わけもわからず、集められた夏
七月某日。
冷房の効いたダイニングルームで、四人掛けのテーブルに三人の美少女が座っていた。
「食べる? おいしいよ」
ショートカットの爽やかな印象を受ける天崎千春が、卓上に用意されていたお菓子のバスケットの中から個包装のパ〇の実を拾い上げ、隣に座る美少女に差し出す。
千春は長身でスタイルが良く、引き締まった身体をしていることから運動が得意そうな印象を受ける。
「いらない」
〇イの実を一瞥して、柳静香は首を横に振った。目の前にあるグラスを持ち上げ、中の麦茶をストローで吸う。氷がバランスを崩し、からんとグラスにぶつかった。
静香はクール……言い換えれば、やや内向的な性格のようだ。ただ、この部屋に来た時は耳に装着していたヘッドホンは音楽の再生も止められ、首にかけられている。自分の世界に籠らず、会話には応じるようだ。
「そっかー。陽菜ちゃんは?」
千春は続いて、斜め前に座る美少女へ視線を向けた。
「あ、いただきますね」
ぺこりと軽く頭を下げながら、二階堂陽菜はパイ〇実を受け取った。腰まで伸びた長い髪が、動きに合わせてなめらかに揺れる。包装を裂いて、パイの〇を一個口の中に放り込んだ。
ほんわかとした雰囲気を持った陽菜は、その場にいるだけで周囲の心を和ませる。優しげな眼差しで見つめられれば、大抵の男はノックアウトすることだろう。
「これから一体、何をするんでしょうか……」
「どうなんだろう。とりあえず、四人揃うまで待つしかないんじゃない?」
テーブルには、空席が一つある。
三人の目線がその空席へと向けられた時、玄関の呼び鈴が響いた。
「来たみたいだね」
玄関の方から、可愛らしい声で悲鳴が上がる。
ややあって、廊下へ繋がるダイニングの扉が開かれた。
姿を見せたのは、金髪がよく似合う美少女――希龍院美咲だった。目を丸くして、先に座っている三人とそれぞれ視線を合わせる。
「とりあえず、座ろう? 荷物は、そこのソファーの上が空いてるから」
硬直していた美咲に、千春が明るく声をかけた。
「ええ……分かったわ」
状況を飲み込めないといった様子ではあるが、とりあえず千春の言う通りテーブルへと向かう。
中身が詰まったボストンバッグはソファーの上へ。そこには既に、陽菜たち三人の荷物が置かれていた。
美咲はポニーテールを揺らし、最後の空席に腰を下ろす。
これで四人が揃った。
「ねえさっきのアレ、何だったの? 怪しすぎるんだけど」
美咲は眉をひそめて、三人に尋ねる。玄関で自分を出迎えた人物について言っているようだ。
「多分これから、その人たちが説明しに来るはずなんだけど……」
千春は再び、振り返って扉の方を見た。廊下の方からは何人かの足音と、聞き取れないが話し声が聞こえる。シュー、と空気が漏れるような音もしているが、一体何をしているのかは分からない。
「私もあの恰好の人が出てきた時、ビックリしちゃいました。でも悪い人たちじゃないんですよ。麦茶とお菓子を出してくれましたから」
陽菜は、人懐っこい笑顔で語った。彼女にそう言われると、美咲の警戒心も自然と消え失せていく。
「……悪い人かどうかはさておき、とりあえず早く説明してほしいわね。みんなも呼び出されたから集まったの? ていうか私は、まずあなたたちが誰なのかも分からないんだけど」
「それはみんな一緒。私たちは、全員が初対面」
静香が言ったように、この場に集まった四人は別々の高校に通う美少女であり、互いに面識はない。
それぞれが詳しい事情を聞かされないまま、この日この家に呼び出されたのである。
「そうなの? ならますます、私たちが何のために集められたのか疑問だわ……」
その疑問に答えるようにして、がちゃりと扉が開かれた。
入ってきたのは、夏だというのに全身をすっぽりと黒のローブで覆い隠し、ひょっとこ等の夏祭りの出店で売っているような仮面を付けた者達だった。それが五人、ぞろぞろと入室してくる光景は異様と言うしかない。
ウル〇ラマンの仮面を付けた者が、美咲の前に麦茶の入ったグラスを置いた。再び警戒する美咲であったが、とりあえず「どうも……」と小さく礼を言う。
仮面の者が五人、横並びになって美少女たちの前に立った。
「やあ、よく集まってくれたね!」
真ん中のひょっとこが出した声は、それはそれは気の抜けるような甲高い声だった。
よく見れば、手にはヘリウムガスのスプレー缶が握ってある。先程吸入し声を変えたらしい。
「君たちに集まってもらったのは、あるミッションを遂行してもらうためだ」
そこまで言うとひょっとこは後ろを向いて、またヘリウムガスを吸った。全身を隠す恰好といい、どうしても正体がバレたくないらしい。
「その、ミッションっていうのは?」
千春が代表して尋ねると、ひょっとこの右隣にいた仮面ラ〇ダーの仮面を装着した者が、手にしたフリップを掲げた。
そこには高校生と思われる男子の顔写真があった。黒髪かつ平凡な髪型から察すると真面目そうな印象であるが、妙に目つきが悪いのでひょっとすると不良なのではないかとも思える。
陽菜ら四人は揃って彼を知らないらしく、困惑の表情を浮かべるばかりである。
「この者は君たちと同い年の、作野創という男だ。まだ高校生だというのにライトノベル作家として金を稼いでいる。代表作として『裏切りのアダマンタイト』というアニメにもなった作品があるのだが、誰か知っているかな?」
ひょっとこは、四人をそれぞれ見た。
分かりやすいよう、ひょっとこの左隣にいるキ〇ィちゃんの仮面を付けた者が別のフリップを掲げる。
フリップにはファンタジーな世界観の、剣を構えた少年と杖を持った美少女のイラストが描かれていた。裏切りのアダマンタイト一巻の表紙である。
「そういうの私読まないからなー」
「すいません、私も詳しくなくて……」
「……それは読んだことない」
「悪いけど、そんなオタクが好きそうなヤツは嫌いだから」
千春と陽菜が言葉を濁す中で、静香と美咲はバッサリと否定した。
「そうか……誰も知らないんだね……」
その結果にひょっとこは、悲しげな様子だった。とはいってもヘリウムガスでオクターブが数段上昇しているので、いまいち言葉に悲壮感が乗らない。
周りの仮面に慰められ、気を取り直したひょっとこが話を続けた。
「君たちに遂行してほしいミッション。それは裏切りのアダマンタイトの、世間に発表されていない幻の後日談の原稿データを入手することだ! そのデータは、作者である作野創だけが持っている!」
ひょっとこが声を大にして叫び、仮〇ライダーの仮面が作野創の顔写真のフリップを美少女たちに見せつけるように主張した。
「君たちならできる! この男をハニートラップにかけて、後日談のデータを手にすれば勝利だ! 期限はこの夏休みが終わるまで! さあみんな、やるしかない!」
そんなことを言われても千春と陽菜は困ったような笑みを浮かべ、静香と美咲は顔をしかめるばかりだった。
だが直後にひょっとこが提示した『報酬』によって、彼女たちの目にやる気の光が灯ることになる。