果たせなかった約束(とある競馬騎手の回想)
ごきげんいかがですか? 倉本保志です。最近時事ネタを小説にしたいという願望が以前より大きくなってしまい困っています。しかし、決して誹謗中傷することを意図しているわけではないので、その点は誤解のないようにお願いいたします。あえて言うなら、「倉本は自分が書きたいと思うものを誰に憚ることなく書く、なぜならデイレッタントだから~♪・・・」ということでございます。もし、それでも私の本質を理解できず、是非、一言言いたいという方があればお待ちしておりますので、よろしくお願いいたします。あ、小説の誤字や、間違った言い回しなどは、なにとぞご容赦ください。それでは、新作(短いですが)どうぞご一読くださいますようお願いいたします。
果たせなかった約束(とある競馬騎手の回想)
中央競馬のジョッキー、ブホー騎手は、府中競馬場、今日の第11レースの直中にいた。
このレースは、GⅡレース・芝1600メートルの重賞レースで、今年からGⅠレースのマイルカップ 選考基準レースにもなったので、多数の著名なマイラー(1600メートルを得意とする競走馬)たちが出そろっていた。
ブホーが騎乗している馬は コカノピエール 4歳の牡馬、今年に入って重賞レースを1度勝利している注目の馬で、最近のレースでも調子は悪くないものの、レース展開に恵まれず、7位、9位と上位入賞を逃していた。
(三度目の正直でもないが、今回は絶対に負けられない・・・)
彼には、そんな気負いがあった。
スタートから中盤、1000メートル現在の順位は直線に並んで前から4番目、コースの最も内側をなんとか確保している、展開は悪くない、いや、差し馬気質のこの馬にとってむしろ最適ともいえる順位、コース取りであった。ブホーは馬に軽く気合いを入れるつもりで、鞭を入れた。
ビッシィィ
「ッツアア・・・痛ってえな、このやろう」
バッシィィ
「だから、痛てえって言ってるだろっ、このっ・・・」
「なんで、今 鞭を入れられなきゃなんねんだ、ああっ・・?」
「いいとこ走ってるじゃねえかよお・・・」
(まさか・・・馬がしゃべってる・・?)
ブホーは、恐る恐る、馬の首筋をくすぐってみた。
「ぶははは、なんだよ今度は・・・? てめえ、オレに勝たせないつもりなのか・・・?」
「ま、おれはどっちでもいいんだけどよ、あんたは困るんじゃないの・・?」
「・・・・・・うん、確かに」
ブホーは、思わず返事をした自分に気付いて、はっとした。
(まさか馬が・・・)
「お前なのか・・?ピエール・・」
「他に誰がいるってんだ・・?」
「・・・・・・」
ブホーは押黙って、もう一度周囲を見回した。後方から一頭徐々に近づく馬の鮮やかな赤いメンコ(覆面)を確認すると、ふーと大きく息をついてピエールに話しかけた。
「今は、この状況をどうこう言っている場合じゃないことが、わかったよ」
「頼む、ピエール 僕にその力をかしてくれ・・」
「ふん、言われなくても、そのつもりだよ、安心しな・・」
「・・・・と言いたいところだが、お前に話が通じるとわかったからには、そうはいかねえ・・どうだい・・・オレと取引しねえか・・?」
「取引・・?」
ブホーはピエールに訊き返した。馬と取引をするなんて、まるでマキバ○― の世界に
引きずり込まれたような気になり、少し気が動顛しかけたが、なんとか持ち直した。
「そうだ、もし俺が勝った(一着になった)ら、あの無事沢のおっさんに意見してくれねか、・・?」
「ぶじさわ・・? ああ、お前の厩舎の無事沢さんか、なんて・・?」
「いろいろあるんだけどよ、まずは 坂路調教(坂道でのトレーニング)一切なし」
「疲れんだよあれ・・・・今後一切しないように言ってくれや」
「・・・・・・」
ブホーは再度押し黙ってしまった。「人参をたらふく食わせろ・・」とか、もう少し幼稚な要求なのかと思っていたので、快諾するはずだったのだが、少し意表をつかれてしまった。
「それから、夏場は、プール(調教)増やすこと・・」
「・・・・・・・・」
「それから・・・」
「ちょ、ちょっとまってくれ、ピエール 」
「ああ、なんだよ」
「悪いが、一介の騎手でしかない僕が、無事沢さんに、調教のことをあれこれ注文したりできないよ、身分的には下なんだよ、わかるだろう・・?そこらへんの事情は」
「あいつ、馬語わかんねえからよ、しょうがねえだろ・・」
「ま、嫌ならしょうがねえな、・・・・このままズルズルと番手下げていって・・」
ブホーははっとした。外から、赤色のメンコ、タキノシュゲンドウが、すぐ横にまで番手差を縮めてきている。そして、みるみるうちに一馬身逆にリードされたために、その馬の尻尾に付けられた赤いリボンを否応なしに見る羽目になった。
(くそ、あの馬には、これまで何度か悔しい思いをさせられて・・・・そのたびにあの赤いリボンを思いだしてしまうんだ。今度ばかりは・・・負けたくない)
「・・・・・・」
「どうする・・? やっこさん、動きだしたぜ。ほら、早くしないと・・」
「わ、わかった、ピエール ぼくからなんとか、頼んでみるよ、だから・・・」
ピエールは無言で、ズンとブレーキを踏むかのようにスピードを落とした。
「おい、どうした・・? ピエール、・・・・どうした・・?」
「ぬるいこと言ってんじゃねえよ、オレが、人間の狡さを知らないとでも思ってやがんのか・・? 」
「・・・・・・」
「約束しろ、勝ったらさっきの話は絶対に実現させるんだ、土下座でも何でもしろ、何なら脅迫したっていい・・奴の弱みはおれが教えてやるよ、約束だ、早くしろ・・」
・・・・・・・
少しためらっていたが、ピエールに急かされて、ブホーは、決断した。そして、ピエールに、いや、まるで競争するすべての馬に聞こえるような大声で、怒鳴った。
「わかった、望みはかなえてやる、約束だ。絶対に勝てっ・・・」
そう言い終わるのを待たずに、ピエールは、急激にスピードを上げた。その加速は、まるで100メートルを2秒そこいらで走り抜けるサバンナのチーターのようでもあった。
ピエールは先頭の馬をぐんぐん追い上げる、そして最後の直線にさしかかった。
競馬中継の解説者は、自分のケツに鞭を入れて口角泡をとばした。
「さあ、最終コーナーを抜けて直線に入った。先頭集団のまん中 ハルノウララ、一段とスピードをあげる。そのすぐ後ろを追走していた、タキノ、タキノシュゲンドウが猛追する。外からは、マキバ○― マキバ○―が、やってきた、その後ろから、コカノピエール
ブホーの黒の帽子が追い上げる。ハルノウララを抜いていま、タキノが先頭に立つ、タキノ早い、タキノ早い、このまま逃げ切るか、マキバ○― は1馬身遅れる、おおっと、
大外から、ピエール、ピエールが来た、ピエール速い、ピエール速い、並んだ並んだ並んだ、タキノか?ピエールか、ピエールか、タキノか?ピエールだ、ピエールだ、ピエールだ、ピエール1着でゴールイン、続いて2着タキノシュゲンドウ、1馬身遅れて3着は、マキバ○―、そして ハルノウララ、イツヤルキ、ウマデショー の二頭は、写真判定になる模様、勝ったのは コカノピエールです。ブホー騎手が、場内の観衆に大きく手を振っています。やりました、重賞2度目の勝利に、ファンも大きな拍手と声援を送っています。
・・・・・・
競馬場の楽屋ともいえる関係者以外立ち入り禁止のこの場所で、勝利の興奮冷めやらぬブホー騎手は、無事沢と落ち合っていた。
「おめでとう、ブホー君、途中ひやひやしたが、大したもんだ・・・すごいよ、ほんと」
「ありがとうございます、これも日頃の調教の成果です。無事沢さん・・」
「あ、そうだ、早速ですが、ちょっとお願いが・・・」
「珍しいな? 君がお願いなんて・・・ 一体何かな・・?」
「ぼく、ピエールと約束しちゃったんで、お願いいします・・」
「約束・・? えっ、なに・・馬と約束・・? えっ・・・・」
・・・・・・・・・・・
無事沢が、訊き返した直後に、ブホー騎手は、そのまま膝から崩れ落ちて、意識を失った。
かれは救急搬送されたが、すぐに意識を取り戻し無事が確認された。しかしその後の身体検査で、薬物反応が陽性を示したため、彼はその後、競馬会から姿を消した。
1年後、府中競馬場の馬券売り場のロビーに、洒落た感じのハンチング帽をかぶって彼はいた。競馬新聞を開き、次のレースの注目馬の馬柱に赤鉛筆を忙しそうに走らせている。そこには、あのコカノピエールの名前があった。
・・・・・・・・・・
(コカノピエールか、あいつとの約束は、結局果たせなかったな・・・)
スタート地点では、出走馬が、落ち着きなくうろうろと周囲を徘徊して、発走時間をまっている。そして、発走時間が来たことをゴンドラにのった係員が旗を大きく振って示し、訊き慣れたファンファーレとそれに呼応して起こる、観客席からの大きな拍手が、レースの状況を映すテレビモニターから、映像とともに聞こえてくる。
・・・・・・・・
「う~ん、でも、あれってどうだったのかな・・・?」
「・・・なにが?」
横にいた、彼女が訊いた。
「いや、周りのみんなは、クスリのせいだって、大笑いするんだけどさ・・・」
「・・・・えっ?」
「馬上でさ、本当に、あいつと、しゃべったように思うんだよね・・・俺・・」
おわり
いつも本編に関係ない、前書き、後書きを書いてしまってすみません。そしてそのほとんどが、作者自身のことというもので、ちゃんとした、小説を書かれている方の中には、不愉快極まりない・・というかたもおられるでしょう(そんな方は私の作品に目を通すことは決してないかもしれません)こんなに出たがりで目立ちたがる作者は、前に芥川賞をとられて、バラエテイにたまに出ておられるあの方以外にはあまり見かけないかもしれません、あ、私ごときと、曲りなりも(失礼いたしました)芥川賞受賞作家さんとを同様に比較はできませんでした。改めてお詫び申し上げます。