9 魔道バッグ
クエスト受諾を終えると、ミレー達とは町の中心の噴水広場で明日の早朝に再会する約束をして別れ、旅の準備を整える。
正直なところ、俺は盾で背負われていただけだったので、プリが何を持って冒険をしていたのかほとんど知らない。
食糧や薬草などは準備していたようだが、日本に住んでいた時のように着替えをパンパンに詰めたキャリーバッグを引きずっての旅行とはわけが違う。
スーにその辺りを確認しながら雑貨屋などへ立ち寄り、必要と教えられた物を買い揃える。
盾を失ったのでどうするのかとも聞かれたのだが、今の俺ではとても扱えないので買い直しはせずに宿へと戻った。
今さらながら、プリは俺のような重いだけの盾をよく持ち歩いていたものだと感心させられた。ちなみに盾は鉄製だったが、武器は銀のメイスだ。どちらも女の子の身にはとても重い。
本当に俺ってダメなやつだ。荷物一杯な女の子に背負われて何の苦労もせずに寝たまま移動して、尻に敷かれて骨がイタイだとか文句ばかり言ってたのだから。
変なところで反省をしているのは自分でわかっているが、旅にこれほど多くのものが必要なんて初めて知ったのだからしようがない。
そうなると馬車に乗せてくれるというのは、本当に破格の待遇なのかもとスーヘ確認をしたら、その通りではあるが、馬車だからこれだけの準備をしたのだと逆説的な返事も返って来た。
「つまり本当はもっと少ない?」
「もちろんなのです。自分達で行くなら馬も準備をしますが、荷物は魔道バッグを使うのです」
「魔道バッグ?」
聞きなれない言葉に俺が問い返すと、スーは小さく折り畳んだ皮の袋を取り出し、両腕を伸ばしてロを開けて見せた。
「ここに蛍光石を買って入れるのです。そうすればどんどん荷物が入れられるのです」
「どんどんってどれくらいだ? それに蛍光石って何?」
「とても便利でお高い魔法の石なのですっ。これは小さいのであまり入らないですが、十日分くらいの荷物は大丈夫なのです」
スーの体の半分くらいはあるので大きめのボストンバッグ並みだが、それでも十日分入るのは完全に常識外れだ。
こちらの世界の当たり前らしく端折った説明を受けたが、多分、某猫型ロボットのポケットのようなものが魔法の力で作れるのだろう。それもかなりお手軽な感じだから相当普及しているようだ。
改めて感じるが、何だかとんでもない世界みたいだ。
スーは鼻歌交じりにベッドの上へ広げた荷物を、豪快に普通の革袋へ押し込んでいる。
いくつも出来上がる革の袋を見ながら気づいたのは、三百年以上もこちらの世界で生きているはずなのに、まったく俺自身の記憶がないせいで知識も常識も欠けている。それが何だかとてもマズイ感じがする。
足りないものはこれから経験を積むことで何とかするしかないが、きっとわからないことだらけで、何度も同じことを聞いてしまうだろう。しかし、プリとして生きて行くのであれば身に着けるべきことは多い。
強迫観念に駆られるようにこれまで一度もつけたことのなかった日記を始めようと思ったのも、一度教えられたことは必ずメモれと、社会人の時に叩き込まれた癖が原因だろう。
スーは興味深そうに見ていたが、特に何も言わずそのうち寝付いてしまった。
宿には寝台が二つあったので、俺も落ち着いて眠れたおかげで体調は万全の朝が迎えられた。
大きな隊商と一緒の旅で食料も水も自由に使わせてもらえる。金に糸目をつけない依頼主のおかげで、大した苦労もなく四日後の夕刻にはフォートレスへたどり着いた。
ただ一つ気が引けたのは、ミレーお嬢様が俺に話し掛けるのをスーが妙にブロックをした。カッシーである俺からおかしなボロが出ないように庇ってくれたのかもしれないが、依頼にあった話し相手は、もっぱらスーが頑張ってくれたことになる。実際のところ、こちらの世界の女の子で流行っていることも、世情にも疎い俺では何ともならなかった。
結局、俺はミレーよりマットとよく喋っていた気がする。と言っても、物知りのオッサンが世間知らずの女の子に色々教えてくれるような感じだったが、やはり実年齢が近いほうが気が楽だったのだろう。
俺達はクエスト完遂の報告をギルドで行うと、裕福で優雅な依頼主のおかげで懐は潤った。少し前に行った野良モンスター退治の報酬が金貨五枚、今日の買い物の物価からすると五万円といったところだと思う。それに対して今回のクエストは四日間で金貨四十枚、ちなみにスーは二十枚だった。
「これであの報酬はもらい過ぎだな。申し訳ないくらいだ」
「またお会いすることもあるでしょうから、好印象を持って頂ければよろしいですわ」
町へ入り、隊商用に設けられた広場でミレー達とは別れることになった時に、ミレーが意味ありげな視線を送って来た。
社交辞令だろうと笑って返したが、スーはかなり険しい表情をしているし、隣でオッサンも何とも言えない顔をしていた。
ミレーが周りの反応に少し溜め息をつきながら、優雅に一礼をして乗って来た馬車へと向かうと、俺はマットへ向けて手を差し出した。
マットは眉を少ししかめながら俺の手を軽く握って、すぐにミレーを追い掛けた。そんなに警戒しなくてもと思わないでもないが、少女ながらに鉄の盾を持ち続けたプリの手は、かなり鍛えられているから本当に痛かったのだろう。
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