第13話 和平使節団(3)
アリッサがジト目でいう。
「ナオヤさん? くっつきすぎでは?」
「あ、うん、そうだね……」
シャンテルとの制御線はしっかり繋がっている。連携もずいぶんとよくなった。
あとは軽く触れているだけでいいだろう。
次々と迫る魔獣をシャンテルが破竹の勢いで撃破する。
片手が自由になったので、俺も投石紐で攻撃に参加した。
剣と槍の使い手も奮戦し、なんとかダイアウルフを押し返している。
が、いまだ敵の方がずっと数が多い。このままでは、いずれ、押し負ける……
攻撃力が足りない――
「シャンテル、だれかほかに遠距離攻撃できるのはいないのか?」
「い、いない。弓の射手は全員倒れた……すまない……」
水弾を放つ水魔法使いが残っているけど、残存する魔力はほとんどないらしい。
これ以上の魔法攻撃は無理そうだ。
あとは……姫様の侍女たちだけど……
「アリッサ、そちらの侍女さんたちのスキルは?」
「二人は氷雪魔法、もう二人は風魔法のスキルを持っています。ですが、彼女たちは戦闘員ではありません。魔力も低く、実用的な魔法攻撃はとても……」
アリッサが申し訳なさそうに答えた。
でも、単独での攻撃は難しいとしても、みんなで協働させればいけるかもしれない。
「だ、旦那様、お役に立てるなら私たち何でもします。」
「王女殿下をお守りしたいです……」
「簡単にあきらめるわけにはいきません」
侍女たちが戦闘に参加することを願いでる。みんな王族に仕えるだけあって、肝が据わっている。これならいけるかもしれない……。
それに、シャンテルの部下も協力を申し出てくれた。
「ナオヤ殿、私も力になりたい。小さな水弾くらいならまだ作れる。奴らを一頭でも多く倒したい」
魔力切れを起こしかけている水魔法使いは、見たところ、ダークエルフだ。
疲労困憊でフラフラしているけど、闘志を失っていない。
大したもんだ。倒れた仲間の無念をはらしたいと思っているのかもしれなかった。
ただ……このダークエルフ、どこかで見た覚えが……。
たしか、シャンテルからデラって呼ばれていたはず。
「あんた、もしかして、俺をギュウギュウに縛りあげて思い切り蹴り飛ばした人じゃないか?」
「あっ、あはは、なんのことかな? 過ぎたことは忘れようじゃないか……」
ダークエルフのデラがわざとらしく目をそらす。
やっぱり、滝つぼで俺を痛めつけてくれた張本人だ。
だが、いまは非常時、私怨はぐっと飲み込み、彼女からの協力の申し出をありがたく受け入れた。
訓練を受けていない者が大半だけど、俺のスキルなら即戦力化が可能かもしれない。
「では、魔法使いの皆さん、俺に軽く触れて下さい」
ゆっくり説明している時間はない。とにかく実践だ。
侍女たちには、氷雪魔法使いと風魔法使いとでペアを二つ組んでももらった。
それから水魔法使いのデラに小さな水球を作ってもらい、それを氷雪魔法の使い手に渡す。
「だんなさま、こんな感じでよろしいですか?」
「いやもう少し太く、もっと先を尖らせる感じで、限界まで冷たく、固くしてほしい」
小さな水の玉をいくら高速で飛ばしたところでたいした威力にならない。だから、鋭く尖った砲弾型の氷を作ることにした。
「旦那様、私たちはどうすれば……」
「いまからいう方法で氷弾を加速させてください」
まず、氷弾の周りに風の渦を作る。次いで、弾の真後ろで圧縮した空気を一気に膨張させる。
風魔法というのは要するに空気の流れを制御する能力のようだ。だから、エアライフルのようなことができないかと考えた。
「そ、そんなむずかしいこと私たちにできるか……」
「心配しないで……弾を真っすぐ打ち出すことだけを考えてくれたらいいです。あとはこちらでなんとかしますから」
二組とも初弾発射の準備が整った。
長く砲身のように伸びた風の渦を標的に指向させる。
「ナオヤさん、だんだんダイアウルフに押されてきています!」
侍女たちの主であるアリッサは気が気でない。
もう試射している余裕はない。いきなり本番だけど仕方ない。
「二組ともいい?」
「ハイ!」「ハイ!」
「標的は十二時の方向、こちらに突進中のアイツとソイツ。単射。射ち方用意……」
氷雪魔法の使い手が氷弾を保持し、風魔法の使い手が圧縮空気開放のタイミングを待つ。
「射てェ!」
「ボン」「ボンッ」
発射の号令とともに、渦を纏った冷たい氷の弾二発が高速で飛び出した。
一発目が右のダイアウルフの喉を抉る。
二発目が左のダイアウルフの首を貫き、さらに、その後ろにいた巨狼にまで致命傷を与えた。
姫様と侍女から歓声が上がる。
護衛隊のなかで唯一生残った魔法使い、ダークエルフのデラも安堵の表情を見せた。
「デラ、すまないけど、休んでいる暇がない、水球をどんどん作ってくれ。小さくていい」
「あ、ああ、分かった、ナオヤ殿。命の限り、作り続ける――」
デラは肩で息をしているけど、気丈にも、残り少ない魔力を振り絞って水球を作りつづける。
侍女たちだけでは、なにもないところから氷弾をつくるのは無理だ。
デラの水魔法が命綱。彼女の魔力が完全に尽きる前になんとか決着をつけたい。
「ボン」「ボン」「ビュン」
シャンテルと魔法使い組が懸命に応戦する。
もちろんクロも航空支援に尽力してくれている。
だいぶ敵の勢力が削がれた。
残存する魔獣はおよそ二十頭。
しかし、慎重で賢い個体が残ったようだ。
闇雲に、バカ正直に真っすぐ突っ込んでくるのはもういない。
「ちぇっ、バレたか」
こちらの弱点が知られてしまった。
敵の魔獣は、左右への移動を加えたトリッキーな動きを取り入れ始める。
大きく左右に動かれると方位角が一定しない。こうなると、命中率が大幅に下がった。
射手役のシャンテルが焦り始める。
「おい、ナオヤ! 何とかしろ。弓射も氷弾攻撃も外れているぞ」
「すまない、俺のスキルの限界だ。あんな風に動く標的は苦手なんだ」
魔獣による包囲網が徐々に縮まる。
敵が本格的に反攻に転じるのも時間の問題だ。
あと、少し。あともう少しなのに……一歩足りない。
何か、何か決め手はないか……。
すると――
「なあ、ナオヤ。こんなときになんだか……おまえ、どうして私たちにそんなに引っ付いているんだ」
シャンテルが若干迷惑そうにそう言った。
「しょうがないだろ。俺のスキルは味方の射撃を補助する能力。協力相手に触れていないと制御が利かないんだ!」
ただの偶然なのだけど、俺の周りにいるのは女ばかりだ。いや、本当に偶然だ。でもさすがに絵面がよろしくない。
こちらを心配そうに見守るアリッサ姫だが、さっきから若干軽蔑の眼差しが含まれているような感じがする。気のせいだと信じたい。
シャンテルが不思議そうな表情を浮かべた。
「そ、それは分かっているが……でもな、お前の相方のあの黒曜鳥はあんなに離れたところにいるじゃないか。なのに、お前の指示どおり、ちゃんと攻撃できている。どうしてなんだ?」
「えっ?」
どうして、と聞かれて、一瞬、思考が固まった。言葉に詰まる。いままで深く考えたことがなかった。
どうして、俺はクロの視覚を感じることができる?
どうして、クロは俺の制御を受けることができる?
離れているのに――
クロがいくら賢くても、不思議な力を持つ魔鳥であったとしても、触れていない俺と連携が取れていることの説明がつかなかった。
「なあ、ナオヤ? さっきから気になっていたんだが……」
「なに?」
「もしかしてお前、副特技を持っていないか?」
「ああ、うん。持ってるらしい。まえに帝国の宮廷魔法師にそういわれた。でも発現していないらしくて、中身はさっぱり分からない」
「やっぱりそうか……たぶん、お前のサブスキル、もうとっくに発現しているぞ」
シャンテルがいうには、彼女も副特技持ちらしい。
低級だか鑑定魔法が使えるそうだ。
シャンテルは、俺が触れているとき、俺に副特技が発現しているのを感じたと言っている。
「そ、それで、シャンテル。俺のサブスキルはどんな能力なんだ?」
「すまない。そこまでは……」
残念だけど、帝国の魔法師ほどなんでもはっきり読み取れるわけではないらしい。
でも、クロとの連携に鍵があるような気がする。
考えあぐねていると、アリッサ姫が会話に入ってきた。
「ナオヤさん、いいでしょうか? ナオヤさんにはクロさんが捉えた風景と敵の動態が見えているんですよね?」
「う、うん」
「そして、クロさんにはナオヤさんのスキルの作用が伝わるんですよね?」
「は、はい」
アリッサは記憶をたどりながら何かを考えているようだ。シャンテルともいくつか言葉を交わした。
そして、こう結論を告げる。
「たぶんですが、まず、クロさんのスキルは『広域探査』です」
うん、たしかにクロはレーダーっぽい働きをする。
その見立てで間違いないと思う。
「そして、ナオヤさんの第二のスキルは……おそらく『連接』です。過去において銀狼族に一人だけそのスキルを持った人がいました。連接で結ばれた者同士は互いの感覚を共有したり、互いのスキルを協働させたりすることできると聞いています」
アリッサの説明を聞いて、腑に落ちた。クロと連携できたのはそのせいか……。
第二のスキルが開眼していたんだ。
でも、どうやったら、他人との連接が確立できる? 教えてほしい。
「シャンテル、いますぐあんたと繋がりたい! どうしたらいい?」
「バ、バ、バ、バカ! へんな言い方するな! どうすればいいかなんて私が知るわけないだろう? そもそも、お前はどうやってあの黒曜鳥と連接したんだ?」
んー?? どうやって? 分からない。なにも特別なことをした覚えがない……
「ナオヤさん!」
アリッサが決意を秘めたように真剣な眼差しで迫る。
「わたしにできることは何でもします。わたしのすべてを捧げます。どうかわたしの力を使ってください。わたしはみんなを守りたい、みんなの役に立ちたい……だから、ナオヤさん、わたしにもあなたの力を貸してください……」
アリッサは俺に抱き着きながら、そういった。
この細い腕のどこにそんな力があるのかと思うほど、彼女の腕は思いっきり強く俺に絡みついた。
「う、うん。わかった。俺もアリッサを助けたい。みんなの力になりたいよ」
俺がそう言い終えた瞬間、俺たちの足元にボウッと大きな魔法陣が二つ浮かび上がった。
瑠璃色に輝く一つの魔法陣は何度も見たことがある。俺自身のものだ。
もう一つ、同じく瑠璃色に神々しく光る魔法陣は……アリッサのものだ。
この二つの魔法陣が重なると、精緻で美しい模様が浮き彫りになった。
その模様は、まるで、はじめから一つの魔法陣であったかのように寄り添い、ぴったりと組合わさっていた。
アリッサとの連接が確立。
成功だ。クロの時も同じような現象が起こったことを思いだした。
そして――
「ナオヤさん、私のスキルは『測的』。標的の未来位置を予測する能力です」
俺のスキルに足りなかったもの……欠けていた大切なピースが……
いまぴったりと嵌った――




