第10話 縛られて、放置
結論からいうと、アリッサ王女の厳命で俺に対する攻撃は中止された。
でも――
俺はあっけなく拘束されてしまう。
「副長! 処置終わりました。こんな感じでどうでしょう?」
「うむ、いいだろう」
女騎士シャンテルが部下の報告にオーケーを出す。シャンテルは護衛隊の副長らしい。敵国まで乗り込むつわもの揃いの集団のなかで、ナンバーツーの地位にいるのだから、相当な手練れなのだろう。
そんな彼女に善戦したのだから、俺もなかなかじゃないか――
と、そう自分を慰めてみたものの、木に括りつけられて全く身動きがとれないでいる俺はとってもかっこわるい……。
シャンテルが屈みこみ、視線の高さを俺に合わせた。
「おまえ、たしかナオヤとか言ったな。姫様に免じて命だけは助けてやる。特別に少しだけ縄は緩めにしておいた。運が良ければ、脱出することも叶うだろう」
シャンテルがクールに言い放つ。
が、俺はそれどころではない。彼女の顔が近い、とても近いのだ。
「おい、おまえ、なんとかいったらどうだ?」
シャンテルは姫様に感謝しろと迫るが、こんなに迫られると胸がドキドキする。
なにより、豊かな胸の谷間が目の前にあった。
「きさま……ナオヤ! 聞いてるのか? どうした? ボケッとするな!」
「あっ、いえ……お美しいなと思いまして」
「な、な、な、なんだと……」
クール系の美女が口をパクパクさせて狼狽している。
「只人ごときがふざけたことを……!」
偽らない素直な感想だったのだけど、存外純情なところがあるこのエルフさんを怒らせてしまった。次の瞬間、彼女は、顔を真っ赤にしながら、腹立ち紛れに剣の柄で俺をこづいた。
「ぐぅぇ」
「シャンテル、おやめなさい。ナオヤさんを傷つけてはいけません!」
王女アリッサがあわてて止めに入る。
「姫様、この不埒ものに近づいてはなりません」
「シャンテル、何度言えば、分かるのですか? この方は帝国の人間ではありません」
「そ、そうかもしれませんが、この男、かなりの使い手。密命を帯びたスパイだという可能性は捨てきれません。危険です!」
シャンテルは俺がいかに危険な存在であるかを必死に姫様に説いている。
ふふ……俺は危険な男?
そういわれると、ちょっとうれしい。人畜無害の存在感なしがこれまでの定評。
なんだか、レベルアップしたみたいでいい気分だ。
まあ、姫様は半分あきれた顔をしているけど……
「シャンテル、少しの時間でいいのでナオヤさんと二人きりにしてください」
護衛の女騎士シャンテルは難色を示したけど、目の届く距離に留まることを条件に、姫様の言葉に渋々だが従った。
アリッサが申し訳なさそうに、俺に謝罪する。
「ナオヤさん、こんなことになって本当にごめんなさい。シャンテルは根はとてもやさしいのですが、少々頑固なところがありまして……只人の方を激しく拒絶する傾向があるのです」
「いえ、大丈夫です。とくに怪我はしていません」
それから、アリッサは自分の背でシャンテルからの視線を遮り、そっと何かを俺に手渡した。
「御武運を……」
アリッサは小声でそういうと、一礼して俺のそばを離れた。手に握らされたのは、こぶりのナイフだった。ふたたび近づいてくるシャンテルに見つからないように、俺はそれを素早く隠す。
「ナオヤ、我らの姫君に仇をなすようなマネをするなよ」
「は、はい。もちろんそのようなことはしません。エルフさん」
「……シャンテルだ……」
「えっ?」
「私の名前は、シャンテル・カリオンだ! 覚えておけ」
「は、はぁ……」
そういうと、シャンテルは踵を返した。
聞き間違いでなければ、去り際にこんな言葉が聞こえた。
「これほど苦戦した相手はおまえが初めてだ。只人でなかったら、私の部下にほしかったな……」
アリッサ姫と護衛の一行が森の中へ入っていく。
アリッサが振り向いて心配そうにこちらを見ているのが分かった。
俺は、ニコッと笑って、心配ないよと目で伝えた。
「さあ、姫様。早く皆の元へ戻りましょう。この森の奥の方に何か嫌な気配を感じるのです。気のせいかもしれませんが、今晩は警戒を厳としましょう」
シャンテルがそう言ったのを最後に、みんなの姿は夜の闇に消えていった。
★*★*★*★
一時間後。
「くそー! シャンテル! 何が『縄は緩めにしておいた』だ! ぜんぜん緩くないぞ! はずれやしない!!」
縄がきつすぎて、ちっともナイフを回せない。それに――
「アリッサ姫~! このナイフちっちゃすぎですよー」
肝心のナイフも縄に浅くしか届かなかった。クロも一生懸命に縄をつついてくれているのだけど、まだまだ千切れそうにない……
「はっくしょん! ううっ……寒いよー」
川に落ちて濡れたままの体に冷たい夜風が染みた。