田舎に移住するやつにありがちなこと
何もない田舎に好んで移住してくるようなものは、今までいた場所で、自分がうまく咲けなかったと後悔している都会人だけだ。確かに、空気は綺麗、川は清らか、山ぎわから昇る朝日が連れの横顔に彫る陰影も雰囲気を帯びる。ただ、それ以上に、社会的な生活を満足に送る術がない。道行く軽自動車なんかは爺さん婆さんしか乗っておらず、非常にくたびれている。
馬鹿なことに、人は一度希望を持つと、今からしようとする行為の好ましい側面しか見えなくなる。田舎への移住者もそうだ。後悔をするのは、決まって後に引けない状況になってから。だらだらと愚痴を言っても、思い立って家庭菜園なんかを始めてみても、満足なんかできるわけがない。彼らの地方移住の夢を支えていたのは芋臭い典型的な、かっぺの存在であった。そして、排他的な都会では味わえない、ふれあいとやらを求めていた。なんなら、都会での経験を地元民に自慢げに話す準備すらできていた。しかし、退屈な街というのは、地元の人にとっても変わらない。情報インフラの発達で、餓鬼なんかはずっとスマホをいじっており、都会で得られる情報を、迅速に入手している。流行を作り出すものもいないから、田舎者はその情報についていく。結果として、田舎者はある側面では都会人以上に都会らしい。しかし、何世代と定住してきた家庭の集合体である田舎は、典型的な村社会であって、つまるところ都会からの移住者は、ふれあう相手も、便利な施設も、今まで築いた人脈もいない寂しい街で半生を過ごすことになるのだが、それは悔しいのか、意識高い系へと変身して、不便さを快楽に置換しようとする者が現れる。かわいそ~w