちろん、お前さえよければだが……」


 ん? シャンテルがモジモジしながらへんな感じに暴走している……。


「ちなみに、こ、子供は何人くらいがいいのだ?」


 と消え入りそう小さな声。はっきりとは分からないけど、そんなふうに質問された気がした。

 褒賞の話から、どうして子供の話につながるのか分からない。

 聞き間違いか……。


「あ、あの、シャンテル? いまなんて……」

「だから、その……」


 もう一度言ってもらおうとしたけど――

 それどころではなくなった。


 突然、背筋に冷たいものが走る。

 だいぶ西の方だけど、なにか嫌な気配を感じた。

 滞空しているクロが危険な事象を捉えたんだ。


 すぐさまアリッサにも念話で確認を取る。


<アリッサ、様子がへんだ>

<なにかいますね……この距離でははっきりとは分かりませんが……魔獣ではありません。おそらく帝国側の追手です>


 何事もなく樹海王国にたどり着けるとは考えていなかったけど、敵の追撃が思ったより早かった。帝国側にしてみれば、この和平使節団の存在を完全に葬り去りたいのだ。


<ナオヤさん、先頭の数名は只人ヒューマンではないかもしれません>


 俺も確認できた。あれはおそらく獣人。

 信じがたい裏切り行為だ。

 護衛隊から脱走した例の行方不明者かもしれなかった。

 分散するように敵部隊の前方に展開している。

 クロが何度も航過してくれたおかげでその人数も明らかとなった。


「四人だ!」


 四人の獣人が斥候役となって帝国の部隊をこちらへと導いている。

 俺の言葉にシャンテルがひどく慌てた。


「ナ、ナオヤ! いくらなんでもそれは多すぎではないか?」

「いや、間違いない。四人だ」

「四人も……」


 シャンテルが驚愕する。

 裏切り行為を未然に防げなかったことに責任を感じているのかもしれないけど、ここに至っては人数はそれほど重要じゃないはずだ。


「そ、そうか……ナオヤがそういうなら……たしかに賑やかな方が楽しいかもしれないが……」


 ん? シャンテルは何の話をしているんだ? なんだか噛み合わない。

 オロオロとするシャンテル。

 顔は赤くなり、心底困り果てている感じがした。


「シャンテル! 西方面に帝国の追撃部隊だ。いまからクロの視覚情報を渡すからから、先頭にいる四人をよく確認して!」

「はっ? 帝国だって? ばか! それを早く言え」


 なにか齟齬があったみたいだ。すまない。

 でも、まずは何よりも情報共有だ。


「いい? 直接入れるぞ。いくよ」


 俺はシャンテルの背なかに手を当てて、クロからもらった情報をシャンテルに流し込んだ。


「ぎゃああ……」


 情報の波にもまれたのか、シャンテルが悲鳴をあげる。


 しまった。もう少し情報量を絞ればよかった。

 このくらいなら……


「シャンテル、悪かった。これでどう?」

「ナオヤたちはいつもあんな光景を見てるのか? 頭が割れるかと思ったぞ」

「それで、どう? 見えるか?」

「ああ、確認した。先頭付近にいるのは確かにうちの隊士だ。昨日から行方不明になっている四名だ。あの裏切り者ども! とんだ恥をかかせてくれたものだ」


 クロが連続的に送ってくる情報から、徐々に帝国側の部隊の全貌が明らかになってきた。

 追撃隊は五十名強。しかも十名以上の火魔法使いを擁している。


 いつのまにか隊列の先頭まで上がってきたアリッサがアドバイスをくれた。


「ナオヤさん、火魔法使いはやっかいです。火炎の攻撃は大樹さえも回り込んでこちらに到達する可能性があります。もっと大きな遮蔽物のある場所に移りましょう」


 アリッサたちの話では、過去の小競り合いで、樹海王国は、帝国の火魔法使いにさんざん苦しめられてきたそうだ。樹海王国側には火属性の魔法使いはいないらしく、水、氷雪、風などの属性は、火魔法使いと相性が悪いらしい。


 つまり、いまの残存戦力の構成では、敵の火炎の攻撃に対抗することが難しい。

 そもそも、こちら側はすでに部隊としてのていをなしていなかった。


 シャンテルが素早く決断を下す。


「ナオヤ、敵はまだこちらの位置を捉えていない。私に初撃を任せてくれ。敵の火魔法使いをできるだけ削りたい。ついでに斥候役の裏切り者どもを始末する」

「わ、わかった」


 俺はシャンテルの馬から飛び降りると、ダークエルフのデラの馬に乗った。


「俺達はこの先の岩場に移る。シャンテル、連接リンクスキルでお前を補助するけど、絶対無理するなよ」

「ああ、行ってくる。姫様を頼んだぞ」


 シャンテルはそういうと、敵の陣に向けて、単騎で駆けて行った。




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