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S-1 RACER  作者: おかP
1/2

第一戦 アステロイドグランプリ 前編

中高生の頃熱中していたSF、特にロバート.A.ハインラインはお気に入りの作家でした。そんなハインライン氏風の小説を自分なりに表現してみました。TVアニメシリーズ30分物を観る感覚でお楽しみください。

西暦2169年。人類は外宇宙に進出し、火星や木星に植民基地を築き上げていた。人々は惑星間を自由に往来できるようになり、その交通機関として各国の民間航宙会社は独自のスペース・シャトル運航サービスを繰り広げ、より高性能な機体の開発に躍起になった。そこで各社が自国シャトルのポテンシャルを宣伝する為開催されたのがスペースシャトル No.1 グランプリ、通称S-1である。火星ー木星間に漂うアステロイド・ベルト群を縫う様に駆け抜ける初戦を皮切りに、海王星~冥王星間レースまで全23戦を競うお祭りイベント。機体の性能を極限まで高め、より早くより遠くを目指すレーシングシャトル!大衆は件の競技に熱中したのであった。


午前5時、地球、成田スペースポート。22番ゲート搭乗口。一級航宙士・タケル ヤマトは眠気でしょぼしょぼする目を擦りながら熱いブラックコーヒーを啜っていた。彼の乗るジャパン・アストロ・カーゴ、火星行きJAC047便は既に発着ポートに待機している。

「タケル、早いな。体調は万全か?」

背後から副操縦士のゴウ サキヤマが明るく声をかける。

「おう、ゴウか。昨日は些か呑みすぎたかな」

昨夜は久しぶりに軍時代の旧友と遅くまで騒いだのでほとんど寝ていない。

「今日の積荷はフォボスの観測所に届ける資材だったな」

ゴウは窓越しに047便のJ001系シャトルを眺めながら尋ねた。

「ああ。天候調査用反重力ドローンのスペアパーツと食糧だ」

「しかし今だにアイツが現役で飛んでるのが奇跡だね。宇宙開発全盛期の遺物だぜ。ウチの会社も経費削減とはいえよくやるよ」

タケルも機体をぼんやり見ている。スペースシャトルJ001系は地球軌道上に浮かぶ国際ステーションへと荷客を輸送するのに使用された日本製の旧型である。機体は丸味を帯び、寸胴の誰もがよく知るスペースシャトルの原型とも言えるデザイン。JACではこの機体に惑星間航行用ブースターを装着して火星基地との荷役に使用している。

「そろそろ時間だ。行こう」

ゴウが促す。二人は関係者用扉から搭乗口へ向かった。前部ハッチからコックピットに乗り込んだ二人はすぐさま計器チェックを始めた。操縦席はジャンボジェット機のそれによく似ている。古い機種なので基本設計は1980年代のままなのだ。管制からアナウンスが入った。

「JAC047、応答せよ。こちらグランドコントロール」

「こちらJAC047、感度良好。発進準備完了、何時でも出られる」

タケルは操縦桿を軽く握りしめた。

「JAC047、了解した。定刻に発進されたし」

「ラジャー!0600時に出発する」

タケルはスタータースイッチを押しロケットエンジンに点火。スロットルを開け、カタパルトへと

機体を移動させた。ジェットコースターのレールの如く天に伸びる発射台。セットオンされたJ001はアフターバーナーを激しく吹いている。タケルは管制搭に最後の連絡を入れた。

「グランドコントロール、こちらJAC047。発進する」

「了解。JAC047、発進を許可する」

タケルはスロットルを全開にした。J001はフルブーストで弾かれた矢の様に弓なりのカタパルトを駆け抜け青空に舞い上がる。機体はあっと云う間に大気圏に到達し、火星航路上に届いた。

後はオートパイロット任せである。安全ベルトを外すとタケルは後壁のコーヒーサーバーから熱いブラックコーヒーを受け取り、コックピットに置いた。ゴウが愚痴る。

「こりゃロートルの仕事だぜ。俺達みたいな若者にさせるかね?」

二人はまだ若い。タケルは28才、ゴウは27才だが誕生日は半年しか違わない。因みに、二人は身長180cm越えの細マッチョである。タケルは短髪の体育会系、ゴウは長髪のいかにもなチャラ男なのだが元は太陽系連邦軍のエースパイロットで同期なのだ。不運な事故の責任を押し付けられ、退役した。その後何もせず燻っていた二人は元上官に拾われJACに入社した。なので腕は一級なのだが社内では誰もが嫌がる3K(キツい・汚い・危険)仕事ばかりである。

「仕方ないさ、拾って貰っただけでも感謝しないとな」

タケルはフロントガラスに広がる星空をぼんやり眺めていた。すると警報ランプが赤く光りブザーがけたたましく鳴り出した。

「救難信号だ!何処からだ⁉」

バックレストを倒して寝そべっていたゴウは計器に組んだ足を跳ね上げ、身体を起こしてレーダーサイトを凝視した。

「右舷前方!PAN-AMのボーイング878だ!海賊屋に追われてる‼」

海賊屋。文字通り輸送船を襲い積荷を奪っていくプロの強盗団である。

「行くぞ!ゴウ」

ゴウは焦った。

「おい⁉このシャトルは古過ぎて武器らしい装備なんて付いてないんだぞ!駆逐艦並みの海賊船に太刀打ちできる訳ないだろ」

「大丈夫、デブリ排除用のレーザーとマニピュレーターがある。後は俺達の腕次第だな」

タケルには連邦軍中尉時代『銀河の鷹』と呼ばれた撃墜王の自信があった。当時、ナビゲーターとして組んでいたのはゴウである。仕方ないか、と半ば諦めながらゴウはレーダーを睨みつけた。

操縦桿を引き寄せ、タケルは右に舵を切った。

大きく右旋回するJ001。スロットルレバーを目一杯引き寄せる。フルブーストの機体は猛速で二機の間に突っ込んでいく。その時、海賊船から四発の巡航ミサイルが発射された。ミサイルはJ001の目前をあっと云う間に通過してボーイング878に命中。爆破の閃光が辺り一面を無色にした。だが、爆発直前に脱出用ポッドが射出されたのを二人は確認していた。

「見たかゴウ!」

「おう!あれを確保しよう!」

タケルは機首をポッドの方に向けた。海賊船もタケル達に気付いた様だったがいち早く動いたJ001に分があった。ポッドの傍まで近づいたが、マニュピレーターを出す余裕がない。

「捕獲ネットを使うぞ、ゴウ」

タケルの言葉に呼応するゴウ。

「ラジャー!ポッドにロックオン。3、2、1、シューッ‼」

J001のルーフ中央射出口から打ち出したネットはポッドを包み込むと瞬時にすぼまった。

「OK‼キャッチしたぜ。すぐ離脱だ」

ゴウの言葉に即座に反応したタケルが操縦桿を左回りに切る。大きく左旋回するJ001。だが背後から海賊船が追い掛けてくる。

「どうするよタケル?逃げられそうもないぜ」

不安そうにゴウはタケルの顔を見た。

「そうでもないさ、奴らの船は中古の軍艦をレストアしたオンボロだ。大してスピードは出ないから星間航行用シャトルの敵ではない。巡航ミサイルさえなんとかすればビームは俺が避けてやる」

ゴウは半信半疑ながら覚悟を決めた。

「やるっきゃないか!ミサイルは任せとけ、レーザーで打ち落としてやる」

「じゃあ行くぜ!」

タケルはブースターを全開にした。J001は更に加速。そこで外線が入った。

「前のシャトル、こちら海賊船アルゴのキャプテン モルガンだ。横取りした獲物を返しやがれ!」

モニター・スクリーンに写ったキャプテン モルガンは太っちょの、顎髭を生やしたいかにも海賊船長の風体だが何故かボロボロの一時代前の連邦軍の制服を着用し将校の軍帽を被っている。階級は大尉か。

また、クルーも将兵の軍服である。ゴウが耳元で囁いた。

「奴ら元同業だぜ。脱走兵かクビになったか…」

タケルはお構いなく跳ばしている。

「気にするな、海賊ギルドの大半は軍人くずれか傭兵の副業だ」

再び外線が入る。

「止まりやがれ‼獲物を返せば今回だけは見逃してやる」

後ろでクルーのぼやきが聞こえた。

「船長が焦って撃墜しなけりゃこんな面倒なことにならなかったのに…」

キャプテン モルガンはクルー達に怒鳴った。

「馬鹿野郎!奴ら、返事もせず逃げ出したんだぞ。どうすりゃ良かったんだ⁉」

やりとりを聞いたゴウが再び囁く。

「奴ら相当アホだぞ」

タケルが閃いた。海賊船に返信する。

「モルガン船長、こちら日本のJAC047便。貴公の申し入れを受ける。積荷は返すから命だけは取らないでくれ」

驚くゴウ。

「は?冗談じゃないぜ。奴らの言いなりかよ」

「よく聞けゴウ。ウチのカーゴに似たようなポッドがあるだろ。例の観測所用食糧だ。あれを奴らに差し出す。で、奴らが中身を確認する前に追ってこれない宙域まで逃げるんだ。」

ゴウはニヤリと笑った。

「ナイスアイデア!きっと上手く行くぜ」

タケルは減速してコンテナのルーフを開閉した。

タイミングを合わせてネットのポッドをマニュピレーターで開放する振りをしながら格納されたパーツ入りのポッドを機外に放り投げた。

「よし、良い子だ。大人しくしていろよ」

キャプテン モルガンは素直に従ったタケル達に上機嫌である。

「馬鹿じゃねえか。はいそうですか、て黙って聞くかよ」

ゴウの呟きに頷きながら再度フルスロットルで急発進するタケル。驚いたキャプテン モルガンは部下に指示した。

「逃がさんぞ!ミサイル官、一番二番射出!射て‼」

アルゴ号から二発の巡航ミサイルが放たれた。そのスピードはシャトルのフル加速の比ではない。

「任せろ!」

ゴウはレーダー画面をターゲットスコープに切り替えた。現役時代はナビ兼砲手であった彼の腕前は撃墜王の名声の由来の一旦でもあったのだ。

「Baby、もっと近くに寄ってくれよ…OK!fire‼」

レーザーパルスは一基のミサイルに命中、大破!

続いて二基目のミサイルをも撃ち抜いた。

「よし!逃げ切るぞ」

タケルはエンジンをレブ限界まで回しかっ飛ばした。流石にもう海賊船は追ってこれない。なんとか助かった。

「奴ら、回収した中身を見て悔しがるだろうな」

ゴウは笑いが止まらない。

「カンカンだろうな。俺達は奴らの恨みを買って追い回されるだろうから厄介な事になるぞ」

と言いながらタケルも半笑いである。

「なんとか一件落着!そうだ、観測所の連中餌が届かないんで発狂するぞ。どうする⁉」

心配そうなゴウにタケルが救いの一言。

「気にするな、どうせ備蓄用食糧さ」

「そうだな。海賊に襲われて奪われたのは事実だからな…連中信じるかな?」

「大丈夫、レコーダーにも記録されてるし、謝れば許してくれるさ」

ちょっと和んだ空気になった。シャトルは何事もなかった様に火星に向かって進んでいった。


火星、フォボス基地スペースポート。無事荷物を卸した二人はコンテナに残された例の海賊から救いだしたポッドの前に立っていた。

ゴウがゴクリと唾を飲む。

「いいか、開けるぞ!」

タケルも固唾を飲んでポッドを見つめている。

ゴウがハッチの開閉グリップを左に回した。

プシュー‼

空気が抜ける音がしてゆっくりハッチが跳ね上がった。覗き込む二人。ガスが晴れて中が見えたのだが其処には…ピンク色のロングヘアの…美少女が…横たわっていた。年の頃なら17才くらいか?スレンダー体系にPAN-AMの白いウェットスーツの様なCAユニフォームを着ている。卵形の小顔で上を向いた短いだんご鼻、唇は薄くほんのり赤みを帯びている。ゴウが口笛を吹く。

「ヒュー‼こいつは上玉だぜ。さすがPAN-AMのCA!」

タケルはゴウを諌めた。

「馬鹿な事言ってんじゃない!すぐ地球の本社に連絡して引き渡すぞ」

「おいっ!折角こんな美人とお近づきになれたのに」

ゴウは不満たらたらである。その時美少女が目を覚ました。うっすら開けた目は綺麗なエメラルド色をしていた。

「ココハドコデスカ?ワタシタスカッタノデスカ?」

妙にたどたどしい言葉に唖然とする二人。

「この娘何人?英語にしても片言すぎだろ」

ゴウがタケルに尋ねた。

「俺が知るか⁉お嬢ちゃん、俺達はJACのパイロット。海賊船に襲われた君んとこの船から助け出したんだ」

タケルが話かけると美少女が答えた。

「ソウデシタカ、オタスケイタダキアリガトゴザイマス。ワタシハボーイングシャセイヒトガタナビゲーションAI、Longdistance.Easydrive.Identity.Robotec.Article-355デス」

二人は顔を見合わせた。

「こいつは驚きだぜ。この娘がアンドロイド?

しかもナビゲーションAIだって⁉」

ゴウの驚嘆にタケルも同意する。

「凄いな、ボーイング社も。外付けナビゲーションシステムがアンドロイドなんて」

ゴウが解析する。

「コイツならどんなボロ船だって大活躍だぜ。何せ自分の足で移動できるんだからな」

タケルが話かけた。

「L.E.I.R.A-355か。じゃあ頭文字を取ってレイラだな。今後君の事はレイラと呼ばせてもらおう。時にレイラ、君は何故海賊屋になんか狙われたんだい?」

「ワカリマセン。ワタシガノッテイルノハゴクヒノハズデスガジョウホウガモレテイタノデスカ」

レイラの疑問にタケルが答えた。

「甘いな、海賊ギルドの情報網をナメ過ぎだ。奴らは金目の情報なら地獄耳だからな」

レイラは不思議そうにタケルの顔を覗き込んだ。

「ジゴクミミ?ジゴクミミトハナンデスカ?」

レイラの質問に困ったタケルは適当に返答する。

「海賊ギルドの連中は情報通ってことさ。ともかく本社に報告してPAN-AMに引き取りに来てもらおう」

レイラを連れ、操縦席に戻ると着信履歴が。JAC本社人事部からである。ゴウが突っ込みを入れる。

「おい、こっちから連絡入れる前に会社からきてるぜ。しかも運輸課じゃなく人事部だ」

「妙だな。とりあえず返信するか」

タケルは専用通信回線を開いた。

「JAC本部通信室、こちら火星のJAC047便パイロット・タケル ヤマト。人事部のハヤマ課長より連絡をいただきました。継いでいただけますか?」

オペレーターはアニメ声の、色っぽい感じに喋る。

「ヤマト機長、承知いたしました。少々お待ちください」

暫し保留音が流れてハヤマ課長に継ながった。第一声が―

「遅いぞヤマト!機外に出る時も通信回線は開いとけ‼まったくお前らは影で何を企んでるのか…」

二人は顔を見合わせ苦笑いした。

「いやだなあ、大佐。俺達そんな悪党じゃないッスよ」

ゴウが冗談混じりに弁解する。ハヤマ課長は彼等を拾い上げてくれたあの上官である。

「大佐と呼ぶな!もう連邦軍ではない、敬称ならハヤマ課長だ」

「へいへい、ハヤマ課長。ところで何の用です、わざわざ火星にいる俺達に連絡寄越すなんて」

ゴウはまだふざけた物言いである。

「貴様、上司をナメとるのか⁉ まあ良い、用件というのはな、今年のS-1GP初戦の事だ」

タケルは身を一歩乗り出した。

「ウチのチームからは今期プロレーサーのミハイルとアランが出るんですよね」

「そうなんだが…ギャラ交渉で揉めていてな、まだ契約できていないんだ。その上最近彼等に中華航宙が接触してるらしくてな」

呆れたゴウが疑問をぶつけた。

「いや、初戦てもうすぐですよ。ドライバー決まってないってダメじゃないすか」

ハヤマ課長は困惑顔で答えた。

「そうなんだ。そこでだ!お前達に相談なんだが…」

二人は再度顔を見合わせた。おずおずとタケルが切り出す。

「まさか俺達が…」

課長は断腸の思いである。

「そのまさかだ。初戦のアステロイド・グランプリに限りお前達に出てもらいたい」

二人は飛び上がらんばかりに狂喜した。

「すげえぜ‼俺達がS-1に出られるなんて!夢でも観てるんじゃねえか⁉」

ゴウの言葉にタケルも課長へ聞き返した。

「本気ですか?俺達なんかでいいんですか?」

「無論ワシは反対したさ。腕は確かに一流だがお前達が我が社の評判を落としかねんとな。だが、もう時間がない!プロ連中はほぼ行き先は決まっとるし、往年の名手では年寄り過ぎて…プロとは言え未知数の新米よりはまだお前達の方がマシ、と言うわけだ」

合点がいった二人。だが、ゴウが水を差す。

「そんな事言って~。本音は俺達社員だからギャラ払わなくて済むってんでしょ?初戦は参戦するけど捨てる訳ね」

図星のハヤマ課長は苦しい言い訳を。

「そんな事はないぞ、多少なりとも特別手当ては考えておる。それに完全にレースを捨てた訳ではないぞ。お前達なら表彰台は無理としても上位入賞くらいはできるだろ?なあ、宇宙軍のトップガンコンビ」

二人は再度苦笑い。ゴウが言い返す。

「まあ、俺達なら優勝も不可能じゃないすけど、手当ての件はホント、頼みますよ」

課長は安堵の表情を見せた。断られても強引に命令するつもりであったのだが二人をよく知るハヤマ課長はよほどの事がない限り受けると予測はしていたのだ。

「じゃあ受任で良いんだな?上に伝えておくぞ。ところで、さっきから気になっているんだがお前らの後ろのお嬢さんは誰だ?見覚えのある服装だが…」

タケルが切り出す前にゴウが脇腹を突いた。平静を装おって課長に答える。

「俺の火星のガールフレンドです。ネオオリンポスシティのバーで働いてるんですがフォボスには来たことがないってんで連れてきたんです。彼女、CAになるのが夢で今日は気分盛り上げる為コスプレしてるんで」

課長はむっとした顔で苦言。

「まったくお前らは何をやっとるんだ‼勤務中だぞ⁉まあいい、今回はS-1の件もあるし見逃してやる。が、次やったら厳罰処分だ。ともかく、地球に戻ったら種子島のJACワークスに顔を出してくれ」

「承知しました‼」

二人はモニターに敬礼した。交信終了後、タケルがゴウを問い詰める。

「何で本当の事言わなかったんだ?バレたら一大事だぞ!」

ゴウが宥める。

「まあ聞け、タケル。俺達S-1に出るんだろ?できるなら優勝したいじゃないか。そこでだ、最強のデバイスの出番だ」

「最強のデバイスて…レイラの事か⁉彼女はPAN-AMのナビだぞ」

タケルは訝しそうに返した。ゴウが解説する。

「PAN-AMの、だろ?アメリカで参戦してるのはユナイテッド・スターラインとサウスウェスト航宙だ。今年、PAN-AMは出て来ないらしい。その点は問題ないだろ。黙ってりゃバレはしないさ」

困惑するタケル。必死で説得するゴウ。

「優勝すれば2戦目からもレースに出られるかも知れないんだぜ。もしかしたらJAC専属ドライバーになれる?こんなガテン系労働とはおさらばできるって!」

タケルはまだ納得できない。

「だが勝てるとは限らない、バレたら懲戒免職、悪くすれば監獄行きだ」

頑ななタケルにゴウは懇願する。

「なあ、もうこんな仕事で燻ってるのは飽き飽きなんだよ!一か八かコイツに賭けてみようぜ」

「どうなっても知らねえぞ!」

ゴウの悲痛な叫びにタケルは根負けした。レイラは不思議顔で尋ねた。

「ナニヲイッテイルノデスカ?」


鹿児島県の種子島には古くからロケット開発基地がある。JACのS-1ワークス・チーム、JACWの本拠地もその敷地の一角に置かれている。整備工場の巨大格納庫前に三人の姿があった。

「俺達、ついに辿り着いたぜS-1チームに!」

はしゃぐゴウに対してタケルは冷静である。

「命令で来たんだから当たり前だろ。確かチーム監督が出迎えてくれる手筈なんだが…」

見渡すとゲート脇の通用扉前に誰か立っている。巨漢の、正に西郷どん?三人に笑顔で近づいてきた。

「よく来てくれた、ヤマト君、サキヤマ君。私が監督の嶋津だ、JACWは君達を歓迎するよ。本社の採用プロフィールによると相当な猛者らしいじゃないか」

二人は一瞬で顔が強張った。タケルが挨拶する。

「宜しくお願いします、嶋津監督!レースは初めてなのでご期待に添えるかどうかわかりませんが精一杯やらせていただきます!」

「まあ、そう緊張するな。レース中はキツい事を言うかも知れんが、これからはチームの一員なんだから仲良くやっていこうぜ」

嶋津監督はなかなかの好漢である。

「ところで君達と一緒にいる美人は誰かね。ここは関係者しか入れない筈だか?」

ゴウが答えた。

「監督!申し遅れましたが、彼女もクルーなんです。レイラ サキヤマ、私の従姉でして。すご腕なんで通信士兼ナピ補助で起用したく連れてきました」

嶋津監督はキョトンとしてる。

「いや、そんな話は聞いとらんぞ。本社からの通達では…ん?」

PADの記載にはレイラの名が確かに載っていた。

「おかしいな、今朝確認した時は2名となっていたのだが…まあ変更はよくある事だからな。宜しく頼むよレイラくん」

握手を求める嶋津監督にレイラは頬笑みながら応えた。

「此方こそ宜しくお願いします、監督」

タケルはゴウに耳打ちした。

「コイツ、やりやがったな!にしてもレイラの流暢な会話術はどう仕込んだんだ?」

ゴウが得意気に答えた。

「最新鋭スーパーコンピュータ、レイラ様をナメちゃ困るな~。電脳戦は無敵、演算能力は宇宙最強。人間のする事なんて朝飯前さ♪」

呆れたタケルがぼやく。

「本社のスパコンに侵入して指令を書き換えたのか。文書偽造は大罪だぞ⁉先が思いやられるよ」

ゴウは楽観的である。

「まあ、勝てば官軍‼なんでもOKさ」

タケルが返す。

「そんな事言って…優勝できなけりゃどうするつもりだ」

「大丈夫!レイラさえいれば連邦軍さえ蹴散らせるぜ」

実はあながちゴウの意見も絵空事ではない。彼女の能力は人類を征服出来る程凄いのだ。

嶋津監督が二人に話しかけた。

「ヤマトくん、サキヤマくん、レイラさん。我が社とホンダ・スペースシップファクトリーの共同開発による最新鋭機に興味あるかね?」

嶋津監督は得意気である。二人の声はシンクロした。

「勿論です!是非拝見したいです‼」

二人は興味津々で声が上ずっている、レイラは無表情だ。監督はニヤリと笑いながらPADの画面で扉を操作した。

「では紹介しよう!我がJACレーシングチームの今期ニューマシン‼E-5000系飛燕(ヒエン)だ‼」

開かれたゲートからその機体は姿を現した。日本帝国軍最後の戦闘機・震電を模したかに見える、如何にもはやそうな流線型。ボディーには紫をベースに緑と黒のラインが全体を走る斬新なカラーリング。二人は恍惚の顔で眺めていたが、レイラは沈着に性能面を査定していた。嶋津監督が解説する。

「エンジンはホンダ製EP-2169型、推定出力3,5600KN。最高速5500万km以上は出る。ボディーはネオチタニウム装甲だ」

「凄いッ!今年はJACWが台風の目になりそうですね」

ゴウが嬉しそうに嶋津監督に話しかける。

「今年も、だろ?まあ去年はコンストラクター11位だったがな」

監督と二人は苦笑い。レイラは何故笑っているのか理解できないでいた。

「さあ、今日は宿舎でゆっくり休んでくれ。明日からはハードトレーニングになるぞ」

監督の言葉に三人は明るく答えた。

「はい‼宜しくお願いします!」


翌日からのスケジュールは苛酷を極めた。何せ軍を辞めてからの二人は緩慢な貨物輸送で心身ともにだらけ切っていて短期間で鍛え直さねばならなかったのだから。だが、元々宇宙軍の生え抜きだった二人は直ぐに勘を取り戻し、プロ連中に勝るとも劣らないパフォーマンスを見せた。特筆すべきはレイラの能力である。最新鋭スーパーコンピューター並みの彼女だから当然なのだが監督は人間だと思っている。レイラの訓練中、モニター室にいた監督が呟いた。

「いや、凄いなレイラちゃんは⁉身体能力も智力も人間離れしているな。レイラちゃん一人でも十分戦えるぞ」

感心する嶋津監督にタケルが返す。

「シャトルが一人で動かせる訳ないでしょ?定員四名目一杯搭乗するチームだってあるんだから」

実は監督の言う通りなのだが、そんな事はおくびにも出さない二人。監督が言葉を続けた。

「まあ規定ではパイロット・コパイ最低二名で出場、となってはいるが…いや、今年総合優勝も夢じゃないぞ」

色めき立つ監督に二人は複雑な心境である。ゴウが調子に乗って宣言した。

「ええ、初戦はガンガン行きますよー!任せてください、必ず勝ちます」

監督は益々上機嫌になった。

「頼もしいぞ、お前達‼よ~し、今年は年間チャンピオンだっ」

監督の雄叫びに二人は返す言葉がなかった。彼等は初戦しか出ないのだから。トレーニング期間はあっと言う間に過ぎ、第一戦アステロイド・グランプリ予選当日を迎えた。


火星、ボレアリス平野最大のクレーター・通称ビッグマウスにS-1サーカスのベースがある。既に各国参戦チームが終結していた。世界(地球)中からやって来た65組の精鋭達が凌ぎを削る猛レースを前にチームクルーは戦々恐々としている。JACWチームの姿もあった。ピットでブリーフィングをしている最中、ゴウがタケルに耳打ちした。

「さっき中華航宙のチームCCLの前を通ったらアランとミハイルがいたぜ。奴ら、やっぱりあちらさんに乗り換えたんだ」

タケルが釘を指す。

「ウチは契約できてないんだから乗り換えるも何もないだろ?彼等もプロレーサーなんだからギャランティの高い方に飛びつくのは仕方ないさ」

ゴウは不満げである。

「それよりもユナイテッドとノースウエストだ。直接関係無いとは言えエンジンサプライヤーとしてボーイング社のエンジニアがウロチョロしてるぜ。レイラを見られたら厄介だ」

実際、各社のエンジニアは敵場視察に全ピット間を右往左往している。他社のマシン性能を見定めようと必死なのだ。雑談している間に予選が始まった。


ビッグマウス・サーキットのホームカタパルト前は溢れんばかりの観客達で賑っていた。プラクティス一番手はコスモ・フランスのコンコルド社製ABS-001である。去年から登用している熟成された機体だ。ドライバーも老練のニキ ハッキネンとビル エバンス、今期優勝候補の一角である。コースは火星を出発点にアステロイド・ベルトを通り抜け、木星手前にあるマーキュリーステーションプラザ、通称Mステを周回して戻ってくる、スペシャルステージ。タイムアタックの成績で全体の半数近く、31台が予選落ちするのだが、そのアタック順も去年のリザルトで優先権が与えられる。コスモ・フランスは年間ランキング3位だったのだが上位2チーム、ルフトハンザSLとノースウエスト航宙は後順を選択したので一番手になった。歓声渦巻く中、タイムアタックが開始された。カタパルトに現れたABS-001はコバルトブルーの、さながら鶴のようなフォルムをしている。メインスタンドのスタートシグナルが赤から青に変わった!噴射口から真っ赤な焔を吹き出してABS-001は矢の様に飛び出す。観客の怒号にも似た歓声が沸き上がる。彗星の如く空に吸い込まれた機体はあっと言う間に光の点となって消えてしまった。周回軌道に入ったABS-001に続き、次々と各チームマシンが飛び立っていく。その度にサポーターのお祭騒ぎが始まる。タケルとゴウはピットで冷ややかにそんな饗宴を眺めていた。

「そろそろ俺達の番だ、行こう」

タケルはゴウを促した。

「俺らのチームのファンなんているのかね?」

ゴウは皮肉めいた質問を。タケルが返す。

「此処には日本の技術スタッフやJACの社員も大勢いる。心配すんな」

ゴウはまだ不満げである。

「いや、そういう身内の話じゃなくてS-1好きのかわい子ちゃんとかさあ…」

タケルは呆れた顔で嗜めた。

「結局そこかよ?モテたいなら優勝して顔覚えてもらうのが先決だろ。ほら、馬鹿な事言ってないで、乗り込むぞ」

タケルがゴウの肩を叩いた。二人は飛燕のコックピットに入った。レイラは既にオペレーター席で待機している。実は他社のスタッフに見られないよう搬入前からずっと機内に隠していたのだ。

「機長、発進準備完了しております。ご命令を」

レイラの口調に苦笑いしながらタケルが答えた。

「レイラ、機長はやめてくれ。普通にタケルでいいよ。各計器に問題はないな、じゃあ出発だ」

ゴウが呼応するように管制塔に通信。

「管制塔、こちらJACW001。発進可能だ」

「OK、001。スタート合図する」

管制塔の返事と同時にシグナルが赤に変わった。五列あるパネルが下から順番に上がって遂に最上段がのシグナルが青く光った。

「GO‼」

タケルの掛声と共にJACW-001飛燕は大空へと舞い上がっていった。


SF映画の金字塔、2001年宇宙の旅のワンシーンにスペースシャトルが宇宙ステーションに向かう姿が出てきます。PAN-NAM社の機体があまりにカッコ良くて、何かに使えないかとずっと考えてました。そこで思いついたのがスペースシャトルのグランプリ。各国各社の個性的なレーシングシャトルが凌ぎを削るスペースオペラです。


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