平和の代償
<セバス及び配下のウルフに砦の攻略準備を命令します>
頭に直接語りかける声を聞き、私は砦の方角に顔を向けた。
こちらの様子を覗き見していたのは知っていたが害はなさそうなので無視していたのだ。
魔王様からの命令、魔王軍の初陣、それを指揮する私……あぁ…魔王様……
私は歓喜を隠しきれずに口角を上げニヤついてしまった。
砦で監視をしていた兵が慌てて中へ入って行くのを見て我にかえった。
後ろを振り向くとブラックウルフとシルバーウルフが命令を出されるのをお座りをして待機している。
「ブラックウルフは隠密が得意でしたよね……砦の裏の森に回り込んで待機です。シルバーウルフはそのまま待機です。突撃命令で私と一緒に真正面から追い立てます。さて、情報収集もしなければなりませんね。」
魔力を放出しながら空中に魔法陣を描いていく。
「サモン!ブラッドバット!」
上位デーモンになったセバスは魔界から低級魔族を召喚する事ができる。
低級魔族は戦闘向きではないが、召喚したセバスとは視覚や聴覚などの感覚を共有できる為、偵察や情報収集をするにはうってつけなのだ。
「この吸血コウモリなら夜目も聞きますし、飛ばしても怪しまれないでしょう。あぁそうです!より確実に進めるためにブラックウルフ達にもブラックカーテンをかけておきましょう。」
セバスが手をかざすと、気配を曖昧にする魔法ブラックカーテンがブラックウルフとブラッドバットに降り注いだ。
「さぁ!いつ命令が出されても動けるようにしておきなさい!行け!」
セバスの号令でブラックウルフは森へと駆け出した。
監視の兵がセバスの笑顔を見て取り乱さなければ、この光景を見逃す事は無かったのだろう。
さてシゲルが命令した「攻略準備」にはどのような事が含まれていたのか。
それは、ブラックウルフの砦裏の配置、セバスは情報収集をしつつ、正面突破の為にシルバーウルフと待機であった。
この情報収集の方法には、何も指示がされていなかった。
細かく命令を出せばその通りに動くのだが、今回は指示を出さなかったので、セバスが最善と思う「シルバーウルフと待機しつつ情報収集する方法」を実行したということである。
シゲルは地図で味方である青い駒、敵である赤い駒を眺めながら、ブラックウルフ50匹を砦裏に回すという風に、点や数字として見ていて、その地図上の情勢も命令も結果も、現実に起きているとは気づいていないのだ。
そしてセバスによって集められた情報がディスプレイに映し出された。
「えーと…砦の兵士は150人か、奇襲でどれだけ削れるかだよな。シルバーウルフは正面から行って敵が正面に気を取られたら、後ろからブラックウルフが奇襲、その間にセバスは武器庫を抑えて中の回収だな。後は保険もかけておこう。」
ディスプレイに魔力を注ぎ細かな設定をして、配下に命令を出した。
<今夜、月が真上に昇った時、セバスの号令により砦の攻略を開始せよ>
砦では大混乱が起こっていた。
魔王と思われる白髪の男とシルバーウルフ50匹が砦の方をジッと見つめて動かないのだ。
何かのきっかけがあればこちらに突撃してきそうな雰囲気だ。
この砦は最前線とはいえ、監視を主な任務としており戦闘向きな兵士は半分も居ないのである。しかもその兵士達は新人訓練の一環で遠征演習として来ているのだ。
魔王を倒すことで世界共通の脅威と戦ったという感覚から、他の国との争いもなく、本格的な戦争経験者はいないのである。
20年間の平和の代償とも言えるだろう。
日も沈みかけ、今日から眠れない夜が来るのだろうと誰もが覚悟は決めていた。